サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

サラエボ冬季オリンピック開幕

2006年02月08日 | インドア歳時記
2月8日は「サラエボオリンピック開幕の日」。1984年、冬季オリンピックである。

トリノオリンピックまであと少しだが、僕は、20年以上前のサラエボオリンピックが印象深い。と、いうのは、その公式テーマ曲をうたっていた旧ユーゴの代表的歌手であるヤドランカが好きだからだ。

ヤドランカは日本文化も好きで、レコーディングのため、来日したのは1988年。僕の友人がプロデュースをしていた。コンサートも見に行き、すっかりとりことなってしまった。その友人とは、ユーゴスラビアの王女様にある件で、ヤドランカの仲立ちで、面会をすることになっていた。

ところが、1992年の内戦である。東方正教会のセルビアとローマカトリックのクロアチアは、昔から仲が悪い。そこに、ムスリムを信奉するボシュニャク人も加わり、悲惨な内戦。多くの犠牲のあと、現在は、ボスニア・ヘルツェゴビナ(首都サラエボ)ということで、ひとまずの平穏をたもっている。

ヤドランカの父親はセルビア人、母親はクロアチア人。親戚含め、血縁で、殺戮の世界に巻き込まれた。サラエボ会場は、現在でも、巨大な墓場となっている。

ヤドランカはしばらく、故郷に戻れなくなったのだ、というより、国そのものがなくなってしまった。その後も、平和への祈りを込めた数々の優れた音楽を彼女は日本を舞台に作りつづけた。日本の民族楽器とのコラボレーションもさかんに試みている。また、画家としても、ファンが多い。

だけど、サラエボ。「火薬庫」といわれ、第一次世界大戦の引き金となった「サラエボ事件」を引き起こした土地。どんなにか、この冬季オリンピックは、待ち望まれていただろう。しかし、閉幕後、10年もたたないのに、ユーゴは歴史から消滅したのだ。

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2 コメント

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ヤドランカ (やっちゃん)
2006-02-14 15:37:39
ヤドランカ..この名前聞き覚えがあります。
たしか、うちにCDがあったはず。女性でしょ?
癒されるメロディーだった記憶がありますが、見当たらないのですよ。

サラエボオリンピックの頃、私の中では冬季オリンピックはブームではありませんでした。
ただ、開幕のセレモニーのきれいだったことがものすごく印象に残っていて、あのサラエボと、今のサラエボが同じだという事が信じられないほど、取り返しのつかないことになっている現実が、残念でなりません。
「幻想的なあのシーン以来、冬季オリンピックが楽しみになったのに」と思うのです。
やっちゃん (kimion20002000)
2006-02-14 17:47:26
はい、女性ですよ。
昔昔、冷蔵庫かなんかのCMにも出ていましたよね。
「女は火の鳥」とかなんとか。
民族楽器を混ぜながら、独自の音楽を追求しています。日本語の発音が、美しくて、よく通るのです。
CDも10枚ぐらい、でてるんじゃないかな?

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