単独飛行

ひとり空をゆくように

マザコン

2017年05月15日 | 男と女
 息子を授かったとき、「とにかくマザコンにだけはしないようにしよう」と思った。
 息子の教育方針はとにかくそれだけだった。

 強い男になってほしい、男らしくなってほしいとも思ったけど(男なら格闘技だぁ!!と思った話は以前書いた)、もし息子がオネェになってもそれはそれで受け入れようと覚悟していた。
 だけど、マザコンだけは嫌だ。

 これまでの人生で何度かマザコンと思しき男に出会ったことがある。
 私のマザコンの定義は、就職して独り立ちしているはずなのに親に何か買ってもらう(クルマとか、電気製品とか、ある程度高額なもの)、アパートなど住むところを親に探してもらう、何か大事なことを決めるとき自分で考えずに親にとりあえず相談する。

 このへんがマザコンの定義かな・・・。
 要するに、自立していない人。

 ちょっと格好よく言わせてもらうと、親の役目って子供を自立させることだと思う。
 それがすべて。
 自立していないマザコン男は、周りに迷惑をかける。つきあった(結婚した)女性を不幸にする。これは大変なことですよ。
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一人で行く

2017年05月05日 | 模型
 最近、実家の母が弱ってしまい、もうそろそろダメか・・・という感じがずっと続いている。
 病院に行き、することもなく母のそばにいると、いろいろと昔のことが浮かんでくる。

 母はアラフォーの頃、クルマの免許を取った。当時の専業主婦としてはけっこう勇気のいることだったと思う。新築したばかりの家が辺鄙な場所にあったのと、父が単身赴任で不在だったのでやむをえず・・・という必要に迫られたのがかえってよかったかもしれない。
 これがしかし、母の趣味とぴったり合うことになり、人生をすごく豊かにしてくれたのではないかと思う。
 というのも母は、野山を歩いて野草を見るのが大好きで、しかも別府はすぐ近くに自然豊かな野山が豊富で、クルマさえあれば、手頃な山歩きのできる場所がたくさんあるのも幸運だった。
 「趣味はドライブ」という人も多いと思うけど、その中身はいろいろである。
 私の周りの女性なんか見てると、せいぜい買い物・飲み食い目的程度のドライブが多いのだが、母の場合、もうひとつの趣味とぴったり合致し、自然を見るためにクルマで出かける・・・という目的がはっきりしていたのが良かったと思う。

 また、これまた女性差別かもしれないけど、私の周りの奥様連中見てると、普段の買い物は自分で行くけど、遠くにドライブするときは夫の運転で、という人がほとんどである。果たしてそういうドライブは趣味といえるのか。
 独身で寄生虫生活をしていた20代の私はよく母のクルマに乗せてもらってたけど、まさにそういうのは何の勉強にもならず身につくものもなかった。

 私はこの十数年、趣味のプラモデルの展示会に出かけることが年に何度もある。最初の頃こそ他人にお願いして宿を取ってもらったこともあるけれど、今はネットで調べてJRの切符や宿の手配は自分でする。展示会会場の近くの美術館に面白そうな展示があったら、寄ってみたりする。しかしそんなことすら夫や彼氏任せ、という女性はけっこう多い。
 今やスマホならすぐに調べられて当たり前でしょ、と思う人もいるだろうけど、10数年前はまだスマホもなく私はパソコンで自分で調べて自分で予約して・・・っていうのも、私みたいな主婦にはかなり社会勉強になった。
 まぁでも、それも夫がそういうことをしてくれないからヒガミかもしれないけど、逆に自分一人で行けるようになったのは良かったと思うようにしている。

 思うに、趣味って「自分一人で行って」はじめて本物になる気がする。一人で行くのはいつも小さな冒険である。
 誰かと一緒に行かないとだめ・・・なんてのは、子供でしょう。趣味って一人遊びが基本だと思う。

 と言ったら、「あんたの旅行は、行った先にオジサンたちが待ってくれてるんでしょう?そんなの一人旅でもなんでもねぇわ」と友人に言われましたが、まあそうかもしれない。

 
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サボテンの花

2017年04月30日 | 男と女
 若い頃、誰かとつきあうきっかけは、「同じミュージシャンが好き」とか「同じ作家が好き」とかいうように、趣味が同じことが多かった。趣味というか、興味のあることや好きなこと・・・「休日には〇〇をしてます」というときの〇〇である。ちょっとした好みが同じで「あっ、私も!!」なんて言ってうれしくて、そのまま・・・というようなことが多かった。

 今でも、同じ曲を知っていたり、同じ趣味をたしなんでいたりすると、確かにそこから話に入っていきやすいけれど、果たしてそれだけで恋人になるかというと非常に疑問である。

 話していて楽しいか、自分に気を使ってくれているか、私の話をじゅうぶん聞いてくれるか、何か隠していそうなそぶりはないか、今この瞬間において誠実であるか、私との時間を楽しんでいる様子か。
 ようするに話の内容ではなく、話し方である。同じ時間をどれだけ楽しく共有するかである(それを価値観が同じとか言うのかもしれない)。

 何気なく会話をしていて楽しい相手に巡り合うのは実に難しい。けっこう、そんなに、たくさんはいない。たいていの会話はどちらかが相手に合わせている。
 単に面白い話をしてくれる人、というだけではない。単に私をほめてくれる人、というだけではない。

 特に意識して相手に合わせなくても、自然とリラックスして話ができる。恋人とは、そういう人のことだと思う。

 
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女の勝ち組

2017年04月16日 | 日常
 先日、両親のことで県外に住む妹が帰省してきた。
 夜は二人で居酒屋に入り、あれこれ話していると

 私「今更だけどさ、女ってバカでもチョンでも、社長と結婚すれば社長夫人なんだよね。首相と結婚すれば首相夫人なんだよね。あ~っ悔しいわ、その女が偉いわけでもなんでもないのに。今更だけど、そういう女を勝ち組というのね」
 妹「でもさぁ、そういう女が幸せがどうかわからないじゃん」
 私「だってさ、社長夫人ならお金がいっぱいあっていいもの食べてるでしょ」
 妹「まぁそりゃ少しはいい生活してるかもしれないけど、それが幸せだと言えるかどうかわかんないよ。子育てが終わったら、あとはせいぜい友達に誘われてヨガ教室か何かに行くくらいでしょ。そんなのただのつきあいでさ、帰りにランチするのが楽しみだったりして。50代のオバちゃんで、お姉さんみたいに夢中になれる趣味を持ってる人なんか、そんなにいやしないよ」
 私「そっそうかしら!!(50代のオバちゃんってのが余計じゃわい!)」
 妹「そうだよ、おじさん達がお姉さんを仲間に入れてくれるのも、共通の趣味があるからこそでしょ? 容姿がいいからチヤホヤするとかそういうのじゃないでしょ? それってすごいことだよ」
 私「ううーむ(いや私が美女だからだと思ってたんですが・汗)」

 そうなのだろうか。客観的に見ると、そんなふうに見えるのだろうか。
 夢中になれることって、意外と人は持っていないのだろうか。

 そういう「幸福量」とか「幸福指数」って数で測れないからなあ。本人が言っても「負け惜しみ」ととられる気もするし。
 社長夫人にはなれなかったけど、私の楽しみは作業机のほんの10センチ四方の中にキラキラと輝いている。
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男らしい女

2017年04月11日 | 男と女
 男っぽい女、というのには二種類ある気がする。

 ひとつは「男っぽいものを好む女」ということで、一般的に男性が好きであるようなモノが好きという女。
 そしてもうひとつは、「男らしい女」ということで、立ち居振る舞いとか言葉遣いとかが男っぽい女。

 このふたつは本当は全然違うんだけど、本人たちは混同してる場合がある。

 性としての男性に近いのは後者のほうで、前者みたいのは単に男性が好きなジャンルのモノを好きというに過ぎない。だから最近みたいに女の子がズボンをはいてサッカーボールを蹴飛ばしても誰も変だとか言わない時代には、とりたてて誰も気にならないのかもしれない。

 私の育った時代(1960年代から70年代)は、まだまだ女の子と男の子の間には溝が大きかった。
 女の子はピンク色の服を着て少女漫画を読んで女の子らしくしなくちゃいけなかった。何か言うと「可愛げがない」と言われ、女らしいことをしないと「気が利かない」と叱られた。

 私みたいに、何かと男が好きなものを好むような女は今生まれたらとても楽に生きていけるに違いない。
 いやそれ以前に「男の子が好きなもの」という区分けは今はもうないのだろうな。
 うらやましい。
 
 (1/144 スツーカ)
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