●日本国際フォーラムによる政策提言の内容
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はじめに
2010年9月の尖閣諸島沖における中国漁船による海上保安庁巡視船への体当たり事件および引き続いて起こったレア・アースの対日輸出禁止、中国に滞在する日本人の逮捕・拘留等の中国の一連の対日強硬措置は、日本と日本人に大きな衝撃を与えると同時に、その対中不信感を増大させました。これらの出来事は、それに先立って中国が示してきた、南シナ海における東南アジア諸国漁船の拿捕、黄海における米韓合同演習に対する反対等に見られる自己主張強化の傾向と連なる動きと見られました。中国が日本を凌駕して世界第2位の経済大国になったことと相まって、膨張する中国はついに「韜光養晦(とうこうようかい)」と呼ばれる対外協調路線を放棄したのではないか、との懸念を生んだのです。
このような状況においては、問題の小状況に反応する前に、まず大状況を把握することが肝要です。世界は、第一次大戦後に「戦争の非合法化」を達成しましたが、第二次大戦後には「相互確証破壊」の成立に伴い実質的に大国間戦争が不可能になりました。それでも冷戦期には、米ソ二大陣営が対立する「勢力均衡」政治が行われましたが、冷戦後の世界では、米ソ対立は解消され、自由・民主主義・市場経済・不戦などの理念が普遍化しました。その中核的な担い手はNATOや日米同盟に結集した先進民主主義諸国です。「人間の安全保障」や「保護する責任」などが国際社会の理念として提起されるなかで、その理念の担い手となった先進民主主義諸国は「不戦共同体」あるいは「集団安全保障共同体」と呼ぶことができます。冷戦後の世界では、各国は狭義の国益を超えて、地球規模の課題に取り組むことを求められていますが、その課題に正面から取り組む用意のある「ポストモダン」段階の諸国が「不戦共同体」諸国であるのに対し、必ずしもそのような用意のない「モダン」段階の諸国として中国やロシアなどが存在し、抵抗しています。
このような状況を大状況として捉えたとき、尖閣諸島をめぐる2010年9月の事件は、日本と中国が国家として世界に占める位置づけや発展段階を異にすることを如実に示したといえます。中国は「モダン」段階の国家の常として主権の確立に固執し、しばしば「自国さえよければ」という狭義の国益追求に走る傾向があるのに対して、日本は「ポストモダン」段階の国家として、国益をより広義に捉え、国際的公益に配慮する必要をより強く自覚しています。日中関係を規定する要因の中には、隣接する大国同士にとって避けられない歴史的対立や領土的紛争だけでなく、このような国家としての発展段階の相違、さらには世界政治に占める位置づけの相違もまた内包されていることに留意する必要があります。
ここで問われるのは、30年にわたる持続的な高度成長により世界規模でその存在感を強めてきている中国が、今後の国際秩序形成にどのようにその増大する影響力を行使していくかということです。別の表現を使えば、中国は国際システムの「責任ある利害関係者」として行動することができるのか、ということです。われわれが懸念を抱かざるを得ないのは、中国が、第一に、日本を含む先進民主主義諸国と人権・自由・民主主義等の価値観を共有しておらず、第二に、軍事力の拡大や近代化に関して、その長期目標がどこにあるのかが不透明であり、第三に、経済的発展に伴う国内的矛盾の深刻化が政治的不安定状況をもたらす可能性を否定できないからです。このような観点から言えば、グローバル化する世界経済のガバナンスの担い手がG8からG20に拡大したように、冷戦後の世界秩序を形成し、維持する「不戦共同体」の担い手のなかにも、中国やロシアを含む「モダン」段階の諸国を取り込んでゆく必要があります。それを「関与」政策と呼ぶとすれば、「関与」こそは、日本あるいは「不戦共同体」の対中政策の大局的判断の基本でなければなりません。
2010年9月の尖閣諸島沖における中国漁船による海上保安庁巡視船への体当たり事件は、何らかの現状変更を目的として中国政府の意図により発動されたものではないとしても、同様の危機が再発したときに、日本が今回と同様に無策であってよいということにはなりません。
その後、中国は、国際社会の反発もあり、その強硬な自己主張路線を修正し、とくに対日関係においては3・11東日本大地震を契機に協調姿勢が顕著です。しかし、これによって強硬路線が最終的に放棄されたと見るのもまた早計でしょう。大局的な判断として「関与」政策を取りつつも、中国が強硬路線に転じて、軍事的手段の行使を含む最悪の選択をしてきたときの対応策は予め検討しておく必要があります。ただし、注意しなければならないのは、中国の対外政策決定に参入する勢力は多元化しており、それぞれの外交課題に関して複雑な政治ゲームが展開され、その中で大まかに言って「強硬」と「柔軟」の二つの勢力がせめぎ合っていることです。中国の強硬姿勢に対しては、目先の小状況に目を奪われて、過剰な感情的反応をすることを慎み、つねに冷静かつ的確に大状況を判断して、対応することが肝要です。
中国が危険な存在となる可能性を秘めながら巨大化しつつあることは否定できないとしても日本の対中基本姿勢に「関与」以外の選択肢のないことは、既に述べたとおりです。「関与」が可能かつ必要になるのは、その前提として冷戦後の世界には「不戦共同体」が形成されているとの大状況認識がわれわれにあるからであり、また、中国が冒険主義に転じた場合には、日本一国ではなく、「不戦共同体」がその全体としてその問題に対応するであろうことが期待されるからです。「膨張する中国」の問題は、いまや日本一国の問題ではなく、米国はもとより、価値観を共有するその他の「同志国」と広く協調し、共同行動を取らなければならない問題です。「関与」政策は、その目的を達成するために、一連の整合的な政策体系をもつ必要があります。この政策提言では、それらを具体的な9項目の政策として以下に提示します。
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次回に続く。
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はじめに
2010年9月の尖閣諸島沖における中国漁船による海上保安庁巡視船への体当たり事件および引き続いて起こったレア・アースの対日輸出禁止、中国に滞在する日本人の逮捕・拘留等の中国の一連の対日強硬措置は、日本と日本人に大きな衝撃を与えると同時に、その対中不信感を増大させました。これらの出来事は、それに先立って中国が示してきた、南シナ海における東南アジア諸国漁船の拿捕、黄海における米韓合同演習に対する反対等に見られる自己主張強化の傾向と連なる動きと見られました。中国が日本を凌駕して世界第2位の経済大国になったことと相まって、膨張する中国はついに「韜光養晦(とうこうようかい)」と呼ばれる対外協調路線を放棄したのではないか、との懸念を生んだのです。
このような状況においては、問題の小状況に反応する前に、まず大状況を把握することが肝要です。世界は、第一次大戦後に「戦争の非合法化」を達成しましたが、第二次大戦後には「相互確証破壊」の成立に伴い実質的に大国間戦争が不可能になりました。それでも冷戦期には、米ソ二大陣営が対立する「勢力均衡」政治が行われましたが、冷戦後の世界では、米ソ対立は解消され、自由・民主主義・市場経済・不戦などの理念が普遍化しました。その中核的な担い手はNATOや日米同盟に結集した先進民主主義諸国です。「人間の安全保障」や「保護する責任」などが国際社会の理念として提起されるなかで、その理念の担い手となった先進民主主義諸国は「不戦共同体」あるいは「集団安全保障共同体」と呼ぶことができます。冷戦後の世界では、各国は狭義の国益を超えて、地球規模の課題に取り組むことを求められていますが、その課題に正面から取り組む用意のある「ポストモダン」段階の諸国が「不戦共同体」諸国であるのに対し、必ずしもそのような用意のない「モダン」段階の諸国として中国やロシアなどが存在し、抵抗しています。
このような状況を大状況として捉えたとき、尖閣諸島をめぐる2010年9月の事件は、日本と中国が国家として世界に占める位置づけや発展段階を異にすることを如実に示したといえます。中国は「モダン」段階の国家の常として主権の確立に固執し、しばしば「自国さえよければ」という狭義の国益追求に走る傾向があるのに対して、日本は「ポストモダン」段階の国家として、国益をより広義に捉え、国際的公益に配慮する必要をより強く自覚しています。日中関係を規定する要因の中には、隣接する大国同士にとって避けられない歴史的対立や領土的紛争だけでなく、このような国家としての発展段階の相違、さらには世界政治に占める位置づけの相違もまた内包されていることに留意する必要があります。
ここで問われるのは、30年にわたる持続的な高度成長により世界規模でその存在感を強めてきている中国が、今後の国際秩序形成にどのようにその増大する影響力を行使していくかということです。別の表現を使えば、中国は国際システムの「責任ある利害関係者」として行動することができるのか、ということです。われわれが懸念を抱かざるを得ないのは、中国が、第一に、日本を含む先進民主主義諸国と人権・自由・民主主義等の価値観を共有しておらず、第二に、軍事力の拡大や近代化に関して、その長期目標がどこにあるのかが不透明であり、第三に、経済的発展に伴う国内的矛盾の深刻化が政治的不安定状況をもたらす可能性を否定できないからです。このような観点から言えば、グローバル化する世界経済のガバナンスの担い手がG8からG20に拡大したように、冷戦後の世界秩序を形成し、維持する「不戦共同体」の担い手のなかにも、中国やロシアを含む「モダン」段階の諸国を取り込んでゆく必要があります。それを「関与」政策と呼ぶとすれば、「関与」こそは、日本あるいは「不戦共同体」の対中政策の大局的判断の基本でなければなりません。
2010年9月の尖閣諸島沖における中国漁船による海上保安庁巡視船への体当たり事件は、何らかの現状変更を目的として中国政府の意図により発動されたものではないとしても、同様の危機が再発したときに、日本が今回と同様に無策であってよいということにはなりません。
その後、中国は、国際社会の反発もあり、その強硬な自己主張路線を修正し、とくに対日関係においては3・11東日本大地震を契機に協調姿勢が顕著です。しかし、これによって強硬路線が最終的に放棄されたと見るのもまた早計でしょう。大局的な判断として「関与」政策を取りつつも、中国が強硬路線に転じて、軍事的手段の行使を含む最悪の選択をしてきたときの対応策は予め検討しておく必要があります。ただし、注意しなければならないのは、中国の対外政策決定に参入する勢力は多元化しており、それぞれの外交課題に関して複雑な政治ゲームが展開され、その中で大まかに言って「強硬」と「柔軟」の二つの勢力がせめぎ合っていることです。中国の強硬姿勢に対しては、目先の小状況に目を奪われて、過剰な感情的反応をすることを慎み、つねに冷静かつ的確に大状況を判断して、対応することが肝要です。
中国が危険な存在となる可能性を秘めながら巨大化しつつあることは否定できないとしても日本の対中基本姿勢に「関与」以外の選択肢のないことは、既に述べたとおりです。「関与」が可能かつ必要になるのは、その前提として冷戦後の世界には「不戦共同体」が形成されているとの大状況認識がわれわれにあるからであり、また、中国が冒険主義に転じた場合には、日本一国ではなく、「不戦共同体」がその全体としてその問題に対応するであろうことが期待されるからです。「膨張する中国」の問題は、いまや日本一国の問題ではなく、米国はもとより、価値観を共有するその他の「同志国」と広く協調し、共同行動を取らなければならない問題です。「関与」政策は、その目的を達成するために、一連の整合的な政策体系をもつ必要があります。この政策提言では、それらを具体的な9項目の政策として以下に提示します。
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次回に続く。











