岐部善一郎の統合失調症啓蒙日記

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番外編、邪馬台国の九州説の説明その2

2016-11-02 15:46:25 | 歴史

さてさて、実は私なりの考えとしてはヤマト王朝自体は一度滅んでいるのではないかと思っております。
継体天皇の時代に九州で磐井の乱があったのもその証拠としてはいけないでしょうか?
継体天皇はそれ以前の天皇家との繋がりは本当はなかったとすれば磐井の乱の理由にも繋がります。
今でも諸説色々ある為わかりませんが継体天皇はヤマト王朝自体が混乱してた時期にヤマト王朝を制圧して天皇になったのではないかと思っております。
一応天皇家の血筋と名乗ってますがコレは徳川家康が新田源氏の一族と言われるのと同程度だと思います。
つまり磐井の乱はヤマト王朝の最後の悪あがきで最終的には継体天皇が全国統一したのは間違いないかと思っております。
コレは私の私見であり登場の事はわかりませんが継体天皇が本当に天皇家の血筋かはわからないのです
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