きぐみの家造りブログ

青森県三沢市の木組工務店。
住宅造りの想い、提案、現場状況など

節句

2009年03月04日 | 雑学
雛まつりだった昨日、こんな素敵な差し入れをいただきました



まるで会長が持ってきたかのように勧められましたが、K会館のNさん、ありがとうございます。
美味しくいただきました

雛祭りが女の子の節句なら、端午(たんご)の節句は男の子の行事です。
端午というのは、もとは月の端(はじめ)の午(うま)の日という意味で、5月に限ったものではありませんでした。
しかし、午(ご)と五(ご)の音が同じなので、毎月5日を指すようになり、やがて5月5日のことになったとも伝えられているそうです。

奈良時代のころ、日本では季節の変わり目である端午の日に、病気や災厄をさけるための行事がおこなわれていました。
古く中国では、この日に薬草摘みをしたり、蘭を入れた湯を浴びたり、菖蒲を浸した酒を飲んだりという風習があったことから、日本の宮廷でもさまざまな行事が催されました。
厄よけの菖蒲をかざり、皇族や臣下の人たちには蓬(よもぎ)などの薬草を配り、また病気や災いをもたらすとされる悪鬼を退治する意味で、馬から弓を射る儀式もおこなわれたようです。

武士のあいだでは尚武(しょうぶ=武をたっとぶ)の気風が強く、「菖蒲」と「尚武」をかけて、端午の節句を尚武の節日として盛んに祝うようになったのです。

やがて江戸時代にはいると、5月5日は徳川幕府の重要な式日に定められ、大名や旗本が、式服で江戸城に参り、将軍にお祝いを奉じるようになりました。
また、将軍に男の子が生まれると、表御殿の玄関前に馬印(うましるし)や幟(のぼり)を立てて祝いました。

このような時代の変遷のなかで、薬草を摘んで邪気をはらうという端午の行事が、男の子の誕生の祝いへと結びついていったと考えられているそうです。

今では地方にもよりますが、鎧や兜、武者人形、馬や虎・若武者の人形、鯉のぼりや旗のデザインもそれぞれの個性があります。

   ←飾りもいろいろ

今ではなんとなく行われている行事も、意味をたどっていくと、とても大事なものなんだなぁと思い知らされます。

ちゃんと受け継いでいきたい日本の伝統の一つですね



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日本の伝統 端午の節句
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