虫の眼 鳥の眼

美容師→美容雑誌編集者→美容師→美容フリーペーパー企画営業、編集◎
美容が好きな、なんてことないオトコのアルバス。

Vol.204 紙とペンから、髪と鋏に変わります 

2009-05-27 | Weblog
1年と10ヶ月の編集者生活だった。すごく幸せな時間だった。美容師をしていたときの偉大な先輩、憧れの有名美容師。自分が疑問に思っていたこと、疑念を抱いていたこと、直接会ってぶつけて、話しが聞けた。世界を見てきた人の言葉、歴史を創ってきた人の言葉。ぼくが知らなかった、もう1つの美容の世界を編集者は与えてくれた。



美容師として、若輩者ながらこの業界にアンチを持ち、憤慨してきた。美容業界誌がつくってきたイメージ、いいところも、悪いところも全部見たいと思っていた。ヘルニアで遭えなく美容師を断念し、でも表現者として、ものづくりが好きな人間は、好きなことしかできないと思って転身した。美容師時代に創っていたフリーペーパーとシンクロして、写真と文字で表現する、編集に興味が湧いた。大好きな美容と、ものづくり。そして、業界の裏が見れるこの仕事だったら一生やっていける。美容師の現場を知って、ジャーナル側に来た人間は初めてだと、社長が言っていた。その言葉に踊らされて、最初はスパイみたいな感覚だった。なるほど。こうやってネタができて、組み立てて人選し、雑誌ができるのか。大人の事情も含めていろいろ知った。目からウロコとはこういうことだった。



 仕事の内容は編集だが、考え方、感覚はずっと美容師でいようと思っていた。そうじゃなきゃ、現場からの企画はできないし、美容師が本当に思ってることを表現できないからだ。今まで美容業界誌を創ってきた人間は、シャンプーしたことも、ブローしたこともない。自分が行った美容技術に対して、面と向って「ありがとう」と言われる喜び、自分を必要としてくれる「指名」を受けたことがない。そんな感覚の持ち主が、美容師に必要な専門誌を今までつくってきたのだ。逃げ出したくなるほどロッドを巻き、指が引きちぎれるほどシャンプーもしていない。肌で感じる、美容師の練習、努力を経験していないのだ。その気持ちが解らず、どうやって美容師にアドバイスできるのか。なにが必要で不必要なのかジャッジできるのか。入社したてのぼくは、美容雑誌編集者のそこが疑問でしょうがなかった。



 編集者は本気で美容師を応援している。美容業界がよくなるようにと切に願っている。これは本当だった。お互い根本的なズレがもっとあって、少し変な雰囲気があるのかと思っていたが、そうは感じなかった。新聞や週刊誌と違い、美容師を非難したり、弱いところにつけ込んで甘い蜜を吸う仕事ではない。夢と希望と勇気を与える編集者が、美容雑誌編集者だった。技術はできない。しかし、美容師の役に立つならなんでもする。同じ美意識を持ち、業界がよくなるように想っている。編集は文字と写真で表現する。表現の仕方が違うだけで、ベクトルは同じ方向を向いていた。
 


 美容師に必要な目は編集の目だと思った。情報が氾濫し、自分では処理できない膨大な情報に日々悪戦苦闘している。母数が大きすぎる現代の情報に対し、自分に必須な情報を取捨選択し、活用しなくてはいけない。もう人間が処理できる情報量は、ゆうに超えているのだ。なにを選び、何を捨てるか。それが編集であり、今を生き抜く術だと思う。美容の技術は限られていて、スタイリストになったときは大体の技術が身についている。センスや考え、編集作法はわからないが、技術は一通り身についている。あとは身についた技術をどう組み合わせ、再編集し、お客に落とし込むのか。1つの技術、一辺倒では通用しない時代になっていた。



 ぼくが生きている中で、景気がいい、と実感したときはない。常に不景気と言われ、将来に不安を感じ、貯金をしたがる年代の中に生きている。中学生時代は世の中の景気がよかったかもしれないが、中学生のぼくにとっては知ったこっちゃない。社会に出てからはそんな不安に駆られている。サロンには、社会の荒波にもまれ、常にエナジードリンクを飲んでいる人たちが集まっている。疲れている人が集まっている。髪型を変える行為以上に、気持ちを変えに来ている。
元気を欲している。笑顔で、明るく、気持ちよく、髪型を変えて喜んでもらうことが美容師の仕事だ。社会のどんより雲に反して、サロンはかんかん照りの太陽でなくちゃいけない。このコントラストにいち早く気づき、美容師の仕事原点回帰に徹しているサロンは流行っている。というか元気をもらいに行っている。これはお金の経済効果よりも貴重な、気持ちの経済効果を美容師はしているのだ。どんなデザイナーよりも、クリエイターよりも、人に直接エネルギーを注入できる美容師の仕事は次元が高いのだ。超アナログな身振り手振り言葉で、人と接する。医者よりも近く、落語家よりも近く、ディズニーランドより深い感動を与えることができる。そんな美容師
の可能性を、ひしひしと感じていた。



 美容師の社会的地位を上げたい。これは20歳のときに誓ったぼくの夢だ。アシスタント1年目、右も左もわかっていない若輩者がこんなことを思う必要はない、むりだ、生意気だ。誰もが賛同してくれなかった。しかし、カリスマ美容師と呼ばれ、シザーズリーグが流行り、無免許事件に麻薬、サロンボーイを生んだ雑誌での軽薄な仕事概念によって、美容師のイメージがだんだんよくない方向に進んでいった。美容師なんだ。と、冷めた目で見る大人が増え、表面だけをさらったイメージで物事を発言する大人が増えた。これがなによりも許せなかった。そんな大人が嫌いだったし、メディアの存在を恨んだ。そんなことを沸々と思っていても、自分一人ではどうにもできない。自分の無力さもすごく感じた。なんでこんなに美容師の仕事に固執しているのか。なんでこんなに外見を気にしているのか。今でも答えは出ていないけれど、美容師の仕事をナメている人たちは嫌いだと確信していた。



 そんな気持ちは、実はぼくだけじゃなかった。今まで出会っていなかっただけで、1流と言われている美容師の多くはこういうことを感じていたし、もっとよくしていこうと努力していた。こんな若造なんぞの戯言と比較にならないほど、大人の力で、確かな技術で変えようとしている人たちがいる。学生、アシスタント時代、この業界に憤慨していたことに少し安心した。



 今年の1月、MRIの検査を受けた。美容師の夢を断念させた、憎きヘルニアは、きれいに治っていた。どういう運命の巡り合わせかはわからない。結果として、2009年の1月の時点で正常な腰になっていたのだ。できることなら美容師を続けたかった。それでも、美容の仕事と、ものづくりが好きで編集者に転身した。この編集者期間がいい休養になり、美容師に復帰できる充電期間となった。



 こうなると、もう美容師がやりたくてしょうがないのである。まだ間に合う。まだ勝てる。1流の仲間入りになるんだ。1月から3月まで、胃を痛めながら悩んだ。でも、心の中では答えが出ていて、行動に移すには誰かの後押しが欲しかった。保険をかけたかった。自分以外の人が賛同してくれて、安心感が欲しかった。でも、そんなのは本当は必要ないんだ。知っていたけど、不安だった。



 5月29日をもって、今の会社を退社致します。このブログを読んでいただいている大勢の方から、本当にたくさんのご指導賜りましたこと、お礼申し上げます。

 書ききれないほど学んだ、編集者の経験を活かして、夏から美容師復帰したいと思います。

こんな時代だからこそ、絶対に夢を諦めない、野望は捨てない、マイナスからのスタートに魅力を感じています。

 なんで、と言われても、こっちの路のほうがおもしろそうだから、です。答え合わせができたからです。

 「虫の眼 鳥の眼」を持って、自分にしかできない美容師像を少しずつつくっていきたいと思います。


「夢にときめけ! 明日にきらめけ!」

斉須政雄さんのような仕事人になりたい。
糸井重里のような頭になりたい。
松岡正剛のような編集技術で美容をやりたい。



 これからもどうぞ、ミネシンゴをよろしくお願い致します。


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