サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

自由の継承/西村八知(文化学院理事長/90歳

2012年02月11日 | 毎日がメメント・モリ

元文化学院校長の西村八知氏死去

産経新聞 2月10日(金)15時0分配信

 西村八知氏(にしむら・はっち=元文化学院校長)4日、悪性リンパ腫のため死去、90歳。葬儀は近親者のみで済ませた。喪主は長女、風間(かざま)みなみさん。

 文化学院の創立者、故西村伊作氏の三男。長野県軽井沢町の「ルヴァン美術館」館長も務めた。八知と書いてはっちと読む。みなしごハッチみたいでいい。
自由人を貫いた西村伊作氏の三男である。
長女である西村マヤの後をついで文化学院の校長となり、文化学院の校舎を移築した軽井沢のルヴァン美術館の館長でもあった。
文化学院といえば、もともと自由人の西村伊作が与謝野夫妻、菊池寛など多くの大正時代の文化人の協力を得て創られた「ユートピア」のような学校である。
「学校令」に拠らない「自由・独創」をなによりも尊ぶ学校であり、戦時下には強制閉鎖され伊作も公安に拘束された。

日本ではじめての男女平等教育でも知られている。
西村伊作は、日本で独特のモダニズムを見につけた建築家でもあるが、家族を愛した人であった。
学校を創った動機も、自分の子どもたちを入れる学校がないというものだった。
建物だけではなく、子どもたちの机や洋服までもデザインしている。
文化学院もスタートから制服はなく子どもは洋装であり、オシャレな学校として周囲からは羨望された。
西村伊作の展覧会に行ったとき、子だくさんの伊作の微笑ましい家族写真を何枚も見ることになった。
その家族写真なかに、まだ幼い西村アヤや西村八知が写っていたのである・・・合掌!

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みなしごハッチ 悪性リンパ腫
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