
『蝉しぐれ』『武士の一分(いちぶん)』など数々の時代劇作品の原作者として知られる藤沢周平の同名短編小説を、『青い鳥』の中西健二監督が映画化。江戸時代の東北を舞台に、ひそかに思いを寄せていた武士が自害したことを知り、その原因となった相手に敵討ちを果たそうとする女性の姿を描く。剣の達人であるヒロインを時代劇初挑戦となる北川景子が熱演し、見事な殺陣を披露。彼女が恋心を抱く剣士にバレエダンサーの宮尾俊太郎がふんするほか、甲本雅裕、市川亀治郎、國村隼ら実力派が脇を固める。[もっと詳しく]
藤沢周平作品の映画化が、相次いでいることなど。
『たそがれ清兵衛』(02年)、『隠し剣 鬼の爪』(04年)、『武士の一分』(06年)という山田洋次監督の藤沢時代劇3部作をはじめ、黒土三男監督の『蝉しぐれ』(05年)、篠原哲雄監督の『山桜』(08年)、中西健二監督の『花のあと』(09年)、現在劇場公開中の平山秀幸監督の『必死剣 鳥刺し』(10年)、クランクインしている再び篠原監督の『小川の辺』(11年予定)とこの十年にも満たない間に、藤沢周平の原作時代劇が8作も映画化されている。
藤沢周平は1997年、69歳で逝去している。
物故した作家の作品が、これほど相次いで映画化されるということは、この時代がどこかで彼の作品世界を必要としているということを指し示している。
藤沢周平の文壇デヴューは40代半ばのことであり、遅い出発であったかもしれない。
72年北斎と広重というふたりの天才絵師の関係を描いた『溟い海』がオール読物新人賞を受賞し、翌年『暗殺の年輪』が直木賞となった。
当時、『溟い海』を読んだ僕は、なんて苦しくて悲しい物語なんだろうと、感じたことを覚えている。
藤沢周平自身もエッセイで、あてどなく投稿を繰り返すその頃の自分は<鬱屈>していたと述べている。
その<鬱屈>には理由があった。
63年に現在エッセイストとして活躍している長女展子を出産直後、最初の妻悦子がまだ28歳の若さで急逝したのだ。
山形県鶴岡市で生まれた藤沢周平は、地元の教員時代に肺結核が見つかり休職を余儀なくされ、上京し東京郊外の病院に入院し、三度の手術を受けている。
退院後、業界紙の記者を転々とし、その傍ら習作を書いてはいたようだ。
59年に地元出身の悦子と結婚し、生活も安定し、子どもも生まれたその直後の不幸だった。
受賞後は、その作品もテーマも多岐にわたっており、ユーモアも垣間見えたりするが、やはり藤沢周平で人々に愛されるのは、架空の海坂藩を舞台にした時代小説である。
藤沢の東京での療養時代、俳句の集いで投稿していた静岡の句誌の名前が「海坂」であった。
舞台背景は彼が育った庄内藩である。
一年の3分の1は雪に閉ざされる小藩のなかで、藤沢周平が愛したのは名もない下級武士やその周辺に生きる人々の<忍従>とそのなかにある<一分の魂>だった。
武家社会のしがらみや、陰湿な身分社会や、家柄による男女の差別やといったことがらが、普通に生きる人々の自由を束縛している。
空は暗い、雪はしんしんと降り積もる、豊かなのは一部の特権階級だけだ。
けれどもその闇の中に少しかすかに明かりがともる。
春になれば、美しい山桜が目を楽しませてくれるし、農作業の合間には青空が広がり、鳥の声が澄み渡る。
藤沢周平は<忍従>を強いられながらも、信じるものに思いを寄せるその心情や友情や正義心やほのかな恋心に、温かい視線を送っている。
彼のほとんどの作品では、武士道の求道精神も、天下国家の大げさな議論も、才能にあふれた傑物も、登場しない。
歴史にその名を刻まないような、実直で人に気配りが出来るやさしい心根の人物の方が、剃刀のように切れる重臣や世渡りのうまい人々よりも、好意的に描かれている。

『花のあと』の以登役の北川景子や、『山桜』の野江役の田中麗奈や、『蝉しぐれ』のふく役の木村佳乃などの所作や立ち振る舞い方が、山田洋次三部作に比べると、なってないなどとする批評も目に付いた。
けれども、僕はそんなところは気にならなかった。
たった1回の剣の立会いで信頼を寄せた相手のために仇討ちに出る以登。
二度の結婚の失敗のなかで最初に縁談話があった男との山桜の思い出を支えに長い回り道をする野江。
子どもの頃の思い出を持ち続けながらも、身分違いのすれ違いをしながら「20年思い続ける」という心を受け止めるふく。
どの「恋」も単独の男女の、閉じられた恋愛の範疇で収まることはできないことは、登場人物たちはよくわかっている。
そういう時代であったし、そういう風土でもあった。
そのなかで「思い続ける」ことを、北の自然だけが見ていてくれたのかもしれない。
そして山田組以外の監督・スタッフたちも、作品の優劣はあるとしても、それぞれ比較されるプレッシャーに耐えながら、そのことだけを丁寧に救い上げているように思える。
もう、多くの言葉は必要ない、といった感性を。
そして、観客もそれを望んでいる。
藤沢周平のどの作品をとってみてもいいが、一般に思われているほど「秘剣」などをことこまかく解説しているわけではない。
だから殺陣は見せ場にはなるが、そのシーンが作品のすべてを決めるわけではない。
大掛かりなドラマもなければ、奇想の風雲児が活躍するわけでもないし、活劇の迫力で押すことも出来ない。
だから、黒沢明監督などは、きっと触手も動かされないだろう小さな小説世界だ。
司馬遼太郎のような国家論や歴史観が背景にさほどあるわけでもなし、山本周五郎のような庶民の私生活を細密に描き出すわけでもない。
池波正太郎のような江戸のグルメの仔細にニヤリとするシーンもなく、山田風太郎のような破天荒な歴史の創作もない。
けれども、やはりこれほど藤沢周平作品が映画化されたりするのは、本当はどこか「ふるさと」の懐かしい風景(それが現実にはとっくに喪失しており、また快適な暮らしから縁遠いことは重々わかっているとしても)を、たとえ幻想の中でも保存しておきたい、という僕たちの心性にその理由があるような気がする。
1ヶ月ほど前に山形まで車で出かけた。
まだ紅葉には早かったが、穏やかな里山を通り抜けながら、隠れ家のような温泉にいくつか立ち寄った。
もう少ししたら、また雪深い沈黙の季節となる。
空は晴れ渡り、空気が清浄だった。
『蝉しぐれ』では「かざぐるま」、『山桜』では「栞」、『花のあと』では「花のあと」という題名の主題歌を、いずれも一青窈が抒情的に歌唱している。
それらのメロディーが、ひんやりとした風の合間に、自然と思い返されてきた。
kimion20002000の関連レヴュー
『隠し剣 鬼の爪』
『武士の一分』













小さな世界なんですよね。
でもそれこそが我らがせっせと日常を送っているところ・・・。
映画が作られるたびに、もういいんじゃないかな・・・と思いながらやはり見てしまいます。
ぜひ、今度は真冬の庄内をおたずねください。きっと人生観が変わると思います。
先日実家に行ったとき、藤沢記念館に寄ってきました。結構な人出でしたね。
まだまだ引っ張るようです。
地元なんですね。
風土が生み出した作家なんでしょうね。
藤沢周平は。少年の頃吃音だったようですね。
僕も昔はそうだったんでわかるのですが、そのことも藤沢文学のある資質となっているような気がします。.
真冬の庄内ねぇ。
人生観、変わりますか(笑)
そりゃ、行かないとね。
この作品を観た日は母はまだ元気でした。そういうことも思い出すと辛くなります。
母は恐らく実際的な姉や兄より僕と話があったと思います。花鳥風月を愛でたり。
最初に病院へ急行する日の朝も「今年は鶯が鳴かないね」と話をしました。
藤沢文学の映画化作品を観ると自然が扱われるケースが多いですし、山田監督の作品は特に鳥の声がよく使われて、僕はニコニコでした。
僕が母を亡くしたのは30代半ばのことでした。
着物姿の似合う人でした。
お母様のご冥福をお祈りいたします。
そのいずれの映画化も、本来、人それも女性について使う言葉ですが、“楚々とした風情”を感じさせてとても好ましい。
北川景子の剣士姿も大変良かったですね。
北川景子の剣士できりっと睨んでいるスチール(このレヴューにありますが)その画像を一時期モイターの壁紙にしていて、馬鹿にされました(笑)