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ワレフスカの来日コンサートが成功裡に終了しました。

2010年06月07日 14時23分43秒 | ワレフスカ来日公演の周辺




 6月5日(土)、クリスチーヌ・ワレフスカの来日演奏会ツアーのメイン・コンサートとも言える上野学園・石橋メモリアル・ホールでのリサイタルが、無事、成功裡に終了しました。「メイン」と私が呼ぶのは、「ワレフスカ来日演奏会実行委員会」による唯一の主催公演だからですが、追加販売されたチケットも全て完売し、当日は、ワレフスカの演奏を聴くために駆けつけた人々の熱気で溢れかえっていました。来日に合わせて、ミッテンバルト社から発売された来日記念CDも休憩時間中に売り切れとなり、急遽、追加プレスが決定して、後日の郵送購入の申し込み者もかなりの数に上ったそうです。
 そうした中、つい1ヵ月ほど前には、一ファンとして実行委員会を立ち上げてしまったものの「いったいどうなることか」とひとり気を揉んでいた渡辺一騎さんが、うれしそうに、そして、せわしそうに、ロビーを歩き回っていたのが印象的でした。
 私とワレフスカとの邂逅については、このブログ内の検索で「ワレフスカ」と入力してお読み戴ければ幸いです。当日の演奏会についての感想や、終演後に渡辺さんが用意してくれたワレフスカを囲んでのスタッフたちとの会食で得られたワレフスカに関する貴重なエピソードなどは、いずれ、どこかにきちんと書いて発表したいと思っています。とりあえず、きょうは、当日聴いていない方に、少しでもワレフスカの音楽の素晴らしさを知っていただくために、会場で配布されたプログラムに寄稿した私の文章を掲載します。
 
 
■ワレフスカの36年ぶり来日コンサートに寄せて
                                   
 私が音楽を語るに際して、これまでにおそらく、たった一度しか使っていない言葉がある。「驚天動地」である。文字通り「天を驚かし、地を動かす」ということで、それほど「圧倒的に凄い」という意味だが、それを私は、かつてクリスティーヌ・ワレフスカがソロを弾くドヴォルザーク『チェロ協奏曲』の演奏評で使った。今から20年ほど前、同曲の「名盤選」の中だった。以下に引用しよう。

 クリスティチーヌ・ワレフスカ~ギブソン盤は驚異的な演奏だ。通り過ぎようとする者をその場に留め置かずには済まさない、凄じい気迫と説得力。〈驚天動地〉とは正にこのような演奏にふさわしい言葉だ。/豊麗な音がほとばしり前進するワレフスカの強靱な感情表現は、この曲が、今この場で彼女自身によって産み出されつつあるかのような一体感となって呼吸している。情緒に耽溺して引き摺るようなこともない。すばらしい表現力とテクニックを持ったチェリストであるにもかかわらず、話題にする人は少ないが、この曲のベスト盤と信じて疑わない。

 大仰とも言える言葉を思わず使ってしまったのは、私にとっては、このワレフスカのレコードとの出会いが、それほどに衝撃的だったからである。昨年の暮れに、この名盤選の文章を再録する際にも、「その後これほどに衝撃を受けた演奏には出会っていない」という趣旨を書き加えたが、ワレフスカは正に、20世紀後半を代表する驚異的なチェロ奏者だと信じて疑わない。それは彼女が、途方もなく大きな世界を内に持ちながら、それをチェロという楽器で自身の肉体の外側に放出する的確な技術を持っている稀有な演奏家だからである。
 チェロという楽器は不思議な楽器だと思うことがある。人の声の音域に最も近い楽器だという話を聞いたことがあるが、チェロがしばしば、それを弾く人の人格をとてもよく投影しているように感じるのは、それ故かも知れない。とてもヒューマンな楽器なのだ。チェロの表現力を高めて今日の音楽鑑賞の場に引き出したのは、人道主義者としても知られるカザルスだが、それは決して偶然ではないだろう。奏者が椅子に座り、包み込むようにして奏でる楽器となった時、チェロは、その豊かで包容力にあふれた音楽を宿命づけられたのかもしれない。
 だが、そうしたチェロの音楽の「大きさ」を表現できる人は少ない。ワレフスカの演奏はその数少ない例だ。大きな感情の抑揚がはじけるように飛び出してくるが、それが、明快なフォルムが崩れることなくまっすぐに届いてくることこそが、ワレフスカのチェロの本当の真価だ。
 ドヴォルザークの演奏に出会って以来、私が彼女のレコードを次々に集めたのは、実は1990年代になってからのことである。デビュー盤といわれているシューマンの協奏曲や『コル・ニドライ』『シェロモ』、プロコフィエフとハチャトゥリアンの協奏曲、サン=サーンスの協奏曲など、既にどれも廃盤だったので、ヨーロッパ各地からアメリカにまで手を広げて中古市場を探索した。それも今ではなつかしい思い出だが、特にイギリスから届いたばかりの中古レコードに針を降ろした日に聴いたハチャトゥリアンの協奏曲の強烈な印象は、私にとって特別な夜の思い出として鮮明に残っている。それは、ハチャトゥリアンの「第2チェロ協奏曲」とも言うべき『コンチェルト・ラプソディ』をコンドラシンと録音しているロストロポーヴィチの名演をも超える快演だった。
 今回、ワレフスカの演奏が忘れられなかった人々の努力によって、36年ぶりの来日が果たされると聞いた時、私は、一瞬、自分の耳を疑ったが、現実に彼女がまだ存命中で、アメリカの地で素晴らしい演奏を奏で続けていたという報告を受けて、心の底から嬉しく思った。
 音楽ビジネスが、表面をうっすらと撫でるようなものしか伝えなくなったような思いにとらわれていた私にとって、まだワレフスカの音楽が健在であったということも嬉しかった(彼女がどのようにして、この困難な時代に孤塁を守り通してきたかについては、『日本経済新聞』4月28日付の文化欄に詳しい)が、それ以上に嬉しいのは、ワレフスカのコンサートを実現しようというファンの努力が実を結んでの来日公演だということである。通常の音楽ビジネスの外から、真摯な愛好家の力によって実現したこのコンサートは、「常識にとらわれない無謀な企てこそが、いつも歴史を動かしてきた」と信じている私にとって、何よりも嬉しいことである。(2010.5.14)


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