私の町吉備津

岡山市吉備津に住んでいます。吉備の国の中心地でもある吉備津からその歴史などをお届けします

「折々のことば」から

2017-08-09 07:29:15 | 日記

 9日の朝刊に、鷲田清一さんが取り上げて説明しておる言葉が出ております。苅谷氏の本からだそうです。

   “根拠がしめされていなくとも、「ああそうなんあだ・・・・・・」と事態の確認材料を提供できれば、神話は神話としての使命を果たしている。”

 どうですか???時間的経緯などは殆ど無視して書かれてある、遠い遠い昔にこんあことが「あったそうだ」という伝承文学を、まことしやかに信じてはいないのではと思われますが、さもあったが如くに語られてきたのが神話だろうと思います。その神話の使命とは何かと問われても、はたと、困ってしまういます。その使命までは、私はこれまでついぞ考えたことは無かったのですが、改めに今朝の記字を見て、そう言われますと、なるほど、神話が神話として、できもしそうにないような摩訶不思議な物語の展開も、それが「神話の使命」だとすると、それをそのまま素直に解釈して、昔にはそうなんだったと思えばいいのです。何も現代と比較しながら読まなくてもいいのです。
 「オホクニが生き返った」
 「そうですか。それはよかったね」
 一々これはどうだ、あれはこうだなんて考えずに、古事記にある事をそのまま読めばいいのですよね。書かていることが「確認材料」そのままなのですから、それで済むのです。ISPだ何だと屁理屈をこいて仰々しく書く必要はなかったのですよね。今朝の新聞から我が身を反省させられること頻りです。

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