私の町吉備津

岡山市吉備津に住んでいます。吉備の国の中心地でもある吉備津からその歴史などをお届けします

「似而非」なるもの???なんなのこれって????????

2017-07-14 08:53:30 | 日記

 スサノヲは出雲の土地に宮を作る所を探します。その地が

                       “須賀地<スガノトコロ>”

 です。書紀には「清地<スガノトコロ>」と出ております。それはスサノヲがこの土地をご覧になり、直ぐに

                      “我心須賀須賀斯<アガ ミココロ スガスガシ>”

 と言われて、その場に宮を建てられたのです。
 この“須賀<スガ>”ですが、どうしてスサノヲが、急に、その地を「清々しく」思ったのでしょうか?????。
 この場で、あの恐ろしい「オロチ」を退治します。それは、丁度、昨日、行われたモスルでの「IS」から奪還のための戦い似ております。イラク軍は此の地の人々に、従来のような「安定と平和」をもたらしたのです。少なくともISからの恐怖心は取り除いてはくれました。
 このスサノヲのオロチとの戦いは、今のモスルに住む人々と同じ気分を、平和を讃える歓びを出雲の人々に与えたのです。その歓迎ぶりは、記紀には何も書かれてはいませんが、人々のスサノヲに対する期待の念は、相撲フアンの稀瀬里に対するように、最高潮に達していたのだろうと想像がつきます。そのものすごい歓迎を受けたのスサノヲは、神様です。あの安倍とか何とか云う何処かの人とは違います。人気をよい事に自分勝手な考えをふり廻して、人々を不安な気させるようなことはなかったのです。その時の出雲の人達の歓びを深く心に留めて、今までの多くの自らの犯した悪罪“其悪態不止<ソノアシキワザ ヤマズ>”を深く反省し、
           「よし、これからは、世の人のために、必ず、その「悪態を止めて、専らに人々の幸のために報いてやろう」
 と、云う強い心が雲のように湧きだしてきたのだろうと思われます。それが

                     “自其地雲立騰<ソコヨリ クモ タチノボリキ>”

だから、おのずと“我心清明<アガコロロ アカキ>となられたのです。それが

                       “須賀須賀斯”
 なのです。

 どうです。神様はやっぱり神様ですね。人のすることとはどこかに「似而非<ニテヒナル>ものなのですね。

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