光りの閉ざされた真っ暗で、凍える様な寒い部屋の中で、離れた場所からポタポタと、水の漏れる音が聞こえてきました。私は体の激しい痛みのせいで、コンクリートの硬くて冷たい床から、立ち上がる事さえ出来ませんでした。それでも何回か立とうと試みましたが、執拗に何度も暴行され、全身ボロの雑巾みたいになった体では、力が抜けて膝から崩れ堕ちました。ひんやりとする床に顔を付けて、押さえようのない悔しさや怒りで、勝手に涙が頬を溢れ落ちました。大きく腫れ上がった自分の顔を、とめどなく自然に流れる涙を、まだ血の着いた手で何回も擦りました。その時に僅かに扉の隙間から、白い明かりが射しているのが見えて、私はイモ虫の様に床を少しずつはいながら、目の前の扉に近付いて行きました。しかし途中で全く動けなくなり、その場でうつ伏せの状態のままで、ふと瞬間的にあの子の事を、前が霞んだ目を閉じてぼんやり考えていました。
彼女はよく学校の二階の窓から、遠い向こうの景色を眺めて、心で泣いている様な悲しい目をしていました。私が話し掛けるとにこにこ笑って、無理した様子で明るく装っていましたが、そんなあの子の姿が心配でなりませんでした。しかし私が「どうかしたの。」「何かあったの。」と何度聞いても、彼女は首を横に振って静かに黙ったまま、その理由を何も教えてくれませんでした。けれど私に心配を掛けない様にする、あの子の気持ちが痛いほど伝わって来て、その優しさに彼女の澄みきった心の中が、映し出されている様に感じていました。
今こうして思うとあの時から、もうあの子は施設の職員から度重なる、性的嫌がらせを受けていたのかも知れません。しかし私の前ではいつも笑顔で、わざとおどけて明るい素振りでしたが、その苦しい程に切ない素顔の下は、哀しみの涙に濡れていたのかも知れません。そして彼女の遠くを見つめる様な、何故か儚く何処かへ消えて行きそうな、あの白い霧の掛った様な記憶の時が、永遠に私の中から薄れ行く事などありません。
彼女と一緒に過ごした時間の中で、私が忘れられない出来事の一つは、それは私が昔の思い出に浸っていた時に、あの子が側にそっと寄って来てくれた事でした。あの時私は、亡くなった母との懐かしい記憶の中で、子供の頃に泣き虫だった自分を抱きしめて、よく頭を撫でてくれた事を思い出していました。あんなに優しく温かく包みこむ様に、少しわんぱくで小学校の頃は成績が良くても、たまに担任の先生に叱られていた自分を、無償の愛を注いで見守ってくれた母も、私が十六歳の時に突然病気で倒れて、それから入退院を繰り返して逝ってしまいました。そんな辛い出来事を思い出して、たぶん悲しい表情だった自分の側で、彼女はそっと優しく肩に手を置いて、何を言うでもなくただ温もりのある眼差しで、ずっと寄り添っていてくれました。あの子と私の間には、言葉を交さなくても互いに通じ合う、何か不思議なものがありました。けれどそれだけに、彼女自身の苦しみや悲しみ、それら全ての心の痛みが私の中に、一人ではとても耐え切れない程の、今にも心が崩壊してしまいそうな重荷に、十字架を背負っている様に感じとれるのでした。