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カヒッゼのラフマニノフ2番/ムーティの「幻想+レリオ」/ワレフスカの新盤/芥川也寸志のバレエ曲稀少盤

2016年01月14日 14時07分31秒 | 新譜CD雑感(クラシック編)

 

半年ごとに、新譜CDの中から書いておきたいと思ったものを自由に採り上げて、詩誌『孔雀船』に掲載して、もう20年以上も経ちました。一昨年までの執筆分は、私の第二評論集『クラシック幻盤 偏執譜』(ヤマハミュージックメディア刊)に収めましたが、本日は、最新の執筆分で、先週書き終えたばかりの昨年下半期分です。いつものように、詩誌主宰者のいつもながらのご好意で、このブログに先行掲載します。なお、当ブログのこのカテゴリー名称「新譜CD雑感」の部分をクリックすると、これまでのこの欄の全ての執筆分が順に読めます。

 

■カヒッゼのラフマニノフ「交響曲第2番」の新鮮な魅力
 

グルジアの指揮者ジャンスク・カヒッゼの遺産が、まとめてCD化された。ソ連・ロシア中央での活躍が日本ではほとんど知られないまま、故郷であるグルジア第一の都市トビリシで晩年を過ごしたカヒッゼが、「忘れられた巨匠」と言われて一部で話題になったのは何年前だったろうか? 手塩にかけて育てたトビリシ交響楽団との録音が怪しげなレーベルから発売され、チャイコフスキーやベートーヴェンの交響曲が鳴り物入れで喧伝されたと記憶している。今回のリリースでの目玉は、その時期に発売予告だけで終わった幻の録音、ラフマニノフ「交響曲第2番」と、ホルスト「組曲《惑星》」の二枚組である。以前話題になった折には、トビリシ交響楽団のアンサンブルの強靭な合奏力には驚いたが、どこかタイムトンネルの向こう側からやって来た演奏のように思っていた。ベートーヴェンの交響曲録音のいくつかだ。つまり、新鮮な驚きや発見がない。立派な演奏だけど、今、改めて聴く意味があるのだろうかという疑問だった。だが、このラフマニノフはおもしろい。前面に大きくせりだしてくる歌がパレー盤の途方もないロマンティシズムの咆哮を思い出させながらも、パレーのような西欧クラシック音楽のきっちりした拍節感覚に裏打ちされたものではなく、マゼール盤が意識的に提示した小節線を取り払ったような数珠つなぎの旋律として響かせているのだ。そこが凄い! 思えば、このリズムの喪失感覚こそが、ラフマニノフの最大の特徴なのかも知れない。ホルストも鉄壁のアンサンブルで、一筆書きのような音楽が鳴りわたる。


■演劇的な『幻想交響曲』+『レリオ』の名演を生んだムーティ

 あまり知られていないことのようだが、リッカルド・ムーティはベルリオーズの『幻想交響曲』と、それに続く作品『レリオ』を、作曲者の指示通りにカーテンを上げ下げし照明を消し、続けて演奏するコンサートに関心があったらしい。この二枚組CDアルバムは、、ムーティの強い希望から実現したシカゴ交響楽団の音楽監督就任記念コンサートでの演目だそうだ。二〇一〇年九月のライヴ収録だが、収録日が四日間も記載され、しかも発売が昨年(二〇一五年)だったところをみると、語り手のジェラール・ドヴァルデューや、二人の歌手など出演者との折衝や、演奏の瑕疵を修正する音源編集など、多くの困難を乗り越えての発売ではないかと推察できる。シカゴ響の自主制作盤である。おそらく、ムーティとシカゴ響との執念の賜物だろう。一聴して、すぐ、その繊細で丁寧な開始に、まず耳を奪われた。じつに語り口のうまい音楽が開始される。それから約五〇分間、すべての音が音楽的でありながら演劇的なのだ。思えば私たちは、ワインガルトナー以来、『幻想交響曲』の演奏を、交響曲の美学、力学の中で聴いてきている。そこで思い出したのが、シンフォニックな作品ではさっぱりのファビオ・ルイージが、『幻想』だけはよかったこと。ルイージがメトのオペラで活躍しているのも納得である。ムーティ/シカゴの『幻想』が終わって『レリオ』が開始されて、こんなにぞくぞくしたことはなかった。ブーレーズ盤で初めて聴いてから約半世紀。デュトワでも、インバルでも納得できなかった『レリオ』が、「蛇足」でなくなった瞬間である。


■ワレフスカの自主制作アルバム『チェロの女神』で聴く近況

 クリスティーヌ・ワレフスカのチェロの名技が聴けるアルバムが、また一枚加わった。二〇一四年六月にカナダ、モントリオールのコンサートホールでのセッション録音で、ピアノ伴奏に福原彰美が加わっての『小品集』である。じつは、以前にもこの欄で触れたが、ワレフスカの奇蹟の再来日と言われたコンサートを一ファンとしてプロデュースした渡辺一騎氏に協力して以来、ワレフスカとも福原とも交流が続いている私は、このCDアルバムの実現に至る過程も、多少聞いている。これは、二〇一三年に行なわれたワレフスカ三度目の来日コンサート・ツアーの終了後に予定していた日本での録音・制作計画が流産した翌年、当初から助成を申し出ていた台湾の文化財団へのワレフスカの強い働きかけで実現したものなのだ。ワレフスカが「カナダでの録音が大成功で終わった」と突然メールしてきたのは、すべてが終わった後だった。彼女は若き日にフィリップス・レーベルで協奏曲を録音した時から付き合いのあるディレクターを頼ってカナダで実現したことをよろこんでいた。昨今のCD業界の厳しい状況から、最初はネット配信しか考えていなかったようだが、日本はまだまだ市場が少しは残っていた。自主制作に踏み切り、今回、タワーレコードからのみ発売された。この執念の演奏からは、二〇一三年の来日ツアー時の不調がウソのように、あの、肉声と体温が間近に感じられるワレフスカの至芸が聴ける。門外不出のボロニーニ直伝の作品が六曲収録されているほかに、一一曲のよく知られた小品を収めている。ワレフスカ、未だ健在である。


■戦後復興期に花開いた芥川也寸志のオリジナル・バレエ曲

 じつに興味深いマイナーCDを「アマゾン」で入手した。戦後の音楽界を牽引した作曲家と言えば、団伊玖磨、黛敏郎と並んで芥川也寸志の名がすぐに挙がるが、その芥川が戦後まもない一九五〇年代に作曲していたバレエ音楽が二曲、突然、出現したのだ。いずれも四〇分近い管弦楽の大作。バレエ・ファンタジー『湖底の夢』が芥川自身の指揮ABC交響楽団による演奏で上演日は一九五六年一二月一二日。バレエ『炎も星も』が上田仁指揮東京交響楽団による演奏で上演日は一九五三年一一月四日。どちらも楽譜すら見つかっていないので、タイトルも含めて、関係者以外からは存在そのものが忘れられていた作品である。それが、作曲を委嘱して上演した高田せい子・山田五郎舞踊研究所の流れを受けつぐ関係者宅から録音テープで発見され、丁寧な修復作業を経てCD化された。これは、奇蹟と言ってもいいことだ。この保存されていたテープは、今回表記されていないが、実際の上演の際の演奏ではなく、予め録音し、何度も練習に使用していたものだと思う。私の経験ではバレエ上演時の演奏が、こんなに足音なしに収録できるはずがないからだ。本番も、このテープを流した可能性がある。オケ・ピットの演奏に合わせて上演する舞踊団は少なかったとも記憶している。二曲の内では『湖底の夢』が、芥川がしばしば用いる、同じ音型を重ね合わせていくような音楽のつくり込みや、微妙に変奏されていく感覚がおもしろい。それにしても、上田仁とかABC交響楽団とか、昭和三〇年代にクラシック音楽入門者だった小学生には、なつかしい名前である。


 

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