馬鹿も一心!

表題を変えました。
人生要領良く生きられず、騙されても騙されも
懸命に働いています。

オジサンになると立ち食い蕎麦屋が似合う?

2013-07-31 16:54:53 | 日記

7月30日(火)午前10時 地元の銀行支店にて

司法書士同行して抹消書類をもらう。

 

ベランメーな語り口の司法書士が言う。

昨日 昼飯を立ち食い蕎麦屋 ゆで太郎で食べていたら

 

○    ○銀行の担当者と一緒になったと話した。

司法書士も60歳越えた。

銀行担当者も定年後の勤務。

 

私も至極当然と笑った。

 

既に社会的地位も必要なく、周囲も昼食を誘ってくれる年齢でもなく

 

格好付けて豪華なランチを食べることもなく。

胃袋、胃腸も老化した。

立ち食い蕎麦で充分なのだ。

 

ところで 大手メガバンクのオジサンは

偶然 私の大学山岳部の後輩と同期入社だった。

若い頃は 浅草橋支店に勤務して

終電まで大酒飲んだと言う。

 

私が4年生だった時、1年生部員だった。

沼津出身で穏やかで優しい語り口だった。

今 蕎麦屋で立ち食い蕎麦食べている銀行員が言った。

「彼は常務待遇の大阪支店長にまでなった」。

その後は民間会社で役員をしている。

 

立ち食い蕎麦を食べていたオジサンは少し悲哀の表情で

「今度 会ったら「宜しくお伝えください」

 

後輩は4年で主将になったが

北アルプス厳冬期縦走中 3年生部員が凍死した。

当時遺体収容作業で羽田に収容する為のヘリコプターを待機させた。

30分待機費用は50万円だった。

 

先頃 ヨット横断して遭難したニュースキャスターがいたが

自衛隊の水上飛行機で救出した。

費用は1千万円だとか?

そんなに安い訳ないだろう?

率直な気持ち。

マスコミは身内を庇っているだけだ。

上目遣いのずる賢そうなニュースキャスターは嫌いだ。

 

金儲けのためにしたとしか思えないメディア演出。

スポンサーが様々な思惑で裏で動いた。

 

若い頃から弛まぬ訓練を積み上げ、年齢を重ねても

日々、海を侮らず研究したのだろうか?

 

日本列島をチョットばかり離れたところで

救助されて良かったが

何とも?だ。

 

莫大な広告料が入るかどうか分からないが

遭難したら税金と自衛隊員の危険を生じた。

 

シンボウオジサン 今後学校教育は語れない。

 

一般の人だったら自衛隊は救出してくれただろうか?

 

話は横道に逸れてしまった!

 又のブログ書き込みで。

午後 土曜日のハゼ釣りした残り餌があったので

隅田川でスカイツリー真正面に釣りした。

成果は当然のごとく無し。

  

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神田川 飛び込む。

2013-07-31 15:55:25 | 日記

7月29日 16時半 外が騒がしい。

窓から柳橋を見ると消防車、パトカーが停まり

署員がロープを持ち、柳橋下を覗き込んでいる。

野次馬根性で橋まで見に行った。

既に出来事は終了したようで

神田川と隅田川合流点に設置された

水上交番に警察官が慌しい動きをしている。

 

周囲の話に聞き耳立てると、上流は

柳橋 次が浅草橋、その次が左衛門橋。

左衛門橋から男が喧嘩して飛び込んだらしい。

そのまま泳いで柳橋まで来た。

 http://www.kanda-gawa.com/guide/bridge/kanda.html

怪我がないようで、元気に柳橋から引き上げられた。

 

何だか分からないが、激暑とはいえ、ドブ川を

泳ぐなんて!

臭い衣服で

どうやって帰るのだろう。

 

柳橋は、ロケに頻繁に使われ、美しい女優、モデルが

屋形船を背景に佇む。

 

時には滑稽なことも起きる。

毎日 見飽きない。

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今年初めてのハゼ釣り。

2013-07-29 17:31:02 | 日記

7月28日(日) 午前 パソコンを開くが不具合のようで

再起動が生じる。

 

素人でパソコン音痴の私では解決できない。

早速 PCナビに電話する。

 

船橋自宅にて修理解決するには出張費、時間 労力 お金

考慮すれば送ったほうが安い。

明日着にてパソコン専用宅急便ダンボールで送り出す。

 

昼食後、午睡。

午後2時に起きるとベランダ越しは激暑だ。

通りを見ると、祭り姿の男衆、色艶やかな浴衣姿の

少女がいる。

今日は市民祭りなのだ。

 

2009年7月末、あいつと市民祭りで生ビールを飲み

午後から漁港でハゼ釣りをしたのだ。

当時食道癌発症はしていたが9月に入院手術なので

酒も飲め煙草も吸い 声も出せた。

 

思い立って、あいつが住んでいたマンション前で

ハゼ釣りすることにした。

 

去年7月13日深夜、マンションに隣接する

釣具、ボート店から出火して、店舗は跡形もなく

燃え尽きた。

マンションも延焼した。

今でも劫火の跡があり天幕で覆われたまま。

修繕は進んでいないようだ。

 

15時 マンションは河口入り口にへばり付くように建っている。

護岸からハゼ釣り用延べ竿にアオイソメを餌にウキ釣り。

雲のない空は顔、両腕に太陽の熱受けて

パンパンになり、汗が滴る。

ペットの水を持たなかったので

水分蒸発で身体が萎んでいくようだ。

 

魚信が殆どないが餌は取られている。

1時間してやっとハゼ稚魚が一尾だけ。

17時 喉の渇きが限界なので

帰ることにして釣竿を引き上げた

竿が大きくしなる、ゴミに引っかかったようだ。

ゆっくり左右に竿をふるが重い。

徐々に竿をあげた、水面上に大きな口が見えた。

持ち上がらない。

かなりでかい。

セイゴではなく鱸のようだ。

35センチ~40センチの長さと推定した。

網は持っていない。

護岸にまで引き上げたが1メートル程の鉄柵があり

そこまで引き上げられない。

 

鱸は力強かった。

柵を乗り越える間際、鱸は魚体をくねらせると

糸が切れ水面下に消えた。

 

私の人生そのものだ。

要領悪くいつも好機を逃す。

 

後ろ振り返り

2010年6月25日旅立ったあいつのマンションを見やった。

天幕は強い陽射しと熱風に煽られ

その奥の部屋は静まりかえり、あいつの御霊は見えない。

 

18時帰宅して風呂から出て体重量ると3キロも水分が減った。

それから 缶ビール、ホッピーを飲んでいたら

寝入ってしまい22時目覚め。

 

それから寝られなくて寝付いたのは午前3時過ぎ。

 

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森下町 三徳で飲む。

2013-07-27 22:17:46 | 日記

7月26日(金)18時半 清澄通りを歩く。

前日は森下町の居酒屋魚三で飲んだが

http://tabelog.com/tokyo/A1312/A131201/13002981/

 

近くに居酒屋三徳がある。

カウンター席が空いていた。

厨房のまん前に腰掛ける。

少し遅れてイケメンがクロスバイクでやって来た。

生ビールを頼む。

ここの煮込みは素晴らしい。

野菜炒めも注文。

炙りレバーは絶妙の火加減。

   

家族経営の店でホールのオバサンも厨房のオジサンも愛想が良い。

 

炙りレバーは時間がかかると言われたが?

「OKですよ」

厨房のオジサンが「待ちきれなかったら言ってください」

魚三のような無視はしません。

http://tabelog.com/tokyo/A1312/A131201/13023389/

 

気持ち良く飲んで越中島に向かった。

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突然の訪問者。

2013-07-27 17:42:04 | 日記

7月26日(金)13時15分、ランチ 栃木大西製麺の冷麦を食べていた。

インターフォンが鳴り、電話口に会社名を名乗った。

通常、食事中なので扉は開けないが、中には入れず玄関口で話す。

40年前に聞いた会社名なのだ。

部長と営業課長の名刺を見ると間違いなく

知っている化成品加工メーカーだ。

 

アポイントもなく突然セールスだ。

 

サラリーマンだった40年前

上司の不正を追及した頃、間接的に付き合いがあった。

上司が私的トンネル会社を作った。

そのトンネル会社は年間50万枚以上のパスポートカバーを

この化成品メーカーに製作させトンネル会社経由で

私が在籍した会社に納入させていた。

又  ネームタッグは100万枚以上作らせた。

上司は毎晩 新宿のクラブ通い。

その上の部長達もクラブで接待漬けにした。

社内の女性を愛人にして、自分の住む中野坂上近くに

アパートを借りてあげた。

 

そのトンネル会社とのやり取りをするのが私の役目だった。

実質的に製造するのは化成品メーカーだ。

当時下請けメーカーは社長一人でパートのオバサンを3人ほどで

裁断機を動かしていた。

 

社長は調子の良い適当男で

勤務する大手町のビルに社長から電話が架かり

地下の喫茶で食事したが、財布を忘れたので

食事代を払って欲しい。

その後食事代返金は無かった。

 

製品納期が遅れそうになると

製品ダンボール20カートンに1000枚入りで2万枚なのだが

3カートンには新聞紙を詰めただけ。

知らずに支店に納品すると、詐欺の罵声を浴び

ペテンで訴えるまで言われ後始末に心身疲れ果てた。

 

ついにトンネル会社の実態を上司に直訴したが

既に取り込まれてしまった部長は逆に

私を軽食喫茶の皿洗いを命じた。

詳細は以前のブログに書いた。

http://blog.goo.ne.jp/kikuchimasaji/e/5466916ea7c7419a7c8159f51d6d1bc6

 

今では化成品加工では大手になり社員も60人

8階建てビルを所有、大阪にも営業所がある。

社長は82歳で元気に活躍していると言った。

 

その後実態が暴露され部長は他部署に移動後

あっけなく癌で死んだ。

トンネル会社は倒産、作った上司課長は夜逃げ

愛人だった女子社員行方知れず。

私は銀座の営業部に戻った。

 

高度成長により団体海外旅行ツアーが急激に伸び

肩にはツアー名いりバッグを提げ、胸には

誇らしげにネームタッグをぶら下げた。

 

今ではこのような団体は銀座で見かける

騒がしい中国人団体観光客だ。

 

当時から40年の歳月が流れた。

ぼろ儲けした下請け会社はしぶとく生き残っていたのだ。

現在、化成品製造は海外が主流なので

国内生産は減少。

 

芥子粒のような柳橋に一室事務所にセールスにきたのは

販売に行き詰っているのだろうか?

 

部長に昔の出来事を話した。

 

私は言った。

「憶えてはいないでしょう」

 

あの出来事がなければ、私は出世もしない、うだつの上がらない

平凡なサラリーマンとして定年迎えたに違いない。

 

独立するとか金儲けしたいとかの野心は

更々無かったのだ。

 

人生の出合いは悪い方向にも

良い方向にも

自らの意思とは関係なく引きずり込まれる。

 

 

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