何気ない風景とひとり言

寺社&石仏巡り、小さな旅、散策...ふと目に留まった何気ない風景...切り取って大切な想い出に!

豪徳寺-(2) (東京)

2017年04月05日 | 寺社巡り-東京

【東京・世田谷区】江戸時代の寛永十年(1633)、近江国彦根藩2代藩主・井伊直孝が堂宇を整備し、井伊家の菩提寺として再興。 万治ニ年(1659)に没した直孝がこの寺に葬られ、直孝の戒名「久昌院殿豪徳天英居士」にちなんで寺号を豪徳寺に改めた。
豪徳寺には猫に関わる伝説があり、井伊直孝がこのさびれた寺の門前で雨宿りしていたとき、1匹の猫の手招きによりその場を離れたことで雷雨の難を免れたという。 それから、直孝は猫を仏の使いとして大切にし、「招福猫児」として招福観音堂に祀られた。 豪徳寺は招き猫発祥の地とする説があるようだが....。 彦根藩の菩提寺はこの豪徳寺と彦根の清涼寺で、豪徳寺の井伊家の墓所には2代直孝、6代直恒、10代直禔らが眠る。

仏殿の後方に大きな屋根の本堂が建ち、仏殿との間に1基の火焔宝珠を乗せた銅製の八角燈籠が立つ。 本堂は和様建築のようで荘厳さを感じさせる建物だが、コンクリート製なのが少し残念だった。
仏殿に戻り、殿前から左に進むと右手に建つ門の奥に招福観音堂が建つ。 門をくぐると観音堂の左に小祠が鎮座し、その周りにはおびただしい数の大小の招き猫が....。 招き猫はみな右手を上げて福を呼んでくれていたが、その後方には招き猫たちを見守るように頬杖をついた如意輪観音像が鎮座....可愛い(失礼)お顔が印象的だ。
先に進むと彦根藩主井伊家の墓所があり、その前に大きな石燈籠が立ち、鮮やかな赤の帽子と涎掛けをした六地蔵が鎮座し、参詣者を迎えている。
緑に包まれた墓所にはいると、木立の間から整然と立ち並ぶ多くの唐破風笠付墓碑が見える。 案内板に従って彦根藩の各代藩主や正室や側室の墓碑の間を進み、西南側の奥にある13代藩主で幕末の大老の井伊直弼の墓碑に。 桜田門外の変で殺された歴史上の有名な人物が目の前に眠っていると思うと、感慨深い気持ちになった....合掌。

仏殿の後方に建つ大きな屋根の本堂

入母屋造銅板葺のコンクリート製の本堂
 
火焔宝珠を乗せた銅製の八角燈籠/「豪徳禅寺」の扁額が掲げられている

禅寺だが本堂の連子窓、長押、斗束、蟇股などから和様建築様式で建立されたようだ

荘厳な本堂

本堂左手に建つ八角のお堂
 
経蔵とみられる近代的なコンクリート製の八角堂

仏殿の左後方に建つ建物の丹塗の切妻造桟瓦葺の高麗門..建物は旧塔頭か

「招福庵」の扁額が掛かる切妻造桟瓦葺の門..小さな袖塀をもうけてある

門を通して眺めた招福観音堂
 
招福観音堂..招猫観音(招福観世音菩薩、招福猫児はその眷属)を祀る

入母屋造桟瓦葺の招福観音堂

招福観音堂の脇の小祠に奉納されているたくさんの招き猫

豪徳寺では招き猫のことを「招福猫児」と称す
 
これだけの数の招き猫が並ぶと壮観だ!/招き猫の後方で如意輪観音像が見守っている

彦根藩主井伊家墓所の入口前に立つ大きな石燈籠、その先に六地蔵が鎮座
 
覆屋で赤い帽子と涎掛けをして鎮座する六地蔵尊像/戦士慰霊記念碑

入口から眺めた緑に包まれた彦根藩主井伊家の墓所

唐破風笠付位牌型の堂々たる墓碑が並ぶ

彦根藩13代藩主で幕末の大老・井伊直弼(宗観院殿)の墓碑
 
唐破風笠付の墓碑..万延元年(1860)4月10日に豪徳寺に葬られた
  
左は確か6代藩主井伊直恒の墓碑/中と右は2代藩主直考と9代藩主直禔いずれかの墓碑のようだ
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