何気ない風景とひとり言

寺社&石仏巡り、小さな旅、散策...ふと目に留まった何気ない風景...切り取って大切な想い出に!

飛鳥坐神社 (高市)

2017年07月12日 | 寺社巡り-奈良

【奈良・高市郡】創建の由緒や時期は不詳。 『日本紀略』によると、平安時代の天長六年(829)、神託によって飛鳥社を高市郡賀美郷の神奈備山から同郡同郷である現在の鳥形山に遷座された。
江戸初期の寛永十七年(1640)に初代高取藩主となった植村家政が、高取城の鬼門にあたる飛鳥座神社を深く信仰し、元禄十一年(1698)に社殿を改築して遷座祭を行った。 享保十年(1725)に里の火災による類焼で社殿を失ったが、天明元年(1781)、高取藩8代藩主・植村家利により再建された。 現在の本殿と拝殿は平成十三年(2001)に吉野の丹生川上神社上社から移築された。
古代より国・民の守護神としてこの飛鳥に鎮座するが、氏子はなく、創始以来、第10代(記紀)崇神天皇により「大神臣飛鳥直」の氏姓を賜った神主太比古命が神主を務め、「飛鳥」の姓で今日に至る。 御祭神は八重事代主神、飛鳥神奈備三日女神、大物主神、高皇産霊神の四座。

帰りのバス時刻が迫っていたので、飛鳥寺拝観後、急いで近くに鎮座する飛鳥坐神社に向かった。
「飛鳥井」がある明神鳥居をくぐると、直ぐ左手に社務所があり、入口に傘のような形をした「むすび木」がある。 鬱蒼と木々が繁る石段を上り参道を進むと、正面奥に神楽殿が見える。 神楽殿を拝観していて何気なく振り向くと社殿が....。 社殿は神楽殿に対面しているが、いずれもまるで参道の途中に建っているかのようだ。
境内の奥に進むと比較的広い平場に幾つかの境内社が鎮座、また、あちこちに男性と女性のシンボルをかたどった陰陽石が祀られている。 社務所などに「天下の奇祭 おんだ祭」と書かれた張り紙があったので、境内に多くの陰陽石がある理由が分かった。 調べたら、露骨なまでに「夫婦和合」を表した儀式が行われていて、その奇祭の写真や動画を見ていてつい口許がゆるんでしまった。

鳥居前の参道に新しい石燈籠と「式内大社 飛鳥坐神社」の社号標石が立つ

「飛鳥社」の額が掲げられた明神鳥居..すぐ前の井戸は「飛鳥井」
  
鳥居前に簡素な2つの切妻造銅板葺の手水舎がある/「飛鳥井」..平安時代流行の古代歌謡・催馬楽の中にでてくる井戸

切妻造桟瓦葺で屋根の煙出しを設けた社務所..入口に傘のような形をした「むすび木」
 
棟に内削ぎ千木と堅魚木3本が乗る流造銅板葺の祓戸社..祓戸を守る神の瀬織津比咩神等4神を祀る/境内参道脇に鎮座する切妻造銅板葺の境内社

参道に建つガラス張りの建物..「天下の奇祭 おんだ祭」と書かれた張り紙が
 
社殿前に建つ御田植神事が催行される切妻造銅板葺の神楽殿と西良殿/西良殿は庇を設けた妻入り

寄棟造銅板葺で妻入りの拝殿..本殿は見えない
 
「飛鳥坐神社の額」が掲げられた拝殿..奥に本殿の階が見える/拝殿と連なる横の建物は楽の間か?

本殿と拝殿は平成十三年(2001)に吉野の丹生川上神社上社から移築されたもの

「むすびの神石」..境内に幾つか鎮座する男性と女性のシンボルをかたどった陰陽石のひとつ

境内の奥に多くの境内社や陰陽石が鎮座している

入母屋造銅板葺の拝殿と内削ぎ千木と堅魚木3本が乗る流造銅板葺の本殿がある神社(神社名?)

覆屋に鎮座する境内社..5つの祠が鎮座(社名失念)

八坂神社と金毘羅神社..両神社のその間に挟まれて陰陽石が鎮座
  
奥の社..天照皇大神、豊受大神そして「奥の大石」を祀る/白髭大明神を祀る白髭神社/飛鳥山口神社..江戸時代に遷座され大山津見命、久久乃之知命、猿田彦命を祀る
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