私の町吉備津

岡山市吉備津に住んでいます。吉備の国の中心地でもある吉備津からその歴史などをお届けします

「珍」なる反正天皇とは??

2016-10-16 10:00:45 | 日記

 「讃」「珍」「済」「興」「武」、これが宋書にある5世紀の「倭の六王」ですが、ちなみに、大体、同じ時期に書かれた「梁書―倭伝」によると、「珍」の所だけ[弥」になっており、他は同じです。
 この「珍」について、又、れいによってくどくどしくなりますが、書いてみます。辞書で調べると
   ・めったにない、たやすく手に入らにこと
   ・たっとい、貴重なこと
     ・優れて、美しくよいこと
   ・めずらしいこと
   ・貴重なもの
   ・その他に、おいしいもの、奇異なるもの、

 などの意味があります。

 そうだとすると、此の倭の五王の「珍」、日本書紀では「反正」ですが、他の四王とは少々変っていて、しかも、優れ者だったのではないかと思えます。少々変わっているとは昨日の説明でお分かり頂けたと思われますが「吉備海人部直」の娘である「黒媛」(正式な天皇の妃ではない人)のお子だからです。しかも、淡路島育ちです。その上、“容姿美麗”で、大変なイケメンな若者だったのです。そのような面に於いても、他の大王に比して大変奇異なる、即ち、「珍」なる大王だったので、そんなん名前が付いたのではないでしょうか。

 まあ、こんな事も考えられるのではないかと、有りもしない智恵をしぼって、「反正」が吉備出身の天皇だと、こじつけてみたのですが、どうでしょう。ここまで書くと、段々とこの謂れの信憑性が出て来たのではと、ほくそ笑んでみたりもしておりますが???

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