蕎麦喰らいの日記

蕎麦の食べ歩き、してます。ついでに、日本庭園なども見ます。風流なのが大好きです。

須川  群馬県利根郡

2014-03-10 23:04:10 | 古民家、庭園
関東平野から国境の山々を越えるには、大昔から二つのルートがあったようだ。
ひとつは谷川岳の足元の沢を通る清水峠ルート、それに三国峠ルートである。清水峠は明治二十年代に大々的な工事が行われ一度は馬車が対面交通出来るルートが開かれたのだが、その後の災害があり、ルートとしてはすたれてしまった。


三国峠は戦国の世から活発に使われたらしい。須川の宿場は三国峠の昇り口に位置する。
この日、越後側は大吹雪でそこから流れて来た雲がこの宿場にも沫雪を降らせた。関東の大雪の直前の事である。


この宿場は「たくみの里」と名付けられ、街並みが意識的に保存されている。
平均的には降雪量は非常に少ない場所なのだが、2月の大雪の時にはさぞや大変な事になったのだろうと推察する。
蔵と火の見櫓(画面の左端になってしまったが)が見える風景は、気持ちを落ちつかせてくれる。




宿場街にしてはめずらしく、門構えを持つ屋敷や庭にゆとりのある民家が並ぶ。徴税システムが変わった明治以降の地割なのか、その辺りは見当がつかない。


街道を外れて1キロと少し。築200年の古民家。山から吹き下ろす風に耐える構えである。

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2 コメント

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Unknown (j-garden-hirasato)
2014-03-13 22:53:15
水路がちゃんと保存されているということは、
町並みとしては古いもののようですね。
その割に道幅が広いので、
両側にあった水路の片方を埋めて、
道にしてしまったのかもしれません。
あくまで推測ですが。
Unknown (kikouchi)
2014-03-14 21:16:27
>j-garden-hirasatoさん
御明察です。水路は、かつては道の中央にあったそうですが、おそらくは自動車交通のために片寄せられてしまったようです。
街道沿いの街にしては、門構えがあったり、庭を造ったり、間口が決してせまくない家も見られるのが少し不思議なところです。

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