喜久家プロジェクト

日本一細長い半島、四国最西端「佐田岬半島」。 国内外からのボランティアとともに郷づくり「喜久家(きくや)プロジェクト」。

2月4日は、地域教育実践南予ブロック交流集会に行こう 

2017-01-15 | 地域づくり
 毎年12月、大洲市の国立大洲青少年交流の家において、愛媛県内外の参加者が集まり
地域教育実践交流集会というものが開かれている。
 昨年度は9回目になり、300名を超える参加者があり、盛大に実施された。

 そして今年2月4日(土)に、その南予ブロック編が開かれる。
現在、参加者の募集中。
ぜひ連絡をください。

 

 南予は、地域づくりが盛んで、今回すごい事例発表が満載。
きっと大きなヒントがあり、すばらしいつながりがもてると思う。

12:00  受付
     オープニングイベントは、宇和島水産高校の
     女生徒「フィッシュガール」によるブリの解体ショー

     フィッシュガールは、テレビにも多く取り上げられ、
     今とっても注目されている。

13:15  分散会では3つのすごい事例が発表される
    1 宇和島水産高校フィッシュガールの取組
       ・宇和島水産高校がまちおこしに旗あげ
       南予の海の幸を使い食育、地域づくりに貢献
    2 佐田岬灯台を核にした観光プロジェクト
       ・田村菓子舗の3代目よっくんがプレゼン

    3 野村体験活動地域プラットフォームの取組
       ・地域が中心となって、子どもたちに体験活動を企画・実施

    4 高川地域づくり会(西予市城川町)の取組
       ・この高川の住民は元気
    5 わくわくラボ
       ・何かわくわくするような実践が
    6 三崎高校
       ・田村菓子舗との連携で「みっちゃん大福」
       ・海のゴミであるブイを使い、「ブイアート」環境教育

   
    7 西予市連合青年団
       ・なくなった青年団が復活
    8 鬼北町教育委員会
       ・鬼のまちでおもしろいことが起こっている
    9 愛媛大学法文学部 総合政策学科
       ・愛媛大学も地域づくりに積極的に取り組んでいる
       学問として、そして課題解決の実践として

    10 二名津地区の「わが家ライブ」
       ・代表の増田さんを中心として、まちなかの空き地を利用し、
地域総出の真夏のライブ
       ・クリスマスイルミネーション
       ・1日だけの田舎の居酒屋
       ・村井邸を利用した住民参加、交流型イベント

    11 内海地区よもし連
       ・ふるさと内海村を復活させようとする時代を逆行した最先端の取組
    12 大島まちおこし協力隊
       ・八幡浜の沖に浮かぶ大島の島人たちの心温まる取組 
      
    南予は地域づくりの宝庫
    昨年も「南予いやし博」で大いに盛り上がった


15:15  インタビューダイアローグ「地域づくりへの思いを語る」
      代表の高校生・大学生・社会人がそれぞれの地域に対する思いを語り合い、
      会場の聴衆にヒントを投げかける。
      逆に会場からもピリッとしたエッセンスが注がれることも

17:30  交流会 : 西予市宇和町のJR卯之町駅に近い会場で


                       「平礒の石垣とサンフルーツ」


 〇 開催場所は、駐車場ありの愛媛県歴史文化博物館

 〇 参加費は、何とワンコイン 500円(資料代)

 〇 開催日は、2月4日(土)午後から


 ぜひ多くの様々な人の交流を楽しみにしています。
参加希望は、このブログにコメントなどして知らせてください。


                 岬人(はなんちゅう)
      
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伊方湾を照らす朝日

2017-01-11 | 佐田岬の風景
 今日から愛媛県内の小中学校は3学期。
子どもたちの安全のために、地域で見守り隊活動。

 朝7:30。
川永田から伊方湾を照らす朝日を望む。
オレンジ色の光が、水面に反射しさらに明るく照らす。



 気持ちのいい朝だ。

 ふるさと佐田岬の風景。


             岬人(はなんちゅう)

 
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もしも明日、世界が終わるなら、僕は最後の一日を、ふるさとの平礒で過ごしたい

2017-01-08 | ふるさと
 2年前のブログ。


 1月6日、いとこの広が次のような思いを、ふるさと平礒の風景写真12枚と一緒にブログにのせていた。
とてもグッとくるものがあった。



「実家」
 お正月、約二ヶ月ぶりに実家の平礒に帰った。
 人口50人に満たないこの村には、かつての天才たちが夢見た未来、2015年になっても、
スマホを持っている人が一割も居ない。

 そもそも未成年者を含めれば、携帯電話を持っている人の方が少ない、かもしれない。
流行に流されない、クールな村だ^ ^

 アインシュタインは、世界の”最後”を想像の中で見てベロを出したと言うが、
きっと、2015年の平礒をアインシュタインが見たら、ベロを引っ込めて息を呑むだろう(≧∇≦)

 もしも明日、世界が終わるなら、僕は最後の一日を、故郷、平礒で過ごしたい☆




このブログにコメントをして、次のようなやりとりがあった。
 
(私)「ヒロ、いいね。 この小径のある風景、よく撮れているな。」



(ヒロシ)「ありがとう!写真に撮ると、改めて石垣の多さに驚く!
また、今はもう居ない人たちが、写真の中にだけ浮かび上がってくる様な気がする。
ほぼろを背負って杖をつく、ふぅ婆ちゃんの姿が見えるなぁ^ ^

 

(私)「そう、平礒は、石垣の郷。 
ヒロには、見えるかい。
思い出の中に生きている人たちが。 
すごいことやね。 それが、生き続けるということかな。」



(ヒロシ)「確かに!生きている人の記憶の中で、みんな生きているんやろなぁ^ ^」



(私)「そうやね。 生きている。 みんな生きている。 
平磯での暮らしは、幸せな暮らしやね。」



 ふるさとを大切に思う気持ち、ふるさとをなつかしく思う気持ち。
そんな気持ちは、誰の中にもあるようだ。

               岬人(はなんちゅう)
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まぶたを閉じれば、まぶたの裏側に浮かんでくる様々な佐田岬の景色

2017-01-08 | 佐田岬の風景
 2年前のブログ。
お世話になった上司を思い浮かべ、グッときた。



 私がかつてたいへんお世話になった上司がいる。
定年を迎えられ、年に1度の年賀状のやりとりだけになっていた。

 そんな昨年末、フェイスブックを始められたようで、友だちリクエストが届いた。
それからというものの、お互いの様子がよく分かるようになり、コメントまでいただいている。

 尊敬する上司からのコメントは、とてもうれしいもので、心に響く。
10日ほど前からシリーズで書いてきた「松集落のブログ」。

 これに対して、次のようなうれしいコメントがあった。



『半世紀前、父親が勤務したので、母と弟が松へ一緒に行きました。
夏休みに妹と行ってスズキ等の大物を沢山釣った覚えが鮮明に残っています!

 写真のような夕日と夜釣りでの鶴見岳のロープウェイの明かりを見たことも記憶されています。
最も印象的だったのは、冬場の北西の風と防波堤をはるかに越える大波でした…!!



 弟の後輩がサスケ兄弟で、亡父の仏壇に手を合わせに来てくれたことも、松との縁の深さを感じます!
長くなりましたが、この素晴らしい写真を仏壇の遺影に見せます!

 どうも有難うございました!!!』



 上司からのコメントを読んでいると、松集落の防波堤での景色が、
セピア色となって思い浮かぶ。

 松集落とこのようなご縁があったとは、初めて知った。

 まぶたを閉じれば、まぶたの裏側に浮かんでくるさまざまな景色。

いつまでも、いつまでも、大切なふるさと。

              岬人(はなんちゅう)
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ふるさとを離れた友からの便り ~郷をみんなで護る~

2017-01-08 | ふるさと
 2年前のブログ。
一つひとつの言葉に彼女の想い出がぎっしりとつまっている。



 ふるさと佐田岬には、貴重なしきたり・習慣・行事等が残っている。
その年に亡くなった人を供養する初盆行事も、その1つ。

お盆の期間にそんな初盆行事が、浦々で行われる。
「モウナの人形回し」「おしょろ船」「モウリョウ」の3行事は、文化庁の選択無形民俗文化財に2010年春に選ばれた。
でも過疎高齢化で行事を担う人は減っている。
それでも地域の人たちは、手間をかけて静かに供養を行う。
 
 松集落に伝わる「モウナの人形回し」は、佐田岬半島の中でも特徴ある供養だ。
高さ約4メートルの竹の先に取り付けた人形が身につけているのは子どものいない女性の着物。
「モーナ、モーナ、モミドブ」の掛け声とともに男性たちが新仏の数だけ回す。



 私は、平礒のモウリョウに出なければならないので、松集落のモウナの人形回しを詳しくは知らない。
どなたかに、教えていただきたいものだ。


 昨日のブログに対して、「松集落」を離れた同級生から次のようなコメントが寄せられた。

『モウナのレアな画像をありがとう。
あー未だに、続けているんだね。
昔から流通のないどん詰まりの半島ならではだからこそ、残っているんだね。

 人形が生け贄のようでちょっと不気味だけど、お盆で先祖の霊が迎え火を目印にそれぞれのお宅に戻るでしょ。
当然、その年に亡くなった人も戻って来られる。
居心地いいだろうけど、この後、あの世へ帰ってよーっていう意味かな?
「モウナ」の語源は、「もう来るな」から来ているのかな?
今、思いついた(笑)
 今度お年寄りにインタビューしてみてください。



 田舎って業者さんいないから、みんなで助け合って冠婚葬祭するよね。
気持ちを1つにして物事をなしとげる。
それは今でも、どの社会でも感動を呼びますね。

 自由、合理化、個人主義、自己研鑽、個の尊重など、
それはそれでどれも大切な要素だけれど、スリムでかっこいいけど、それだけでは人生つまんないね。

 幼い頃、「男性は、なんで青年になったら、消防団に入るんやろー」
って思ってたけど、消防署があるわけじゃないから、村のみんなで消火しなきゃなんない。
常日頃、年上の人を団長に、火事がおこった時のために訓練していたんだね。

 お葬式も、おばあちゃんたちが集まってお料理を作ってたね。
お念仏なんかは、我流で誰かがやってたね。
自然に役割分担されてて、本当は尊いすてきなことですね。

 村中のみんなが誰かのために集まり、今回はモウナ。
誰もが真剣なまなざし、死者と交信している時間というか?
死を悲しみ、ご遺族をいたわり、なぐさめる?
そんな写真をありがとう。
見るだけで、まるで、そこにいるかのようなメッセージが伝わってきました。



 3年前に亡くなった父を思い出します。』


 人はみんな、ふるさとを抱いて生きている。
その人たちの思いを知ると、もっとふるさとを大切にしていきたいと思う。

 住んでいるところは違えども、ふるさとに対してそれぞれができることはある。
過疎のふるさとに住んでいる人だけではなく、離れた人みんなで盛り上げていかなければならない時代になっている。

 大切なふるさと。

 盛り上げよう、ふるさと。

                 岬人(はなんちゅう) 
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ふるさとを離れた友からの便り ~寂れていくふるさと。自分の歴史がなくなっていくようです~

2017-01-08 | ふるさと
 2年前のブログ。
彼女の想いにグッとくる。



 ふるさとを離れた同級生に、
「離れてもふるさとを大切に思ってくれてありがとう。
そんな気持ちに感動しています。」
という返事をしたら、次のような返事が返ってきた。

『えー、こちらこそ感動してます。
守り続けてくれている人がいて~。本当にありがとう。

 二名津中学校まで閉校。
ふるさとの松地区は、ゴーストタウン。
漁に出ても釣れず、獲れずでしょ。
里へ行くにも獣道でしょ。
 
 年寄りが、みーんな順番にいなくなり、いつのまにか、子どもも減って。

 やっぱり寂しくなるよ。
自分の歴史がなくなるようでね。

 そんな中、まだ、田舎を守ってくれている人って貴重です。
ふと一人になって、辛いとき、悲しい時に、思い出すのはやっぱりふるさとよ。
苦しい時、思い出すのはふるさと松地区での生活だよ。
だから、都会でふんばれます。

 あっ、「Nのために」というドラマ見てる?
そこの三崎の生活を思い出してたわ。
だから、これからもよろしくお願いします。』


 彼女のふるさと松地区には、「もうな」という独特な初盆行事がある。
亡くなった人の人形送り。





 この貴重な伝統行事を絶やすことなく、受けついでいる人たち。
なくするのは、簡単。
でも復活させるのは、ものすごい力が必要だろう。

 先祖や伝統、歴史を大切にするふるさとの人たち。



 私もそんな一人でありたい。

        岬人(はなんちゅう)

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ふるさとを離れた友からの便り ~夏の天の川、冬のオリオン座が見たい~

2017-01-08 | ふるさと
 2年前のブログ。
ふるさとを離れて暮らす人の想いにふれた。


 ふるさと「松地区」を離れた同級生の便りをこのブログに載せさせてもらった。
そして彼女に事後承諾の連絡をし、ブログを見てみてほしいと連絡した。

 すると彼女からまた次のようなすてきなメールが送られてきた。

『 懐かしすぎて涙が出てきたじゃん。
なんで松地区の写真を撮っているの。
詩人だね~。
一言一言がグッと心に染みるわ。
これからも、時々、松地区の景色見せてね。

 あっ、夏でいいから、天の川が見たい。
冬もオリオン座がハッキリ見える。
何せ、電柱も自動販売機もないからな~(笑)
明かりと言えばたまに通り過ぎていく車のライトのみ。(笑)

 夜空は最高、だからよろしくね。
流れ星の流れた瞬間もいいな~。(笑)
私、半円を描くようにゆっくり流れていく流れ星を見たことあるんよ。(笑)

「事後承諾」のお返しにリクエストしておきます(笑)
倍返しだ~~。

 平礒に行ったことないんよ。
坂が多いのね。
素敵な写真がいっぱいだね。
写真コンテストに応募したら~。

 本当に勤勉な民族、日本人の鏡で頭が下がります。
おばあちゃんたちの働きの礎に都会の生活が成り立っています。

 西宇和産みかん、最近は、こちらにもすごく出回っています。 

(追伸)
 今年は、実家がなくなりましたので、より恋しいのかもしれません。
どうもありがと~。』


 彼女からの夜空のリクエストには、私のカメラでは応えられないが、
できるだけ、ふるさとを感じることができる写真は、撮ってみたいと思う。

 あの頃、私も彼女も自転車通学で、彼女の松地区からは、
二名津中学校まで5㎞。
三崎高校までは、8㎞の上ったり下ったりの坂道。
 しかも冬場は、海岸沿いはものすごい強風で、
防波堤を越えた波しぶきが雨のように降ってくることもあった。
今思えば、そんな苦労さえなつかしい。

見舞崎の上に建つ松灯台。


見舞崎の下の奇岩。


松地区から平礒方面の長崎鼻を望む。


 ひとまず、こんな写真を載せておこう。

 でもすばらしい彼女の自然体験。
夜空の思い出を聞いていると、目の前に広がるようだ。
 
 田舎をふるさとにもっている人は、都会の夜空を見上げ、何を思うのだろうか。
彼女の思い出の中にしかない夜空を、毎日見ることができる私たち田舎者は、
実はとても、とても幸せなひとかけらを手にしている。

 さまざまな場面を「幸せと思うことが幸せ」だとも
思わせてもらった彼女の便りだった。

              岬人(はなんちゅう)
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ふるさとを離れた友からの便り

2017-01-08 | ふるさと
 2年前のブログになる。
読み返して、グッときた。


二名津小学校から二名津中学校、三崎高校までいっしょだった同級生がいる。
彼女は、今、結婚して神奈川県に住んでいる。

 同窓会の案内などで連絡をたまにとることがある。
先日も正月同窓会の案内と私が書いているふるさとブログを紹介したところ、次のようなメールが返ってきた。

「ブログ、愛あふれるものでした。
思考が大人!(笑)
いつの間に大人になったの~(笑)

 サスケ、隣の人だよ。
私の弟は、こっちでコンサートにも行っている。
 タカさんが亡くなって寂しくなったね。
でもこうして三崎でもコンサートをやってたなんて、知らなかったわ~。
 サスケの曲も三崎を歌ったやつ多いよね。
段々だ~ん畑~。

 三崎の景色最高。
何ともいえない潮の香り。
真っ青な大空と海にミカン畑。

 ブログの一言一言に癒されます。

 じゃあまた時々読ませていただきます。
ありがと~。」


 まさに同級生らしいメッセージ。
とても明るくて、感性豊かな彼女。

 今は、子育てが忙しく同窓会には参加できていないが、落ち着いたらぜひ参加したいと言っている。

 彼女が子どもの頃に暮らした松地区の実家は、今はもうない。
一昨年の秋、お母さんはふるさとを出て、都会に住む彼女の妹たちと一緒に暮らし始めた。

 彼女が、これほどまでにふるさとをなつかしく思い、心を寄せているのがよくわかる。
みんなふるさとを抱いて生きている。

 だからこそ、そんな彼女たちのためにも、ふるさとの様子をお知らせするこのブログは、
書きつづけていきたい。

 彼女のすばらしいふるさとの写真を撮っていたので紹介したい。
 
 松灯台。海の安全とふるさとの未来を照らす。


 漁船。


 湾と船蔵。


 たくさんの釣り人でにぎわう。 夕日は九州大分県へ沈んでいく。


 秋の夕暮れのうろこ雲。


 旧松小学校跡に立っている二宮尊徳(二宮金次郎)の像。


 住む人がいなくなった家も多く見られる。 


 土地に根を下ろし、住む人の家から煙があがる。


 佐田岬に柑橘を持ちこんだ宇都宮誠集のふるさと。


 初盆行事「もうな」が行われるお寺周辺の家々。


 すばらしいふるさと、松地区。

 先人から受けついだ、大切なふるさとを護る人たち。
ふるさとを離れた遠くからふるさとを応援する人たち。
 関わり方は違えども、その人だからできることがある。

 いつまでも、いつまでも、私たちと共に歩む。
いつまでも、いつまでも、大切なふるさと。

               岬人(はなんちゅう)
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年神様を迎える年末の風景

2017-01-06 | 田舎暮らし
 年末からばたばたしていて、ブログの更新ができていなかった。
今さらながら、ふり返ってみたい。

 正月に年神様を迎えるために、大がかりな掃除を行った。

 まず、母家の玄関。


 年神様は、とがった物がお気に入りなので、門松を立て
年神様が普段おられる田んぼのわらを使ったしめ縄を飾る。


 玄関周りや家の周辺もきれいに掃き掃除。


 同じようにわが家の玄関も掃除と簡単な飾り付け。


 玄関の前の小道も水をうち、掃き掃除。






 わが家の簡単な神棚もきれいにし、お供え物を。


 車も洗車し、しめ縄を飾る。


 昼前から始めた大掃除は、夕方まで続き、
ようやく最後は自分の身を清めるために、風呂に入り、きれいにする。

 何しろ神様を迎え入れるためには、きれいなことが大切だから。

 大晦日は、とてもおだやかな天気で、気持ちよく年越しできた。
田舎にはこんな文化や風景がまだたくさん残っている。
未来に残したいふるさとの大切なもの。

                  岬人(はなんちゅう)

 

 

 
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日本語をしゃべれない喜久家ボランティアとの交流

2017-01-06 | 喜久家ボランティア
 ただ今、喜久家ボランティアとして活動してくれている南フランス出身のルシアンとの交流。
ルシアンは、日本語も英語もあまりしゃべれない。
もちろん、私たちもフランス語はしゃべれない。

 それでも簡単な単語を使ったり、身ぶり手ぶりで伝えようとする。
その一生懸命さがいい。
相手の人間性が感じられる。

 ルシアンは、すごく誠実な青年。



 写真は、アイフォンで通訳アプリを使って、交流してる場面。
こちらが日本語でしゃべるとそれをフランス語に翻訳して、音声で出てくる。
精度があまりよくなく、おかしい通訳も多いが、それでも何とか伝えようとして、交流を楽しんでいる。

 言葉は便利だが、万能ではない。
言葉以外から伝わる部分もとても多い。
伝えよう、聞き取ろうという気持ちがとても大切。

 日本語をしゃべられないフランス人のルシアンから学んだことだ。


               岬人(はなんちゅう)
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