単独飛行

ひとり空をゆくように

若さを保つ秘訣

2017年03月11日 | 男と女
 私くらいの年齢(50代)になると、女性はたいてい体形や容色の衰えを感じ、大変な焦燥感の中で毎日を過ごす。
 こないだも友人と話していて「若さを保つにはどうしたらいいか!?」という話になった。

 友人は「若い人の流行に敏感になって、音楽やファッションを知ればいいんじゃない」と提案する。
 でも私は、単に若い人の真似をするだけじゃ若さは保てない気がする。というか、むしろ猿真似は見苦しい。
 もちろん若い人の流行を知るのも脳の刺激にはなるだろうし、それを自分が「いいなあ」と思えればどんどん取り入れればいい。
 若い人の情報自体に若さの秘訣があるんじゃなくて、「それやってみようか」と思うモチベーションが若さを持続させると思う。

 「それやってみようか」と思うには何が必要かというと、「それいいな」という感性なんだけど、これを発動させるのは意外と大変だったりする。
 そういう感性が摩耗するのが(悪い意味で)年をとったということで・・・もうそんなの面倒だわとか、オバサンだから無理とか言ってると楽しいことも美しいものも見えなくなる。

 そうそう。その否定語ですよ。
 どこから見てもオバサンなんだから、自分で改めて「私オバサンだから」なんて言わなくていいのよ。
 否定語は人を摩耗させる。その否定語を聞いている相手も嫌な気持ちにさせる。

 おおーすっげー、というふうに感動することが若いってことじゃないでしょうか。 
 アホな話に夢中になれるということが若いってことじゃないでしょうか。
 (精神的に)若い人は否定語をあまり言わない。

 友人は「若い男と話すと若さを保てる気がする。自分より年上のジジイとかいらんわ」という。
 確かに若い異性はまあ一般的に心をときめかせると言われる。
 しかし、10年以上模型という趣味やっててたくさんの男性に接して思うのは、年齢はそこまで関係ないということなんですね。
 そもそも人間を年齢で若いとかジジイとか決めて切り捨ててしまうのはどうか。もったいない。

 30歳でも魅力の乏しい枯れた男もいれば、80歳でも話してて楽しい男性もいる。
 ただ、若い人は失敗や間違いを恐れない部分があるしまわりも許すのでそこはうらやましい。それだけは見習いたいけど。

 とにかく否定語を言わずジョークを言えば、どんなに失敗しても悲しくても、人生に明かりをともす。アホが世界を救うのである。そう、それこそがアホの社会貢献であり、アホの生きる道なのだ。よっしゃぁ!!
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赤ちゃんはどこから来るの?

2017年02月25日 | 思い出
 赤ちゃんはどこから来るの? と、両親に聞いたことはありますか。

 私はエッチな話などをさんざん書いているので、そういう疑問をさぞかし持っていただろうと思われるかもしれませんが、実は赤ちゃんがどこから来るかということには何の疑問も持っていなかった。あなたはお母さんのお腹の中から出てきたのよと言われ、「そうですか」と簡単に納得してしまった。

 子供がそういう質問をするとドキドキするのは大人が「セックスしたら子供ができる」ということを知っているからで、子供はとても単純に「どこから来るのだろう」と疑問に思っているにすぎない。そういう質問をする子供はむしろ赤ちゃんに興味があるのかもしれない。どこから来るかという物理的な問題より、お父さんとお母さんが愛し合って子供がほしいと思ったから授かった、ということのほうが大事である。そこに子供は安心する。
 サンタもそうだよね、具体的にサンタってどういう人でどこからくるのだろうとか、詳しく知りたいと思う子供もたまにいるのかもしれないけれど、そういう子供は科学者か新聞記者に向いているのかもしれない。

 ただし、「私はお母さんから生まれたのにどうしてお父さんに似ているの?」という結構鋭い質問をして母を困らせたらしい、我ながら上出来である。

 両親がコタツの中でいちゃいちゃしたりしてるのを私はよく見ていたから、自然と大人はああいうふうにするもんだと思っていた。
 そのせいかどうかわからないけど、私は中学生くらいになると心より先に体が大人に近づいていった気がする。

 普通の女の子は、心がまず大人に近づいて「恋」をしたり「恋」に憧れたりするもんだけど、私は当時の中学生と違って郷ひろみだ野口五郎だなんていうアイドルはさっぱり興味がなく(そういうものにキャーキャーいうのは子供っぽい気がした)、物語の中の男とか戦国武将とか(なんか書いてて恥ずかしいなあ~)、今でいう二次元の人に恋をしていた気がする。

 そんなわけで生身の男には興味がなく、風呂に入って自分の体を眺めてエッチな気分になったりしていた。
 思えば不思議だよね、男の子は、女の体を想像してエッチな妄想に浸るのだろうけど、女の子は自分の体を見てエッチな気分に浸るのである。決して男の子を想像して妄想するのではない。あ、いや。そういう人もいるのかな。聞いたことないからわからないな(だんだん自信がなくなってきた) 私だけか・・・。

 どうもこうやって分析すればするほど、私は恋する乙女ではないみたいで、本当に恋愛したことはないんじゃないかと思えてくる。
 寝ても覚めても熱病にかかったように相手を思ったことなんて一度もない気がする。ただ、「恋メーター」なんてものはないから、測れるものでもなし、どのくらい好きだったのか、もはや過去の恋の深さを知るよしもない。
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秘密

2017年02月18日 | 
 「自分には墓場まで持って行かなくちゃならない秘密がある」と、意味深な顔で言う人に会ったことが何度かある。

 いきなり「墓場」なんて単語が出てきて若いころの私は少しびびったが、今思うといい大人になって他人に言えない秘密を持っていない人なんかいるだろうか。

 同じように、家族の間に問題を抱えていたり、親子で対立していたり、何十年も口をきいたことのないきょうだいがいたり、故郷に長い間帰っていないとか・・・そんな、家族や生い立ちにまつわる悩みを抱えていない人もいないんじゃないだろうか。
 一皮めくれば、そういうのが人生だし、普通の人間だと思う。
 もし、自分には何ひとつ秘密なんかないし、肉親には何の文句もつけようがない、という人がいたらそういう人は大変な宝物を持っているのだと思ったらいい。

 この物語に出てくる人物はほとんどが何かの秘密や後ろ暗い過去を持ち、肉親、あるいはごく近い関係の間柄同士で、憎んだり疑ったりしている。ろくでもない人間ばかり、お人よしは一人もいないし開けっぴろげに話す人は一人もいない、アメリカ人らしいジョークもほとんど皆無で、こう書いてみると救いようのない話のようだけど、そこが不思議と納得でき「そうなんだよな人間ってそんなもんだよな」と思わせ、犯人は誰なのだろうと読んでいる人を飽きないように引っ張っていき、ううむそうかそうか、と最後まで読ませてしまう。
 親なんて、人生で出会う人間の中でも最も厄介な相手の一人なんだよな。

 実は2009年に発売されたとき、店頭でパラパラとめくってみて「面白くなさそう」と買わなかったんだけど、最近ふと書店で手に取ったときは「面白そう」と思ったのだ。
 この8年の間に私も変化したんだろうね。

 思えばこの8年でずいぶん下流に流されてきた。
 川は最初は狭く速い流れだけれど、次第に蛇行しながらもゆっくりと豊かな流れになっていく。
 人生もそういうものかも。ひとつの本の良さがわかるようになった自分がうれしかったりする。

 「川は静かに流れ(Down River)」(ジョン・ハート著/ハヤカワ文庫)
 
 
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ハーレム

2017年02月01日 | 男と女
 ハーレムと聞くと多くの場合、男性は「エエなぁ~」と思い、女性は「そんなの絶対イヤ」と思うかもしれない。
 私もハーレムには入りたくない。ただしそれは人間の場合でありまして。

 ゴリラのオスはハーレム・・・というか、平均して三頭のメスと暮らすのだという。
 野生動物の場合、確実に子孫を残すためだろうから、もちろん快楽のためではないでしょうが、このハーレムは素晴らしい。

 先日読んだ「性器の進化論」(榎本知郎著/化学同人DOJIN選書)によると、ゴリラのセックスはハーレムとは言え固定した相手なのだという(例えばメスが三頭ならその三頭はずっと変わらない)・・・・妊娠期間、授乳中は性交をしない。そして、メスの発情期のときだけ性交して確実に妊娠させる。メスは四年に一度子どもを産む。
 三頭のメスと同じように性交してちゃんと子供を産ませる。そしてほかのオスに(子どもを)襲われたら、命がけで守る。
 (守れなかった場合、メスのほうから「おさらば」していくこともあるらしい)

 ゴリラのハーレムは素晴らしい仕組みだなあと思ってしまった。
 女性の半分くらいはゴリラになりたいと思うのではないだろうか。

 私も含めて、女性の人生は子どもに関するさまざまuな問題でずいぶん悩まされる。人生を左右される。
 結婚、妊娠、子育て・・・女性の悩みはそのへんに集中すると言ってもいい。
 でも、ゴリラのハーレムに入ってしまえば安泰である。

 三頭のメスで仲良く暮らしていけばいい。子育てなんかも協力できるかもしれない。
 オスはメス三頭を平等にセックスしてくれるから嫉妬もしなくていい。
 オスは絶対に浮気もしないという。
 そして、別のオスとは命がけで戦って守ってくれる(じーんとするね)。
 ま、もしそこで負けて殺されることがあっても、別のオスが今度は後釜に座るだけだからメスは何も心配いらない。

 素晴らしい仕組みだね。
 これで女性の悩みはすべて解決。

 人間もこうしたらいいのになあ。

 (写真はCH-47、2014年御嶽山災害派遣での一コマ/ノザワヤさん撮影)
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悲しみという感情

2017年01月23日 | 日常
 人間が進化して知性ある人間というものになったとき、はじめて獲得した感情が「悲しみ」ではないのだろうかと、なんとなく思う。
そもそも悲しみを感じるのは人間なのではないだろうか。

 動物もこどもを失ったときなどにずっと鳴いていたりするらしいが、それは本能的なもので「悲しい」という感情とは違う気がする。
 人間は他人の話を聞いても共感して泣いたりするし、芝居を見ても泣いたりする。
 お涙頂戴は実は私、大嫌いなんだけれど(災害や事故で不幸にも亡くなった人の話などを新聞に書いていることがある、そういうのは非常に疑問に思う、書く必要があるのかどうか、どういう意図でわざわざ書いているのか。それを死んだ人とは全く関係のない全国津々浦々の人に読ませる必要があるのか、朝からそんな記事を読んで涙が出てそのまま暗い気持ちで仕事に出かけるのは不愉快でたまらない)、楽しい話より悲しい話には人間は簡単に共感できる気がする。

 他人の楽しい話には、どうしても「嫉妬」が付きまとう。心から他人を「よかったね」なんて言える人はいるのだろうか。

 あるとき、まったく同じ話を平然と冷静に話すよりも、涙ながらに話すほうが心に訴えかけることを発見して驚いてしまった。
 話しながらつい涙をこぼした私を見て、まわりの人が急に驚いて心配そうに私を眺め同情の色を浮かべたのである。
 そもそも私は、話しながら泣く人が嫌いなんだけど。けっ、同情をひきやがって、と思う。
 しかし、話をしても聞いてもらえないと意味がない。
 じっと我慢して冷静に話しても伝わらないのに、感情の赴くままに泣きながら話すと心に訴えかけるとは。

 悲しみの感情も決して悪いものではない。
 悲しみが人を結び付けてくれるから。うわべだけかもしれないけれど、同情ややさしさを引き出すから。

 悲しみは決して負の感情ではない。
 人間は甘いものだけじゃ生きられない。ときどき酸っぱいものも口にしないと・・・。

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