ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

ユダヤ48~ロスチャイルド家の由来

2017-05-12 09:32:50 | ユダヤ的価値観
●ロスチャイルド家の由来
 
 話を18世紀後半の時代に戻す。18世紀後半から21世紀の今日まで、ユダヤ人の経済力・政治力の獲得・拡大を先駆し、資本と科学と国家の結合を促進し、ユダヤ的価値観の世界的普及を主導してきたのが、ロスチャイルド家である。
 1743年、ドイツのフランクフルトのゲットーにモーゼス・アムシェル・バウアーというユダヤ人の金匠が住んでいた。モーゼスは、「赤い盾」という名の古銭商の店を開いた。その息子のマイヤーは、家名を店の名の「赤い盾」、ドイツ語のロートシルトに変えた。ロスチャイルド家は、その時に始まった。
 マイヤー・アムシェル・ロスチャイルドは、ヘッセン=カッセル方伯ウィルヘルムに近づき、彼のコイン収集に多大な貢献をした。ウィルヘルムは英国王ジョージ2世の孫で、デンマーク王、スウェーデン王とも親戚だった。父フリードリヒ2世の死去により、当時ヨーロッパ最大級といわれた資産を相続していた。マイヤーは、ウィルヘルムから1801年に財産の運用を任されるようになった。宮廷御用掛という立場を得たことを奇貨として、マイヤーは銀行家として成長していった。
 18世紀には、新たな現象として、私設銀行が現れた。その多くは、宮廷ユダヤ人の子孫たちによって設立された。そのうち時代の荒波を乗り越えて発展し続けたのは、ロスチャイルド家だけだった。
 マイヤー・アムシェル・ロスチャイルドは、極めて先見の明のある人物だった。18世紀後半は、資本主義の発達とともに、近代主権国家が成長する時代だった。イギリスでは、産業革命が始まっていた。その時代の先を読んだように、マイヤー・アムシェルは、1797年に、三男のネイサンをロンドンに送った。ネイサンは、産業革命における第一段階の中心地であり、急速に木綿製品の貿易の中心地となったマンチェスターで、事業に成功した。紡績業者から綿を買い、染物業者に送り、完成品をヨーロッパ大陸の買い手に直売した。ロンドンの金融市場を利用して、3ヶ月の掛売りをした。他のユダヤ系織物業者たちもこのやり方を取り入れていった。
 1804年に皇帝となったフランスのナポレオン・ボナパルトは、周辺諸国に侵攻するナポレオン戦争を起こした。ユダヤ人はドイツ30年戦争で国家財政と軍事物資の供給に関与して財を成したが、ロスチャイルド家はナポレオン戦争を通じて飛躍的に発展した。
 ネイサンは、戦争が拡大するに従って政府の金融事業に参加した。英国政府は毎年2000万ポンドの公債を売る必要があった。ネイサンは公債の販売とともに、国際為替手形の引き受けも行った。これによってネイサンは、当時の世界の金融の中心地であるロンドンのシティで名声を得た。
 1806年、イエナでプロイセン軍を破ったナポレオンは、選帝侯ウィルヘルムの財産を没収しようとするが、ウィルヘルムは国外に亡命した。その際、彼は財産の大部分をネイサンに委託した。ネイサンはその金を、英国の公債に投資した。また、ナポレオンの大陸封鎖令をかいくぐり、大量の物資を大陸に密輸した。これらによって、ロスチャイルド家自体も大儲けした。
 ポルトガルに上陸し、ナポレオンと戦っていたウェリントン将軍は、軍資金が不足していた。ネイサンは、東インド会社から金地金80万ポンドを買い取って、英国政府に用立てた。だが、政府はその金をウェリントンに送ろうにも方法がない。依頼を受けたネイサンは、パリにいる末弟のジェームズ(ヤコブともいう)に送金を支持した。ジェームズは巨額の軍資金を、フランスの真ん中を経由して、ポルトガルのウェリントンのもとに届けた。この資金提供と送金で、ロスチャイルド家は、莫大な手数料を稼いだ。
 ロシア遠征に失敗したナポレオンに対仏同盟軍が挑み、1814年、パリは陥落した。ナポレオンは退位し、エルバ島に流された。戦勝各国は戦後秩序作りのため、ウィーン会議を開催したが、互いの利害が対立してまとまらない。ナポレオンはエルバ島を脱出して、皇帝に復位した。そこで再び同盟軍が結成され、ワーテルローの戦いが行われた。
 この決戦を同盟軍が制した。独自の国際的情報網によってその勝利を逸早く知ったネイサンは、わざと証券取引所で大量の戦時公債を売った。ネイサンが売っている。敗戦だという耳情報で、他の債権者が大量の投げ売りを行った。値が下がるだけ下がったところで、ネイサンは一挙に買い占めた。そこにナポレオン敗北と伝えられ、公債は暴騰した。これによって、ロスチャイルド家は莫大な利益を得た。
 資本家は国家を超えている。国家と国家の戦いを利用し、戦わせることによって、国家を超えた市場を通じて富を集める。ロスチャイルド家は、各国政府に戦争資金を貸し付けていた。戦勝国も敗戦国も膨大な債務を抱えた。双方に債権を持つロスチャイルド家は、戦争で巨富を蓄え、当時の世界の金融の中心地、ロンドンのシティで、のし上がっていった。
 イギリスは、市民革命を経た資本主義国家だが、中世以来の王侯・貴族が存続し、そこに新興の資本家が加わって社会の上層を構成している。彼らは、シティでその富を運用し、また増殖させている。19世紀初頭にシティの経営の中心になっていたのは、優れた金融技術を持つユダヤ人のベアリング家だった。ベアリング家は、現在もイギリスの大貴族であり、一族で爵位を6つ持っている。また封建領主からの伝統的な貴族や海賊・商人上がりの貴族もいる。ロスチャイルド家は、こうした既存の王侯・貴族・資本家が構成する集団の一角を占めるとともに、時を追うごとに重要な存在となっていった。

 次回に続く。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« ユダヤ47~近代科学史にお... | トップ | 組織犯罪処罰法改正案の成立... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ユダヤ的価値観」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL