
ひょんなことから遺体を棺に納める“納棺師”となった男が、仕事を通して触れた人間模様や上司の影響を受けながら成長していく姿を描いた感動作。監督には『壬生義士伝』の滝田洋二郎があたり、人気放送作家の小山薫堂が初の映画脚本に挑戦。一見近寄りがたい職業、納棺師に焦点を当て、重くなりがちなテーマを軽快なタッチでつづる。キャストには本木雅弘、広末涼子、山崎努ら実力派がそろい、主演の本木がみせる見事な納棺技術に注目。[もっと詳しく]
「おくりびと」の原点にある青木新門の『納棺夫日記』のことなど。
「おくりびと」という作品が第81回アカデミー映画祭で外国語映画賞のオスカーをとったことは、繰り返し報道された。
その報道にあたっても、多く語られていたことだが、この作品は、主人公小林大悟を演じる本木雅弘の執念の賜物のように感じられた。
さかのぼって1993年のことである。
映画「おくりびと」の原点とされる青木新門の『納棺夫日記』が発表され、その文章に感銘を受けた本木雅弘は著者に電話をし、自分のインドを舞台にした写真集に一文を引用することの許可を求めた。
「蛆も生命なのだ。そう思うと蛆たちが光って見えた」という一文である。
ここから青木新門との交流が始まり、本木に「納棺夫」という職業をテーマとした映画化の構想が胎動することになる。

結局のところ作品化のための初期プロットは、原作映画化の許諾は下りず、モチーフを借りて別物として映画化されることになる。
このあたりは、青木新門の『納棺夫日記』を読んだ人であれば、ある程度は了解できるところである。
作品の舞台は、富山から山形になっていること。
結末のエピソード(失踪した父を見送る)が、大きく原作と異なること。
作者の宗教観が映画には反映されにくいこと。
などが理由とされている。
青木新門は、あまり売れそうにはない孤高の詩人であり、小説家であった。
彼もひょんなことから納棺の仕事をはじめることになり、『納棺夫日記』を発表するまでに10年、3000体の遺体を、職業として見送ることになるのである。

青木新門は4歳の時、父母に連れられて満州に渡り、8歳の時に引き揚げている。
妹と弟は引き揚げを待つ収容所で死んでしまい、仕方なくその骸を捨ててきた。
父もシベリア前線で音信が途絶えた。
チフスを発疹した母と奇跡のように富山の生家に戻り、地主であった祖父・祖母のもとで暮らすが、農地解放でそのお屋敷も売りに出され、28代続いた家は崩壊することになる。
大学に出て、60年安保闘争に加わったりしたが、結局富山に戻り母のスナックを手伝う。
その頃から文学に傾倒し、放埓の日々を送るようになる。
そして赤ちゃんのドライミルクも買う金もなくなり、激しい夫婦喧嘩の際に、たまたま新聞の求人欄でみつけたのが、葬儀業であり「納棺夫」というあまり聞き慣れない職業であったのだ。

そこから「おくりびと」でもあるように、世間の「穢れ」という視線にたじろぎながら、なんとか見よう見まねで「湯灌・納棺」の技術を磨いていくことになる。
そんな青木新門の転回は、ある日偶然にも、昔の恋人の父の「納棺」の儀を受け持ったことに、拠っている。
いつものように汗をかきながら緊張の儀を執り行っている時に、かたわらでその汗を拭き続けてくれたのが、かつての恋人であった。
「澄んだ大きな目一杯に、涙を溜めた」彼女。
「軽蔑や哀れみや同情など微塵もない、男と女の関係をも超えた」何かを、青木新門は感じたのである。
彼は自分の職業と真摯に向き合うようになるとともに、不可避的に「生と死」という根源的なテーマを宗教論として考察することになるのである。
そこで、彼の宮沢賢治や親鸞への傾注が本格的に始まることになる。

青木新門は親鸞に導かれながら、親鸞の言う「仏は不可思議光如来なり、如来は光なり」の明解な断定に行き着くことになる。
この<ひかり>は、実践のなかで感じることであり、決して見ようとして見えるものではない。
あるいは、理路の末に、行き着く世界でもない。
死に近づいて、死を真正面から見ていると、あらゆるものが光ってくる。
本木雅弘に許可した引用文「蛆も生命なのだ。そう思うと蛆たちが光って見えた」もそうである。
青木新門にとっては、舞台は立山を望む、そして親鸞に代表される浄土教の北限とされる富山を中心とした北陸地方であらねばならなかった。
あるいは「納棺」の儀そのものよりは、死体そのものは抜け殻に過ぎず、「死体や霊魂や死後の世界などは、さんたんたる世界にいる関心事であっても、死者にとっては、さわやかな風の世界からすきとおった世界へ往くだけである。そこには死もないから<往生>という」世界観が不可欠であったのだ。
その認識を、商業映画に通底させるのは、とても困難なことだと思われたのだろう。

「おくりびと」を青木新門の著作と別物の、死者をみおくるというとても「普遍」のテーマを扱った、優れた作品と見做すことはもちろん出来る。
脚本の小山薫堂は、歴史的なそして職業的な「差別」をも扱かわざるを得ない難しい主題を、よく誰もが経験する「葬儀」の記憶に、そこでもしかしたら感じ取っていたかもしれない根源を、気づかせるようなエピソード構成に転位して見事である。
「石文」のエピソードや、穢れを清浄するかのような「銭湯」の設定も、よく考えられている。
本木雅弘の「納棺の儀」の形式美とでも呼びたくなるような動作を緊密に体現した演技は賞賛されるべきだが、それより佐々木生栄役の山崎努の師匠としての振る舞いは、ジェラシーを覚えるほどの「男前」である。
チェロ奏者としての主人公の設定に、瑞々しいスコアで応えた久石穣の音楽は、さすがというほかない。
また失踪した父親役の峰岸徹が、この作品の上映中に鬼籍に入られたことを知っていただけに、感無量の思いにもさせられた。
もちろん監督の滝田洋二郎の、商業作品の中に大袈裟ではなくさりげなく独特のリリシズムのような特異な視線を繰み込んでいく方法論は、安心して観ることができるものだ。

けれども、この作品の底流に流れている静謐感や死生感は、やはり青木新門が拘ってきたものであり、いくらロケ地を月山を背景とした山形庄内にもってこようとも、エンドロールに彼の名前がなくとも、スタッフ・キャストたちの青木新門に対する畏敬の念は、充分に伝わってくる。
田園が拡がる自然の中で、チェロを演奏しながら、人間としても深まっていく主人公のたたずまいに、僕たちは東北の地で、科学と芸術と信仰を統合しようとした宮沢賢治の面影を、つい重ねたくもなるのだ。
青木新門は、親鸞と同じく、宮沢賢治の「死の淵で見た透き通った空や風の世界」をこよなく愛してもいる。
僕は20代のときに祖母の、30代のときに母の、40代のときに父の、50代になって従妹の、「湯灌・納棺」に立ち会っている。
家族や知人の死には幾度も立会い、それなりに考える契機は巡ってはきたが、自分がまだ<死>というものを自分のこととして、凝視できているとはとても思われない。
「納棺夫日記」を再読しながら、あるいは「おくりびと」という映画作品を観ながら、自分はどのような死を迎え、あるいは光に包まれることになるのだろうかと、ぼんやりと想いをめぐらすのだった。













我が故郷が映画の舞台に選ばれましたが、あの辺限定の風習なんでしょうねえ、などとも言われました。
あくまでもあの辺では、納棺は家族でやりますね。
北陸を超えると、もはやそこは異形の地・・・かもですね。
なにか疎外感みたいなもんも、映画のエッセンスになっていたような気がします。
葬式の風習は、ほんとうに地方によって異なりますね。
町内会や親戚の長老には、詳しい人がいるのでしょうが、僕らの世代でももうダメですね。
しかし映画は意識的に避けながら、戦略的に創られています。もう少し、感情を深化さればいいところを、様式美を映像化しながらごまかしています。そこが不満なんです。
まぁ、他人の作品をごちゃごちゃいう立場にはありませんが。
青木さんは、かなり浄土宗派に関しては、勉強されておられますね。
映画化に関して、彼の浄土論=ひかり論が展開出来ないのではないか、そうするなら別物として制作してもらった方がいいんじゃないかと思われたと想像しているんですけどね。
本木君のような、こだわりを持った役者さんは、なかなかいませんね。
原作となった「納棺夫日記」への興味をかき立てられました。
近々読んでみたいと思います。
奇妙な著作ではありますけどね。
「おくりびと」のエピソードの原点がありますね。
この映画は一人で劇場で観た後
母や近所の年配のおばさんを伴って
もう一度鑑賞しました。
私はクリスチャンなのでクリスチャンなりの死生観を持っていますが
自分や家族が旅立つときはモックンのような納棺師に
送る手伝いをしてほしいと思いましたね。
>母や近所の年配のおばさんを伴って
もう一度鑑賞しました。
ああ、とてもいいことですね。この作品は、普遍のテーマを扱っていますが、それぞれの人の「死に別れ」の個別の記憶を引き出すようなところもありますからね。
こんにちは。
TBありがとうございました。
お返しが遅くなりすみません。
>失踪した父親役の峰岸徹が、この作品の上映中に鬼籍に入られたことを知っていただけに、感無量の思いにもさせられた。
もちろん監督の滝田洋二郎の、商業作品の中に大袈裟ではなくさりげなく独特のリリシズムのような特異な視線を繰み込んでいく方法論は、安心して観ることができるものだ。
何かめに見えない糸でくくられた感のある作品でしたね。峰岸さんはあまりにお顔が違っていた(私の勘違い?)ので、エンドロールまで気づきませんでした。
海外の方に受け入れられたのは、「死」というものに対する想いやその表現が共感できたのかな?と思ったり致します。
いまさらながらですが、日本人として生まれたことに「誇り」を感じる日々です。
峰岸さんねェ。どこかで、最後まで、岡田有希子のことがひっかかった人生だったでしょうね。
とても2枚目俳優でしたが、晩年はいい枯れ方もしていました。
素晴らしいレビューをいつも読ませていただきありがとうございます。
青木新門さんの『納棺夫日記』はまだ読んでいませんが、
こちらの深い洞察は大変参考になりました。
試写会で1度、ヨコハマ映画祭で2度目の鑑賞、
3回目は上京した母に頼まれて一緒に鑑賞しましたが、
何度観ても色褪せることのない映画でした。
何度観ても今までの人生での和少ない別れを思い出し涙が出ました。
この映画で本木さんの果たした役割は、本当に大きかったと思います。
本木さんは、覚悟が違いますね。
>3回目は上京した母に頼まれて一緒に鑑賞しましたが、
もう、ずいぶん昔に僕は母も父も見送っていますが、そうですね、いっしょに見たかったですね。
こんにちは。ご無沙汰しております。TB&コメントありがとうございました。お返しのコメントが遅くなり、申し訳ありません。
さすがの深い考察。青木新門の『納棺夫日記』は未読なので、こちらの記事が大いに参考になりました。また引用文を一部孫引きさせていただきました。
2000年代以降の日本映画は高い水準を保っています。さまざまなタイプの作品が作られるようになって来ました。世界的な巨匠たちが競い合った1950年代から半世紀。21世紀の次の10年間にはどんな作品が生まれてくるのか。今から楽しみです。
「冠婚葬祭」の儀式の在り様に、民族がそれぞれ持っている固有性や共通性が浮かび上がるような気がします。
この作品が、世界のさまざまな民族に、どのような感慨をもたらしたのか、そんな記録があれば、見たいですね。
卓越した構成でした。
>普遍のテーマを扱っています
具体的描写から一般論や普遍性を導き出して観客に見せるのがドラマ映画の役目でしょうから、山形の風習とは違うとか、浄土真宗がどうのこうのなんてのは、そういう狙いで作られた映画を見る一般観客としては本質的にどうでも良いと思いますですね。
地方を舞台にした映画に対する、「方言が実際と違う」なんて、低次元な批判は勘弁して貰いたいですよ。(笑)
方言への注文は、よくありますね。
だけど、現実の考証的な方言でやれば、字幕を出さないと観客としては分かりませんよねぇ(笑)
そういう人に限って、外国映画の字幕が超訳だということを理解していなかったりして・・・。