私の町吉備津

岡山市吉備津に住んでいます。吉備の国の中心地でもある吉備津からその歴史などをお届けします

「鶏鳴狗盗」と「そのよく似たお話」

2017-03-21 09:15:59 | 日記

                                

 史記にある『孟嘗君』の記事です。ここに書かれた事をかいつまんでお話しますと、

 「BC300年頃のお話です。中国では秦や斉などの国がお互いに覇権を争っていた時代です 。斉の国に 孟嘗君という非常に賢い一人の子供がいました。此の子が、後に、斉内の一国 「薛」の城主となります、彼は善政を敷き、多くの財をなします。そのお金で、中国全土から沢山の食客を雇い入れます。その中には「こそ泥」や「物まね似名人」など、「どうしてこんな人まで」と思もわれるような人も家来に取り立てます。そのような人の活躍お話が、「鶏鳴<ケイメイ>」即ち、鶏の鳴き声がとても上手な人と「狗盗<クトウ>」 こそ泥です。

 当時、中国で力が一番強かった秦の国王『昭襄王」が、名君として国中に鳴り響いていた孟嘗君を秦の国の宰相に招きます。その時に「狐白裘」という大変高価な毛皮を土産として持って行き、国王に献上します。しかし、国王の家臣たちは
 「彼が秦の宰相になれば、きっと斉の国に滅ぼされます」
 と強く反対したため、宰相にしませんでした。それどころか、
 「これを知ったら、きっと 孟嘗君が怒って、何をするか分かりません。彼を早く殺してしまううではありませんか」
 と相談します。その話を何処からか聞きだした孟嘗君は、国王の寵姫に泣きついて、帰国させてもらおうと考え、姫に頼みこみます。すると、姫は言います。
   「国王に上げたと同じ『狐白裘<コハクキュウ>』をくれたら、あなたの希望をかなえてあげてもいいわ。」
 と。
 さて、孟嘗君は困ってしまいます。だって、「狐白裘」 はこの世には2枚とはありません。その時、孟嘗君の家来になっていた例の「狗盗」がほくそ笑んで言います。
    「私にお任せを」
 と。結果はどうなったか明らかです。その夜、国王の土蔵に忍び込んで、なに知らぬ顔で、世に二つとない狐白裘を盗み出して孟嘗君に渡します。それを姫に差し出し、それがために、無事に秦の城から逃げ出ることができたのです。

 このお話のように「姫」を懐に入れると、大概の望みは適うというお話は、何時の時代でも、どこにでもあることなのでしょうか???これと何かよく似たお話が近頃、大阪辺りで起ったのではないでしょうかね???そのまさか、なんとか池のコソ泥的な狗盗の計略にまんままと引っかかたのではないでしょうね。どこかの「こりゃあヤベエ」さんとその愛姫さんは。

     

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