何気ない風景とひとり言

寺社&石仏巡り、小さな旅、散策...ふと目に留まった何気ない風景...切り取って大切な想い出に!

浦賀湊周辺の庚申塔-(4)

2016年11月25日 | 石仏巡り

【神奈川・横須賀市】西浦賀から久里浜に向かった。 浦賀は来航したペリーが浦賀奉行と交渉した「黒船来航」の地であるのに対し、久里浜はペリーが上陸した地である。 三浦半島最長の平作川が久里浜港に注ぎ、ペリー上陸記念碑や東京湾フェリー乗り場がある久里浜地区では、神社境内と路傍に佇む庚申塔を巡った。

■八幡神社■

久里浜の八幡神社は奈良時代養老四年(720)の創建(伝)。 社殿右手の少し奥に、四段に積み重ねられた高い台座の上に「猿田彦大神」と刻まれた1基の文字庚申塔が立っている。
 
万延元年(1860)造立の駒型猿田彦大神文字庚申塔

■天神社■

天神社は江戸時代万治三年(1660)の創建。 社殿右手の木立の下に、柱状型猿田彦庚申塔1基と笠付型青面金剛庚申塔8基の9基が社殿に向かって一列に佇んでいる。 その中で、猿田彦大神が刻像されている猿田彦庚申塔は興味深い。 天神社の庚申塔については、2016年11月1日に「天神社の庚申塔」として投稿したので、本稿では詳細を省く。
 
珍しい猿田彦大神像が彫られた万延元年(1860)造立の柱状型猿田彦庚申塔/天神社で最も古い寛保三年(1743)造立の青面金剛庚申塔..青面金剛が邪鬼を踏み人の髪の毛を掴んでぶら下げている

■住吉神社■

住吉神社の創建は不詳だが、古書から約千年前の建立。 社殿下の境内の左手の覆屋に5基の庚申塔が佇む。 笠付型の猿田彦文字庚申塔4基と青面金剛とみられる庚申塔1基。 青面金剛とみられる庚申塔は激しく風化していて、刻像がまるでメルトしたようだ。

覆屋に佇む笠付型猿田彦大神文字庚申塔4基と青面金剛庚申塔1基
 
左端の青面金剛庚申塔は風化が激しくメルトしたようだ/注連縄が張られた覆屋に佇む庚申塔
 
笠付型猿田彦大神文字庚申塔4基..左から嘉永七年(1854)造立(3猿)、宝暦七年(1757)造立(3猿)/文政九年(1826)造立(3猿)、文政十三年(1830)造立(3猿)

■くりはま花の国プール近くの路傍■

住吉神社からほど近い”くりはま花の国プール”の脇の道を山手の方に進むと、左側の崖裾に6基の庚申塔が佇む。 この庚申塔は、東京電力横須賀火力発電所の建設が開始された昭和三十二年(1957)に、奥の小高い草むらにあったものが現在地に移されたもの。 最古のものは元禄十年(1697)に造立された駒型青面金剛庚申塔だ。

崖裾に佇む6基の庚申塔

左側の3基の青面金剛庚申塔
 
安永八年(1779)造立の笠付型青面金剛庚申塔(1鬼)
 
文政十二年(1829)造立の笠付型青面金剛庚申塔(1鬼、3猿)
 
元禄十年(1697)造立の駒形青面金剛庚申塔(3猿)

右側の3基は猿田彦大神文字庚申塔1基と青面金剛庚申塔2基..左は明治七年(1874)造立の猿田彦大神文字庚申塔、中は寛政十二年(1800)造立の駒形青面金剛庚申塔(1鬼、3猿)
 
造立年号不明の笠付型青面金剛庚申塔(1鬼、3猿)
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