― 歌・種・記・文 ― (うたたね きぶん)

日々の中で感じたことを書き留めた自分のための雑記帳です。
その時思い出した歌があればそれもひとつの思いとしてご紹介!

優先席、譲ってくれない? 譲らない?  ― 盛春歌 ―

2012-07-22 | ちょっと考えさせられたお話
 
現代は 高齢化社会。
一般的人口統計では、高齢者65歳以上 と定義することが多いようですが、
今や その割合が 4人に1人 となっている というから 驚きです。

   先日、67歳だという 顔見知りの女性が
    「私、初めて 優先席デビュー しちゃったのよ! 悪いから座ったけど ショックだったわ~!」 と
   おっしゃっていました。
   お顔は歳相応でも シャキッと していて、とても 譲ってあげようなんて思えるタイプではない。
   もちろん ご自分でも まだまだと思っていたのでしょう。
   こういう時は 座れた嬉 しさよりも ショックのほうが大きいようです。
      確かに、今の65歳 って 高齢者に入るの!? って思いません?
      本人もまだそんな意識はなく、周りの人だってそんな風には思っていない。
      だから、普通に座れる時は別として 席を譲ってもらったりしたら けっこうショックかも~!
      もっと高齢の方だって、最初は やっぱり同 じだったんでしょうね。
      それが いつしか慣れてしまうというか 普通のことのようになってしまうのかな~!?


1970年代、<お年寄りに優 しく> ということで        (専用席マーク(シルバーマーク) )
電車やバスに <シルバーシート> が設けられました。
1990年代になると 優先されるべきは <お年寄り> ばかりではないだろうということから、
対象者を <乳幼児連れ> <妊婦> <からだの不自由な方> などにまで広め、
優先席> という名に改称されました。
からだの不自由な方> という表示を
身体外部に障害がある方> と <身体内部に障害を持つ方> に分けているところもあるようですし、
その付近では 携帯電話の電源をOFFにするよう 協力を求めたり、
広く知らしめたいマーク は バッチ や バッグ用のストラップ にもなるなど 工夫も見られるようになりました。

   

その後、
  優先席利用対象者が 事業者により 設定された場所に追いやられる という形は好ましくない。
  本当に必要な人が 間近の席でも利用できる ように すべき。
などの 性善説 により、思考を転換。 (※ 性善説=人間の本性を <善> とみる説。)
<優先席> という区分を廃止 して、<全席優先席> という考えかたで
取り組むところが出てきました。
  
誰もが どこに座っていても 気持ちよく譲れるようになりたいものです。

しかし、
  <優先席> があっても、<譲ってくれない!>
  <全席が優先席> になったら、さらに <譲ってくれない!>
そんな苦情は増える一方!
そこで
  <優先席を増やす> とか、
  再度 <優先席> を設け直すとか、
  <全席優先席> という考えは残 しつつ <特別優先席> を設けるとか、
そんなお話が出ているようです。

   良かれと思って しても いろいろ考えても うまくいかず、何だか変なことになっているような …。
   <全席優先席> って モラル(道徳)の問題から したら
   改めて云わなきゃならないようなことじゃないような気が します。
   日本は 礼儀 を重んじる国。
     (※ 礼儀=人間関係や社会生活の秩序を維持するために人が守るべき行動様式。
            特に、敬意を表す作法。)

   <譲り合いの精神> も 以前は 誰もが持っていたはずなのに、
   そういった優 しさが どんどんと失われてきているように思えることは この先に不安を募らせます。
   多くの外国では <優先席> を設けること自体が ナンセンス だといいます。
   その理由は、弱者に優 しくすることは <国民性> と云えるくらい 普通のことだからなんです。
   それなのに 今の日本では <優先席> を設け、
   そこでさえ <譲らない>、<譲らなければいけない!> なんて場所になって しまっている!
   どこであっても、 率先 して行えることが大切だと思うのに …!
  

   だけど …、
   <設定された場所に追いやられる> って なんか嫌な考えかたじゃないですか!?
   <席が限定される> ということを云いたいのだとは思いますが、
   この言いかたからは 被害者意識が感 じられるようで、性善説 の <善> も霞んで しまいそう!
   <どの席も優先席> という考えかたは持ちつつも、それはそれで
     〔 乗り降りがしやすい所に作ってくれたんだな! 〕
     〔 どこからどこまで? なんて考えなくて済む わかりやすい所に作ってくれたんだな! 〕
   と考えれば いいんじゃないので しょうか!?

   また、<譲ってくれない!> という言葉も、どうも好きには なれないんです。
   確かに、健康そうな若者が われ先に座る とか、ずっと携帯を いじっている なんて姿や、
   寝た振りをする、お年寄りを目に しても 堂々と座っている などという人を見かけると、
   たとえ優先席では なくたって 〔 換わってあげればいいのに …! 〕 と思うことはあります。
        だけどね~!                          
             <フーテンの寅さん> の言葉を引用させていただくなら、
                 <譲ってくれない!> なんて、
                        自らが それを言っちゃ~ おしまいよ!
          と思ってしまうんです。

   他人が口にするのと 自分から言うのとの違い って けっこう大きいもので、
   <譲ってくれない!> も 被害者意識!
   <譲ってもらうのが あたり前!> という思いがあるから出る言葉だと思うんです。
   <当然の権利> みたいなものに <胡坐(あぐら)を掻く> より、
   ちょっと <謙虚> でいるほうが 良いと思うんですけどね~!

      以前にも書いたことがあるような気がするんですが、
      高齢者の方の中には <普段は年寄りとは思われたくない> と思っていらして
      実際にも とても お元気で若々しくいらっしゃるのに
      そういう時だけ <当然> を 主張なさる方がいらっしゃいます。
       「私は年寄りよ! だから席を換わるのは当然のことでしょう!」
      はっきり口に出 して言われるかたも いらっしゃいますし、
      ため息をついたり、咳ばらいを したり、わざと足にぶつかったり と 気づかせようとする方、
      黙ってはいても 座りたいオーラを 前面 に出 して立たれている方も いらっしゃいます。
         少し離れた位置にいるほうが あんがい しっかりと見えてしまったりするものです。

        そんな風に しないほうがいいのに …!
        そんな風に しないほうが 素直な気持ちで それを してあげられるのに …!
      そう思うことって ありませんか?

      そういう方々は 逆に
       〔 もしかしたら相手には <見た目では判断できない 具合の悪さ> があるんじゃないかな!? 〕
       〔 自分自身の発する <当たり前オーラ> が
                        それを し難く している ということはないのかな!? 〕
      そんな風に思ってみることはないのかしら!? と、ちょっと残念な思いが します。
     人に要求する気持ちばかりが感 じられると 気分がいいものではありません。  
     <当然> という言葉を <相手に向けて発する> と、どうしても自分が強くなり、
     <するべきだ!> という考えかたになってしまいます。
     自分では当然かなと思うようなことでも、ちょっと引いて 見たり考えたりすることが出来たら、
     大きくて 丸い自分になることが出来るかも しれません。
     もっと云うなら、
     <当然> という言葉を使うなら <自分に向けて発信> してみたら どうでしょう!?
       〔 混んでいるんだから、 座れなくて当然! 〕
       〔 後から来たんだから、 座れなくて当然! 〕
     そして、寛大になれた自分に
       〔 私、やるじゃん! 私だってまだまだ頑張れるんだから! 〕 と 誉め言葉。
     そう考えれば、譲ってもらえなくても 腹は立たない!
     譲ってもらえた時には 嬉 しさが倍増 します。
     座っている方だって、
       〔 譲ってあげるのが 当然! 〕
       〔 弱いものに優 しくするのが当然! 〕
     あたり前だと思うことでも それが自然に出来た時には 嬉 しいという気持ちにはなるものです。
     そしてそれに対 して 「ありがとう!」 の言葉が聞けたなら、幸せ!

   もちろん これらのことは 高齢でも お元気そうな方などに
   頭の片隅に留めておいていただきたいと思うことであって、 気持ちの問題
   健常者が自然に、お年寄り(優先席利用対象者)
   そんなことを思わせないうちに換わってあげられるのが理想的(普通のこと)であり
   立っているのも辛そうな方については 別格ということになります。


東北地震(東北地方太平洋沖地震)が起きた時、
人は 逃げるために、また 復興のため、生きるために、 本当に頑張りました。
そのくらいの力が 人間にはあります。
優 しさだって たくさん感 じたはずです。

その時のような気持ちをお互いに持つことが出来たなら、
 優先席対象者は
  <譲ってくれない>、<譲ってくれるのが当然なのに …> という文句ではなく、
  <これも ちょっとした訓練!> <小さな試練!> と思えられるのではないでしょうか!?
   〔 どうやったら フラつかずに立っていられるか!?! 〕
   〔 どうやったら 苦痛を緩和できるか!?! 〕
 そして
   〔 私は出かけられるくらい元気なんだから 座れなくたっていいじゃない! 〕
   〔 病院に行ったら座れる! 病院でずっと座ってたんだから 立っているのもいいんじゃない! 〕
   〔 家に帰ったらすぐ 横になれば いいわ! 〕
   〔 この人たちだって、これから疲れることがあるとか 疲れて帰って来ているのかもしれない! 〕
 いろんな状況を考えてみること。 [と思うことをに替えるよう心がけること
 強くなれるよう頑張ってみること
 そういうことって 自分にとっても プラスになるんじゃないでしょうか!?

 また 座っている人のほうは、
   〔 自分が困った時に助けてもらうことだってあるはず。 〕
   〔 良いことを したと思えば 一日が笑顔で過ごせる。 〕
   〔 人に優 しく出来れば、自分の得(徳)になる。 〕
 相身互い、相互扶助(そうごふじょ)。 <助け合いの精神> は 地震の時に充分学んだはず。
 優 しい気持ちで率先 して換わってあげられたら、その笑顔は 何よりの健康法でもあります。
 笑顔は [表情筋] を鍛え、それが [若返り効果] となり、
 立って揺れに耐えることは [ダイエット] にも繋がる。
 <小さな一善を しながら 自分を鍛える> ことにもなります。
高齢者が目の前や近くにいることに気づいても
率先 して <譲ってあげよう!> という気持ちにならないのは
<心が育っていない> か <衰退 してしまった> か !?

   〔 立っているのは大変かな!? 〕
   〔 フラついて怪我でも したら 大ごとになっちゃうよね! 〕
そんな風に 相手を思う気持ちがあれば、身体は自然に動くもの。

以前 自分がそんな気持ちで 勇気を持って したのに
 「私は そんな歳 ゃないわよ!」 なんて 怒られることになってしまったり、
 「いいです、すぐに降りますから …」 なんて断られてしまったり して
それが トラウマのようになり、
  〔 もう 恥(?)は掻きたくない! 〕 と 自分に歯止めをかけてしまうことがありますが、
それを克服するのも ちょっとした勇気だと思います。
声をかけていただいた方のほうも、
たとえ 2つ先の駅やバス停で降りるとしても
 「ありがとうございます! すぐ降りるんですけど、ご好意に甘えて!」
なんて言って座ってくださったら とっても嬉 しいです。
もしそこまで したくなかったとしても、
 「ありがとう! 次の次で降りるから大丈夫よ!」
 「すぐ降りるから立ってたほうが楽なの! でも気を遣ってくれてありがとうね!」
そんなひと言があったなら、譲ったほうも気持ち良く、次に繋げることが出来ると思うんです。

要は  お互いの 心遣い

先日、あるおばあさんを目にしました。 これで4度目です。  
この方を見かける時は なぜか娘(次女=チッチ)と一緒にいる時ばかり!
娘と一緒なんて そんなに多いわけではなく、時間もバラバラなのに
何故だか かなりの確立で会うというのが 何とも不思議!
このおばあさんは よく出歩いている方なのだろうということが推測されます。
この方は いつも 大きな手提げ袋をぶら下げて 元気よくバス停まで歩いて来ます。
そして、人が並んでいても構わずに 先頭付近にいて、
バスが来れば 当然のごとく、悪びれる様子も無く、先に乗り込んで行きます。
しかも、出口すぐ後ろの二人掛けの椅子をひとりで占領 して、誰も座らせない!
かなり性質(たち)が悪い常習者ですが、お年寄りなので 文句を言う人はいません。
だから、よけいに大胆になってしまっているのでしょう。
娘の話によると、ある時、たぶん何度もそんな姿を見かけていたのだろうと思われる中年男性が
 「みんな並んでいるんですよ!」 と注意 したらしいんですが、
その時だけは スゴスゴと列の後ろに並んだものの、
反省する様子は無く、今も <横入り> は続いているようです。

この日、この方より先に もうひとりのおばあさんが、私たちより数人 後から来て
 「すみません。 ちょっと掛けさせてもらってて いいですか?」 と 丁寧な感 じで、
立って並んでいた私たちより前のほう、先頭付近のベンチに座りました。
そして この方も、意外なほど悪びれる様子も無く、先に乗り込んで行かれて、
常習のおばあさんと同じように、
反対側の二人掛けの椅子をひとりで占領 して、誰も座らせてあげることはなかったんです。

こんな方は おじいさんにもいるようで、
荷物を先頭の辺りに置いて 一応列には並ぶらしいのだけれど、
バスが来ると その荷物を取りに行くような振りをして先に乗り込む という手を使われるようです。
   こういうこといって 伝染するんで しょうか!?  
   たとえば、普通に並んでいた おじいちゃんおばあちゃんが
   誰も何も言わないこんな状況を目撃 して
    〔 これって許されるんだ! 〕 と思ってしまうとしたら 怖いです。

           残念な後日談。
             このお話を投稿 して2週間ほど経った ある土曜日、
             娘と一緒に 彼女の誕生日プレゼントを買いに行った帰り、
             また 別のおばあさんに遭遇 してしまいました。
             この方は 私達の後ろに並んでいら したおばあさんに声をかけ、
              「このバス、○○○(バス停名) に止まりますか?」 と聞きました。
             聞かれたおばあさんは バス停の名前がわからない様子。
             すると 「バーミアンの角を曲がったところなんですけど …」 と。
             それでも 聞かれたおばあさんは わからない。
             そこで 私が 「止まりますよ。」 とお教え しました。
             すると このおばあさんは 「あっ、止まりますか!」 と 言った後
             話 しかけたおばあさんに 「よくわからなくてね~!」 などと さらに話 しかけ、
              「混んでるから ここに一緒 にいて いいわよね?」 と言い出 しました。
               〔 あ~ そういうことだったのね! 〕
             狙いがやっと飲み込めました。 この方も常連さんです。
             ずっと以前、こんな人に話しかけられたことがあることも思い出 しました。
               (同 じ人なのかは不明!)
             この方は 声をかけたおばあさんに変に思われないよう 親 しげに話 しかけ続け、
             バスが来たら 先に乗り込んで、
             「場所、取っといたわよ~!」 なんて 良い人を演出 していたから 凄すぎる!

                元気バリバリなのに、そこまで してでも 座りたいの!? と 呆れます。
                それに しても、どう して娘と一緒の時に こういった方に会うのか、
                どう して こんな 非常識な方が多いのか、 本当に不思議でなりません!
                ちゃんと並んでいる方のことを思うと、なんだかとっても嫌な気分!

   後から乗ったって 優先席には座れるはずなのに、何故 そこまでするのでしょう!?  
   何故 そうなってしまうんでしょうか???
     いつから こんなことが 普通に 出来てしまうようになるのでしょう!?
     <お年寄り> は <弱者> だから、何でも許されると思ってしまうんでしょうか?
   歳を取ると、昔より鈍感になるというか 図々 しくなってしまうところがあるのかも しれませんが、
   <開き直り> みたいな行動は 見ていて良い気分は しないものです。
      私たちがすぐに換わってあげられなかったから こうなってしまったのかしら!?
   だけど こういう方たちの特徴って、
   ホントに換わってあげたい と思うようなお年寄りより シャンシャン していて とっても元気そう!
   だから、余計に 〔 なんだかな~!〕 という気が してしまうんです。
   それに バスの優先席は特に、
   座っていて換わってあげない人って そんなにはいないと思うんです。
   だったら 何?
     優先席に座りたくないの?
   それだって、ちゃんと順番を守った上で 空いている席に座るのが常識でしょう。
   どんなに高齢者でも みなさん そうしていらっしゃるんです。
   どうしても座りたい場所があるなら 一台待つくらいの気持ちでいたほうがいいのでは …?
   自分はズルをしておいて人を座らせないって、どれだけ 常識からはずれちゃってるんでしょうか!?
   それが毎度ともなると <感 じ悪い> のを通り越 して <不快> な気分になってしまいます。

   こういう姿を見ると、
   いつ頃から <良識> というものが 無くなってしまうのか!?
   どこから 切り替わってしまうのか!? と 不安になります。

   もちろん、常識のある人のほうが多いというのはわかるんですが、
   <高齢者だから労わってもらえて当たり前> みたいな考え方を 自らが してしまうと
   <可愛くないお年寄り> になってしまって、
   返って 労わってもらえなくなってしまうのではないかと気になります。
   これでは 若者のことなんて言えませんし、云う資格もないでしょう。

高齢者は 譲り合い、助け合ってきた時代に生きて来た人たちのはず!
そういったものを持ち続けて 若い人たちのお手本 でいてほしいのに、
いつの間にか 自分にだけ都合の良い甘え> が強くなってしまっている人がいることが
なんとも切ない!

<時代> が そうしてしまったのか!? と思ってみたりするのだけれど、
そんな人ばかりではないのだから、
やっぱり <生きて来た過程> や <性格> の問題 なのかも しれません。

電車やバスに乗ると、いろいろな場面に遭遇するものですが、
歳を取っても こうはなりたくない という見本 のようで、
気をつけなければ と 考えさせられる出来事でした。

最近の若者は … とか、今の年寄りは … とか、
 
本当は 良識のある人のほうが多いはずなのに、目立つのは そういったものが欠けている人のほう!
そっちが それぞれの代表のように思われたら 悲しいわよね~!


‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥    ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥    ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

まだまだ頑張って行きましょうよ … ということで
2007(平成19)年 1月24日発売、
     南部直登 さん の  『盛春歌(せいしゅんか)
             (作詞 = 克舟 さん /作曲 = 南部直登 さん)

「気がついたら こんな年になっていた
         力道山の空手チョップをまねして 長嶋野球にあこがれた ほんの少し前だったのに」
   「今じゃ可愛い孫もいて おじいちゃんと呼ばれてる 
           でも 老け込む年じゃない 今が盛りよ 人生は 唄ってみせるぜ 盛春歌」
「気がついたら こんなおなかになっていた
         テケテケエレキや若大将にシビレ 反戦歌唄い スクラム組んだ ほんの少し前だったのに」

   いつの間にか年齢を重ね、若い時とは明らかに違うものが …!
     それでも、それを当然と思わず、いつまでも 何か したい、何か出来ると思っていたいものです。
     <年寄り> だなんて諦めずに頑張っているうちは ずっと 盛年! ずっと 盛春!
                                   (※ ブログ内容や 歌詞から、その時 感じたことを書いています。)

懐かしい方々の名前が出てきて、思い当たることもいろいろ。
男の方なら なおさらではないでしょうか。
さらに、こんなセリフが …

   青春?
   青い年だけが青春ではない
   今が盛りの 盛んな年も盛年だ
   夢を持って働いているうちはずーっと盛年だ
   シルバーシートが空く
   座らずじっと立っている これも盛年だ
   若いモンに負けるもんか
   頑張ってやる!
   ハイセイコーのように頑張ってやる!
   でもなぁ でも 若いもんの
   邪魔にならない程度にな!

働いていなくたって、
動けているうちは、行動 しようという思いがあるうちは 盛年でしょう!

南部さんとは 何度かご一緒 したことがあります。
彼も この歌のように 元気な団塊世代。
   正確にいうと、団塊世代とは、1947(S.22)年~1949(S.24)年に生まれた 約 810万人を指 し、
   「第一次ベビーブーム世代」 と呼ばれて、非常に突出 した人口ボリュームをもっています。
   南部さんは翌年の生まれですが、ここまでくれば振り幅は少し大きめにとっても大差はないでしょう。

ベンチャーズに影響されてギターを始め、
ジャズの魅力にはまってジャズバンドに入り、
1976(S.51)年、「南部直人とラブロマンス」を結成 してデビューするも売れずに解散。
1982(H.57)年には ジャズコーラスグループを結成するも やはり売れずに解散。
以後、保険会社で営業マンを しながら 夜には ギターを抱えたミュージシャン という生活が続き、
その保険会社の取引先社長から この歌の歌詞を送られて感動 し、作曲。
これが好評だったため デモテープを送り、3度目の正直 で デビューへと繋がったそうです。
翌年には 故郷である福井を流れる清流と人生を重ね合わせた『九頭竜の流れ』を発売。
オリコンヒットチャート30位、46000枚の売り上げを記録 したそうです。


団塊世代でも もっと上の方々でも、
 〔 これからも ずーっと頑張り続けなければならない! 〕 と思えば 辛いものです。
だけど、時々でもいいから 頑張ってみたら、楽 しみながら出来ることを見つけられたら、
 〔 けっこういける! 〕 と思うんじゃないでしょうか!?
正 しさの主張も必要でしょうが、良識の範囲で しつこくならないよう心がけ、
開き直ったような図々しさは控えめに しつつ、
幾つになっても ちょっとの可愛ら しさと 大人としての自覚を持って
若者たちのお手本になれるよう 頑張りたいものです。

自分に都合の良いように考えことが平気な人にならないよう気を配りながら、

急がず、楽 しみつつ、まだ まだ 学びなが ら 歩いて行きましょう!


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マーブルじいちゃんの老化現象から思うこと  ― 賭け ―

2012-07-08 | ラビ・マーブル、モグ・モモ、ロックのお話
  
歳を取ったマーブルじいちゃんは
明らかに、寝ている など <じっとしている時間> が増えています。

お腹の腫瘍が かなり大きくなっていると思われる影響なのか 吐くことも多く、
そんな姿は 可哀想で 見ているのも辛く、何も出来ない自分が歯痒く思えてしまいます。
容態は急激に変化 して
調子の悪い時は 食欲もなく グッタリ して しまうので とても心配ですが、
そういう時は触れられるのも嫌だろうと思うので グッと我慢 して、
見ていることも気にならないよう配慮 しつつ、そっと見守るだけに しています。
   人間だって そっと しておいてほしい時はあるものです。
   そういった時に しつこくされると 落ち込みも不快感も倍増 してしまう!
   自分がされたくないことは しない!  相手を思えば 自分の気持ちを抑えることも厭(いと)わない!
   そんな思いで、ここは ひたすら 我慢、がまん!



少 し調子が良くなれば 目の前に居座る、脚に乗る、くっついて来るなど
注目 してほしい触ってほしいアピール> へと 変化。

パソコン周辺にて
    
         お邪魔虫状態で睡眠中    めがねケースの枕で熟睡中     ガン見中

         
    洗い立ての洗濯物の風合いや香りを楽 しむためか    甘ったれの くっつきタイム
             顔を埋めてお休み中

脚の上に長々と寝そべって、
触ってほしい マッサージタイム

   調子が悪い時は 身体が硬くなっているから、
    〔 触ってほ しくて来たな! 〕 と思う時には 「柔らかくなれ、柔らかくなれ!」
   声に出 して言いながら、ゆっくりゆっくり、優 しく全身を ほぐ してやります。
   気持ちが良いかどうかは <目の閉 じかた> や <喉のゴロゴロ音> で 常に確認!
   気に入っている時は 時々体制を変えながら いつまでも乗っています。
   そんな時には いっぱいいっぱい 「大好きだよ!」 と伝えます。
   大切なのは 声に出 して言うこと!  人に対 して出来るとは思わないけれど、
   大好きなマーブルとの ふたりの時間なら こんなことも恥ずか しくはありません。


もう少 し復活 した時は ちょっとだけ <お散歩>。
… とはいっても 庭に出て 他の猫たちの臭いを嗅ぐ程度で、すぐに戻って来てしまうんですが、
それでも 自由に出入りできれば ちょっとした ストレス発散 くらいにはなりそう!


ちょっとだけ お外へ …



だけど、
もうすぐまた 健康な者にも厳 しい <> が やって来て しまいます。
心配 していた この <> は、
どこかに潜り込んだり、イス用電気マットみたいな物で 何とか凌げましたが、
近年の <猛暑> は 異常!
若い時と異なり、半年一年の違いは大きいから
今年は 乗り越えられるのかしら!? と 心配になっています。

   そんな暑さから さっぱり気分にさせてくれていた <お風呂> も
   好きだったとはいえ、もう 疲れちゃいそうだし …。
   その代わりに 濡れタオルで拭いてやるとしても、それは好きじゃなかったから、
   負担になってしまいそうだし …。
   何か対策を考えないといけなそうです!
      <撫でられる> のは好きでも、<お風呂に入ってビチャビチャになる> のは嫌い じゃなくても、
      <濡れた物で拭かれる> のは嫌い って どの辺からの違いになるのかしら!?
      そういえば、私がお風呂に入ると必ず してきた しつこいほどの <顔 洗ってよアピール>。
      今は しなくなっているので、 <顔だけビチャビチャ> なんて姿も 最近は見られなくなりました。
      その点は ちょっと淋 しい気分!


                ( <顔だけビチャビチャ話> の詳細については こちら
                        その他のマーブル関連記事 については 古い順に、
                               こちらこちらこちらこちらこちら で ご覧ください。)




飲み水の交換> や <トイレ掃除> は 小まめに行い、
お気に入りの場所> も 除菌 するなど
出来るだけ 清潔 に保てるよう 以前の倍は 気を配るようになりました。


ほとんどが <カリカリ> だった餌も 今年に入ってからは
少 しでも たくさん食べられるよう、消化が良いように と <柔らかめの物> を増やしました。
そのため、食欲がある時でも、<柔らかめの餌> が主流となり、
<カリカリ> は お腹が空いているのに <柔らかい餌> がなくなっている時や
気が向いた時(?) というような状況になっているようです。

   ひと口に <柔らかめの餌> といっても、それは <カリカリ> に対する表現。
   <ペーストタイプ> <スープ仕立て> <ムースタイプ> <とろみ仕立て> <ゼリー仕立て
   <テリーヌ仕立て> <フレークタイプ> <角煮タイプ> など種類は多く、
   高齢猫用には <11歳以上> <13歳以上> <15歳以上> など、年齢が目安になっている物
   などもあって、 これに 肉や魚の種類が加わるから、驚くほどの数になります。

   <柔らかめの餌> は、その時によって食べたいと思う物が違うようで、
   ちょっと食欲が落ちてきている時、やっと食欲が出てきた時 などは、
   食べてくれるかどうかが まるで <賭け> のようになります。
     これは好きなんだと思っても 次はわからない!
     パクパク食べているようでも 急に食べなくなる!
   以前の半分ほどになってしまった 痩せた背中を見ていると
   何とか食べてほしい、これ以上 痩せないでほしいと思ってしまうから
   缶やパックを開けて餌を容器に移 しても 匂いを嗅いだだけで食べてくれないと ガッカリ!
   同時に、次なる <賭け> に また頭を悩ませることになります。
   好き嫌いも その時によって 微妙に変化するようなので、この <勝負> は ホントに大変です。
   それでも、残った物は ミーちゃん一家に回るので 無駄になることもなく、
   彼らにとっては 「ラッキー!」。
   だけど ここでも、一緒に現れることばかりではない4匹に <平等にあげる> というのがまた大変です。

   マーブルが今 一番好んで食べるのは 舐めても食べられる とろとろ <ペーストタイプ> のもの。
   だけど これは量が少ないので、これだけで済ませるわけにはいかず、
   2個目や 違う種類の物を開けることになります。
   あまりいろいろな餌をやらないほうがいいということも云われているようですが、
   若い時なら絶対に避けると思われることでも、もう充分に高齢のマーブルじいちゃん。
   少 しでも長生きを してほしいのが本意ではあるものの、好きなことを してほしいという意識も強くて
   内心、そのジレンマに悩むことも多くなりました。
   
マーブルが <カリカリ> を食べている時の音は
本当に カリカリ カリカリ と 今でも とても美味 しそうに聞こえる 快音です。
私達で云うなら <おせんべを食べている時のような音> といったらいいので しょうか、
なんだか食べてみたいような錯覚を覚えます。
ところが、
缶詰の <フレークタイプ> を食べている時の音に、いつからか違和感を感 じるようになりました。

   最初に気づいたのは 半年くらい前になるのかも しれません。
     〔 ! ? ?   何 この音!? 〕
     〔 <カリカリ> じゃないんだから 音なんか しなかったはずなのに~!〕
   それは 今まで聞いたことのないような音でした。

シャクシャク シャクシャク
そんな音です。
       音の表現は難 しいけれど、
             イメージ的には <セロリを食べている時のような音> といった感 じで しょうか。


    

   口の中を覗いて見ても 歯はちゃんとあるようなのに、
   歯茎 で食べているのかと思うような音。
   それも 毎回必ず というわけでもない というのが さらに不思議です。

   歯が弱くならないようにと 今までは ほとんど <カリカリ> だったせいか
   フレーク状の餌の食べかたが下手な マーブル じいちゃん。
   舌で舐めるように押 し広げて しまうから 周りに撒き散ら したようになってしまったり、
   お皿に張り付いたようになって しまったり して 食べにくそう!   ラビも そうだったな~!
   毎回 盛り上げ 盛り上げ …  食べやすく してやるのに 躍起になります。


それにしても
この シャクシャクという音。
やけに気になって しまうんです。

     歳を取ると 歯が悪くなるせいか、口に締りがなくなるせいか、
     人間でも音を立てて食べる方がいらっしゃいます。

     マーブルの場合は 可愛いから 思わず笑っちゃったり 苦笑 したりで済むけれど、
     人の場合は 一緒に食べていて 食欲が減退することがあります。
       〔 絶対 気づいていないんだろうな~! 〕 と思うけれど、
     そういうことは なかなか言えるものじゃない!
        こういうことは 気心の知れた人であっても かなり言いかたを考えないと
        気を悪くする可能性があります。 言いかたというのは非常に難 しいものです。


       〔 わざとなの? 〕、 または 〔 周りに人がいるんだから 少 しは気を配ってほしいわ! 〕
     そう思ってしまうほど 口(唇)を閉 じずにガムを噛む若者なども います。

クチャクチャ クチャクチャ!
そういった音は かなり不快です。
          そう考えると、
             シャクシャク という音は まだ ぜ~んぜん良いほうだなと思えてきます。


      その違いは どこにあるので しょうか!?
      <発する音の違い> なのか、<音を発する相手> によるのものなのか!?
      それとも 不快に感 じる音の <波長> みたいなものがあったりするので しょうか!?
      わからない~!


こういった <音> に関することなども含めて、
自分では 気づかない、気づけない!  そんなこともあるのでしょう。
知らずに人に不快感を与えていたら困るので
〔 果た して 自分は大丈夫なのか!? 〕 と 気になるところです。
〔 時々 気に してみることも 大切だな~! 〕 などと思うのは
何かがあって 改めて気づくことが多いもの!
今回の こんな発想は、マーブルじいちゃんの発 した 変な音からで したから、
これは マーブル効果 といったところになるのでしょうね~!


いろいろと 考えを巡らすだけでも ボケ防止 になります。

気を病むことで 頭を遣うのは嫌だけど、試行錯誤 は 大切な 頭の体操 だ ニャン!
そして、マーブルには 出来るだけ 楽な状態で 長生き してもらいた い ニャ~ン!


‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥    ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥    ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

マーブルが食べてくれるかどうかが勝負 … ということで
1978(昭和53)年 5月 1日発売、
     山口百恵 さん の  『賭け』
       (作詞 = 阿木燿子 さん/作曲 = 宇崎竜童 さん)

「お見合いするかも知れないわ いい人そうなの  二人の間の少しの沈黙」
「結婚するかも知れないわ いい人だったら  あなたの答えを聞くのが恐いの」
  「わかってくれますか 私の最後の賭けなの」

   <賭け> というのは 結果を運にまかせて、思い切って物事をすること。
     ギャンブルは しない私ですが、マーブルのことでは ギャンブラー気分(!?) になることも …!
     お金を賭けることはないけれど、無駄になることは多くなります。
     本当のギャンブラーから したら 餌代なんて 笑っちゃうような小額で しょうが、
     私には けっこう大きい!  出来れば、百発百中 でいたいな~!
                                   (※ ブログ内容や 歌詞から、その時 感じたことを書いています。)

この歌は 百恵ちゃんの22枚目のシングル 『プレイバックPart2』 の カップリング曲でした。
作詞作曲は 両面共に 宇崎竜童さん、阿木燿子さんご夫婦。
『プレイバックPart2』 は 50万枚以上のセールスを記録 していますが、
この曲を覚えている、知っている、 そんな方は どれくらい いらっしゃるで しょうか!?
さらに、収録されているアルバムも少ないことも、知る方が少ない要因だと思われます。
したがって 歌われる方も少ないということで、
DAM では B.B DAM 以上の機種に しか入っていません。

(山口百恵さんの他の歌については こちらこちら で ご覧ください。)

情景が浮かび、繊細な情感が伝わってくるような歌いかたに、ゾクッとするような色気を感 じる。
当時は そんなことを感 じることもなかったのに、今に して思う驚きです。
彼女は この時 19歳!
山口百恵 という歌手の、心動かされる歌の上手さを 改めて思い知らされるような気が します。
また、曲の途中に入る抑え気味のギター音が 実にカッコいい響きを奏でていて 大好きなんですが、
曲全体の構成も 好きだなと思える歌です。

        たかが 缶詰でも、<賭け>が成功した時は 嬉 しいものです。
                                    大きな<賭け>になると <危険> も伴うから、
                                                  自分の出来る範囲内で しないとね~!


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庭の山茶花 続話  ― 胡蝶の夢 ―

2012-07-01 | 植物 に関するお話
 
庭の 山茶花
去年 茶毒蛾 が大発生 して大変な目にあいました。

最初の被害は 昨年の 9月末。 (その時の詳細は こちら で ご覧 ください。)
二次的被害は 今年の 2月。   (その時の詳細は こちら で ご覧 ください。)

この直後、 山茶花は 枝と共に 葉をすべて切り落とし、
寒い時期だというのに 丸裸に して しまいました。

          せっかくきれいに咲いていたのに、
    
                               被害を食い止めるため 泣く泣く 葉や枝を 剪定。

再度被害を出 したくないという思いで 潔く切ってしまったものの
  〔 切り過ぎていたら 可哀想! 〕
  〔 葉が出てこなかったら どう しよう! 〕
思い切って切り込んだことで かなりの不安がありました。

ただ、
  〔 茶毒蛾の被害は これでもう たぶん大丈夫なんじゃないかしら!? 〕 との思いは強く、
いつしか忘れていたような …

幸い いつの間にか 新芽が顔を出 し、
元気良く 順調に成長 して、
裸木は 艶々で青々と した葉で覆われました。
  〔 あんなに硬そうだった葉が こんなに光沢のある柔らかい葉になるなんて 感動的ね~! 〕
  〔 新 しい葉っぱは 若々 しくていいわね~!
      だけど、虫さんにとっては 高級食材みたいなもの。 ちゃんと守ってあげなくちゃね~! 〕
葉が出てくれるか心配 していたので 嬉 しくて ついつい見とれてしまいます。

ところが、
毎日見ているうちに異変に気づくようになりました。
 赤褐色に色が付いて 枯れたようになっている葉 が出て来たこと。
 虫食い葉 が出て来ていること。
  〔 これって 葉っぱの病気? 〕
  〔 虫食いは 他の虫 よねぇ!? 〕
何だか だんだん不安になってきます。

    
 茶色に変色した葉っぱさん。   裏葉には白い塊のようなものが …!    いつの間にか 虫食いに …!

気に して見てみると 黒い糞のようなポチポチが 固まって付いている葉まで出てきました。
  〔 これって 虫の糞 なんじゃないの!? 〕
それでも、まだ虫の姿は見当たりません。

大事をとって 葉を洗い、
弱酸性の洗剤 を泡立てて 地面や根元などに2日ほど撒きました。
   洗剤効果があるのかどうかは不明なれど、なんか しないと済まない という意識から
   土壌や植物には悪影響がなく、虫にだけ悪い んじゃないかと思った 素人判断ですが …。



すると ある日、あの 昨年見た姿が …!
  〔 え――――っ! 〕
あまりのことに 驚くと共に、
その生命力には 山茶花同様 思わず 拍手!
   〔 敵(?)ながら あっぱれ! 〕 という感 じ!
だけど、このまま 野放 しには出来ません。

家には 茶毒蛾用の殺虫剤がなかったため、代用になるものはないかと探 し回 り、
漂白剤 を垂ら してみました。
                     ワイルドだろ~  
  〔 いくら生命力の強い茶毒蛾だって これに対抗は出来ないはず! 〕
  〔 <害虫> と呼ばれてしまう虫だって 駆除するなら ひと思いに してやらないと … 〕

思ったように、
即効で効果が出て 茶毒蛾は ポトポト落ちてゆきました。

その後 よく洗い流 しましたが、
液がついた部分の枝は 白くなっていて、
その威力のほどが わかります。
  〔 この枝、枯れちゃわないかしら!? 〕
心配になって もう一度洗って拭き、植物用の栄養剤を噴霧 しました。


次の日、
  〔 虫 って 香りに弱いんじゃなかったかしら!? 〕
そう思ったので
今度は 木酢液 (原液) を 噴霧機で木全体と地面に撒きました。
辺りには 木酢液の臭いが漂って、効きそうな雰囲気!
  〔 この臭い、嫌い じゃないな~! 〕
  〔 虫 じゃないから かしらね~!? 〕 なんて思いながら …!

だけど、
  〔 茶毒蛾を駆除 したいがために いろんなこと しちゃったけど、山茶花さん 大丈夫かしら!? 〕
ちょっと心配になっていたので 茶毒蛾の出現の心配と合わせて その後も観察。
気に してみていても 枝葉に変化は なく、
山茶花さんは 変わりなく 元気な様子でした。

被害が拡大 しないよう、後の異常に素早く気づいて対処できるよう、
虫食いや変色 した葉っぱも 全部 削除 しました。

その後
茶毒蛾の幼虫の姿を 3度見かけは しましたが いずれも 1匹ずつ。
去年のように固まってウジャウジャということはなさそうなので
枝葉の剪定というのは けっこう効果があったんだな~ と 感 じました。
   最初に4匹、後から3匹の 計7匹見つけていますから、まだまだ 安心は出来ませんが …

  
 微妙に色の違う 茶毒蛾の幼虫たち。 見てるだけで 痒くなってきそう!

 
中央あたりに 死んでぶら下がっている幼虫が …。
目を凝ら して見ると、<毒針毛 (どくしんもう)> が たくさん見えます。

この時 幼虫に掛けてみたのは ハンド用消毒アルコールジェル
アルコールなので 漂白剤よりは 他への害が少なく、
たぶん <包み込み効果>も あるん じゃないかと思われたからです。
結果、これも効果的だとわかりました。

   家庭にあるものでいろいろ試 しちゃうあたりも
                     ワイルドだろ~

それにしても、
この世に生を受けたものの命を勝手に絶ってしまうなんて 本来は したくはないことです。
人間同士なら大問題! 殺人事件になってしまいます。
被害を受けるのは 人間くらいで 猫たちは 全然平気みたい!
それでも人間は 強いから 何でも してしまう!
  〔 強いからといって 自分の思いだけで何でも して良いの!? 〕
  〔 強いから より優 しくなければいけないんじゃないの!? 〕
時々考えて しまいます。
茶毒蛾たちにとっては子孫を残 し、身を守るための手段!
人間の駆除行為は 無差別テロみたいなものでしょう。
だけど …
人も 身を守らなければならない!
  〔 危害が及ばなければ 穏やかに共存できたかも しれないのに …! 〕
それでも あれだけの大騒動を起こされたら 対策を考えないわけにはいかなくなります。
  〔 だったら 相手を刺激 しないよう
             こちら側が 重装備 したり 近寄らなかったりすればいいんじゃないの!? 〕
そう思ったりもするのだけれど、あの大発生と大騒動を思うと なかなかそこまで寛大には なれない!
  〔 1匹ずつを見ると、ウジャウジャいる時に鳥肌が立った、あれほどの嫌悪感はないのに …! 〕
  〔 こんなにちっちゃくて 一生懸命生きているのに …! 〕
それでも 彼らの生命力も 大 したものです。

何か行動を起こす時、心の中で何度も 自問自答することがあります。
その結果、
     本意ではなくても しなければならないこともある!
そう思うことがあります。
しつこく何度も繰り返されるのは嫌だから、
  〔 私が非情にならなくて済むよう もうこれで懲 りてほしいの! ホントに、お願い しますよ! 〕
言ったところで 通 じる相手ではないというのが悲 しいような …。
そんな駆除です。

ちなみに、
赤褐色に変色 した葉は、 輪紋葉枯病 という病気のようです。

   梅雨が長く 冷夏で雨の多い年に発生 しやすく、菌体は雨にのって他の植物へも伝染。
   病斑裏面には白色虫卵状 ないし 糸くず状で粉状の繁殖体が多数形成。
   病斑上に発生する菌体は横から見ると、きのこのような形を しているのが特徴。
   感染 しやすいのは 椿、山茶花などの常緑広葉樹で、被害木では下枝から枯れ上がる。
   葉に 褐色から赤褐色の小斑点ができて次第に拡大 し、円形や不整形で 褐色から茶褐色、
   灰褐色などを した同心円状病斑を形成。 病斑の輪郭は暗褐色から紫褐色。 
   いったん感染すると 病落葉上に作られる菌核で越冬 し、翌年の伝染源になるため、毎年発生 し、
   激発すると樹勢が衰え、枯れることがある。
   効果的薬剤はないので、発病葉は早期に摘み取り、落葉 した葉も集めて焼却することが望ましい。


茶毒蛾 にも 輪紋葉枯病 にも、
 ・ 風通 しを改善する。
 ・ 十分な日照を確保する。
 ・ 株元を清潔に保つ。
 ・ 近くに被害株があれば除去する。
 ・ 株に水をかけない。 できれば雨に当てない。
 ・ 葉に傷を付けない。
 ・ 土の水はけを改善する。
 ・ 肥料不足を改善する。
そんな対策が必要なようです。

   基本的に、
   日が当らない、風が通らない、
   そんなことが病気や害虫の発生 しやすい状況を作り出す ということで
   枝や葉が重なり合って混み合っている場合には適宜に切り落とすことが必要なようです。

             一度病んだ ものを元に戻すというのは とても大変なことですね~!

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥    ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥    ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

茶毒蛾さんも こんな夢を見るかしら? … ということで
2006(平成18)年 2月 8日発売、
      大黒摩季 さん の  『胡蝶の夢』
                 (作詞・作曲 = 大黒摩季 さん)

「いつまでも いつの日も 忘れない恋がありますか
                 触れぬまま 風のように あなた慕(おも)う日々は胡蝶の夢」
   「教えて どれほど泣けば 傷ついたなら あなたのもとへたどり着くの
                 この手をとって 二度と離れないように 眩 しい未来(あす)へと連れ去って」
  「すべてを癒 し諭す愛などないなら 咽(むせ)び流す涙も乾くだけ
                 夜灯蛾(やとうが)に成り落ちても 鳴呼 どうか 見つけて」

   願いや望み といった 想いの強い歌です。
     生命力の強い茶毒蛾の幼虫たちだって、嫌われたくて そうなったわけじゃない!
     実際には小さくて弱かったから 長い年月をかけて こんな風に進化 したのでしょう。
     本当は、 蝶のようになりたいと 夢見ていたかも しれないのに …!
     夜灯蛾さんだって 同 じ想いなのかも!?         
                                   (※ ブログ内容や 歌詞から、その時 感じたことを書いています。)
1988(S.63)年、プロ歌手を目指 して北海道から上京 し、
オーディションに合格 して CM&スタジオ・ヴォーカリストとして活動を始めた彼女。
1992(H.4)年5月に 『STOP MOTION』 でデビューを果たしました。
  この曲の作詞作曲は彼女ですが、SILKというユニットの大森絹子さんが歌っていたため、
  セルフカバーということになりました。
  テレビ朝日系列のドラマ 「女事件記者立花圭子」 の主題歌に起用されたものの
  いまいちヒットは しなかったようです。
同年 9月発売の2枚目シングル 『DA・KA・RA』 が
110万枚のミリオンヒットとなり、オリコンチャートで TOP10入り。
第34回日本レコード大賞の新人賞を受賞するまでになりました。
  この曲のヒット要因は、マルちゃん・ホットヌードルのタイアップ曲となったことが大きいようです。
  この年(1992(H.4)年) 発売開始となった ホットヌードル。
  当時人気の高かった エドワード・ファーロング(「ターミネーター2」(1991(H.3)年作) のジョン・コナー
  役) と、今村雅美さん(「国民的美少女コンテスト」 第5回グランプリ受賞(1991(H.3)年)。
  旬の二人の学生服姿 と <初めての H(HOT NOODLE)> というナレーションが話題となり、
  CM人気が 曲の問い合わせへと発展 して 大ヒットに繋がったようでした。

その後も ヒットを連発するも
メディア出演やライブ活動を しなかったことから、
<実在 しない歌手> などとのうわさが流れ、そのミステリアス性も話題となりました。

彼女の歌は 自らの作詞・作曲による 女性の人生観をテーマにしたストレートなメッセージ。
ゴージャスな歌謡ポップス調のサウンドと、パンチの利いたハリのある歌声が
同年代のOL層から絶大な支持を受け、カラオケでも頻繁に歌われ、今も歌い継かれています。
『DA・KA・RA』 は 現時点で彼女のシングル中 3番目の売り上げになっているそうです。

『胡蝶の夢』 は、彼女にとっては 29枚目に して 初のバラードシングル。
フジテレビ系昼ドラマ 「新・風のロンド」 の主題歌に起用されています。

   <胡蝶の夢> は、
   戦国時代の中国、宋国(現在の河南省)に生まれた荘子(思想家・道教の始祖のひとり)により
   古くから伝承されて来た話。
     蝶となり百年を花上に遊んだと夢に見て目覚めたが、はたして自分は蝶になった夢をみていた
     のか、それとも今の自分は蝶が見ている夢なのか、わからなくなったという説話。
     (その中で荘子は、夢が現実か、現実が夢か? そんなことはどちらでもよい!
      いずれも真実、己であることに変わりはないのだから、どちらが真の世界であるかを論ずるより
      も、共に肯定 して受け容れ、それぞれの場で満足 して生きればよいと説いているそうです。)
   そんなところから、<胡蝶の夢> は、
   自分と他との区別のつかない 物我一体の境地、現実と夢とが区別できないことのたとえ、
   この世の生のはかなさ などのたとえ と して使われるようです。

この歌は、
自分を胡蝶にたとえ、片想いの相手への気持ちを歌ったもの ということになるのでしょう。
 愛に彷徨う今(夢)から 明るい明日(現実)へと 救い出 してほしい!
 いつかあなた辿り着きたい!
 むせび泣き 涙が枯れ果てた <胡蝶> が 、<夜灯蛾> に成り落ちても 見つけてほしい!
 現実の世界で苦 しみ泣いても、夢の中で思い描く未来には可能性かあるから諦められない!?
 歌になるとそこまでの重さは感 じませんし、想うだけで済むのでなれば自由ですが、
 実際問題としたら けっこう重そうです!

2010(H.22)年11月から、子宮疾患の治療のため無期限活動休止に入った彼女。
早く元気になって、また ハリのある声で 女性の人生観をテーマにした歌を歌ってほしいと思っています。

茶毒蛾さんが
もしも <喋々> だったなら、
<毒針毛> がなかったら、
<大発生> しなかったら、
こんなに嫌がられることもなかったかも しれません。

彼らが もしも夢を見るなら、
蝶のように ひらひらと優雅に飛べることを望むのでしょうか!?
きれいな姿で生まれたいと思うでしょうか!?
人に嫌がられずに、穏やかに一生を終えられることを願うのでしょうか!?
なんだかとても可哀相に思えてきます。
                  今度 産まれて来る時は せめて 蝶になれるといいね!


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