
1930年代の上海。写真館の娘、茉は、スカウトされて華やかな女優の世界へ飛び込むが、これからという時に妊娠。父親である孟社長は、日本軍の侵攻とともに香港へ逃げてしまう。1950年代、成長した茉の娘、莉は、労働者階級の青年と結... 続き
かつて知ったるホウ・ヨン監督に存分に身を委ねるチャン・ツィイー
茉莉花と書いてジャスミン。そのとおり茉(モー)、莉(リー)、花(ホア)と名づけられた三代の娘を、「アジアン・ビューティー」チャン・ツィイーが一人三役で演じている。
野心的なチャン・ツィイー。1998年巨匠チャン・イーモウに「初恋の来た道」で19歳で抜擢された彼女は、2作目アン・リー監督のアカデミー4部門に輝いた「グリーン・ディスティニー」で世界に注目され、3作目はジャッキーチェンの導きで「ラッシュアワー2」でハリウッドデヴュー、その後も、「天上の剣」(ツイ・ハーク監督)、「MUSA}(キム・ソンク監督)、「HERO」「LOVERS」(チャン・イーモウ監督)、「パープル・バタフライ」(ロウ・イエ監督)、「2046」(ウォン・カーウァイ監督)、「オペレッタ狸御殿」(鈴木清順監督)、「SAYURI」(スピルバーグ製作・ロブ・マーシャル監督)と錚々たる監督たちの話題作に主演級で招かれた。

それぞれの評価はともあれ、欧米でも「現代のヴィーナス」と呼ばれるその美貌や、11歳で全国舞踊コンテストで優勝という運動神経や体の柔らかさを生かしての身のこなしを、最大限活用しようという多士済々の監督たちの要求に答え、また、ハードスケジュールのなかで、渡り合ってきたのであろう。見事なものである。
2004年の「茉莉花開(ジャスミンの花開く」という作品は、デヴュー作の「初恋の来た道」の撮影監督であるホウ・ヨンと組んで、チャン・ツィイーという女優の現在水準を誇示するように作られた映画である。あるいは、こう言い換えてもよい。
自らの可憐さを震えるような愛らしさで撮影してくれたホウ・ヨン(撮影)監督を信頼し、その後の彼女の成長、演技の拡がり、深化を、あらためてフィルムに存分に収めてもらった作品であると。

1930年代の女優に抜擢されたシンデレラガールが日本軍侵攻の上海で製作者の子供を孕んだまま堕胎することができず、単身、母が経営する写真館に戻り出産するが、当初は子供に愛情を持てず、母の髪結いの男につけ狙われ、母を死に追いやってしまう。これが茉(モー)。
1950年代の文革の時代。労働者階級の共産党員にのぼせあがり母の反対を押し切って結婚するが、子供ができない不妊症のせいで妄想癖に陥り、母親と夫の関係に嫉妬したり、少女に育った養女と夫との関係を疑ったりし、潔白を主張する夫を自殺に追いやってしまい、自分も姿を消す。これが莉(リー)。

そして現代に近い1980年代。祖母の反対を押し切って地方の大学に進む青年との婚姻届を出したが、青年の気持ちが遠距離恋愛のなかで移ろっていくが、子供を身籠っている。青年を見限り、単身、子供を産むことを決意する。これが花(ホア)。
三者三様ではあるが、女性として生きていく、その可憐さや、儚さや、強さといったものを、自分の母や祖母の引力を感じながら、切断し、そしてまた自分が母となっていくという女の歴史を見事にチャン・ツィイーは演じ分けている。
国際的な魔都であった上海の束の間の輝き、戦争の前兆、文化大革命の統制、現代中国の若者像、茉(モー)、莉(リー)、花(ホア)の背景に世界は展開していくのだが、決して、その状況に弄ばれていく姿を描きたいわけではない。あくまでも、物語のはじめ、製作者にプレゼントされた「茉莉花の香水の瓶」が、世界の時間の経緯を背景におしやるほどの匂いの世界を、この三世代の女性にそれぞれの個性や同質性と絡めるように、浸潤させている。西洋かぶれの男も、まじめな共産党の青年も、曖昧な現代風の大学生も、それぞれへの「愛」はあったとしても、それもまた、どうでもよく、残ったのは、「茉莉花」の香りだけなのかもしれない。

個人的には、花(ホア)のメガネっ娘の表情が好きである。ちょっと、オテンバで、どこか甘えん坊で。思わず、「初恋の来た道」のういういしい表情を想起する。ホウ・ヨン監督もそう思われれば、ニヤリであろう。そんな素朴な回帰をさせておきながら、土砂降りの中で、路上での、出産で咆哮するチャン・ツィイーを映し出すのである。
ただ、本当のところ、この映画のとんでもない魅力は、実は、茉(モー)の母、莉(リー)の母、花(ホア)の祖母のそれぞれの年代を、チャン・ツィイーと合わせ鏡のように一人で演じ分けたジョアン・チェンなのであるが。
上海のインテリの家庭に生まれ、毛沢東に心酔し紅衛兵に。下放された後に女優デヴュー。19歳で最優秀女優賞に輝くが、アメリカに渡り、映画製作を学ぶ。いくつかの話題作に出演すると共に「オータム・イン・ニューヨーク」などで、メガホンをとっている。
この怪女に関しては、とても興味があるが、別の稿に委ねたい。













全体に少し体裁が変わりましたね?評価も10段階評価にしたのですね。
チャン・ツィイーとジョアン・チェンの2人を中心に時代の移り変わりを描くユニークな発想の映画でした。時代によって表情を変える写真館も印象的でした。
チャン・ツィイーの魅力を最大限に引き出そうとする映画だと僕は見ましたが、ストーリーがいまひとつ練られていないために物足りなく感じました。ジョアン・チェンの存在感がそれをだいぶ補っていたと思います。
<残ったのは、「茉莉花」の香りだけなのかもしれない>という表現、とても気に入りました。
色や匂いを、強く感じさせる映画だったと思います。
統一感を持たせた三部のストーリー構成は、とても美しく申し分ないものでした。
ただ、私は「悲劇のリピート」のような印象を受けてしまったので、
途中から、見ているのが辛くなりました。
確かに、男性たちは「どうでもよい」扱われ方でしたね(笑)。
勘違いかもしれませんが、文章中、女優さん名を某監督に打ち損じたような箇所がある気がしますが。
この感想を面白く読みました。というのはとても麗しい匂いというより、ちょっと取れにくい匂い、あるいは匂いに包まれた隠れた何かみたいなイメージの方が強かったのですね、わたしは。
たまっていく一方なので、ミニレヴュー形式にしたんですけどね。物足りないでしょうけど(笑)で、それなりに、ちゃんと、やりたいなと思う作品は、前の形式で続けたいんですけどね。
他の映画でもあったけど、あの時代の上海の写真館って、とてもおしゃれですね。
>狗山さん
男たち、それぞれいい役者さんですけどね。
中国の女の人たちは、強いなあ、と思わされるところがありますが、この主人公をみていると、なんとなくわかります。
>しぇんてさん
勘違いじゃないですよ。打ち損じです。修正しておきました。ありがとう。
「オペレッタ狸御殿」と「2046 」は意味不明系でした。
監督が超個性的過ぎてるのかなっ・・とも思いますが。
この作品は、彼女の魅力全開的な構成なので、
ひらりん的には大満足・・・保存版的作品でした。
僕も、作品の中で、指摘された2作品が「ちょっと・・・」敬遠ですね。
「茉莉花の香水の瓶」以降の文章に、なるほど・・・と思いました。
それぞれ個性も違う彼女達だけど、ジャスミンの香りに集約されていく・・・ってロマンチックでステキです。
「香り」って「記憶」と直結していますよね。それぞれの男性の中の彼女達の記憶が同じ種類の香りだとしてもおかしくないなと思いました。
香り(匂い)=嗅覚というのは、五感の中でももっとも、原始的で肉体的な感覚だと思います。
僕たちも、押さないときのたとえば、路地の感覚も、匂いで記憶の底に眠っていますね。
あまり彼女のこと知らないので(^^;;) kimionさんの「別の稿」を読まなくっちゃ・・です(^^ゞ
ストーリー的には、もうちょっと一人一人をじっくり
見てみたいな、と思ったりもしましたが、チャン・ツィイーの魅力は満載でしたよね〜♪
TBどうもありがとうございましたm(_ _)m
こちらからもさせていただきました♪
なんか、彼女って、すごいベテランみたいだけどさ、とっても、若いんだよね。凄いと思います。
「運命にもてあそばれた親子三代」の姿として受け止めてしまったので、(その逃れられない運命の象徴がジャスミンの香水)ちょっと後味が悪いなぁ・・と思ってしまったのですが、こちらの記事を読ませていただいて、視点がかなり変わりました
なんにしても、チャン・ツィーの魅力全開の作品でした
どちらにしても、こうした歴史もので主役をはれるというのは、やっぱ、たいした女優ですよ。
チャン・ツィーより彼女の魅力にはまったので、別の稿楽しみにしています。
ジョアン・チェン、存在感がありますねぇ。
アメリカでも活躍している数少ない、中国系映画人ですね。
イエス!
彼女の演技のせいか、僕はチャン・ツィイーが演じた三人の女性の物語というより、最初の茉の一代記のように感じたわけです。茉莉花という香水の扱いは勿論、茉を巡る描写が妙に丁寧だった気がしますね。
高校生の時に読んだパール・バックの「大地」を思い出しちゃいました。
中国の女性は、とてもしたたかですね。
有名な宗家の三姉妹なんかもそうですが、一族の誇りとたくましく生き抜く根性のようなものは、圧倒的に男性より女性にあります。
映画の出来と言うよりは、チャン・ツイィーやジョアン・チェンの演技を見ながら、悠久であり儚くもある歴史に耽った作品でした。