ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
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慰安婦問題の虚偽11~強制性・性奴隷

2007-06-27 11:32:25 | 歴史
●強制連行から強制性へと論点をすり替え

 中学歴史教科書の記述を巡る論争で、強制連行説は、ほとんど決着した。もともと朝日の報道が、吉田清治氏の虚偽証言を広めたのが、はじめだった。論争が決着に向かうと、それまで強制連行を強調してきた朝日新聞は、強制連行説を引き下げざるを得なくなくなった。
 しかし、ここで朝日新聞は、平成9年(1997)3月31日付で、強制連行から強制性へと論点をずらす報道を行なった。朝日は、その日の紙面に、社説と特集記事を載せた。
 社説では、「日本軍が直接に強制連行したか否かという狭い視点で問題を捉えようとする傾向」を批判し、「そのような議論の立て方は、問題の本質を見誤るものだ。資料や証言を見れば慰安婦の移送、管理などを通して、全体として強制と呼ぶべき実態があったのは明らかである」という。おやおや、強制連行を喧伝してきたのは、朝日新聞自体だったのに。
 また、特集記事では、「『強制』を『強制連行』に限定する理由はない。強制性が問われるのは、いかに慰安婦の『人身の自由』が侵害され、その尊厳が踏みにじられたか、という観点からだ」と書いた。
 こうして朝日は、勝手に方針転換をし、読者には一切謝罪訂正をすることなく、論点をすり替えたのである。そして、強制連行を狭義の強制性、慰安婦が自分の意に反して置かれていた状況を、広義の強制性とすることで、慰安婦問題の継続を執拗に追求しようとした。

 実は、強制に広狭二義を認める観点は、朝日新聞の発明ではない。河野談話が打ち出していた観点なのである。河野談話は、「慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった」と書いている。この「強制的な状況」を、「人身の自由」が侵害され、その尊厳が踏みにじられた状況と解釈すれば、朝日新聞の主張となる。河野談話そのものに、朝日の解釈を可能にする広がりがあったものだ。
 しかし、慰安婦の「人身の自由」が侵害され、「尊厳が踏みにじられていた」としても、それは民間業者と慰安婦の親との間で行なわれた人身売買に発するものである。旧日本軍とは、直接関係ない。また、当時の我が国では、売春が公認されていた。軍の慰安所は、日本国内における公娼制度を戦地に応用したものであり、性的慰安も、職業労働だった。
 慰安婦は、契約により一定の雇用条件の下で働き、高給が支払われていた。日本政府を相手取って訴訟を起こした元慰安婦の中には、当時の金額で26000円、現在の価値では7800万円もの多額の貯金を持っている者がいた。こういう事実に触れずに、自由や尊厳を言うのは、悪質なデマゴギーである。

●性奴隷説を広めたクマラスワミ報告

 わが国で、中学校の教科書に慰安婦が掲載されることになった平成8年(1996)、海外では、ある画期をなす出来事が起こっていた。第52回国連人権委員会に「クマラスワミ報告」が出されたのである。
 今日、国連の人権委員会やアメリカのマスメディア等の認識の核心にあるのは、慰安婦は「性奴隷」だったという誤解である。
 「性奴隷(sex slave)」という言葉は、多くの偏見を生んでいる。かつて日本において「強制連行」という言葉が果たしたのと似た役割を、「性奴隷」という言葉が現在、国際社会で果たしている。この言葉を流行らせる上で決定的な役割をしたのが、「クマラスワミ報告」である。

 国連人権委員会で慰安婦問題の特別報告者に指名されたのが、スリランカの女性活動家、ラディカ・クマラスワミ女史だった。彼女は、平成7年(1995)、ソウルに5日間、東京に6日間滞在して、英文37ページの報告を書いた。その内容は、わずか2冊の本をもとにまとめたものだった。
 その2冊とは、オーストラリアのジャーナリスト、ジョージ・ヒックスの『The Comfort Women(慰安婦)』と、吉田清治の『私の戦争犯罪ーー朝鮮人強制連行』である。

 クマラスワミが事実関係の部分をほとんどすべてを依存しているのが、ヒックスの著書であるという。ヒックスは、日本語ができない。そのため、在日3世の女性が集めた材料に8割方依存した。ヒックスが最も頻繁に引用しているのが、先に触れた金一勉著『天皇の軍隊と朝鮮人慰安婦』であるという。
 本書は、日本が「朝鮮民族抹殺政策」を取り、「朝鮮民族の早期滅亡を企図」して、「梅毒政策・阿片吸引助長政策・遊郭発展政策」を取ったという主張をしている本で、あやしげな雑誌や週刊誌に材料を求めたものである。そのような本から頻繁に引用して書いたヒックスの本に、クマラスワミは、依拠しているわけである。
 もう1冊の吉田氏の著書については、既に書いたように済州島における現地調査によって、虚説であることが、平成4年までに明らかになっている。それにもかかわらず、クマラスワミは、吉田氏の虚偽の証言を無批判に資料としているわけである。

 クマラスワミ報告は、強制はあったとする立場の吉見義明中央大学教授すら、クマラスワミに書簡を送って、ヒックスの本は「誤りの大変多い著書」で、引用部分を削除したほうがいい、吉田に関連する部分も削除するように勧めているほどだという。
 しかし、吉見氏の忠告に従うと、クマラスワミ報告はほとんど内容がなくなってしまう。そのような低レベルの報告書が、国連人権委員会の判断に強い影響を与えているのである。国連人権委員会の委員は、よほど調査能力がない者が多いのか、左翼人権思想に凝り固まった活動家が集合しているのかもしれない。

 クマラスワミ報告への影響関係を、時系列的に並べると、次のようになる。

 金一勉著『天皇の軍隊と朝鮮人慰安婦』(昭和51年、1976) → 吉田清治著『私の戦争犯罪――朝鮮人強制連行』(昭和58年、1983) → ヒックス著『The Comfort Women』(平成7年、1995)

 これらがクマラスワミ報告(平成8年、1996)に流れ込んでいるわけである。これらの虚説の流れの出発点には、朴慶植著『朝鮮人強制連行』(昭和40年、1965)がある。在日朝鮮人の強制連行はなく、慰安婦の強制連行もなく、朝鮮民族抹殺政策も存在しない。それにもかかわらず、うそにうそを重ねたデマが、国連の人権委員会で、あたかも真実であるかのように化けてしまった。

 藤岡信勝氏は、次のように書いている。
 「いったん『性奴隷』 という言葉が発明されると、英語圏の世界では、実態とは別に慰安婦を『性奴隷』として最初からみなして、全ての情報をそういう眼鏡を通して解釈することになる。素材となった事実の信憑性などどうでもよい。こうして、いつの間にか日本の公娼制度の戦地への延長形態にすぎなかった『慰安婦』システムが、20世紀奴隷制の一形態だということにされてしまった。」と。(藤岡信勝著「日米離反を仕掛ける中国の罠を打ち破れ」~月刊『正論』平成19年6月号)

 次回に続く。

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