何気ない風景とひとり言

寺社&石仏巡り、小さな旅、散策...ふと目に留まった何気ない風景...切り取って大切な想い出に!

金勝寺-(1) (生駒)

2017年05月18日 | 寺社巡り-奈良

【奈良・生駒郡】奈良時代の天平十八年(746)、行基菩薩が第45代聖武天皇の勅許を得て開基したと伝えられる。 縁起によれば、行基菩薩が宿願あって春日神祠に参詣していた際、竜神のお告げを受けたことによりこの地に来て、当時密生していた椣の霊木に薬師如来・日光月光両菩薩・十二神将等を一刀三礼で彫刻し、堂宇を建てて祀ったのが起こりとされる。
この地には竜田川に住む龍神を祀る信仰が古くからあった。 創建当初は法相宗だったが真言宗室生寺派に改宗、本尊は藤原時代作とされる薬師如来坐像。

近鉄元山口駅から生駒方向へ少し歩き、竜田川を渡ると直ぐに山門がある。 山門をくぐると庫裡や護摩堂がある境内で、庫裡の後方の道沿いに護摩堂が建つが門が閉まっていて拝観できない。
急峻な数十段の石段を上り詰めると正面に樹林に囲まれて金堂(本堂)が建つ。 寛文五年再建の金堂は創建当時の面影を残す正面五間で、正面は全て蔀戸(半蔀)になっていて趣がある。
本堂前の苔むした境内に2基の宝篋印塔と1基の十三重石塔がひっそりと佇んでいる。 宝篋印塔は2基とも隅飾突起が大きく反って開いているので江戸期造立とみられ、2基とも塔身に四方仏の種子を彫っている。 鎌倉時代造立で初層軸部に四方仏を刻んだ十三重石塔は、上部3層を欠いて十重になっていて、また上部の一部が破損している。

門前から眺めた金勝寺全景..境内は数段の雛壇状になっている..左が総門で右が南門(閉門)
 
門前の霊場塔..「大和国六部、八十八ヶ所第四十番御本尊薬師如来」の銘文/趣きのある総門..通用口を設けた白壁の袖塀を備えている

切妻造本瓦葺の総門(確か薬医門)

山門から眺めた樹齢を重ねた1本の杉が聳える境内..下の境内には寺務所、庫裡、護摩堂などが建つ

寺務所兼庫裡
  
切妻造銅板葺の手水舎/丁寧に作られた手水鉢の中央に反華座に乗った宝珠形の出水部がある/手水舎傍に置かれた雪見燈籠
 
道路脇に建つ護摩堂..閉門されているため拝観できず/少し高い所から眺めた護摩堂境内

露盤宝珠を載せた宝形造本瓦葺の護摩堂
 
庫裡境内の参道脇に佇む大正十四年(1925)造立の石燈籠/急峻な石段の上に本堂の屋根が見える

石段上から眺めた本堂..石段上の石燈籠は庫裡境内のものと酷似しているので同時代の造立と思われる

石燈籠越しに眺めた本堂と鐘楼

入母屋造本瓦葺の本堂(金堂)..寛文五年(1665)再建..正面五間は全て蔀戸(半蔀)

本堂には藤原時代作の本尊薬師如来坐像を祀り、もう1組の薬師三尊像(天文八年(1539)造立)を安置
  
簡素な本堂向拝..高欄がなく、組物は舟肘木で中備がない/本堂正面は上1枚を金具で水平に釣り上げた半蔀/入口に「瑠璃光」の扁額が掲げられ、鰐口が下がる
 
本堂の左縁の天井に吊るされた古い駕籠..江戸時代のものか/本堂正面と左右側面に切目縁を回らしている..向拝には石造常香炉が置かれている

本堂前の苔生した境内に佇む3基の石塔

江戸時代造立と推される2基の宝篋印塔と鎌倉時代後期造立の十三重石塔
 
隅飾突起が大きく反りかえってひらいているなど江戸期の特徴がある2基の宝篋印塔..左は塔身に輪郭を巻き、浮き彫りした月輪の中に四方仏の種子を刻..右は左と同様の造りだが、さらに基礎の正面に蓮華座と月輪を彫り、月輪に諸仏一切結とみられる種子を刻む
 
鎌倉時代後期造立の十三重石塔..初層軸部の月輪内に四方仏の種子を薄肉彫り..上部3層を欠き破損も大きい
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