き 楽 かん

気楽に木に触って楽しもう、韓を楽しもう、情報交換、愛犬、XCスキー、カヌー、山菜、山歩き、韓国、テニス、自転車、温泉など

韓国でテニス

2012-04-14 07:36:31 | 今日は何を?
韓国でをして帰って来ました
やってくれたのはかなりサクラ母よりはレベルの高い人で、少し前に行われた全国お母さんテニス大会、菊級で準優勝をした人でした
コートはクレーでかなりの面数があり、真ん中にクラブハウスでなくそこで肉を買って焼肉のをする肉屋があるのが韓国らしいと思いました
テニスの後はもちろん焼肉をしながらです
で来ている人もいるのに、いいのかしらと少し心配
はじめのサーブをするときに各自「アンニョンハセヨ」と挨拶をしてからサーブをするんですね
そしてサクラ母の英語の発音はほとんど通じず、カウントを言っても、ボレーといっても通じないのに苦戦、テニスでも苦戦でしたけど、こちらでも苦戦しました
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韓国でテニス

2012-04-03 07:50:33 | 今日は何を?
4月8日から4泊5日でソウルへ行くことになりました
外でのテニスが忙しくなる前に行っておかないとまた雪が降るまでいけなくなるかと、これといった目的もなく計画したのですが
突然、韓国のアジュマたちとテニスができることになりました
日本女子テニス連盟では毎年韓国との交流戦をしているというのは知ってましたが、我々下々の者には交流の機会が回ってくるわけでもなく
韓国語を勉強していてテニス好きなサクラ母としては歯がゆいばかりでしたが
韓国のアジュマのテニスがどんなテニスなのか楽しみです。
帰ってきたら報告します。
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心あたたまる話

2012-04-02 07:25:10 | 韓国語自習ノート
60話

水、コップ一杯の許し

皆が貧しい時代でした。

食べるものがなく学校で粉ミルクや乾パンを配給した頃、それでも、いつも足りなくて私たちはいつもお腹をすかせていました。それで軒下のツララまで食べていた頃、いつかミルクでも乾パンでも思いっきり食べるのが皆の願いでした。
そんなある初冬の午後、掃除当番だった私は友達と意気投合して給食倉庫の戸を開けて入っていってしまいました。
ドキドキと心臓の音が鼓膜を突き抜けるような緊張の中で、私たちはそれぞれポケットいっぱいに乾パンを入れて、牛乳の袋に頭を突っ込んで粉ミルクを食べました。
「ゴホン、ゴホン、ゲェ。」
乾いた粉をむやみに口に入れてみると乾いた咳が出ない訳がありません。その瞬間、よりによって倉庫の前を通り過ぎた先生に私たちは身動きもできないまま捕まってしまいました。
「何だ、お前たちは。」
私たちは乾パンを口に入れたまま運動場を回ることになるだろうと重い足取りで職員室に呼ばれました。
ところが意外な状況が起こりました。
「お前たち、乾いた粉を食べてつっかえたらどうするんだ、さあ、まず水を飲みなさい。」
「先生、、、。」
その後、先生がどんなことを言ったのか覚えていません。
ただ鼻の奥がツーンとして、胸がドキドキしたのを覚えています。
その時、私は心に決めました。
大きくなったら先生のような先生になろうと。
先生はムチの代わりにコップ1杯の水で私たちに人になる事を教えてくれたのでした。

原文

물 한 컵의 용서

모두가 가난하던 시절이 있었습니다.
먹을 것이 없이 학교에서 우유 가루나 건빵을 배급해 주던 시절
그마저도 모자라 우리는 항상 배가 고팠습니다.
그래서 처마 끝에 매달린 고드름도 똑똑 떼어 먹던시절
우유든 건빵이든 언젠가 한번 실컷 먹어 보는게
모든 아이들의 소원이었습니다.
그러던 어느 초겨울 오후, 청소당번이던 나는 친구들과
의기투합하여 급식창고 문을 열고 들어가고야 말았습니다.
쿵쿵 심장소리가 고막을 뚫고 나올 듯한 긴장 속에서
우리는 저마다 주머니 가득 건빵을 쑤셔 넣고는
우유포대에 고개를 들이박은채 우유가루를 먹었습니다.
"콜록,콜록,켁켁!" 마른 가루를 마구 퍼먹다
마른기침이 나올 수밖에 없었고, 그 순간 하필 창고 옆을 지나시던
선생님께 우린 꼼짝없이 덜미를 잡혔습니다.
"아니, 이놈들이!" 우리는 건빵을 입에 물고 운동장을 돌겠구나 싶어
천근만근 무거운 발걸음으로 교무실에 불려갔습니다.
그런데 뜻밖에 상황이 벌어졌습니다.
"이놈들아, 마른 가루를 먹다 막히면 어쩌려고. 자, 물부터 마셔라."
"선생님.....
" 그 뒤에는 선생님이 무슨 말씀을 하셨는지 기억이 나질 않습니다.
다만 시큰대던 콧날과 울렁대던 가슴만 기억합니다.
그때 나는 다짐했습니다.
이 다음에 크면 선생님 같은 선생님이 되겠다고.
선생님은 회초리 대신 물 한컵으로 우리를 사람되게 가르치셨던 것입니다.


今回で「幸福な世の中2」が終わりました。
お立ち寄り読んでくださった皆様ありがとうございました。
2集にになって話の内容がマンネリで、このシリーズは終了です
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心あたたまる話

2012-04-01 08:37:25 | 韓国語自習ノート
59話

熊の切手

私が夏休みを利用して郵便局でアルバイトをした時のことです。

私が任された仕事は手紙に消印を押すために整理して、返送する手紙を選び出すことでした。同じ封筒に同じような位置に書かれた住所や、切手は同じだけれど細かく見てみるとひとつとして同じものはありません。
広いテーブルの上にいっぱいに積まれた手紙は、その主人を代弁するかのようにそれぞれの顔をして私を待っていました。
10円切手を一面にぺたぺたと貼った手紙、一枚すっきりと貼った手紙、はじめから切手のない手紙。
切手のない手紙はもちろん返送しなければなりません。
大分、仕事が手に慣れてきて、分類作業をしていたある日のことでした。たくさんの手紙の中に私の視線を惹く手紙が一通ありました。
くねくねした字、、、幼稚園生ぐらいだけれど、住所もちゃんと書いてあり、規格にも合っているし、切手も定位置に貼ってある正しい手紙でした。
ですが、どこかわからないのですがおかしいのでした。
「おかしいな、、何が変なんだ。」
いろいろ探してみた私は、プッと笑いを噴出してしまいました。
切手が張っていなければならない所に、熊のステッカーがまるで切手のように貼ってあるのです。
「これをちょっと見てください。すごくかわいいでしょ。」
「何だ。おっ、熊のステッカーじゃないか。はははは。」
周りの同僚たちも見てひとしきり楽しそうに笑いました。
私は手紙の主人の小さいながらもませてしっかりした発想を楽しく思い、かわいく思いましたが、返送処理をしなければならないのが惜しいと思いました。
その時、ふと幼い頃に読んだ童話の1編を思い出しました。
ある少女が飴屋で飴を買って飴の代金を風呂敷に包んできた花の種で差し出した時、親切な店の主人がその子の美しい童心を壊したくなくて、返っておつりまで出したという話。
私は、その小さいながらもませていてしっかりした偽の切手の横に、本当の切手を一枚買ってかわいらしく貼りました。
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心あたたまる話

2012-03-31 08:16:04 | 韓国語自習ノート
58話

天国と地獄の間

彼はいまや方向感覚で生きるタクシー運転手です。

今日も彼は都心を注意しながら走っています。
「どちらまで。」
「はい、光化門まで。」
事業に失敗して借金まみれのところに、妻まで病魔に奪われたとても不幸な男。
そんな彼が絶望を耐えてタクシーの運転をするのは、まだ幼く年端の行かない子供たちのためでした。今日も彼は軽快に客に挨拶をします。
「ありがとうございました。」
フロントガラスにいつもぶら下がっている家族写真。彼は客を乗せたり降ろしたりして、いつもその写真を見ました。回転椅子に座ってお金の束を転がしていた昔のことは忘れて久しいです。昔に比べればはした金には過ぎないけれど、タクシーの運転というのは交通地獄をさまよう苦しいことですが、1文2文と集めて借金を返す楽しみで休む日もなく煤煙の中を縫うように走っていました。
そんなある日、一人のおばさんの乗客が封筒を置いて降りてしまいました。
「お、これは、おばさん、おばさん。」
急いで呼びましたが、おばさんは急ぎ足でもう見えなくなってしまいました。仕方なく封筒の中の内容物を確認した瞬間彼は驚きました。乗客が置いて下りた封筒の中にはいくらかもわからないくらい大きな額のお金の束が入っていました。ドキドキする胸を落ち着かせることができず、しばらく降りてタバコを一本吸いました。彼は弱くなりました。お金のためにちゃんとした治療を一度も受けられずにあの世に行った妻、肩にずっしりと乗った借金の山、いい服を着ることもできないかわいそうな子供たち。
「このお金があれば人生が変わるかもしれない、、、このお金があれば、、、」
封筒を穴が開くほど見つめました。呆然と座って見て、立ち上がって握りこぶしをぎゅっと握って見て、彼の心の中で欲望と良心が上になったり下になったりして戦うこと数時間、、、、。
ですが彼は急にまたタクシーに乗りました。黄色の封筒を片手にぎゅっと握って、、、、。いつもよりは少し早く車を運転しながら彼が着いたのは近くの派出所でした。しばらくして警察から連絡を受けたお金の持ち主が、靴を履くか履かないかわからないくらい慌てて走って入って来ました。
「あれまあ、助かったわ。助かった。ひゅぅ、大変なことになったと、、、、ありがとうございます。」
おばさんが、ありがたくて、どうしていいかわらなくて挨拶をしましたが、彼は淡々と答えました。
「いいえ、間違いがないか確認してください。」
是非、謝礼をしたいと言うおばさんに彼がいいました。
「半日の間、天国と地獄を12回以上行ったり来たりしました。やっとさっぱりしました。」
彼はしまいには1文の謝礼金も受け取りませんでした。何よりも子供たちに堂々とできる父親でいたかったのでした。
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心あたたまる話

2012-03-30 09:10:50 | 韓国語自習ノート
57話

ある面接試験

またいつものように冬が来ました。

そんな中でも水銀柱がガクッと下がるという「入試寒波」。今日はまさに大学入試の日です。ラクダが針の穴を通るよりも大変だという試験の日、ある大学の面接試験場であったことです。
面接試験官たちは議論の末、試験の主題をその頃のもっとも大きな現実であるIMFにしました。すごく緊張したまま針の穴を通ろうとするラクダたちが順番に面接官の前に座りました。
面接官の質問が始まりました。
「座ってください。もしお父さんが失業したらどうしますか。」
「はい、もし父が、、、、。」
同じ質問がその人たちに与えられ、受験生たちはそれぞれ誠実に答えました。
「私の父はもう失業しています。」
「はい、父を連れて旅行に行きます。」
「はい、もし、もし、失業したら、、私、私がお金、、お金を稼いで、、、、。」
受験生の答えは本当にいろいろでした。
淡々と経験を話す者もあり、その者たちの中には予想もできない質問に慌てる学生もいました。ですがすべての面接官の心を同時に動かしたのは、一人の女学生の小さくて落ち着いた答えでした。
「もし父親がIMF時代に仕事を失ったらどうしますか。」
女学生はしばし考えてから答えました。
「私は父が仕事を失っても、もっと良くしてやる事も、もっと良くしてあげないという事もしません。いつもと同じように父に対します。」
女学生は話を続けました。
「そして、父がまた仕事ができる日が来たら、そんな日が来たら、父がはいていく靴を真心を込めて磨いてあげます。苦しかった時いつも私がそうしていたように。」
意外な答えに慌てた面接官たちに女学生は落ち着いて幼い頃の話をしました。
女学生が幼かった頃、よく父親の靴を磨いてあげたということでした。
「パパ、靴きらきらするほど磨いたわ。」
「おやまあ、そうかお前は大きくなったら靴磨きになってもいいね。」
「ははは、、、」
パパが明るく笑いながら頭をなでてくれたことがとてもうれしかった、と言う女学生の答えは、面接官たちの心を打って胸をいっぱいにしたのでした。
うれしい歩みも、疲れてくるしい道も父と一緒に歩いてきた父の靴、父がきらきら光を放つ靴を履いて、落とした肩をゆすって出勤する姿を見たいという女学生の言葉はどうしても点数に数えることができないくらい価値のある明答だったのでした。
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心あたたまる話

2012-03-29 08:49:04 | 韓国語自習ノート
56話

黄色の封筒

彼は先生です。

それも小学校の問題児の中で20年、欲もなく実直に送った教師です。ある日、たくましい青年が彼を訪ねて来ました。
教室の床にひれ伏して挨拶をした青年は20年前に彼の元を巣立った教え子でした。
「先生、私を覚えていますか。」
「君は、、、」
先生はぼやけた記憶の中から一人の鼻をたらした学生を思い出しました。貧乏のためいつも元気のなかった子供、その子はいつも仲間はずれにされて一人でいました。
国連国際児童基金から分け与えられたおかゆとミルクを食べ過ぎてお腹を壊し、友達にからかわれたこともありました。
先生は、のけ者にされたその子をいつも暖かく包んであげました。先生はその子を連れて行き洗ってあげて、その子はそういう時、いつも頭を掻いて恥ずかしがりました。
「へへへ、、、」
「ほほ、こいつ、、ズボンをしっかりと持っていろ。」
幼い頃、そのようにうぶで打ちしおれていた子が、このようにちゃんと大人になって、、、。教え子は、驚きと再会した嬉しさにどうすることもできない先生を家に連れて行きました。
教え子の妻が茶を出して3人が茶を前にして座りました。彼はいい大学をでて、社会的にも成功し、結婚もし、正々堂々とした家長になっていました。
手厚い夕食の膳を下げた後、彼は引き出しの奥深くから黄色い封筒をひとつ出して来ました。それは昔、先生がクラスの子供たちみんなに作ってくれた一種のタイムカプセルでした。先生は驚いて尋ねました。
「これを、今まで持っていたのか、、、」
是非、先生と同席した席で開封したかったと言う、その黄色い封筒、タイムカプセルから出てきたものは古いノートと成績表,そして小さなスプーンでした。
「先生このスプーン覚えていますか。」
「、、、。」
スプーンはお腹を壊した事件が起こった後、その子供の苦しい事情を知った先生がその子にあげたものでした。先生は毎日弁当を2人分もって来て、その子と一緒に食べ、その子は記念封筒を作った日、その忘れることができない愛のスプーンを封筒の中に入れたのでした。
向かい合った二人はその時の事を思い出して微笑みました。
「あの時、君のあだ名は大食いだったろう。」
「先生も本当に、、、私はこのスプーンを家宝として大事にします。」
平の教師として過ごした20年の歳月、自分でも知らないうちに胸を塞いでいた無力感が洗われたように消えた瞬間でした。
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心あたたまる話

2012-03-28 08:19:23 | 韓国語自習ノート
55話

博物館で起こったこと

いつも観覧客で混んでいる大型の博物館で起こったことです。

昔の名画が展示されている部屋に背の大きな中年の紳士が一人、入って来ました。
ですが、その人は、なぜか絵の前に行くと膝を曲げて中腰の姿勢になるのでした。そうしては目の高さよりはずっと上にかけられている絵をこっちで見て、あっちで見るのでした。
その姿を見た博物館の警備員たちは怪しいとひそひそ言いました。
「あの人、何であんな事をしていんだ。」
「本当に、ちょっと変だ、、、」
誰が見ても正常な態度ではありませんでした。観覧客も彼のおかしな行動を見てひそひそと言いはじめました。
「お、あの人、何だ。」
「本当に、」
ある集団の青少年は話をしながら何気なく通り過ぎようとした時、紳士にぶつかって転んだりもしました。
「あ、これは、すみません。」
「いいえ、大丈夫です。」
彼は人の視線のようなものは気にすることなく、すべての絵を同じ中腰の姿勢で見た後悠々といなくなりました。
疑問は次の日に解けました。
ある小学校の団体が博物館の展示室に入ってきたのでした。
ざわざわと騒ぐ子供たちの中に昨日のあの背の高い紳士がいたのでした。彼は子供たちを引率して、絵一つ一つの前に立ち止まりやさしい低い声で絵の説明をしてあげていました。
二人の警備員はそれでやっと互いに目を合わせてうなずきました。
「ああ、どうりで。」
「ああ、そうだったのか、そうだったのか。」
これでやっと意味がわかったというような表情でした。
「みなさん、絵を鑑賞する方法はいくつかありますが、それはですね。」
背の高い紳士の説明が続きました。
小学校の先生である彼は、子供たちの目の高さで絵がどのように見えるのかを知るために人々の視線を一身に受けて中腰の姿勢で前もって絵を鑑賞したのでした。
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心あたたまる話

2012-03-26 07:46:19 | 韓国語自習ノート
54話

靴下一足

私は田舎の郵便局の集配人です。

それも旅客船に乗り陸を離れまた車に乗り換えしばらく行かなければならない南海の小さな島の村の集配人です。出勤する道のりがこのようだから郵便局に到着する頃には集配業務を開始する前に全身の力の半分は抜けてしまっている状況です。
ほんの何日かでもゆっくり休めたら、と思う気持ちが切実ですが、だからと言って積まれた郵便物を放置することもできません。
一つ一つ分類し袋にいれて出る頃になると決まったように電話がなります。
「あぁ、また来た。もしもし。」
夫婦が二人共に肢体不自由者である家の郵便物を配達するついでに雑用を何回かやってあげたことがあったのですが、その後は初めから遠慮なく注文をするのです。
ボールペン、ほうき、じゅくし柿、、、さらには魚や尿瓶まで、、、。
仕事が忙しくなくて余裕があるときは喜んで手助けしてあげますが、業務量が多い日には正直、嫌になることもありました。
その日注文を受けた物は靴下1足。
私はいらいらする気持ちをなだめながら、仕方なく靴下1足を買って家に向かいました。
自転車に乗って船に乗り換えてまたいくらかは入っていかなければならない遠い道。ブツブツ言いながら到着してみるとおばさんが部屋の戸を少し開けて待っていました。
「あれまあ、来たね。あ、これ、いくらかな。」
「あ、はい、2000ウォンです。」
無愛想な私の答えにおばさんはポケットからしわくちゃになった1000ウォン札を2枚差し出しました。
「はいよ、2000ウォン。」
ところが、靴下代を支払ったおばさんが靴下をまた私の手に握らせてくれたのでした。
「毎日、頼みごとをしてすまないね。身体がこうだからお返しする方法もなくて。」
「えっ、いいえ、いいえ、、それが、、」
つまらないもので恥ずかしいけれど、と言いながら差し出した靴下1足。その小さな贈り物を私はどうしても断ることができませんでした。
靴下を、いいえ、その人の心をいただいたと思うと私は嫌になってブツブツ言った自分の心が見透かされるのではないかと、後ろを振り返らずに歩きました。
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心あたたまる話

2012-03-25 07:31:06 | 韓国語自習ノート
53話

20年目の真実

年端の行かない幼い頃のことです。

苦労して用意したお金で母は新しい服を一着買ってくれました。その日に限って、母は何があっても見知らぬ人についていってはだめだと念を押しました。そう言われながらも、私は洋服の自慢をしようと出て行き、うらやましそうにする友達を見て得意げにしていました。
その時、あるおじさんが私に近づいてきました。
「変電所がどこにあるか知っているならつれていってくれないか。」
「変電所。」
子供たちは互いに顔を見合わせました。
「あそこの丘にあるのじゃないか。」
私はいい事をしようという欲で、変電所まで行く道案内を買ってでました。
ところが丘を登って行くと雨が降り始めました。
私たちはしばし木の下に非難しました。その時おじさんの親切な声が聞こえました。
「君たち、服を脱ぎなさい、雨に濡れちゃうから。」
私はすぐに新しい服を脱いでおじさんに預けました。
「カバンにちゃんと入れて変電所に行ったら返してあげる。」
変電所はそれほど遠くなかったのでした。目的地が近くなるとおじさんは私の手に10ウォン硬貨を1枚握らせてくれ、パンを買って来なさいと言いました。パンをおごってもらえると思って、2言なしに走って行きましたがその日に限ってパン屋は休みでした。がっかりして帰ってみると、あのおじさんは道を走って行っていました。私はびっくりしました。
「僕の服。僕の服を置いて行って。おん、、、おん、、、」
すべてなくし下着姿の私に残ったものはたった10ウォン硬貨一枚だけでした。
がっかりして帰ってきた私に、母はしまいにはムチを持ち、私は泣きながら門の外にしばらく座っていました。
それから20年の歳月が流れました。
いつしか小さな繊維工場の責任者になっていた私を一人の友達が訪ねてきました。
彼は取引先の職員で友達になってから久しい人でした。静かな喫茶店に座って友達はためらいなが話を始めました。
「20年前にこんなことがあったんだ。父が失業したために家のくらし向きがとても大変だった。だけど、私の誕生日に父が約束通り、新しい服を1着買って来てくれたんだ。本当にいい服だった。だけどポケットから何が出てきたかわかるかい。」
友達が私に尋ねました。そして話を続けました。
「イチョルス。君の名前が書かれた名札だった。」
まさか、私はすっかり忘れていた記憶がよみがえり本当に驚きました。
友達は、その時父が盗んできたその服をどうしても着ることができず、ただかけておいて罪責感に悩んでいたといいました。その友達の父親が昨日の夜、亡くなったということでいた。20年前の、その幼い子供にすまないと言う言葉を残して。
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