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石黒浩己という作曲家・ピアニストのこと。

2010年07月07日 11時26分01秒 | エッセイ(邦楽&ポップス)






 以下は、2年ほど前に、キングレコード系のレーベル「ベルウッド」から発売されたCD[規格番号:BZCS-3041]アルバムタイトル『うつろひ』のライナーノートです。まだ現役のCDですから、大型CD店の店頭、アマゾンなど通販サイトで購入できるCDですが、発売元のご了解をいただいて私のブログに掲載することにしました。このCDのライナーノートは、いわゆる西欧クラシック音楽がほとんどの私にとって、数少ない他ジャンルのCDへの執筆です。
 石黒浩己さんのピアノは、最近の言葉で言ういわゆる「癒しの音楽」の系統とみなされていますが、そのひと言で片づけられない独自の音楽語法のようなもの、響きの感覚があると思っています。以下の文中にもあるように、これからが、むしろ楽しみの人です。商業音楽に妥協し過ぎることなく、自分自身の感性にじっと耳を傾けられるような環境になるといいな、と、微力ながら応援しています。
 この2年前のアルバムが発表された後、彼は密かに「ソロ・アルバム」の制作を目論んでいたのですが、だいぶ形になりつつあると聞いています。音楽の真の魅力は、文中にもあるように、デジタル的なものではなく、不確かで不規則な動きを聴かせる「自然界」をどのようにして取り込むかという方向に向かっていますが、今、私が彼の音楽に対して言えることは、自分の中にある音楽に耳を傾けさせるような「何か」との対話の必要性です。彼の音楽に対する模索は、まだまだ続くでしょう。楽しみです。



■石黒浩己の「不思議な空間」の魅力

 私が石黒浩己のピアノをライヴで初めて聴いたのは、5年ほど前、東京・目黒の「ブルース・アレイ・ジャパン」でのことである。友人に誘われて行ったものだが、その時、はじめて聴いた彼の音楽の魅力をひとことで言えば、それは「循環していく音楽」、「ぐるりと一めぐりして元のところへ帰ってくる音楽」の魔力とでも言うものだろうか? そして演奏仲間たちに刺激され、姿を様々に変えて行く石黒のピアノの豊かな色彩――。その時、私は、石黒が「海」をテーマにした音楽をクリエイトしている「作曲するピアニスト」であること、そして、タイのプーケット島にあるリゾート・ホテルでの3年間の演奏活動の経験が、その底流にあることを知った。
 石黒浩己の音楽との衝撃的な出会いから、数年の歳月が流れてしまった。南国の海から帰ってきた石黒は、この日本という小さな国の音楽ビジネスの世界で、必ずしも恵まれていたとは言えないと思う。彼の音楽を愛する限られたファンに支えられて、石黒は弾き続けていた。そして彼の音楽はどんどん純化され、昇華され、磨ぎ澄まされていった。泉のごとく湧き続けていた、と言ってもいいだろう。
 石黒浩己の音楽は、とても気分がいい。乗せられ、広がり、前へ前へと、どんどん伸びてゆく。それは、彼の音楽が、孤独という絶対的な事実を知りながら、いつもそこから逃れるために、必死に仲間を求める音楽を演奏しているからだと思う。そしてそれは、「音楽」が人の心を揺さぶることを可能にする、たったひとつの真実でもあるのだ。
 石黒は、今回のアルバムに参加した仲間たちとの音楽を、本当に楽しんでいると思う。このメンバーとの「ブルース・アレイ・ジャパン」でのセッションは最高潮だったが、石黒は、この素敵な仲間たちとの演奏を、永遠に残したいと願い、それが実現したのがこのCDだ。音楽は、演奏するのも、それを聴くのも、一皮むけば孤独な行為なのだが、だれも、ひとりぼっちで居続けることはできない。ぼくらはいつも、ほんとうに分かり合える仲間を探し求めて、さまよい続けているのだ。このCDも、そうした仲間たちとの、大切な記録だ。それを聴ける私たちは、幸福だと思う。
 石黒浩己の音楽は、循環する環のように、ぐるりと回って元の位置に戻ってくる旋律が多い。それは、一種のだまし絵のように、音が浮遊している不思議な空間だ。最近の彼は、必ずしも「海」にこだわらず、木漏れ日や、風の音など、広く自然の「うつろい」に目を向けるようになった。デジタルで処理されてしまうものが全盛のこの時代、真に音楽的なものは、自然界の、機械で測れない空気感を捉えることなのだから、石黒浩己の仕事は、これからが楽しみである。(2008.7.29 執筆)



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