何気ない風景とひとり言

寺社&石仏巡り、小さな旅、散策...ふと目に留まった何気ない風景...切り取って大切な想い出に!

建長寺-(1) (鎌倉)

2017年06月18日 | 寺社巡り-神奈川

【神奈川・鎌倉市】鎌倉時代の建長五年(1253)、臨済宗の渡来僧・蘭渓道隆が五代執権北条時頼の帰依を受け、わが国最初の本格的な禅宗専門道場として開山した。
創建前の寺地は地獄谷と呼ばれた刑場跡で、死者を葬る地でもあった。 創建時は、中国五山第一位の経山万寿寺を手門にして総門、三門、仏殿、法堂などの主要堂宇を一直線に並べた伽藍配置で、左右対称に庫裡と僧堂、浴室と東司が配された壮大な伽藍だった。
十四世紀、十五世紀の地震や大火などで当初の建物は殆ど焼失....現在の諸堂宇の多くは江戸時代に再建された。 臨済宗建長寺派の大本山で鎌倉五山第一位、本尊は地蔵菩薩坐像。

巨福呂坂に面した総門をくぐると、陽にくっきりと照らしだされた荘厳な三門が迫って来る。 上層の唐破風下の鮮やかな赤い紋様で縁どられた「建長興國禅寺」の扁額に目がいく。
三門右脇に茅葺の重厚な造りの鐘楼があり、約760年前に鋳造された国宝の梵鐘が下がるが、現在も法要の際に使われているとか。
多くの参拝者に交じって三門をくぐって仏殿に.....一目で禅宗様建築と分かる豪壮な構えの仏殿で、正面は三間が両折両開の板唐戸、両脇間に花頭窓そして内法貫の上に5つの格子欄間があるだけの飾り気のない造りだ。 上層の組物も素晴らしい。 仏殿の真後ろに入母屋造りの法堂が建つが、屋根の形式以外は仏殿と殆ど同じだ。 訪問時はちょうど特別公開中とのことで、パキスタン国から寄贈された骨と皮だけの釈迦苦行像や天井に描かれた見事な雲龍図を拝観でき、撮影もさせていただいた.....合掌。

切妻造本瓦葺の総門(巨福門)..天明三年(1783)建立で、京都般舟三昧院から移築..「巨福山」の額

入母屋造銅板葺で重層八脚門の三門(重文)..安永四年(1775)再建

大きな「建長興國禅寺」の扁額が掲げられた上層は擬宝珠高欄を巡らし、正面は桟唐戸と脇間に花頭窓
 
若葉模様が入った梁群..上層床を支える梁上に出組が並ぶ/組物は上層が二手先、下層は二手先で軒支輪があり、中備は詰組

入母屋造茅葺の重厚な鐘楼..補強のため貫を支柱で支えている
 
鎌倉時代建長七年(1255)鋳造で北条時頼寄進の梵鐘(国宝)..高さ約2mで「鎌倉三名鐘」のひとつ..現在も法要の際に使われている

風格が漂う鐘楼の奥は切妻造本瓦葺の崇山門

鐘楼の右手に建つ塔頭の妙高院(非公開)..大棟に寺紋がある入母屋造銅板葺の本堂

小棟造りの寄棟造瓦葺風銅板葺の仏殿(重文)..寛永五年(1682)建立の東京・芝の増上寺の徳川二代将軍秀忠の夫人の霊廟を移築

禅宗様式で軒唐破風を設けた正面は三間の両折両開板唐戸で脇間に花頭窓、正面と側面に格子欄間、中備は詰組で上層の三手先の組物が素晴らしい
 
仏殿周囲に大きな裳腰を設け,側面に一間の両開桟唐戸があるだけで窓がない造り/仏殿内陣に鎮座する本尊の地蔵菩薩坐像..坐高約2.4mで台座を含めた高さは約5m

仏殿後方に法堂が建ち、奥に唐門と方丈の屋根..三門から仏殿、法堂が一直線に並ぶ宋風の伽藍配置

入母屋造銅板葺で裳腰を付けた法堂(重文)..文化十一年(1814)再建で関東最大の法堂

正面に軒唐破風がないが、上層下層の組物は仏殿に酷似..側面に両開桟唐戸と花頭窓2つが設けられている
 
花頭形状の須弥壇の中に鎮座する千手観音菩薩坐像/天井画の雲龍図..平成十四年(2002)、小泉淳画伯作
 
千手観音菩薩坐像の前に鎮座する釈迦苦行像..パキタン国からの寄贈

仏殿の側面..五間で一間に桟唐戸、二間に大きな花頭窓、残り二間は縦の羽目板
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