浜崎ヒカル交通館ブログ

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1泊2日の京都旅行(その4)

2016年12月28日 11時42分02秒 | Weblog
今さら8月のことを記事化してすみません。

8月26日の朝は、京都市内の某旅館で迎えた。
両親も一緒である。

朝食後、チェックアウトすると、京都駅へ行き、18きっぷにスタンプを押してもらってから、改札を通った。
そして、新快速電車に乗った。
次の停車駅の山科で新快速を降りると、改札の外に出て、コインロッカーに大きな荷物を預けた。
それから、市営地下鉄東西線の乗り場へいった。
切符を買って、改札を通り、六地蔵行きの電車に乗った。
東西線は、開業が比較的新しい路線で、ホームドアが完備されている。

電車が途中の醍醐駅に止まると、下車した。
そして、地上に出て、醍醐寺へ向かって歩いた。

団地などが建ち並ぶ住宅街の中を通り抜けると、醍醐寺に着いた。







醍醐寺は、真言宗醍醐派総本山の寺院で、古都京都の文化財として、世界遺産に登録されている。
創建は、874年だという。
また、その寺院は、西国33箇所第11番札所である。



境内に入り、仁王門を通り、しばらく歩くと、金堂や五重塔などがある。







五重塔は、平安時代に建てられたもので、国宝に指定されている。
951年に完成したという。







境内をさらに奥へ進むと、現在の札所の観音堂がある。



参拝後、納経帳に御朱印を受けた。





その日、その時間は、天候が良く、弁天堂や池とお堂を組み合わせた写真などの撮影も楽しんだ。

そのあと、駐車場付近の茶屋で休憩して、醍醐寺をあとにした。

それから、歩いた道を引き返し、醍醐駅付近へ戻った。
醍醐駅付近に戻ると、そばにあるショッピングモールの飲食店で昼食をとった。

そのあと、地下鉄東西線に乗り、御陵駅で下車した。
御陵駅からは、住宅街の細い道をしばらく歩いた。
向かったのは、元慶寺である。
その寺院は、西国33カ所の番外札所になっている。

道が細く複雑なうえ、途中の案内表示はないに等しかったので、わかりにくかったが、なんとか到着した。









元慶寺は、天台宗の寺院で、創建は、869年である。

京都の郊外の住宅街にあるこじんまりとした寺院だった。

参拝後、納経帳に御朱印を受けた。

また、境内の端のほうには参拝者が使えるトイレがあるが、男女共用の古い建物だった(古いが水洗トイレだった)。

元慶寺参拝後は、歩いた道を引き返し、御陵駅へ戻った。
御陵駅から山科駅まで、地下鉄に乗り、山科駅で、地下鉄を降りると、地上に出て、コインロッカーの荷物をとった。
そして、JRの改札を通り、下りの新快速電車に乗った。
わたしたちが乗った車両は、先頭の車両で、225系だった。
また、その日、その列車には、女性の運転士が乗務していた。
次の京都から大阪までは、車掌も女性だった。
大阪駅で乗務員の交代があり、大阪からの運転士も女性だった。
新快速が終点の姫路に着くと、下車して、姫路からは、16時03分発の979M・播州赤穂行きに乗った。
その列車が、途中の相生に止まると、山陽本線の普通列車の1327M・岡山行きに乗り換えた。
その列車は、115系の3両編成だった。
その日、京都にいたときは、大変良い晴天だったが、西へ移動するにつれて、曇ってきた。
車窓から北西のほうを見ると、灰色の雲が目に入った。
そして、雨が降ってきた。

17時11分、列車が、瀬戸駅に止まると、下車して、改札の外に出た。
そのとき、駅付近は、雨が降っていた。

バスが来るまで時間があったので、母親は近くの店で買い物をし、それからしばらくして、バスに乗り、帰路についた。

こうして、西国札所巡りとトロッコ列車などを目的とした旅行を終えることができた。
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