サーカスな日々

サーカスが好きだ。舞台もそうだが、楽屋裏の真剣な喧騒が好きだ。日常もまたサーカスでありその楽屋裏もまことに興味深い。

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mini review 10498「やさしい嘘と贈り物」★★★★★★★☆☆☆

2010年11月01日 | 座布団シネマ:や・ら・わ行

認知症で記憶をなくした老人が、彼を気遣う家族に見守られながら自分の妻に恋をする姿を描いた人間ドラマ。主人公の老夫婦を、共にオスカー俳優のマーティン・ランドーとエレン・バースティンが演じる。数々の巨匠たちの作品に出演してきた名優二人を主演に迎え、シリアスな内容ながら心温まる感動作に仕上げたのは、本作で長編初監督を果たす新鋭ニコラス・ファクラー。妻から夫へ、娘・息子から父へ、ロバートを愛するがゆえのやさしいうそが胸に迫る。[もっと詳しく]

ふたりの老優は、アクターズスクールの若者たちに、あらためて語りかけているようだ。

ロバート役のマーティン・ランドーは1931年生まれ、79歳。
メアリー役のエレン・バースティンは1932年生まれ、78歳。
どちらもとても味のある役者であり、オスカー俳優である。
マーティン・ランドーは、僕にとってはまずは1966年から73年にかけてテレビ放映された、『スパイ大作戦』の変装の名手ローラン役としてである。
中学校から高校にかけて、このシリーズは欠かさず見ていた。
ちなみに、アメリカの女優さんははじめてのように色っぽいなあと思わされたのは、紅一点のレギュラーであるシナモン役のバーバラ・レインであったが、彼女とマーティン・ランドーは結婚もしている。
マーティン・ランドーが30歳半ばの頃の当たり役だ。
エレン・バースティンは『エクソシスト』の少女の母親役としても思い出深いが、やはりなんといってもオスカーをとったマーティン・スコセッシ監督の『アリスの恋』の演技だ。
この時、彼女も30代半ばであったが、自分の生き方にまっしぐらの中年女性を演じて、「初めての女性のための映画だ」などと評価された。



この主演ふたりは、アメリカの「アクターズスタジオ」に深くかかわっている。
マーティン・ランドーは「アクターズスタジオ」では、スティーブ・マックウィーンと同期だった。
後年は、スタジオで演技指導に回り、ジャック・ニコルソンやアンジェリカ・ヒューストンなどを育てている。
エレン・バースティンも尊敬されている役者ではあるが、一時期全米の俳優連盟の理事長も引き受け、「アクターズスタジオ」のトップのひとりでもある。
そんなベテラン俳優の、老年をめぐるちょっとビターなファンタジーを、脚本・監督したのはたった24歳の女性監督ニック・ファクラーである。
彼女がこの脚本を書き溜めていたのは高校生の時であるというから、驚きだ。
ベテラン俳優の孫ぐらいの世代の新人監督が、「老いと家族」の絶望や再生をクリスマス・ストーリーに仕立てて、幅広い世代に見てもらえるような作品に仕上げたことは、賛嘆に値する。



ローランは老人の独居生活であり、クリスマスを前にしても孤独に苛まれている。
スーパーマッケットを経営するマイク(マイク・アダムス)のレジ回りを手伝っているようだが、なんだかあんまり仕事はしていないようだ。
向かいに引っ越してきたというメアリーは娘のアレックス(エリザベス・バンクス)と母娘で住んでいるようだが、ローランが気になる模様で、食事に誘う。
ほどなくしてローランとメアリーに「老いらくの恋」が芽生え、「君といると安心する。前から一緒にいたような気持ちになる」とローランが言えば、「はじめて会った時から、愛し合っていた気がする」とメアリーは答える。
僕たちはほほえましく「老いらくの恋」を祝福したくもなるが、そうはいかないんだろうな、と予感している。
なぜなら、ローランはいつも起き抜けに、ぼんやりとした霞がかかったような映像が重ね合わされて、なにやらボケの症状があることに気がつかされるからだ。
あるいは、メアリーが意味ありげなセリフを繰り返し、心配げな様子でローランを観察したりするからだ。
それにボケがかった独居老人であるローランの家が、綺麗に片付いていて、食料品や薬が常備されていることが妙だからだ。



途中からは、記憶が何日も持たないローランに対して、妻であるメアリーや子供であるマイクやアレックスが仕込んだ「嘘」であることがわかる仕掛けになっているが、もし「クリスマス」に向けての善意のサンタの贈り物のようなこの「嘘」が、なるべく平穏に長く続きますように・・・と、観客は祈りたくもなってくる。
しかし「老人のメルヘン」めいたファンタジーは、いつか幕が閉じることになる。
嫌な言葉である「後期高齢者」の本質的な課題はたくさんあるとしても、もっともリアルに登場するのは「性」の問題ではないか。
この場合の「性」というのは「対あるいは家族」ということを指している。



たぶん、多くの人にとって、子供も育ち、職業生活もある区切りを迎え、ある時期からは<中性>的になったもしくは<単独>に帰着するような意識が、どこかでもう一度「対あるいは家族」に回帰するようなところがあるのではないか、と思うことがある。
それはたぶん身近な人の「死」の問題が、あらためて「老い」の背景に登場してきて、結局は本人には体験しようもない「死」という現実を忘却させるものとして、あらためて「対あるいは家族」の絆というものを確認したくなることによるのかもしれない。



しかし、ここに「認知症」(それは誰にも多かれ少なかれ訪れる自然過程だとして)が入り込むことによって、「思い出=記憶」のよすがが曖昧になってくる。
だから、ロバートは自分あてに贈ったクリスマスプレゼントの箱には、自殺用のピストルが入ってくることになる(本人はその行為も忘却しているわけだが)。
それなら、メアリー含め家族がとった「嘘」や「贈り物」は、「認知症」を前提に、「関係を再構築」して、新しい喜びの記憶を刷り込もうという苦肉の策となる。
そんなことは、ほとんどの「後期高齢者」には御伽噺にしか過ぎないかもしれないが、そうしたメルヘンに嫌らしさを感じないのは、この若い監督がそんなメルヘンの仮構に、<衒い>を持っていないからのように思える。



お話のほとんどは「認知症」のロバートの主観から構成された物語であり、それを観客は、メアリーや家族の側から視点を代えて、再構成していくことになる。
だから、たぶんこの作品をもう一度見たならば、おそらく注意深く、ロバートの周囲の人間(役者たち)が、セリフや目線や仕草を微妙にずらしながら演技していることに、気づくことになるはずなのだ。
『スパイ大作戦』のマーティン・ランドーや、『アリスの初恋』のエレン・バースティンが、自分の実生活と同じくらいの老夫婦を、ほほえましくも痛ましく演じている。
「アクターズ・スタジオ」に集う、監督と同じぐらいの年頃の目を輝かした俳優の卵たちはまたひとつ、人生のいとおしさ、そしてそれを演じるということがどういうことなのかを、この作品によって学んだ筈である。

 


 

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4 コメント

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素晴らしい (sakurai)
2010-11-04 07:55:41
ことは重々わかってるんですよ。
この名優二人の見事な年齢の重ねかたも堪能させていただきました。
なんですが、実際の認知症だった祖父や、周りにいらっしゃる方々、そういう方に接している家族の方々を見ていると、どこかに納得いかず、釈然としてないです。
よっぽどひねくれてるんですね、あたしってと思い返した次第です。

スパイ大作戦!!小学生の時でしたが、見ておりました。
面白かったですね。ありえねーーと分かっていながら、わくわくどきどき。
「0011」とともに、子供の時の二大巨頭でした。
sakuraiさん (kimion20002000)
2010-11-04 12:46:19
こんにちは。

>実際の認知症だった祖父や、周りにいらっしゃる方々、そういう方に接している家族の方々を見ていると、どこかに納得いかず、釈然としてないです。

もちろん、この作品は、メルヘンです。
実際は、冗談言うな、という現実が待っています。
だから、冒頭から、クリスマスの飾りつけのまるでディズニー映画のようなファンタジーチックな御伽噺を仮構したんでしょうね。
弊記事までTB&コメント有難うございました。 (オカピー)
2011-07-27 14:04:08
現在闘病中の父親がほぼこの世代につき、状況は全く違いますが、オーヴァーラップしましたね。
kimionさんと同じ兄の年齢を考えると父は非常に若いのですが、事情があって19才の時に頼りになる5歳年上の母と結婚したのです。
僕は母は軽く平均寿命をクリアすると思っていたし、母自身も昨年「父ちゃんの方が先かねえ」と言っていたのですけどね、僕のうっかりで、全く残念なことをしました。

>ロバートの主観から構成された物語
そうなんですね。
この作品を観る上で非常に重要なポイントであり、僕も指摘しようと思いったのですが、先にkimionさんに書かれてしまいましたので、オミットしました(笑)
オカピーさん (kimion20002000)
2011-07-27 23:16:38
こんにちは。
お父様、お体回復されるとよろしいですけどね。
うちの父は、母が亡くなってしまって、そのあとあらあらという感じで、老け込んでしまったんですね。
映画でも、老役者の演技などを見るにつけ、感慨を受けるようになりました。

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