機敏な仔猫何匹

吉野亜矢の短歌ブログ。猫は飼ってません。

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魚村晋太郎歌集『花柄』批評会

2008年10月26日 23時02分37秒 | Weblog
25日に上海から帰国。
いろんな面で、一皮剥けないと苦しいままだなーと感じる旅だった。
スキルとか、考え方とか。

翌26日は東京で、魚村晋太郎さんの第二歌集『花柄』の批評会。
基調発言は、穂村弘、田中槐、島田幸典、花山周子の各氏で、司会は尾崎まゆみさん。
会場には、わたしも含めて関西勢の顔が結構あった。

指摘されていたことを、偏っているかもしれないけど拾ってみる。

(穂村)
・重層的な口語を駆使できる稀な作家であるが、第一歌集『銀耳』では成功していた文体上の特徴が、第二歌集では紙一重で逆効果(思わせぶり)に働いているのではないか
・一首として見れば秀歌であっても、歌集としてまとまると疑問を感じるものがある
・読んでいて不安になる歌が多い

(花山)
・修辞の技術の高い作者であり、第一歌集は非常に切れ味がよかったが、第二歌集は迷いがあってだらだらした感じ
・相聞の一連は、全て関係に回収されてしまう窒息感があり、言葉の生気が殺がれている
・パーレン( )の必要以上の多用
・関係性にもたれていない即物的な歌、切れの見える断定の歌、ユーモアを漂わせる実在感を捉えた歌、などを好ましく思う

(田中)
・喩が、事物というより感情の描写に用いられ、それが具象的というより抽象的な印象をもたらす
・リアルでありながら作為的に思われる歌、明らかに空想でありながらリアリティを持つ歌がある
・朗読が実作に及ぼす顕著な影響に、字余りの許容がある。ピッチを変えることによって多少の字余りは調べに乗せることが可能
・自分自身も朗読をするようになってから旧かなに変えた。読み上げられる音と書かれたテキストに差異がほしくなってきたため
・否定的な評価もあるが、相聞の一連(「芯」「冬の虹」)は、物語性を評価する

(島田)
・「質量」「容積」といった言葉への特殊な嗜好
・口語による韻律の平板化との闘い
・韻律の省略が調べにたゆたいの印象をもたらす
・用言の多様な形態の模索、文語と口語の交錯
・つきつめればいやらしさにもつながる繊細さ、人の悪意に敏感

等々。

わたし自身が好きな歌をいくつか挙げると、

 栞の紐がついてゐるのに伏せて置く本のページのやうに週末
 これ以上ふかくならないみづうみに夏の雨降るやうに眩しさ
 窓と窓枠のあそびがさむい音たてて列車は川にちかづく 
 一緒に来た瓦斯が別別の穴を出て湯をそそのかすやうに春の夜
 沈黙といはず無音といふべきかそのあと春の海がひろがる
 言ひよどむことなどまるでないやうな日本語を聞く待たされたあと
 乗り捨てるのが自動車であるときと馬であるときの違ひについて
 
それぞれ、名状し難い感覚の描写、助詞助動詞の微妙さ、心象風景の描写のうつくしさ、言葉の存在感、動詞のずらし方、発見とひろがり、ある印象の伝え方、ナンセンスな問いと変則的な韻律の面白さ、があると思う。

パネリストの選と重なってないものでは、

 花束を濡らさぬやうに足早にゆくはなやいだ方を地に向けて
 わかる範囲でいい、言はれて失つた鞄の色やかたちを記す
 外はまだあかるい。明日は逢へないと言ひだしさうな百合の木のみどり

この裏街道感、社会やシステムへの違和感、一首の物語性、などに惹かれる。
一方で、よく分からない歌も。

 いつか来てきつと苛む感情の指とあるいは知つてゐたつて

どこまでねじねじしたら気が済むの?

『花柄』は美しい装丁の本で、光に当てると金色に底光りする。
わたしはこれを最初に何度か読んでから、批評会の日まで読み返すことがなかった。
なんでだろうと考えてみたが、やはり相聞の一連が重たかったのかもしれない。
フィクションとして読んでも、私性に引きつけて読んでも、それは同じ。

魚村さんの作品には、ひんやりした光を帯びた、乳白色の陶磁器のようなイメージがある。
だけどこれら物語性を持った一連には、窯から出たばかりの焼き物のような、冷えて締まる前の脆い熱さが留まっている。
このまま受け取るしかないと思いつつ、息苦しさを感じていたように思う。

批評会でも指摘されていたが、全体的に、第一歌集における超然とした感じが崩れて、より直情的な、素朴な表現が表に出てきている。
このキャラ変えに、あれ?となる向きもあるのだろうけど(「もっと悪魔的なお前じゃなかったのか!」穂村)、根っこにこの一途さがあっての(防御としての)クールさだったようにも思われる。
少女漫画で、非常にクールな準主役の男の子が、実は兄貴の恋人(奥さん)に片思いしてて、とかいう展開があるけど、あれにちょっと似ている。(ちがう?)
もちろん時代の変化や作者の加齢も、二つの歌集の違いの背景にはあるだろう。
思えば、『銀耳』というタイトルの持つシャープな(シルバーの)イメージと、『花柄』という響きの持つ柔らかなイメージも対照的で、『花柄』というタイトルには、手の届かないところにあるものへの憧れが託されているのかもしれない。

 橋脚に裂かれた風はよりそつて沖へ出てゆくまぶしい沖へ

集中で、一番好きだった歌。
清浄なうつくしさに、歌会で出会って膝の力が抜けた。
欠席だったのに、こういう詠草だけさらっと出してくるところがにくいものだ。
批評会では色んな人が色んなことを言ったが、ここをこうしたらよくなるとかいう添削的な段階にある方ではないので、ひたすらこの時代に自分をどうぶつけていくか、探っていくしかないのだろう。

 文学に気触(かぶ)れるといふ表現の生きてゐたころかよつた坂だ

これからも、誰よりも苦しい坂を、のぼり続けていただきたいと思います。
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6 コメント

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無題 (並木夏也)
2008-10-31 15:49:37
僕は批評会に出席できなかったので、吉野さんがとても詳しく書かれていて参考になりました。

僕も、

橋脚に裂かれた風はよりそつて沖へ出てゆくまぶしい沖へ

には、強い印象が残っています。
(初見が歌会だったためかもしれませんが。)

歌集では、

静寂に似たざはめきのなかをゆく三十二番ホームの夜更け

が、僕の中にもっとも強い印象を残しています。
(僕のいままでの体験と重なるところがあるためだと思います。)

歌集に関しては、この歌集『花柄』、一冊だけの評価としてはとても肯定的なのですが、
第一歌集『銀耳』の存在を考えると、非常に否定的な立場をとってしまうという具合です。
その点では、穂村さんとおなじ意見でしょうか。

一作者の表裏、二面性と考えれば、僕も納得はできるのですが、それを吉野さんのように「クール」とはなかなか考えることができませんでした。
こんばんは。 (よしの)
2008-10-31 19:44:13
無記名歌会で惹かれた歌は、印象に残りますね。

単体ではよくても、前の歌集と対にして考えると「非常に」否定的になるの?
つまり、(とてもよかった)前の歌集に比べると
①見劣りする
②イメージを裏切られる
といったところでしょうか…
単体では「とても肯定的」なら、②の影響が強いのかもね。
無題 (並木夏也)
2008-10-31 22:09:42
「見劣りする」ということはありませんが、「イメージを裏切られる」というところは近いです。
でもむしろ、「イメージを裏切られる」というより「イメージを崩される」というほうが近いと思います。

「イメージ裏切られた」という爽快感では、僕は単体としてこの『花柄』を肯定的に捉えるポイントになりました。

『花柄』のセンチメンタルな感じや、メロウな感じに、「非常に」否定的になります。「イメージを崩された」という意見として。

しかし、肯定的に『花柄』単体としてのよさを上げるとしても、同様にセンチメンタルな感じや、メロウな感じが、修辞を使って非常に効率よく、巧みに、うまく仕上がった歌集として評価できます。

そのあたりも表裏一体ではあります。
無題 (並木夏也)
2008-10-31 23:02:29
それと「好みの問題」として、『花柄』のような主題の作品を、僕は好まないのです。好みの問題として。
だけれど、『花柄』にある短歌作品は優れていると思いますから、その点で『花柄』単体に関しては肯定的です。

ですが、「好みの問題」として、『花柄』を好まないので、前歌集『銀耳』の存在あっては、『花柄』は否定的に受け取ってしまうところもあります。

ただ、『花柄』の歌は優れていると思いますから…リピート、リピート……(笑)
ところで (並木夏也)
2008-10-31 23:03:43
この写真の蟹(上海蟹?)は、魚村さんを意識していますね? ずばり。
一生懸命 (よしの)
2008-11-01 20:09:31
説明してくれてありがとう。

上海ガニは、上海を意識しました。
魚村さんと蟹がずばり、というのは、うーん、分かりません。
まっすぐ歩けないということでしょうか。

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