
<訃報>石元泰博さん死去90歳…写真家、斬新な構図で脚光
毎日新聞 2月6日(月)13時32分配信
桂離宮などの伝統建築や都市の風景をモダンな構図と深みのある階調でとらえ、戦後の写真表現に影響を与えた写真家で文化功労者の石元泰博(いしもと・やすひろ)さんが6日、亡くなった。90歳。
米国サンフランシスコ生まれ。第二次世界大戦が始まってコロラドの日系人収容所に収容されるが、ここで写真の技術を学んだ。
53年、アメリカ国籍の立場で来日。翌年には東京の画廊で日本初個展を果たし、57年、第1回日本写真批評家協会作家賞受賞。60年、建築家・丹下健三らとの共著「桂 日本建築における伝統と創造」(日本語版と英語版)を刊行。京都・桂離宮の庭石などを斬新な構図でとらえた作品が高く評価され、脚光を浴びた。
写真集「シカゴ、シカゴ」で69年度毎日芸術賞を受賞。同年日本国籍を取得し、以後、日本を拠点に活動した。
変わりゆく戦後日本の風景をシャープな構図でとらえたほか、伊勢神宮や東寺の両界曼荼羅の撮影では伝統文化へのアプローチに新たな地平を切り開いた。78年芸術選奨文部大臣賞、96年文化功労者顕彰。東京造形大教授も務めた。
石元泰博の伝説の『シカゴ、シガゴ』にしても『桂離宮』にしても『伊勢神宮』にしても、大判の分厚い写真集だが、古本屋でも高くて、仕方がないので図書館で何度かため息をつきながらじっくりと見たものだ。
1921年生まれ、3歳で父の出身の高知に戻るが、またアメリカに戻り、第二次世界大戦では強制収用所に入ることになる。
世界的彫刻家であるイサム・ノグチや、チャップリンの秘書をつとめた高野虎吉や、『スタートレック』でお馴染みのジョージ・タケイや、収容所の記録写真を撮り続けた宮武東洋や、ジャニーズ事務所で芸能界を制覇したジャニー喜多川、メリー喜多川や、孤高のストリートアーチストでドキュメント映画『ミリキタニの猫』に描かれたジミー・ミリキタニや・・・同じような世代のアメリカ国籍の日本の若者はいたのだが、石元泰博は収容所時代に写真に目覚めたのかも知れないが、その後バウハウスの流れを汲むシカゴのインスティテュード・オブ・デザインで建築などを学びながら、モダンフォトグラファーとして53年に日本の土を踏むことになる。
僕の生まれた年だ。
この人の完成度の高い叙情を排した鋭利な構図には、いつも驚かされる。
『桂離宮』にしても『伊勢神宮』にしても、特別に彼のためだけに撮影の舞台が用意されたわけではない。
一般の観光客に混じり、あるいは20年に一度の遷宮の何日間か報道陣に公開される舞台で多くのカメラマンたちのなかの一人として、短い時間の中で、瞬間のように啓示を受けた構図で対象を切り取り、あの歴史に残る写真集が出来たのである。
その後、何度も彼の作品展などに出かけたが、最後の作品集は『シブヤ・シブヤ』であったか。ノーファインダーで渋谷に立ち止まりながら、若者の生態を見事に描写している老齢の石元泰博!
『シカゴ、シカゴ』で始まった彼の仕事は、『シブヤ・シブヤ』で幕を閉じたことになる・・・合掌!
米国サンフランシスコ生まれ。第二次世界大戦が始まってコロラドの日系人収容所に収容されるが、ここで写真の技術を学んだ。
53年、アメリカ国籍の立場で来日。翌年には東京の画廊で日本初個展を果たし、57年、第1回日本写真批評家協会作家賞受賞。60年、建築家・丹下健三らとの共著「桂 日本建築における伝統と創造」(日本語版と英語版)を刊行。京都・桂離宮の庭石などを斬新な構図でとらえた作品が高く評価され、脚光を浴びた。
写真集「シカゴ、シカゴ」で69年度毎日芸術賞を受賞。同年日本国籍を取得し、以後、日本を拠点に活動した。
変わりゆく戦後日本の風景をシャープな構図でとらえたほか、伊勢神宮や東寺の両界曼荼羅の撮影では伝統文化へのアプローチに新たな地平を切り開いた。78年芸術選奨文部大臣賞、96年文化功労者顕彰。東京造形大教授も務めた。
石元泰博の伝説の『シカゴ、シガゴ』にしても『桂離宮』にしても『伊勢神宮』にしても、大判の分厚い写真集だが、古本屋でも高くて、仕方がないので図書館で何度かため息をつきながらじっくりと見たものだ。
1921年生まれ、3歳で父の出身の高知に戻るが、またアメリカに戻り、第二次世界大戦では強制収用所に入ることになる。
世界的彫刻家であるイサム・ノグチや、チャップリンの秘書をつとめた高野虎吉や、『スタートレック』でお馴染みのジョージ・タケイや、収容所の記録写真を撮り続けた宮武東洋や、ジャニーズ事務所で芸能界を制覇したジャニー喜多川、メリー喜多川や、孤高のストリートアーチストでドキュメント映画『ミリキタニの猫』に描かれたジミー・ミリキタニや・・・同じような世代のアメリカ国籍の日本の若者はいたのだが、石元泰博は収容所時代に写真に目覚めたのかも知れないが、その後バウハウスの流れを汲むシカゴのインスティテュード・オブ・デザインで建築などを学びながら、モダンフォトグラファーとして53年に日本の土を踏むことになる。
僕の生まれた年だ。
この人の完成度の高い叙情を排した鋭利な構図には、いつも驚かされる。
『桂離宮』にしても『伊勢神宮』にしても、特別に彼のためだけに撮影の舞台が用意されたわけではない。
一般の観光客に混じり、あるいは20年に一度の遷宮の何日間か報道陣に公開される舞台で多くのカメラマンたちのなかの一人として、短い時間の中で、瞬間のように啓示を受けた構図で対象を切り取り、あの歴史に残る写真集が出来たのである。
その後、何度も彼の作品展などに出かけたが、最後の作品集は『シブヤ・シブヤ』であったか。ノーファインダーで渋谷に立ち止まりながら、若者の生態を見事に描写している老齢の石元泰博!
『シカゴ、シカゴ』で始まった彼の仕事は、『シブヤ・シブヤ』で幕を閉じたことになる・・・合掌!












