今日は娘の6才の誕生日。
早めに仕事をあがらせてもらい、帰宅したのが8時半。
「まだ起きているだろうから、一緒に風呂入って寝るか。」
帰ってみると娘が寝ている部屋の戸が閉まっていました・・・。
幼稚園のクリスマスお遊戯会の予行練習で疲れたのか、すでに爆睡。
つまらないなぁ。せっかく早く帰れたのに。
食事をしながら、くつろいでいると、また昨日のKさんとの組手の事が頭に浮かびます・・・結局は正中線にどれだけ厳しく動けるかだなぁ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
Kさんは武道を学んでいなくても、非常に戦いのツボを捕らえていた。
普通の動きよりも早く動く為、より衝撃力を増す為などの武術的な身体操作はともかく、人と人が戦うと言う場面での、相手と自分の正中線の関係をよく体得しており、それを活かした戦術、戦略を組み立てていた。
武道経験者でなくとも、実戦(?)経験が豊富な人は、自覚無しにも正中線の効用の一部を体得しているものだ。
彼我の正中線を結んだ面を「正中面」と呼び、これが攻防の絶対条件となっている。
通勤の途中、電車の中でも考え続けた。
「もっと正中線にきびしくないといけない。」
と言うのは、素手の武道・武術の場合、破壊力を増す為や効率良い動きの為などの身体操作を追求するので、技を習得する為に身体の様々な部位に意識を使う事が多く、肝心の正中線の意識が希薄となる事がある。
結果として、組手に反映される。
取っ組み合いや他流試合などの経験が豊富な人とやると、それが顕著にあわられる。
細いワイヤーやピアノ線の様に、細くてしなやかで強靭な正中線の獲得が必要だ。
もっとも簡潔に体感できるのは、正中線に厳しい剣術などであろうと思う。
以前にも書いたが、武術武道の情報発信「B-FIELD」の山下知緒氏などは、そういった事に気付かせてくれる貴重な友人である。
彼とは以前、某古流武術の道場でご一緒させてもらっていたが、彼は今でも剣、居合などの精進を続けている。
剣術の場合、「薄くて長い、鋭利な刃物」である日本刀の攻撃をしのぎ、その隙間に付け入っていける様に、「細く」動く必要がある訳である。
さらに床を蹴らず、常に「抜いて」始動する彼の動きはその「起こり」が見えない。
一般に人は何かをしようとする時、床を蹴る反動から初速や初動の力を得ているため、一瞬だけ必ず力む。それが「居着き」である。
抜いて動ける者は、そうした居着きを決して見逃さない。
速く、強く動く以前に、その剣の通る空間を制さなければ斬られて死んでしまう。
その為には、自己の身体の正中線をしっかり把握できなければならない。
自分を振り返ってみると、武術的な動き、空手的な動きなどにこだわり過ぎ、宗家が口をすっぱくして言われる「正中線」をどれだけ自覚しているか・・・。
小型の刃物や手裏剣などの、現代でも脅威となりうる小型の携帯武器(凶器)に対して対応を考える際、まずこの「剣」を基準とした正中線の様に厳しく動かなければならないと改めて痛感。
宗家はかなり木剣や棒、竹刀などで相手に打ち込ませて稽古をされた。
そう言った武術としての大原則を忘れて、空手も何も無いと思った。
結局、素手の攻防でも正中線に厳しい方が有利に決まっているからだ。
何事も原点を忘れてはいけない。
特に武道の場合、武器術による攻防を厳しく行う感覚が武の原点なのかと思う。
そうした事を忘れていても、稽古を続けていると、ある程度空手らしい技ができてくる。
しかし、それは正中線に厳しい者にはまったく通用しない。
まして、武術的な身体操作を兼ね備えた者であれば、なおさらの事である。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
今度、山下さんにお願いして、剣を構えて詰めてきてもらう事でもお願いしようかと思っています。
山下さん、ご協力をお願いします!!
<B-FIELD情報>
西部新宿線の新所沢駅から徒歩2分の場所で、山下さん主催の手裏剣の稽古会が始まっております!!
1日ごとの参加費なので、気軽に行けます。
何にしても、武術的身体操作を確実に反映した手裏剣投法を追求すると言う趣旨。
ただ速く、遠く投げればいいのではなく、あくまで相手から気付かれにくい、変化の利くそう言った身体の運用法を手裏剣を使いながら体験できるのが最大の魅力です。
興味のある方は是非、B-FIELDのホームページへ!!!
http://bfield.seesaa.net/
早めに仕事をあがらせてもらい、帰宅したのが8時半。
「まだ起きているだろうから、一緒に風呂入って寝るか。」
帰ってみると娘が寝ている部屋の戸が閉まっていました・・・。
幼稚園のクリスマスお遊戯会の予行練習で疲れたのか、すでに爆睡。
つまらないなぁ。せっかく早く帰れたのに。
食事をしながら、くつろいでいると、また昨日のKさんとの組手の事が頭に浮かびます・・・結局は正中線にどれだけ厳しく動けるかだなぁ。
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Kさんは武道を学んでいなくても、非常に戦いのツボを捕らえていた。
普通の動きよりも早く動く為、より衝撃力を増す為などの武術的な身体操作はともかく、人と人が戦うと言う場面での、相手と自分の正中線の関係をよく体得しており、それを活かした戦術、戦略を組み立てていた。
武道経験者でなくとも、実戦(?)経験が豊富な人は、自覚無しにも正中線の効用の一部を体得しているものだ。
彼我の正中線を結んだ面を「正中面」と呼び、これが攻防の絶対条件となっている。
通勤の途中、電車の中でも考え続けた。
「もっと正中線にきびしくないといけない。」
と言うのは、素手の武道・武術の場合、破壊力を増す為や効率良い動きの為などの身体操作を追求するので、技を習得する為に身体の様々な部位に意識を使う事が多く、肝心の正中線の意識が希薄となる事がある。
結果として、組手に反映される。
取っ組み合いや他流試合などの経験が豊富な人とやると、それが顕著にあわられる。
細いワイヤーやピアノ線の様に、細くてしなやかで強靭な正中線の獲得が必要だ。
もっとも簡潔に体感できるのは、正中線に厳しい剣術などであろうと思う。
以前にも書いたが、武術武道の情報発信「B-FIELD」の山下知緒氏などは、そういった事に気付かせてくれる貴重な友人である。
彼とは以前、某古流武術の道場でご一緒させてもらっていたが、彼は今でも剣、居合などの精進を続けている。
剣術の場合、「薄くて長い、鋭利な刃物」である日本刀の攻撃をしのぎ、その隙間に付け入っていける様に、「細く」動く必要がある訳である。
さらに床を蹴らず、常に「抜いて」始動する彼の動きはその「起こり」が見えない。
一般に人は何かをしようとする時、床を蹴る反動から初速や初動の力を得ているため、一瞬だけ必ず力む。それが「居着き」である。
抜いて動ける者は、そうした居着きを決して見逃さない。
速く、強く動く以前に、その剣の通る空間を制さなければ斬られて死んでしまう。
その為には、自己の身体の正中線をしっかり把握できなければならない。
自分を振り返ってみると、武術的な動き、空手的な動きなどにこだわり過ぎ、宗家が口をすっぱくして言われる「正中線」をどれだけ自覚しているか・・・。
小型の刃物や手裏剣などの、現代でも脅威となりうる小型の携帯武器(凶器)に対して対応を考える際、まずこの「剣」を基準とした正中線の様に厳しく動かなければならないと改めて痛感。
宗家はかなり木剣や棒、竹刀などで相手に打ち込ませて稽古をされた。
そう言った武術としての大原則を忘れて、空手も何も無いと思った。
結局、素手の攻防でも正中線に厳しい方が有利に決まっているからだ。
何事も原点を忘れてはいけない。
特に武道の場合、武器術による攻防を厳しく行う感覚が武の原点なのかと思う。
そうした事を忘れていても、稽古を続けていると、ある程度空手らしい技ができてくる。
しかし、それは正中線に厳しい者にはまったく通用しない。
まして、武術的な身体操作を兼ね備えた者であれば、なおさらの事である。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
今度、山下さんにお願いして、剣を構えて詰めてきてもらう事でもお願いしようかと思っています。
山下さん、ご協力をお願いします!!
<B-FIELD情報>
西部新宿線の新所沢駅から徒歩2分の場所で、山下さん主催の手裏剣の稽古会が始まっております!!
1日ごとの参加費なので、気軽に行けます。
何にしても、武術的身体操作を確実に反映した手裏剣投法を追求すると言う趣旨。
ただ速く、遠く投げればいいのではなく、あくまで相手から気付かれにくい、変化の利くそう言った身体の運用法を手裏剣を使いながら体験できるのが最大の魅力です。
興味のある方は是非、B-FIELDのホームページへ!!!
http://bfield.seesaa.net/












春には1年生なんですね〜。早いな〜。
ミノルちゃんはますます空手に精進されているご様子。
空手のことはわかりませんが真剣さが伝わります。