中学高校共に、三年生の後期には一枚の履歴書が配られた。
教師からは空白を決して作るなという忠告を散々受けた記憶があるが、この紙切れの枠組みを満足に埋められる人間は、少なくとも僕の在籍してきたクラスには半分も居なかったのではないかと思う。
頑張ってない人間に「学生時代に頑張った事」の欄なんて、方便を用いても満足に埋められない。
無趣味の人間に「趣味・特技」の欄は、精々読書か音楽鑑賞としか書き込めない。
高校時代の担任は、この履歴書を配布したとき、僕らに何かの教えを説こうとしていた。
何でも、世の中勉強だけが全てじゃないと思っている人間は存外多いらしい。だけど、この言葉には二の句があって、『勉強だけが全てじゃない』の後に、『俺には○○がある』という言葉が続くのだ。
この二の句を付けられる人間ならばまだ良いのだが、本気で勉強だけが全てじゃないと思っている人間に限って二の句が付けないものだという。
この理屈を履歴書と照らし合わせて小難しい何かを言っていたが、当時の僕は聞き流し、今更ながらにあの説明がこの「学生時代に頑張った事」と「趣味・特技」を指していた事に気付いた。
勉強が駄目だとしても、もっと別に他人に評価してもらえる場所があるのなら、それこそがその枠に埋められる物なのだろう。
中学生時代も、高校生時代も、僕はこの2つの枠に『ギター』に関する何かを書いた。
続きは余力があれば明日にでも・・・