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土佐いく子の教育つれづれ~またあしたね〈55〉

2017年03月15日 | 土佐いく子の教育つれづれ

絵と書でつづる自分史

///古希をまえに///

 書を習い始めてかれこれ10年になろうとしています。二年に一度「書游展」を開催し、その都度、自分史を絵と書で表現しています。古希を前に自分の来し方を振り返り、今と明日の自分を見つめています。

  ◆  ◆  ◆

  自分史(その1)

 柿の木が庭に二本
 真っ赤に色づいた実を
 美しいと思った
 九才だった

 母が菊の花を丹精こめて育てていた
 母の花への想いを知った
 十二才だった

〝雨に濡れし夜汽車の窓に映りたる
 山間の町のともしびの色〟
 啄木のうたが 心にしみた
 十八才だった

 学生時代から友達だった人と結婚する
 お金がないから たんぽぽの花で作ったエンゲージリングをくれた
 二十三才だった

 生まれた子どもとふるさとへ
 初めて吉野川を見て
〝かあさんの川 みどりの川〟とかわいい声で叫んだ
 二十六才だった

〝雨ふるふるさとは はだしで歩く〟 ふるさと恋し
 六十四才の秋

  ◆  ◆  ◆

  人生史(その2)

 一ヶ月も早く 小さな小さな赤ちゃんが生まれた
一週間のいのちかと
桜の花が 咲き始めていた

百姓仕事の合間をぬって
からだの弱い私を背負って
針治療に通ってくれた
母の背中はぬくかった

木登り大好きなのに
学校じゃ手もあげられない
恥ずかしいもん
叱られて 菜の花畑を走って帰ったあの日

こんなわたしが 今じゃ人様の前で講演なんかするようになって
母さん びっくり
六十六才の秋

  ◆  ◆  ◆

  人生史(その3)

じいちゃんが戦死してたら
ぼくらこの世におらんかったと
三人の息子

あの玉砕の戦場から生きて帰った父
戦地で侵されたマラリアで苦しむ姿に
わたしは戦争を知り 戦争を憎んだ

土に生まれ 土に生き 土にかえった父
灼熱の炎天下 白瓜の取り入れ
まさに瓜地獄
肩で息して働く父と荷を曳く牛の荒い息づかいを忘れない

働いて生き 生きて働いた父
百姓の魂を貫いた父
凛とした花を生け
美しい書をかく父であった
〝花茨釣れてくる鮒のまなこの   美しきかな〟(夢道)
 ふるさとの大河 今もゆったり大らかに流れる吉野川
 今日も夕焼けが美しい
   六十九才の春に

(とさ・いくこ和歌山大学講師)

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土佐いく子の教育つれづれ~またあしたね〈54〉

2017年02月15日 | 土佐いく子の教育つれづれ

何げない日常を書き留めいとおしむ


///ふるさとの母生きよ///

  90歳になる母が闘病している。私などと違って、なかなか精神的にも肉体的にも強い人で、100歳までは死なないと思っていた。知らせを聞いて、ふるさと徳島へ急いだ。鳴門大橋から激しく巻いている渦が見える。「大寒の渦の慟哭 母生きよ」ふるさとの俳人、橋本夢道の句が思わず口をつく。病院へ駆けつけ「母さん、来たよ」と言うと、目も開けず「うれしい」と言う。

 自分の口で食べ、おいしいと感じ、自分の行きたいところへ自分の足で行く、目を上げて空を見て美しいと感じ、陽射しの温もりに心を休める。このごく普通の日常がままならぬ日が来るんだ。母が生きていてくれるだけで、自分と死との間に突っ立てができていたようで、70歳近くにもなって、いまだに死との距離が遠かった。

 今改めて、何げない日常の大切さをしみじみ噛みしめている日々だ。私はその日々のいとなみを言葉にして書き留めている。

▲今朝の温度計はマイナス。氷がはっている。近所の公園で毎日しているラジオ体操に夫と出かけて行く。気の合う近所の人たちとしゃべり、笑いながらウォーキング。池に飛んでくる鷺の飛翔する姿をじいっと眺めていた。背中に乗せてほしいな。

▲今日は朝から白菜の漬物とたくあんのカレー漬けを作る(冷蔵庫には、柚子大根、かぶらの酢漬、ナスの辛子漬、きゅうりのキューちゃん漬けも並んでいる)。自分の手で料理をするのは楽しいし、気分転換になる。

▲午前中、家にいる時は、9時から1時間は文献の学習にあてている。今はヴィゴツキーの『思考と言語』と格闘中。背すじが伸びる。

▲今日は、寝屋川へ学童保育関係の講演に行く。少し準備不足で、話があちこちいく場面もあり、慣れにまかせず、やはりもっときちんと準備がいる。反省。

▲帰りに大好きな古本屋に寄る。縄文人のことを書いた本と「黄檗の書」稿集の本を安く手に入れる。わくわく。山ほどの本を家にどんどん貯めて、さてどうするんや?!

▲台湾が原発を廃止するのニュースが飛び込んでくる。なんと日本の福島のあの事故を見て決断したというではないか。当の日本では、原発再開、ホンモノの知性とは何か。

▲3月にひかえている書道展の作品をあらためて書き直す。毎回の作品展で、自分の人生史を絵と書でかいて表現してきた。今回は、父の人生を書いている。玉砕の戦地から、命からがら生きて帰って来た父…。あの父ありて我ここにありと筆に力をこめた。

▲若い先生から涙の電話。学級通信に書いた記事に親からのクレーム。もう出す自信がないと言う。しかし、よく聞くと、それは親自身の子育て不安のSOSだ。それを若い先生にぶつけているのよ、大丈夫。

▲久々に大学へ。「ワー先生、久しぶり!また小さくなったなあ」と抱いてくれる。若い男性がだ!「先生が若かったら結婚したいわ」「ハハハ私もや、相思相愛やなあ」。かわいい大学生だ。

▲左手が時々しびれる。頚椎がおかしいらしい。絵や書をかいても原稿書いても何時間でも下に向いてやってしまう。それに神経を使っても首や肩が凝る。病気らしい病気もせず、おかげで元気にきたが、そろそろ身体がゆっくりしろと発信しているのだろうと思うけど、またついつい…。

▲友人が入院したという知らせ。すぐに絵手紙ふうにしてお見舞いのハガキを送る。人は、発信しなければつながらないと常に思っているので、結構まめに筆をもったり電話も入れている。

▲大阪の「チャレンジテスト」。これは大変だ!子どもの悲鳴が聞こえる。1回のテストで内申書が決まる。先日のテストでは欠席者が続出した。教師の説明が悪いと攻撃の声もあったが、出るべくして出た問題。現場の声をていねいに聴きとってほしい。子どもを泣かせるな!

 喜んだり不安になったり考え込んだり、いろいろある日々だが、この先の人生を考えると、今日が一番若い日、日常の生活の中にもある、ちょっとすてきな話に心あたためて今日という一日を大切にと思う。「母よ生きよ」と願いながら…。

(とさ・いくこ和歌山大学講師)

 

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土佐いく子の教育つれづれ~またあしたね〈53〉

2017年01月18日 | 土佐いく子の教育つれづれ

子育て支援の輪を広げる
堺区教育・健全育成会議委員として


///親を支援するために///

次世代を担う子どもを地域全体で育てていくまちにしたい、そのために「子どもと親」「子どもと地域住民」「子ども同士」「親同士」をつなぐ取り組みを展開したい、という堺市の行政の委嘱を受けて「教育・健全育成会議」がスタートしたのは2015年4月だった。大学教授、弁護士、堺市子ども会育成協議会の役員、堺市のスクールカウンセラー(臨床心理士)、私の5人がメンバーだ。
 
なぜこの5人が選出されたかは不明だが、子ども目線で話ができ、子育てに苦闘する親たちを上から目線で指導するというのではなく、人間らしいぬくもりのある目線で支援していこうという姿勢が共通しているのが、なんと言っても素晴らしい。毎月1回会議を重ね、提言がまとまれば予算化され、実践されていくというのも醍醐味だ。

初年度に出された方向は「親支援につながるイベントミックスの実践」と「地域のキーパーソンの育成」だった。
 
もう少し具体的に言うと、一つは、心に響く学びの場や相談できる機会を親に対して提供し、心の支援を行いたいと提言。たくさんの方が参加しやすくするためにと、親子で参加し、わが子だけでなく、他の親御さんとも仲良くなる機会を作るということで、親子で参加の料理教室を子育て講演会とドッキングさせてやろうと決まった。
 
もう1本の柱は、親支援のコーディネーターを育成するという取り組みだ。地域において親支援をしてくれるキーパーソンとなる人材を育てることを目的に、6回程度の学習会を開催することになった。

///好評の講演会&料理教室///
 
さて、そのイベントミックスが2015年8月にさっそく実施された。子育て講演会(講師は私が担当)を真ん中にはさんで、午前の部と午後の部でメンバーをチェンジして親子料理教室が2日間開催された。予想以上にたくさんの方が参加してくださって、手応え十分だった。
 
「料理作りが大変楽しく、子どもの目も輝いていました。日頃なかなかじっくり親子で向き合ったり、料理を教えることができませんでしたが、今日はゆったり一緒に取り組めました。またぜひやってほしいです」
 
「ほとんど子どもだけで調理でき子どもが満足し喜んでいて自信につながったようでした」
 
父と子という参加者もあり大好評でした。子育て講演会も次のような感想が寄せられました。

「改めて子どもの話を聴こうとわが子育てを振り返ることができました」

「とても楽しく聞けて、気が楽になる講演会でした。子どもの能力を伸ばすことばかり考えず、子どもの心に共感できる日々を送らねばと思います」

「もっとお話が聞きたかったです。いただいた資料を家に帰って読み返したいと思いました。来年もぜひ続けて講演会を」

暑い夏真っ盛りのイベントでしたが、本当にやって良かったと実感したことだった。

さらにもう1本、親代わりとなって相談にのってくれ、話を聴いてくれる等、地域の子どもに関わってくれる〝社会的親〟が育ってくれたらとの願いで、こちらも親子遊びや子ども学習教室とミックスして講演会が開催された。自分の子ども以外の子どもとも遊べる機会にもなり、これも好評に終わった。

///PTA再生に向けて///

そして2年目に入り、現在はPTAの活性化問題に取り組んでいる。まずは、PTA活動の現状を分析し、課題を抽出し、その解決に向けてPTA支援の提案をしていこうというものだ。

現状では先生と親とが対立的な関係になったり、PTAが形骸化したり、マンネリ化して、一部の人の参加になっている面などを見直して、子どもを真ん中に、地域とともに機能する親と先生の組織として再生したいとの願いだ。

さっそく各学校の現状把握を始め、抽出された3校では、我々委員とPTAの役員との話し合いも実施され、進んだ取り組みからは学び、問題については整理、分析を行っている。そして、PTAにモデル校として協力を呼びかけ、具体的な施策をともに考え、実施していきたいと考えている。これもまた学校や地域を活性化させる貴重な取り組みだと自画自賛している。

(とさ・いくこ和歌山大学講師)

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土佐いく子の教育つれづれ~またあしたね〈52〉

2016年12月16日 | 土佐いく子の教育つれづれ

知らないことは罪 ゆうき先生への手紙

///土曜授業への怒り///

 あなたは、先日、支援学級在籍の六年生のあおいさんの日記を読んで考えさせられたと言っていましたね。土曜授業の実施決定の知らせを聞いた時のあの子の日記です。

 「反対です。ひきょうじゃないですか。毎日やすみがないですか。おこっています。さいあくじゃないですか。じんせいおわっています。じごくです。なんでそんなことするんですか。ほんまにさいあくじゃないですか。なんでいけんきかないんですか。ありえませんですか。おわっています。(一部略)その日はな、あそぶ日と、ゆっくりする日なんですよ。ずるやすみします。かなしいです。あそびほうだいのじゅぎょうにしてください。人のきもちかんがえてください。ねころがります。めんどくさい~。おたのしみ会します。なんで土曜日にしたんですか。ゆるしません。ぜんぜんスカッとしませんよ~。人の時間とりもどしてください~。ちょう反対です~」

 支援学級の先生が、これは「子どもの権利条約が保障する子どもの意見表明権」で、非常に大切なことだと語られる姿を見て「ぼくはもっと世の中のことに目を開いて、教育のことを考えていかないといけないなあ」と話していましたね。そんなふうに感じられたあなたの感性が素敵だなと思いました。

///エリート育成の陰で/// 

2020年に指導要領が改訂され(全面実施)980時間でも限界といわれた授業時間数が1015時間になりますよね。だから土曜授業がまた始まるのです。競争主義、能力主義が一層激しくなり「特に優れた能力を伸ばすための特別な教育プログラムの編成・実施」が提言され、大阪でも早速、グローバル人材育成のためのスーパーエリート育成が叫ばれています。

勧誘のように戦争する力に利用されるということが出てくるかもしれません。

 昨年、戦争法が強行採決された時、自衛隊員の息子  その陰で「能力のない人材」切り捨てが進められているから恐ろしいのです。7月、相模原の障害者施設で19人が殺されました。役に立たない能力のない人間は世の中で生かしておくのは税金の無駄という考えで、これは単に異常な青年の異常な事件と言えるでしょうか。いえ、今日の政治や経済、それに直結する教育のあり方が能力主義になってきているからなのです。

 
 あなたは、クラスの子どもたちを切り捨てるわけにはいかない、と昨日も遅くまでわり算のわからない子を一生懸命教えていて「『わかった』と叫んだあの顔が忘れられない。こんな時、先生って一番嬉しいですね」とメールをくれましたね。

 そうですよね。なのに国の教育政策は、人材育成のもとで公然と、できない子の切り捨てをやろうとしているのです。切り捨てられた子どもたちは黙ってはいません。「先生、ぼくも賢くなりたいよ~」という言葉のかわりに、暴力をふるい、いじめをし、不登校になる子もいるのです。その子たちに、心がけのよい子であれと諭す「道徳教育」の教科化も同時に導入されましたね。なぜ今、道徳なのか、背景を知ると許せないですよね。

///再び戦争する国へ///

 もっと言うと、落ちこぼされた子どもたちが大きくなり、仕事にもつけなかったり、低賃金で働かされ、貧しい生活を強いられるでしょ。そうすると、アメリカの軍隊のを持つ教え子の母親から、不安の電話が入りました。皮膚感覚でぞーっとしたのです。

 今またあの戦闘中の南スーダンへ武器を持って隊員が青森空港から飛び立ちましたね。知っていますか。あの空港で、夫婦が涙の別れをしたり、親子が抱き合って見送る姿を見て、えー、これってあの時の戦争風景ではないか、といたたまれない気持ちになりました。

 子どもがかわいい、いい先生になりたいと毎日必死でがんばっているあなたは素敵です。

 でも今のあなたは、なぜ土曜授業か、なぜ道徳か、なぜエリート人材育成か、なぜ南スーダンなのか…それが見えていません。知らないことは罪です。

 目の前の子らの幸せを願うあなただからこそ、今の世の中の動きを知る学びもして、真に平和と真理を追求する本物の教師になってほしいと願っています。

(とさ・いくこ和歌山大学講師)

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土佐いく子の教育つれづれ ~またあしたね〈51〉

2016年11月17日 | 土佐いく子の教育つれづれ
いま学童保育が熱い 研究集会に全国から5千人  

いま私は、愛知県で開催された全国学童保育研究集会を終えての帰りの車中だ。気持ちはまだ熱い。今年で51回目を迎えた全国集会、文字通り北から南まで全国から5千人の指導員や保護者が集まってきた。今日、子育てや教育にかかわる集会で、これだけの人が集まるのは他に例をみない。しかも、ここは集められたのではなく、自ら学びたいと主体的に身銭を切って参加してきているので活気が違う。

 私は、この集会の講師陣の一人で、毎年全国あちこちを飛びまわっているが、もうかれこれ14~15年にはなるだろうか。一つの分科会と言っても200人を超える参加者で、お借りした大学の講義室は満杯だ。一つ一つの話への共感度が高く、話す私も熱が入る。

 笑うし泣くし、自分の素を安心して出して、会場が響き合っている。そうなんだ。ここは自分の素が出せる場所だから、人が集うのだ。  

1964年に東京で第1回の大会が開催されて以来50年、学童保育発祥の地、大阪での昨年の大会は6500人にまで発展してきた。今や2万7千ヵ所で107万人の児童が利用していて、長年の運動で学童保育が制度化され、厚労省の後援までとれるようになっている。

■素の子どもと向き合う

 さて今年の分科会「学童保育と学校――保護者と指導員と教師のかかわり」。参加者はほとんどが指導員で、残念なことに学校の関係者が実に少ないのだ。

 ここでは、生の保護者の声が聞かれ、最も子どもたちが素顔をみせる学童での姿が見えるのだ。学校でよい子をし、親の前でもよい子をしてストレスをため込んできた子が、学童で爆発する。「死ね」と叫んで暴れる子を抱きかかえ、まさに格闘しながら、子らの心の声を聴きながら、まっすぐ子どもと向き合っている実践が語られる。

 管理化が進む学校で、子どもの本当の姿が見えにくくなった先生方に、この集会に来て、指導員さんの話を聴いてほしいと強く願っている。

 二つの0と二つの100(いじめ0、交通事故0、あいさつ100%、努力100%)を実践しようという学校ではついつい先生方も、しつけや管理に傾いてしまいがち。学童で見せる子どもの姿を語り話し合っても、子ども理解に困難があるという。

 保護者と学校の先生方と指導員の三者が、それぞれとらえた子どもの姿を出し合いながら、子どものSOSや悲鳴をききとり、どう寄り添えばいいかを学び合うことが、今日ほど求められている時はない。気づいたときはいじめや殺人、自殺にさせてはならないのだ。

 話は変わるが、今回の分科会でまた一つドラマが生まれた。私が、今の大学生が自分の生き辛さを聴いてほしいと切々と訴えてくる、そこからまた自分作りが始まっているという話をしたことに誘発されてか、一人の若い指導員がそっと私に手紙を届けに来た。無記名ならみんなに読んでくれてもいいとのメモ書き。さっそく紹介した。

■66人からのエール  

自分が好きになれなくて、人間への信頼が薄く、保護者とのトラブルでうまく関係が結べず、こんな自分が一層嫌いで人格失格のように思う、という内容だ。

 「彼に何か言葉を届けてあげようと思う方は、紙切れにでも書いて帰りにここへ」と促したら、なんと66通の手紙が届けられたのだ。本当に人間くさく、熱い仲間たちだ。  

「今日ここの場で、悩みが打ち明けられてよかったですよね。私も指導員2年目、今日、土佐先生の話を聞きながら、私も自分のことを見つめ直していました。何もかも自暴自棄になり、私はダメなんだと何度も落ち込んだ日々を振り返っていました。そんな時、私の話を聴いてくださってフォローしてくれた人がいました。とても気が楽になったのを覚えています。でも、今でも不安ですよ。土佐先生もおっしゃっていましたね。人間相手の仕事に自信があるなんて…と。だから学び続けてきたって!だから私も今日この会に来たのです。そしてやっぱり私に元気をくれたのは、あのやんちゃたちの可愛らしさです。ここがまず出発で、保護者対応はボチボチね。一人でかかえ込まないで!来年ここでまた会えたらいいですね」  

66人のエールが届くといいな。

(とさ・いくこ和歌山大学講師)
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土佐いく子の教育つれづれ~またあしたね〈50〉

2016年10月20日 | 土佐いく子の教育つれづれ

ぼくもうんどうがしたかった
障がい者スポーツから学ぶ原点

 リオでのオリンピック・パラリンピックが終わった。何が最も違ったのか、いろいろ考えさせられた。お金の使われ方、報道のされ方はもちろんだが、私は負けたときの選手たちの受け止め方、考え方に大きな違いを感じた。オリンピックで負けたときは「国民の期待に応えられなくて申し訳ない」と言う。パラリンピックの選手たちは、確かに悔しいと言うが「スポーツできるのは楽しくて生きがいだ」と笑う。
 
 人間にとって「スポーツとは何なのか」改めて考えさせられている。

///授業の実践を小冊子に///
 今、大阪には、障がい青年が通う学びの場・自立訓練事業を行う施設が、松原(ぽぽろスクエア)、岸和田(シュレオーテ)などにできている。障がい児体育の実践を重ねてきた私の夫は定年後も、この青年の自立支援施設でスポーツの授業に取り組んでいる。

 この度、ここでの5年間の実践を小冊子にまとめることになり、毎日執筆にかかっている。私の問題意識と重なるので、少し紹介させていただく。

◎小冊子「はじめに」より

 この小冊子は「ぽぽろスクエア」と「シュレオーテ」のゲーム・スポーツ実践で作り出されてきたものです。障がいの重・軽にかかわらず、誰もができて楽しめるということを大切に考えてきました。ですから学生の表情を見、声を聞きながら、学生たちと共にいろいろ工夫したゲーム・スポーツが詰まっています。今年は、リオでオリンピック・パラリンピックが行われました。やはりメダルの数、しかも金メダルの優位性が話題になりました。ところで、パラリンピックが世界の障がい者スポーツの祭典として開催され、これまでも障がい者スポーツ大会など障がい者のスポーツが、権利として保障されてきたことに喜びを覚える一方で、障がいの重い人にとっては、まだまだ遠い権利であることを考えさせられています。だからこそ、私たちは、誰もができて楽しめるという視点を何よりも大事にしたいのです。

 この小冊子で紹介したものは、一例です。方法やルール等、どんどん工夫して新しいゲーム・スポーツを考え、作っていきたいです。そして、多くの人に伝え、広げていきましょう。

///誰でもできるよう工夫///
 小冊子に掲載されているゲームやスポーツを少し紹介する。

【ころがし的当てゲーム】
 卓球台またはテーブルを使って、一方のエンドライン上に的(缶、ビン等)を置き、他方のエンドからピン球(盲人卓球用の鈴の入っているもの)をラケット(卓球ラケットでもいいが、30cm×5cm×1cmの板に絵などを描きマイラケットを作るのも楽しい)をころがして打ち、的に当てるゲーム。
 これなどは、老人の介護施設など、どなたでもできて楽しめるゲームだ。

【卓球バレー(ころがし卓球】
 名前の通り、卓球とバレーを合わせたようなスポーツだ。視覚障がい者の卓球からヒントを得て、ネットをピン球2個分くらい上げて、その下をころがしてラリーを行う。バレーボールはコートの中に選手がいるが、これは卓球台の周囲に6人程度が位置につきゲームを行うというもので、現行のルールや方法にとらわれず、それらを自分たちで柔軟に工夫するというのが、面白いし、誰もができるスポーツになるというのが実にいい。

 学生の一人は、こんな感想を寄せている。
「私自身、もともと体育が苦手で、高校のスポーツの単位がギリギリで(5段階中2の評価)、苦手意識が強くありましたが、ぽぽろスクエアに来て、障がいのある方もできるスポーツをみんなで考えてやれて『こんなにスポーツって楽しいものだったんか』と感動しました」

 かつて夫が車イスの筋ジストロフィーの生徒に、運動会の競技は難しいと放送係をしてもらったとき、その子の一言「ぼくもうんどうがしたかった」にショックをうけ、この子にもスポーツをと、あの日から始まった仕事の連続がここにある。

(とさ・いくこ和歌山大学講師)

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土佐いく子の教育つれづれ~またあしたね〈49〉

2016年09月17日 | 土佐いく子の教育つれづれ

孫の手料理で古希の祝い

////気長に見守る////

 私は、夫の誕生日になんと長男を産んでプレゼントした(誕生日が同じ)。先日、夫の古希の祝いを長男の誕生日祝いと合わせてやった。
 
その日、料理好きの四年生になる孫が、手料理を作るとワクワク。すでに何日も前から、自分で作成している料理ノートに、レシピを考え、工夫して書いてきた。学校の給食に出た温野菜サラダが美味しかったので、それを1品、ロールキャベツに今回は鶏のもも肉を入れて巻くと言う。パパの好きなヒレ肉のステーキのおろしポン酢かけ。この3品に果物のデザートをつけるというメニュー。

 さて、わが家に到着すると早速メモ用紙片手に買物に出かけて行く。忙しい両親は家ではめったに料理作りに付き合うことがなく(わが家ではこれまでも度々やっている)、きょう初めてママも同行、娘の今まで見たことのない姿にびっくり。

 なにしろ四年の娘と一年の息子二人がスーパーで買物。大人たちは側に来ないでと言うので、遠くで見守ることに。なかなかやります。売り場や、どの材料が適当かなど、店の人にはきはき尋ねている。親切に対応してくれていて好感。全部買えたら、じいじに見せている。アメリカ産のヒレ肉は買わない。その理由を説明して交換。

 帰ってきて台所に立つと、エプロンをかけ、手をきれいに洗っている。なかなかさまになっている。わが家も夫がコック長なので、もっぱら孫の料理作りを見守っているのも夫の役目。包丁や火の使い方は、すでに教えている。とは言えやはり目は離さないが、手は出さない。笑顔の孫の側で「あっち行って」と言われながら時々のぞいては「上手やなあ」「できるの楽しみや」と声をかけている。

 こんな姿に、ママはまたまたびっくり。家ではどうしても危ないとか、手間がかかるとかでやらせることは少ない。

 ああ、いい匂い。煮込みロールキャベツのだしは昆布とかつおでとっているので、これがまたいい。「あーお腹すいたでえ」。大人たちはできあがるまで気長に待つ。その後、弟を呼んで何やら打ち合わせをしている。弟にも出番をと、メイドを命じて、接待の仕方をメモ書きして練習させている。

 いよいよ配膳ができて席に着くと、二人が「お待たせしました」とパーティーは始まった。メイドが恥ずかしそうに「きょうはまんぷくレストランにようこそ。本日のメニューは…」と説明。「飲み物の注文やごはんの量を聞きますからよろしく」

 そしてじいじへの祝いの手紙が読まれ、手作りプレゼント(金、銀、土?の3つのメダルに、マスクのひもをつないだひもがついている)を手渡されて、やっと乾杯。

 「まほちゃん、おいしいなあ」と口々に言われて満面の笑み。自分が人の役に立っている。私に出番がある。その喜びは、何にもかえがたい。子どもがすくっと大きくなる時を目の当たりにする思いだった。

////手間ひまかけてこそ////

 今回は、わが家の孫自慢みたいになったが、こういういとなみは子どもを成長させる、と実感。

 誰かのために料理を作る。料理本を見たりテレビの料理番組を見たりしてメニューを考え、作り方をノートに書く。買物に行く。社会にふれる貴重な機会だ。物の流通なども知る。

 そして、料理を作る。段取り能力や手先の器用さも要求される。いろんな工夫も求められる。包丁や火などの危険を回避するすべも学ぶ。まさしく生きるすべをわがものにしていくプロセスそのものだ。家族の喜ぶ顔を思いうかべ場を演出する。弟の出番も作ってやる。プレゼントも買ったものではなく、工夫した手作りだ。これも値打ちものだ。

 一年の弟は、習いたての文字を使って、じいじに手紙を書く。相手の胸に言葉が届く。文字が生きていることを実感する。

 そして、みんなに喜んでもらえて、みんなの幸せな顔、心もお腹も満腹になってかけがえのない一日が創造される。

 買って捨てる便利な社会だからこそ、こういう手間ひまかけたいとなみが一層大切であり、人が育つということはこういうことではないかと改めて思った。ばあばの話でごめんあそばせ。

(とさ・いくこ和歌山大学講師)

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土佐いく子の教育つれづれ~またあしたね〈48〉

2016年08月27日 | 土佐いく子の教育つれづれ

消えた夏休み、先生にも休息を

◆現場はブラック企業並み
 一学期が終わり、子どもたちも先生もほっとひと息。

 終業式の夜、若い先生から「一学期ホント疲れました。身も心もボロボロ、横になったら熱が出てきてダウンしています」というメール。座れない子、暴力をふるう子、授業妨害をする子、親とのトラブル。こんな大変さを理解してくれない管理職への憤り。

 毎日学校を出るのが夜の8時、9時。山のような書類や公務分掌を片づけるのに土日も出勤。まさにブラック企業そのものの今日の学校現場。

 中学校では、これに部活が加わる。娘夫婦が教師をしている知人は、毎日孫の面倒をみ、夕食を作り、夜遅く帰って来る娘夫婦に孫を渡して一日が終わる。「私もクタクタですよ。わが子の子育てもできない今の先生の生活ってどうなっているのだ」とぼやいている。

◆プール当番、研修、巡視…
 やっと夏休み、少しは心も体も休めないではもうもたない。なのに休みに入っても、プール当番、日直はもとより、研修のオンパレード。草ひきや地域の夏祭の巡視で、土日もかり出される。

 10年くらい前からだろうか。「先生は夏休みがあっていい。私たちはせっせと働いているのに、さぼって給料もらってけしからん」。こんな世論に押されて、先生の夏休みはどんどん縮められていった。10年前は、夏休みは1週間くらい出勤したらあとは「自宅研修権」が認められていた。

 人間相手の教育という営みに携わる教師が学校と家との往復だけしていて、本当に豊かな教育ができるのだろうか。

◆豊かな教育のために
 美術館で本物の絵も見たいし、舞台芸術にも触れたいし、スポーツで汗も流したい。山に登って自然に抱かれ、生命を洗ってもきたい。知らない土地を旅して、新しい自分とも出会いたい。日頃読めないまとまった本も読みたい。二学期の教材にある歴史の学習のために、現地に出かけ資料も集めてきたい。そして、いつもほったらかしの我が子の相手もしてやりたい。たまっている家事も片づけたい。心も身体も鋭気を養い、元気になった新しい気持ちで二学期、子どもたちと出会いたい。これでこそ教師の夏休みなのだ。

 私自身、教師生活の中で、夏休みはかけがえのない時間だった。何よりもクタクタになった身体を休めたい。そして、じっくり勉強したいと切に願っていた。日頃やれないさまざまな経験も積みたい。我が子との時間も作ってやりたい。

 まずはスケジュールを立てる時に、行かされる研修ではなく、自分から求め身銭をきって学びにいく研究会を優先して入れた。家族との旅も思い出作りとして大切にした。毎年、今年はこの文献に挑戦しようとまとまった学習課題を自分で作成し、読書記録などもとって、結構まじめに学習にも取り組んだ。そして、一学期の自分の仕事を振り返って成果と課題を整理して、二学期への見通しを作る作業もした。二学期の教材研究もいくつかやる。文学の背景を調べに現地に出かけたり、歴史資料を探しに歩いたりもした。9月に行われる運動会のリズムの講習会に出かけたり、学年の先生方と指導の段取りをたて、練習も実際にやったりして二学期に備えていた。

 そして、全員の子どもたちに暑中見舞いのハガキを書き、子どもらの生活を知ろうと努めたりもした。気がかりな子は、家庭訪問もしてきた。

 しかし、これとてやり過ぎだ。外国のようなバカンス感覚で仕事も何もかも忘れ、ただただ心を空っぽにして休養し、生活を楽しむ感覚こそいるのではないかと思う。

 退職後、少しゆっくり旅をして、外国の人たちのバカンスに触れると、あくせく働く日本人の生活のありようをはたと考えさせられる。

 若い先生は夏休みのきょうも午前中プール指導、午後から2つの研修会、夜は地域の見回りに行くという。明日は朝から一日中出張で、これまた研修会。人権、生徒指導、道徳教育、情報教育、防災教育、英語教育と研修のオンパレードだ。「疲れ果てて寝てばかりだったわ」と苦笑する。

 生身の人間教師に夏休みを、と思う。

(とさ・いくこ和歌山大学講師)

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土佐いく子の教育つれづれ~またあしたね〈47〉

2016年08月08日 | 土佐いく子の教育つれづれ

やっぱり家族はぬくい
子どもの作文や詩に見る

◯家族内事件が相次ぐ現代

 きょうも目の悪い息子の将来を悲観して、母親が手をかけたというニュース。老老介護に疲れて夫が妻を、子育てに疲れた若い母親がわが子をと…家族の中での事件が相次ぐこの時代。心が痛い。社会の貧しさが家族の不幸を作り出している。

 こんな今だからこそ、子どもたちは、家族のぬくもりを一層求めてもいる。

  ◆   ◆   ◆

 へいわってこんなこと
一年 あきと

 いつもぼくがかえってきたら、おかあさんに「ぎゅうしたい」っていっていて、おかあさんが「いいよ」っていってくれて、ぎゅうをして、こころがあたたまる。うちでいつもぎゅうをしているよ。
(日本子ども文詩集より)

 これを「へいわ」って言うんだね、ホント!平和の原点はここにあるんだよね。

  ◆   ◆   ◆

 かたたき

一年 うちゅうた

おかあさんのかたをたたいたら ぬくかった

うちゅうたも 手がぬくかった
からだじゅうも ぬくくなった
もっとたたいてみると おかあさんが「もういいよ。うちゅたをうんでよかったわ」
とさいごにいいました
(「教室でいっしょに読みたい綴り方」より」)

 「あなたを産んでよかったわ」という言葉は、親から子への一番の宝物です。

  ◆   ◆   ◆

 お母さんとお父さんのいけん

三年 よしあき

 ぼくが詩を書く前に、日にちを見に行こうとした

 見に行ったら、おとうさんが
「そんなにべんきょうしたら、頭がアホになんで」と言った
 お母さんに言うと
「アホになるほどべんきょうしてほしいわ」と言った
 お母さんとお父さんのいけんはいつもちがう
(「教室でいっしょに読みたい綴方」より」)

 大阪の父ちゃんと母ちゃん、ゆかいです。笑い声まで聞こえてきます。

  ◆   ◆   ◆

 ラブレター

五年 奈津美

母が小さな引き出しをせいとんしていた

「なにしてんの」
と言いながら、引き出しの中を見た
「あっ、なにこれ!」
引き出しの中に四つ折りにした手紙があった
開いてみると「愛する優子へ」と書いてあった
「愛する優子へだって」
と言ったら
母が顔を赤くした
お父さんもお母さんにラブレターを書いたんだ
愛する優子へだって
キャー
わたしも心の中で顔を赤くした
(「年刊児童文詩集」より)

 私も懐かしくなって顔が赤くなってきたわ。

  ◆   ◆   ◆

「先生きいて」

一年 こういち

おばあちゃん もうな

ちもないし
めもないし
みんなない

ほねもやいてもうてん
あつうなって
はしで おとうさんが とったん
ぼくのおかあさん ないとった
なんか バスでつれていったん
バス一だい
タクシー 一だい
ぼくのくるまも 一だいでしょ
みんな 一だいばっかし
(「書くこといっぱい」より)

 家族の生も死もきちんとみつめさせたい今です。

(とさ・いくこ和歌山大学講師)

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土佐いく子の教育つれづれ~またあしたね〈46〉

2016年06月29日 | 土佐いく子の教育つれづれ

日常の暮らしをいとおしむ

◆心に染みる言葉
 泉北高速鉄道の改札口を出ようとしたらカードがない、あちこち探していたら、後ろで待っている方がいて、思わず「待たせてすみません」と言うと、若い娘さんが「いえいえ、私もそんなことありますから大丈夫ですよ」と言う。

 なんと美しく心に染みる言葉なんだろう。この娘はどんなふうに育ち、どんな暮らしをしているのだろうかと思いを馳せながらいつまでも後姿を見送っていた。

◆ていねいな心配り
 またあるとき、広島のお母さんたちの教育懇談会に寄せていただいた。少し早めに着いたのに、すでにたくさんの人が準備をされていた。演台には、どなたかの庭で咲いていたであろう季節の花が美しく生けられていた。

 受付のところで、赤やピンクのリボンのついたしおりが目にとまった。なんと拙著から私の言葉をとってそれをしおりにして参加者に差し上げるのだと言う。

 この行き届いた心配り!やっぱりなあ。人が次々と笑顔でやって来て、すぐに会場はいっぱいになった。心が届くところには、人が集まるのだ。帰ってからも、手書きの心のこもった礼状と、皆さんの感想の言葉をアルバムのようにきれいに製本されたものが送られてきた。またまた胸がいっぱいになった。

◆季節とともに暮らす
 なんとも慌しい日々の中で、こんなていねいな営みがあり、心配りがある。カサカサになった心で日常の生活を送りたくないと改めて思う。

 今朝、いつものウォーキングをしてきた帰り道、野草を摘んできて、庭に咲いていた白いホタルブクロと一緒に生けた。部屋の空気が一瞬で緑色になり、生き返ったような気分になり心が躍る。「なんでも子どもみたいに嬉しいんやなあ」と夫。

 さて、それからこだわりの朝食の準備をする。畑から採りたてのキャベツをレンジでチン。田舎から送ってきたダイダイでとった酢をかけて1品。牛乳に玄米のフレークをうかせて2品目。季節の果物3種類に小豆の炊いたものを入れ、そこへヨーグルト、黒豆のきな粉、最後にこれも田舎からいただいた純粋のはちみつをかけてこれで3品目。

 なでしこの花を生けたテーブルでゆっくりいただいて、一日が始まる。開け放した窓から爽やかな風が吹いてきて、空は真っ青。命が喜んでいると感じる。

 今日は少し時間があるので、庭で穫れた梅をきれいに洗い、ヘタをとって、梅ジュースの用意をする。3年前の梅ジュースもこくがあって抜群に美味しい。自分の庭で白い花を咲かせ、鶯もやってきた梅だから一層いとおしい。
 
 移りゆく季節に合わせて、絵や書もまめに掛け替えている。古着屋で手に入れた帯を使って自分で表装したあざみの絵を飾った。紫陽花の絵に添える詩も墨で書いて貼ってみた。あらストレス解消!
 
 洗ったばかりの顔で
 
  あじさいがさいています

 花びらをよせあって


 小さいしずくをいっぱいだいて


 しずくのひとつぶひとつぶに


 あじさい色の空をうかべて


 しんとして


   (尾上尚子「あじさい」)

◆手書きで届けたい
 今日はまだすることがある。信州から届いたプレゼントのお礼状に絵手紙を添えて送る。
 
 そして、学生たちの悩み相談に手紙を書くことに。中学校時代のいじめで今も人間不信で苦しんでいることを綿々と書いてきた学生。この生々しい事実を読んでどんなにか辛かったかと胸が痛くなる。

 こんな私に「先生こんな話初めて人にします」と前置きして心開いて語ってくれる学生に手紙を書かないではいられない。

 私は電話やメールの時代になっても、やっぱり自分の文字で自分の言葉で手書きにこだわって手紙を書くことを大切にしている。

 どんなに忙しい時でもカバンに葉書きを入れていて、電車を待っていたり、講演が始まる待ち時間にでも、ちょっとした隙間の時間で葉書きを書いて、そこらのポストへポトンと投函する。心が届くということを大切にしたいから。

 日々の暮らしを丁寧にいとおしんで生きたい。

(とさ・いくこ和歌山大学講師)

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土佐いく子の教育つれづれ~またあしたね〈45〉

2016年05月12日 | 土佐いく子の教育つれづれ

作文が好きになる魔法の本出版

◎自由に自分の言葉で

この十年間に大阪で生まれた子どもたちの詩や作文が本になりました。『教室でいっしょに読みたい綴方』(なにわ作文の会編、フォーラム・A発行)という本です。

 先生が子どもに読んであげるだけではなく、子ども自らが手にとって読める本です。読むと、子どもたちは「あっおもしろい!ぼくも同じことあったわ」と思わず話し始めます。そうかそうかと聞いてあげると、そのうちに子どもの方から「ぼくも作文書いてみたい」と言い出すから、やっぱり魔法なのです。

 なぜなのか、それは大人の目から見た立派で整った文章や「上手い作文」ではなく、等身大の子どもの姿そのままが、子どもらしい文章で生き生きと綴られているからなのです。大人にほめられようと書いたのではなく、自分の書きたいことを書きたいように、書きたいだけ実に自由に自分の言葉で表現しているからです。だからこそ、一人ひとりが個性的で、読めばその子の顔が浮かび、生きぶりが鮮やかに見えてくるから面白いのです。

   ◆   ◆  ◆

  しごと  二年  そうた

 大きくなったら何のしごとをしようかな しょうぼうしになろうかな やけどするからやめとこう けいさつかんになろうかな わるいやつにやっつけられるからやめとこう 学校の先生になろうかな 勉強すきじゃないからやめとこう いしゃになろうかな かしこくないからやめとこう

 かしゅになろうかな はずかしいからやめとこうって そんなんばっかり言ってたらママに「あんたしごとないで。よしもともむずかしいやろうな。」って言われた。

 こまったな やっぱべんきょうせなあかんちゅうこっちゃ~
 
  ◆   ◆  ◆

 笑ってしまいますよね。

 ところで、作文集が発行されたと言うと「こんなふうに書きなさい」とお手本にされたりすることがよくあります。厳にいましめたいものです。

 大学生の8割ぐらいが子ども時代、作文は嫌いだったといいます。書く内容、書き方、枚数などを先生に決められ、自由に書いた作文などめったになかったと言うのですから、それは当然でしょう。しかも作文を教室で読んでくれることもなく、返却された作文は添削の赤ペンで傷だらけ。こんな作文教育のあり方を私たちは批判してきました。

◎生きている証として
 
 子どもたちは、どの子も自分を表現したがっていて、それを両手で大切に受け止めてほしいと強く願っています。そして、どの子の文章も、どんなに幼くても生きている証であり、貴重な自己表現なのです。 文章を書くことは、単なる文のおけいこではなく、自分を見つめ、人間を理解し、生きていく希望を灯す営みだと考えてきました。そして主権者として、自分の言葉を持てる人間に育ってほしいと願っているのです。
 
 こんな思いで取り組んだ中で生まれてきた作文や詩が満載の本が出版されたのです。
 
「どうしたら書くことが好きになりますか」とよく聞かれます。そうなのです。先生が、ときには親や祖父母が「あら面白いね」と楽しく読んであげてほしいのです。「こんなふうに書きなさいよ」は禁句です。

 また、教室や家庭にこの本を一冊、子どもが手を伸ばせば届くところに置いてやってください。手にとって子ども自らが読み始めます。好きになる一歩になることまちがいありません。

 大人のあなたが第一、子どもってやっぱりかわいいなあと子どもを発見することでしょう。

「きんえんのこと」という三年生の昌也くんの作文が載っています。父親が禁煙を始めたのですが、さて続くのだろうか、タバコをやめた分を「タバコ貯金」にしてみんなでハワイへ行こうよ、とあったかい家族が描かれています。この本が出版されたのでお送りしたら早速お父さんからのメールです。

「禁煙、あれから10年続いています。作文を読んで子どもの考えがわかり、子どもの目線で話をしようと心がけるようになり、親自身が変わった」と言います。「息子が結婚して、孫ができたら是非この本を読んであげたいと思います」

作文、このよきもの、生きている証としての文章は生き続けるのです。あらためて実感です。

(とさ・いくこ 和歌山大学講師)

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土佐いく子の教育つれづれ~またあしたね〈44〉

2016年04月21日 | 土佐いく子の教育つれづれ

聴いてもらえたら元気~子育て相談から②

 これも先日、保育園の子育て講演会のときに受けた相談です。

◎5歳になったところですが、近所の子らはもう字を読んだり書けたりしていて、びっくりです。小学校に入学した時から落ちこぼれるのではと不安です(5歳)

 聞くと、友だちとはいっぱいしゃべりながら遊んでいるし、絵とか描くのも好きだと言います。大丈夫です。人との間で会話があり、親の話(言葉)にも耳を傾けることができる。なんといっても絵を楽しく描くことができる。これも素敵です。そして、クレパスや鉛筆を持つこともできる。上下左右もわかっている(文字は、上下左右がわかることも大事)。

 そうです、言葉に耳を傾けたり、話したりできる。自分を表現しようとしている。文字を書く時の手首や手の力がある。上下左右もわかってきている。必ず文字に興味を持つ時が来ます(親子で手紙ごっこをしたりすると、興味が出てきます。わが家の息子は折り紙が好きだったので、その本から文字に興味を持ちました)。興味を持ち始めて尋ねられたら、さりげなく教えてあげればいいのです。

 大切なことは、文字を覚えると面白いとか、わくわくするような気持ちになることが何より必要なのです。そんな子どもは、学校に来て文字学習が始まると、あっという間に習得しますから安心してください。

◎ほんとうに片づけができません。なんでも出しっぱなし、散らかしっぱなし、毎日叱っていますが、いっこうにやりません(2年生)

 大人もそんな人がけっこういますから、はてさてどうしたらいいでしょうね。

 私自身の子育て中のことで、強く心に残っていることがあります。全盲のお母さんの子育てに学んだことです。懇談会のときに学校にやって来たお母さんが、机の中がぐちゃぐちゃになっている息子に、片付けさせている姿は、その頃の私には軽い衝撃でした。

 机の中からお道具箱を出させ、中の物を出したら左の隅をトントンとして、たまったゴミを捨てさせ、次に雑巾で机の中を拭かせます。洗ってこさせた雑巾を4つにたためと教え、左から右へ拭いていき、もう一度裏返して拭くことを手取り足取り教えていたのです。生きるすべをていねいに教えているのです。

 私はと言えば「片づけなさい。何回言わせるの」と大声で叱っているだけ。子育ては、手間ひまかけて生きるすべを自分もしてみせてやらせてみて「できるじゃないか」とほめ励ましながら、辛抱強く続けることなんだと教えてもらったのです。

 まずは、片づける場所(何はどこへ置くか)を決め、片づけ方を一緒にやってみましょう。整理されたら気持ちがいいという感覚を養っていくことも大切ですね。

◎下手なマンガばっかり描いていて、宿題もやいやい言わないとやりません。3年生なんだからもっと自覚的にやってほしいです(3年生)

 お母さん、息子さんの描いているマンガの絵をゆっくり見られたことがありますか。その絵の中にお話がいっぱい入っていますよ。聞かれたことがありますか。せっかく描いたマンガを大人にはゴミに見えて、丸めてポンと捨てているって、それ可愛そうですね。

 好きなことのある子、それに熱中できる子は育ちます。マンガなんて…と思っているのでしょ。マンガも素晴らしい文化の一つです。

 息子の描いたマンガを見ながら話を聞いてやり「面白いなあ」と共感してあげてください。紙切れに描いたマンガを画用紙にでも貼って大切にしてあげてください。

 そして、宿題はいつするのか、子どもに決めさせて、決めたらきちんとやることを促してください。お母さんの言う通り、自覚的な3年生になっていきますよ。

 子育てに悩みはつきもの。どなたも持っているのです。ご近所の人にでも、懇談会の場ででも「こんなことで困っています。力貸し手ください」と自分が心開いて語ってみると必ず力になって返ってきますよ。

(とさ・いくこ 和歌山大学講師)

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土佐いく子の教育つれづれ~またあしたね〈43〉

2016年03月16日 | 土佐いく子の教育つれづれ

聴いてもらえたら元気~子育て相談から①

 いろんなところで子育て講座をさせていただいている。ご質問や相談を受けることも度々ある。今回から何回かに分けて、子育て相談を紹介したい。
 
 と言っても私に的確な解決策が示せるわけではないが、とにかくみなさん胸の内を吐き出せて、聴いてくれた、と思うだけでほっとするようだ。

◎着替えが遅い

 「もうすぐ一年生なのに、あれもできないと気になることばかりで、心配が絶えなくて…」

 聞くと、衣類の着替えが遅い。近所の人に会っても挨拶もできない。つい「そんなことできなかったら学校に行かれへんよ」と怒鳴ってしまうと言うのだ。初めて我が子が学校に上がるんだから、わからないことだらけで心配するのは当たり前ですよ。私もそうでした。

 大丈夫!衣類の着替えなんかみんなと一緒にするので、すぐにできるようになりますよ。挨拶ね、お母さんがご近所の方にニコニコ挨拶なさっていたら、そのうちするようになります。

 入学前の禁句は「○○できなかったら学校に行かれへんよ」という言葉。学校というところはコワイところだという緊張感を与えてしまいますから。それよりちょっとお茶碗運んでくれたら「さすが一年生になるから頼りになるわ」と背中を押してやってください。

◎友達ができない

 「二年生の女の子です。なかなか仲の良い友達ができなくて…。本人は友達ほしがっているんですけどね。親としてはどうしてやったらいいのかと…」

 友達をほしがっている気持ちがあるのがいいですよね。二年生くらいだと特定の子と仲良くなるというより、その日その時でいろんな子と遊んだりしますからね。

 四年生くらいになるとできますよ。親ができることは「友達つくりなさい」とやいやい言うことではなく、たっぷり愛情を届けてやることです。いっぱい抱いて、おいしいごはんを作ってあげてください。愛されて育った子は必ず人を自分の中に受け入れて仲良くできますから。(拙著『子育てがおもしろくなる話』参照)

◎うそをつく

 「五歳の男の子です。うそをつくんです。どうしたら直るでしょうか」

 ハハハハ…うそをつくのは、自分の身を守るためのちょっとした知恵が出てきたんですよ。すぐバレそうなうそでしょ。いちいちカーッとせず、う
そをつかれて笑っていてください。ときにはうその中に子どもの願いが込められてもいるので、そこに寄り添ってあげたいですね。

 「おとうさんといっしょに公園でいっしょに野球してホームランを打ったよ」。「いっしょ」が2回も出てくる日記には(実はうそでしたが)この子の願いが込められていたのです。父ちゃんといっしょに公園で野球したいよ、ホームランを打ってみたいなという切ない願いです。うそをついたと叱るより、一緒に野球をしてやりましょと話したことでした。

◎自分から話さない

 「先生が子どもの話を聞いてあげてくださいと言うのですが、うちの子、自分からなかなか話をしてくれません。どうしたら…」

 私たち教師も同じですが、お母さんが忙しオーラやイライラオーラを出していると、近寄って来ませんよね。それにせっかく「あのね、今日ね…お弁当のとき…あのね」ともたもたでも話をしようとしているのに、話をとって「ああそれ、先生から聞いたよ」とやってしまうと、ますます自分から話さなくなります。

 それにもまして一番の反省は、子どもの目を見て、話に共感してなかったなあと思いますよ。「ケンちゃんとこの犬な、めっちゃ賢いで。ぼくの言葉わかるんやで」と言っているのに、「はよ宿題してしまいなさい。もうごはんやで」とやっていませんか。

 自分の方から「今日どんな勉強したの」と聞き出すよりも「お母さん今日うれしかったわ、種から植えてた椿の花が咲いたんやで。あれや、見てごらん、ホラ」と言うと、「ぼくもうれしいことあってん。ゆうちゃんがな『ぼくの絵うまいなあ』って言うてくれてん」と語り出すのです。そうです。大人も自分を語ることで、子どもも心を開くようです。

 みなさん、こんな時代の子育てですから、悩みもいっぱい。いいのです。人を育てるってそんなもんです。子どもは思い通り育つ、子育ては楽だ、と言う人こそ危ないですよ。

(とさ・いくこ 和歌山大学講師・大阪大学講師)

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土佐いく子の教育つれづれ~またあしたね〈42〉

2016年02月16日 | 土佐いく子の教育つれづれ

子どもを真ん中にした学校作り~作文で表現力を育てる

◯学校ぐるみの研究

 先日、大阪市平野区の先生方の研究発表会が開催された。「書く楽しさを味わい、自分の言葉でいきいきと表現できる子どもを育てる」という研究テーマで、長吉出戸小学校の先生方が報告された。3年間にわたる学校ぐるみの取り組みだ。講堂の壁面には、たくさんの授業で読み合った作文が、大きく拡大コピーされて貼られていて、子どもらの声が聞こえてきそうな会場だ。

 授業の技術や数値化された評価などが論議の中心になり、子どもはどこへ行ったと思う研究発表が多い中で、まさしくここは、子どもを真ん中にした研究の発表だ。

 研究の経緯は、こんなことだった。子どもたちの暮らしが厳しく、なかなか落ち着いて学習できる環境になく、とりわけ言葉でものを考え、自己を表現する力が十分でなく、学力の底上げが必要だ。

 そのためにも、子どもをていねいに見つめ、自己表現を大切にし、それを読み合って、お互いを知り理解し合って、学級という集団を豊かに育てたい。その取り組みを学校全体ですることで、学校の再生もはかれる、と研究が始まった。

 私が校内研修会に講師として参加して以後、私の所属している「なにわ作文の会」と共同研究という形で取り組むことになった。秋に開催される「大阪作文教育研究大会」の会場校になり、一年~六年まで各学年1クラスが公開授業を実施。授業をやらせてくださいと立候補する若い先生方が、実に頼もしかった。

 研究会が近づくと、そのためだけの一発研究が多い中で、ここでは日常的に月に1回は書き、その作文を日々読み合い、授業もするという取り組みが3年間続けられたうえでの研究発表だった。

 多忙で管理的な空気の強まる大阪市の中でこんな研究が継続され、何よりも「書くことが好きになった」という子どもたちが80%を超え、「書きたいことが書けた」と満足している子どもが90%以上もいるという報告は、実にすばらしかった。

 そして、先生方は、子どもをいろんな角度から捉え、子ども発見、子ども理解が進んだというのも圧巻だ。

 さらに、学級で自由に自分を語るという安心した雰囲気が生まれ、共感の関係が築かれる中で、自分の言葉でいきいきと表現する力が育ってきたと言うのだ。

◯市の指導教官から励まし

 寒い会場であったが、作文を読む子どもの声が流れる度に、くすっと笑ったり、「あっかわいい」というつぶやきが漏れたり、なんともあったかい会場になった。疲れ果てて駆けつけて来られた先生方に笑顔が生まれている。

 発表の後、いくつかの質問を受け、最後に大阪市の国語部の責任ある方のお一人がまとめをなさった。これがまた圧巻で〝大阪はたいしたもんや〟とうれしさが込み上げてきた。

 第一、民間の研究サークルと共同で一つの学校が研究を進めてきて、その成果を区の研究発表会で報告するということ自体、他府県ではあまり聞いたことがない。京都や東京の友人たちは「奇跡に近いことだ」と驚く。

 指導に来てくださった先生は第一声「子どもを中心にした研究のすばらしさ、しかも学校あげて、自分の言葉で表現できる力を育てる研究はとても意義深い」

 しかも「書く力を国語科の一領域の狭い取り組みにせず、学級や学年、学校全体にかかわる人間を育てる取り組みに位置づけ、書くことの日常化をめざしてきたことはすばらしい」

 「今、指導要領には『作文教育』という文言は消えているが、友だちの良さをみつけ、自分発見しながら、書く力、自分の言葉を育成することは、指導要領で大事にされている」と語り、厳しくなった現場を熱く励ましてくださったのだ。

 帰りがけに、一言お礼をと思い校長室に入ると、その指導教官がカバンの中から拙著『子どもたちに表現の喜びと生きる希望を』を出され、「この本でたくさん勉強させていただいた」と付箋のいっぱい付いた本を見せてくださった。この謙虚さに頭が下がった。大阪もたいしたもんや!

(とさ・いくこ 和歌山大学講師・大阪大学講師)

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土佐いく子の教育つれづれ~またあしたね〈41〉

2016年01月26日 | 土佐いく子の教育つれづれ

自ら学びの場へ~元気が出る研究会

◎行かされる研修

 大阪の子の学力が低いのは、先生の指導力がないからだとカンカンになって、教職員の研修が行われている。高い壇上から、お前ら呼ばわりで説教されたこともあるという。

 先生たちは、この研修をぜひ受けたい、と自発的に参加したわけではなく、半ば行かされて来たという人が多い。疲れ果てて眠っている人もいる。教育の技術向上ばかりが語られて、子どもの顔が浮かんでこないと言う。帰りには、自分は力のない教師なんだ、とがっくりして重い足を引きずりながら家に向かうと言う。

◎子どもの顔が浮かぶ
 
 人間相手の仕事である我々教師は、学ぶことを忘れたら、教育はマンネリ化して死んでしまう。講演や出版をすると、すばらしい実践をしてきたのだと錯覚されるが、それは違う。この仕事、そう簡単にうまくいったりはしない。

 ただ言えることは、学び続けてきたということだけは確かなようだ。自ら文献を広げてそこから学ぶ。子どもや親から学ぶ、職場の仲間からも学ぶ。

 だが、これだけでは、井戸の中の蛙になってしまう。私は、作文教育の会、文学教育を学ぶ会、美術や体育の研究会、生活指導研究会、発達研究会、また、臨床教育学会や教育方法学会などの研究会にも足を運んできた。行かされる研修ではなく、自ら学びたくて、身銭をきって出かけてきた。

 こういう研究会やサークルに行くと、何と言っても子どもの顔が浮かんできて、反省もしたり、子どもを見直してかわいくもなり、早く子どもに会いたくなって、元気が出る。私は、かけがえのない仕事をしているんだ。まだまだやれることはある。なるほど上手くいかなかったのは、こういうわけがあったのかと実践を振り返り、問題が見えてきて解決への見通しが生まれてくる。やはり元気がでる研修会なのだ。学ぶことは、自分の中に優しさを刻むことなんだと実感してきた。

 日本の教育界の大きな財産の一つに、民間教育研究団体の活動がある。多くの優れた実践がそこから生まれ、日本の教育の牽引車の一つになってきたことは、まちがいない。

 私自身、新卒以来「なにわ作文の会」というサークルで今も学び続けている。サークルが結成されて今年で60年、先輩たちが営々と築き上げてきたずっしりと重い歴史がある。私もここへ足を運び出して46年目だ。

◎若い仲間も参加

 今このサークルに若い仲間がたくさん集まって来ていて、まさに元気をもらい、学び直させてもらっている。

 新卒以来10年間学び続けている久美子先生は言う。週末疲れて、家でゆっくりしたいとも思うが、職場の先輩が例会に誘ってくれたからと参加するようになった。先輩の先生たちが、子どもが「かわいい」と言いながら楽しそうに報告したり、ベテランも悩みを語ってくれる姿に、これまた驚いたと言う。以前は、行ける時は行く程度の参加の仕方だったが、今は毎月参加している。

 高学年をもった時の実践がうまくいったと満足感を感じていたが、「それは、本当に子どもがしたい活動だったのか」と批判を受け、目が覚めたと言う。「きっちりさせなあかん」「あなたの指導は甘い」などの言葉に焦り、知らぬ間に自分の軸が大きくずれていたのだと気づいたからだ。その時から彼女は、何を置いてもサークルへ学びにやって来る。ホンマモンの学びの姿勢だ。

 3年目の壱眞先生も実に意欲的だ。「なにわ作文の会に来たら、初めての人も涙を流しながら自分の話が聴いてもらえる。自分が表現できる場所なんだ」と言う。

 彼は、いつも、たくさんの人に声をかけて一緒に行こうと誘う。「ここに行くと、子どもが好きになれるよ。日記や作文を読むと子どもが見えてきて、出会い直しができる。僕は、先輩方の子ども観にふれることで、いつも元気になって子どもたちのところへ戻れるのだ」と。

 行かされるのではなく、自ら主体的に参加する研修会、子どもの顔が浮かび、帰る時には元気になって学校へ足が向かう研修会こそが今求められている。

 20代の精神疾患の病欠者が全体の7割とも言われている時だからこそ、ぬくーい人間関係の中で、元気の出る学びの場が必要なのだ。

(とさ・いくこ 和歌山大学講師・大阪大学講師)

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