喜久家プロジェクト

日本一細長い半島、四国最西端「佐田岬半島」。 国内外からのボランティアとともに郷づくり「喜久家(きくや)プロジェクト」。

海外の国で日本人が一番住みたい国は?その国の魅力って?

2016-05-24 | 地域づくり
 「なんとかしなきゃプロジェクト」よりおもしろい記事を見つけた。


日本人の海外移住、人気ナンバーワンの国は…?

「海外移住、憧れませんか?
食事はバリエーション豊かで美味しいし、平和で清潔な日本だけれど、
活費や家賃が高かったり、満員電車や交通渋滞が日常だったり、マイナス面もたくさんあります。

また、2011年に起こった東日本大震災の影響で、
地震や原子力発電所から距離を置くために海外移住を検討している人も増えています。

では、海外移住ではどこの国が人気なのでしょうか。
 海が美しく経済も発展していて衣食住に困ることのないハワイ?
それとも自然が豊かで賃金も高いオーストラリア?
食事が美味しくて経済成長著しい“微笑みの国”タイ?
あなたはどんな国に住んでみたいですか?

 実は、ここ何年も、日本人が住みたいと思う国のナンバーワンは、ハワイでもオーストラリアでもなく、
マレーシアなのです。
 さて、マレーシアとはどんな国で、なぜ移住する国として人気なのでしょうか。

 http://www.longstay.or.jp/newslist/open/entry-1654.html

 
 物価が安く、プール付きのアパートに住むことも可能!

 マレーシアは、東南アジアに位置しており、マレー半島の南側とボルネオ島の北側を領域とする国です。
ひとつのまとまった島ではなく、半島の一部と島の一部の二つの領域にまたがる国土が特徴です。
 リゾートで有名なペナン島やランカウイ島もマレーシア。

 もともとイギリスの植民地として、農業や鉱物の生産を主要産業として行っていた国ですが、
2020年に先進国入りするという目標を掲げて工業化を推進したことで経済的に発展を遂げ、
アジアのなかではGDPの高い国となっています。

 また、日本への好感度もとても高く、アメリカの世論調査機関が調査した結果、
マレーシア人回答者のうち75%が日本を「好き」「とても好き」と回答。
 中国の74%、アメリカの51%を超える好感度であることがわかりました。

 また、マレーシアの物価は日本の約1/3。
首都クアラルンプールの一等地であればそれなりに家賃も高くなりますが、
基本的に日本よりも広くて安い住居に住むことが可能です。
 常夏の国なので、なかにはプールがついている住宅も…!
毎日リフレッシュしながら過ごすことができそうですよね。
 
 さらにマレー系、中華系、インド系など様々な民族と宗教が共存する多民族国家なので、
外国人を受け入れやすい土壌があることもマレーシアの特徴。


 このように、南国の温暖な気候、成長中の経済、日本より安い物価、
そして親日国家、外国人を受け入れやすい風土など、
移住を考えたときにたくさんの魅力を持つマレーシア。

 
 日本とマレーシアの教育の懸け橋・MJIIT

 1980年代以降のマレーシアは、それまでの農業や鉱業に頼った産業から、
工業をメインの産業として位置付けて経済の発展を目指してきました。
 日本では、このマレーシアの取り組みを支援するために、
マレーシアの政府とともに「マレーシア日本国際工科院(MJIIT)」という教育機関を設立しました。

 MJIITは、マレーシアの学生に対して最先端の技術を教えることで、ものづくり技術の発展に貢献したのです。
2011年より学生の受け入れを始めたMJIITは、約500名の学部生と約350名の大学院生を抱える教育機関として、
現在も日本人教員などの指導のもと教育を続けています。
 MJIITを卒業した人材は、高い専門知識を武器にマレーシアに進出する日系企業などで活躍することが期待されています。

このように、日本は長年にわたりマレーシアの経済成長の支援を行ってきました。
また、マレーシアに進出する日系企業も増加しています。
親日国で、アジアのなかでも豊かで住み心地の良い国・マレーシア。
移住を検討したくなる気持ち、わかるような気がしませんか?」

 
 ふるさとの魅力的な地域づくりのヒントになりそうだ。

              岬人(はなんちゅう)
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満月の前夜

2016-05-22 | 佐田岬の風景
 昨夜、夜9時頃家路についていた。
宇和海の夜空に浮かぶきれいな月。
その月明かりが海に光の帯をつくる。




 釜木を通るとき、上まいの家々を月明かりが照らしている。




 そして我が家に着いたとき、釜木湾を照らす月明かり。


 田舎では様々な月の表情を見ることができる。
さあ、今夜が満月。

 楽しみだ。

        岬人(はなんちゅう)

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「私立伊方実践農業学校」と「伊方町立伊方中学校」

2016-05-21 | 地域づくり
 昭和22年創立の町見中学校と伊方中学校の両校が51年の歴史を閉じて、
平成10年4月開校して誕生した新生伊方中学校。



 伊方中学校の前身である伊方農業学校は、西宇和郡伊方村に、大正3年2月10日、郷土の先駆者佐々木長治氏によって、
財団法人佐々木愛郷会の事業として私財を投じ、私立実践農業学校として創立。


 初代校長として大分県立農業学校長「小島喜作」を招聘した。
「本校ハ輓近漸ク興隆セル農業教育ノ時弊二鑑ミ真二徹底シタル農民教育ヲ達成セン為二設立セラレタルモノニシテ……」

と校誌にあるように、農学校を卒業しても就農せず、役人や教員・技術者になる者が多く、
この現状を憂えてのことであった。

 授業料も徴収せず、また教科書・実習服等も貸与し、校長・教師が率先垂範の実践教育を行い、地域社会から注目された。
 
 昭和19年、愛媛伊方農業学校と改称された。

 更に昭和23年、愛媛県立川之石高等学校に合併された。
川之石高等学校園芸科の前身である。


           岬人(はなんちゅう)
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割れ窓理論(ブロークン・ウィンドウズ理論)

2016-05-20 | 教育
 「割れ窓理論」を子どもたちに話しました。
 1980〜90年代のニューヨークは、とても治安が悪く、年間60万件の犯罪が起きていました。
まさに「アメリカで最も犯罪が多い都市」になっていたのです。
そのことに、頭を悩ませていたジュリアーノ市長は、ある画期的な方法を打ち出しました。



 「地下鉄の落書きをすべて消すこと!」。「えっ、これが犯罪を減らすこととどう関係があるの。」と思われます。
でも落書きを消したり、街を清掃したり、パトロールを強化していくと、
5年後、すべての地下鉄の落書きを消し終わった時、犯罪が減少し始めたのです。
次に、「軽い犯罪を取り締まる!」との取組がありました。
凶悪犯罪ではなく、万引き・駐車違反・ゴミ捨てなどの軽犯罪を、徹底して取りしまりました。
すると、特に重視していなかった、凶悪犯罪が、5年後、半分にまで減少したのです。

 この考え方をアドバイスしたのは、ケリング教授。
彼が行った実験があります。
 ,錣兇伴屬鯤置する。 → 1週間、特に何も起きない。
ところが、⊆屬離ラスを1つ割った。 → すぐに部品が盗まれ始めた。

 その後、他の窓ガラスが割られ、落書きされ、車は破壊されてしまいました。
何もなかった1週間と、壊され始めた1週間。
その違いは、窓ガラスを1つ割っただけです。
これが、割れ窓理論(ブロークン・ウィンドウズ理論)です。


              「写真は、13年前ニューヨークに行った時のもの」

 似たようなことは、私たちの身近な所でも起こっています。
例えば道路わきにある車が停められる場所。
そこに、1つ、空き缶を置いたとします。
きっとそこはすぐに、ゴミの山になり、それでもほっておくと、不法投棄の場所になったりするでしょう。

 ふるさとのメロディーラインには、実際そうなっている場所があります。
特に亀ケ池の上の自動販売機が置かれている場所は、道路下の山の中に大量のゴミが捨てられています。

 ゴミが何もなかった場所に、最初にゴミをおくことは勇気がいるでしょう。
ですが、1つでも置いてあれば、「ここはゴミをおいていい場所なんだ。」と、思ってしまいます。
そこにゴミを置くことに、良心が傷まなくなります。
「みんながやっているんだから、だいじょうぶ。」と。
これが割れ窓理論。 
 

 入学以来、教室やトイレの整理・整とんをみんなで心がけるようにしています。
特にトイレのスリッパ、個人のかばんや机の整理・整とん。
落ち着いた生活は、整理整とんされた環境から。



        岬人(はなんちゅう)
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風薫る佐田岬 

2016-05-20 | 佐田岬の風景
 日本って本当すばらしい国。

 例えば、「風」について。
 四季折々に吹く風やその地方特有の呼び方など、昔の人は吹く風にいろいろな名前をつけているが、 
その数は日本全国に2000以上もあるようだ。

 
 日本人の自然に対する細やかな感覚と表現の仕方に感動を覚える。



 今の時期は青葉を吹き抜けるさわやかな東南の風が心地いい。

 風薫るふるさと佐田岬。

            岬人(はなんちゅう)
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ふるさとの緑のアーケード

2016-05-17 | ふるさと
 昨日は嵐のような天気。
午後、バケツをひっくり返したような雨が降った。

 そんな嵐の翌日。
 朝からやわらかな日差しがさし、雨に洗われた緑の葉っぱが、
さらに鮮やかに見える。

 ふるさとの田舎は、年々木々が大きくなり、
道路沿いの木が道路の上においかぶさり、まるで緑のアーケードのような状態。
 これもまたいい。





 ふるさとの自然は、見あきることがない。



 出勤途中のリフレッシュの時間だ。




           岬人(はなんちゅう) 
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岬は、野生王国

2016-05-13 | 感動
 昨夜、メロディーラインから釜木へ入ったところで、
目の前を跳ねながら軽やかに横切る動物がいた。



 猫でもなく、犬でもなく、ましてやタヌキでもない。
「キツネだ。」
細長い顔と体つき、そして長く伸びたしっぽ。

 ここは、北の国でもなく、日本昔話で出てくる豪雪地帯でもなく、
佐田岬半島。

 近年、キツネも見かけるようになった。

 小動物だけでも狸、猪、鼬(イタチ)、ハクビシン、そして狐。
岬は、自然豊かな野生王国だ。

 農家にとっては、頭が痛いことが多いが。

       
                岬人(はなんちゅう)
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田舎の流儀2

2016-05-11 | 地域づくり
 今夜、釜木のふな瀬の上で道路の崩れがあった。
自分の車だったらぎりぎり通れるのだが、明朝を考えるとスクールバスなど大きな車が通れない。



 そこで車から降り、いつものように石をのける。
自分にできることをこつこつと。
 田舎の流儀2。

 中には直径50僂曚匹梁腓な石もあり、さすがに抱えることは難しい。
小さな石は撤去し、パンクが起こらないように。



 田舎の流儀。

          岬人(はなんちゅう)
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田舎の流儀 〜何があるか分からない田舎道〜

2016-05-09 | 地域づくり
 一昨日の早朝、出勤途中に釜木の道路に大きな石が転がっていた。
バレーボールくらいの大きさ。



 交通の支障になってはいけないので、すぐに車を降り、道路脇に抱えて移動させた。
このようなことは田舎道ではよくあること。

 小さな石はしょっちゅう、転がり落ちた柑橘、強風の後の枝、時には倒木など。
昨年は弟と一緒に深夜雨が降る中、道路をふさいだ大きな木をノコギリで切りながら撤去したこともあった。

 用意周到な人の中には、大雨や台風など強風の後には、チェーンソーを車に常備している人もいる。

 田舎では、自分でできることを自ら行うのが田舎の流儀。
「おらがふるさとは、おらがまもる」の気持ちが強い。

 そんな心を誇りに思う。

            岬人(はなんちゅう)



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帰省した息子と夜遅くまで語り合う

2016-05-05 | 家族
 4月30日に帰省した息子が今朝出発。
帰省したといっても家を出てまだ1カ月しか経っていない。
 田舎で育った息子にとって松山とはいえ、家を出て暮らすことはどんなものなんだろう。

 うわさでは髪を染めているとのこと。
前々日の夜に電話し、穏やかな口調で伝えた。
「髪をきちんとして帰れよ。」
「うん。」
 まだまだ言われたことを素直に受け入れる気持ちはあるようだ。
 
 帰ってきた夜、すぐさま
「お父さん、飲もうや。」
「お前はまだいけんやろ。」
 1か月前までこんな社交的なことを言うような子ではなかった。
 この夜は、学校のこと、寮生活のこと、友だちのこと、社会のこと、30年前の私の巣立ちのことなど
いろいろなことを夜遅くまで語り合った。
 最低限なことだけを話していた1か月前とは大違い。

 娘たちもそんなことを感じていて、
「兄ちゃん、おだやかになったなー」
とのこと。


 一昨日の夜も、いろいろなことを語り合った。 
 
 食卓に並んだのは、北海道の知り合いの宮嶋さんから送ってもらった新得共働学舎のラクレットチーズ。
知り合いの稲見さんからいただいた貴重なフランスのMIRAVAL(ミラバル)ワイン。
そしてこれまた知り合いからいただいていたゴディバのチョコ。
 贅沢な一品ばかり。




 その品々を息子に説明してあげながら、ありがたくいただいた。
息子も「うまっ。」の声を連発。



 これらのものは、農業をめざし勉強している息子にとっては、大いに刺激となったことだろう。

 
 わずか1か月のことだが、息子の変化を感じている。
自立のため、巣立つことの大切さ。

 多くの人との交わり、そして数々の経験。
それら全てが成長の源となっているようだ。
 どんどん吸収して帰って来て、ふるさとを盛り上げていくことを期待している。

「次はいつ帰れるん?」
と聞くと、
「6月の2週間の北海道農業研修が終わってからかな。」
と答えが返ってきた。

「そうか。まためずらしい土産話を楽しみにしちょるけんな。」

 若者には夢がある。



        岬人(はなんちゅう)

 

 

 

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