ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

故・渡部昇一氏の偉大な功績を讃える

2017-04-22 08:53:14 | 日本精神
 平成29年(2017)4月17日、渡部昇一氏は逝去しました。氏の訃報に接し、氏の長年にわたる言論活動に感謝するとともに、その功績をたたえ、心からご冥福をお祈り申し上げます。
 渡部氏は、戦後日本の再建のために日本の歴史・伝統・国柄の顕彰だけでなく、皇室の崇敬、憲法の改正、国防の強化、そしてなにより日本人の精神の復興に、粉骨砕身したオピニオン・リーダーでした。渡部氏を敬愛する多くの方々とともに、私も氏の志を受け継いで、日本の再建と発展に心を尽くしたいと思います。

 ここに平成22年(2010)6月9日に書いた拙稿「渡部昇一氏の『日本の歴史』賛」を再掲し、氏の功績をたたえます。

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 渡部昇一氏の『日本の歴史』シリーズ(WAC)、全8巻が発刊された。戦後篇、昭和篇、明治篇等と、現在から過去にさかのぼっていく仕方で刊行中である。私はこれまで出た3巻を読み、渡部日本史に新たな感動を覚えた。
 渡部氏は昭和48年から52年(1973~77)にかけて『日本史から見た日本人』を出した。以後、日本史や日本文明について多数の本を書いている。今回の企画は、渡部日本史の集大成である。ただし、単に過去のもののまとめではなく、新しい研究や見解を取り入れ、これまでの考察と主張をさらに深めている。氏は、昭和5年(1930)生まれであり、当年とって80歳である。この高齢で、日本史の通史を新たに書き上げ、自分の仕事を集大成するとは、驚異的である。多くの人にお勧めしたく、本稿を書くものである。
 マイサイトの自己紹介に書いてあるが、私は10代の半ばから共産主義の影響を受けた。高校に入ったのは、昭和44年(1969)。東大安田講堂の攻防戦に始まった年で、70年安保をめぐる運動に国内が騒然としていた。私は日教組の教育を受け、マルクス主義の理論書や歴史書を読んだ。しかし、マルクス主義を学ぶにつれ、私はその理論に矛盾を感じ、運動に限界を、活動家たちの人格に疑問を感じた。共産主義を克服することが、20代半までの私の最大の課題となった。
 こうしたなかで私の閉塞を破ってくれたのは、パール博士の『日本無罪論』だった。東京裁判の検証を通じて、私は、近代の日本史や世界史を根本から見直すことができるようになった。当時、出会った歴史書の中に渡部昇一氏のものがあった。階級闘争史観・自虐史観が支配的だったなかで、清新な歴史の見方だった。その後、渡部氏の著書は、文化・時事等に関するものを含めて、折々に読んできた。
 渡部氏は、歴史学の専門家ではない。本業は英語学者である。専門の研究において、ドイツ、イギリス、アメリカ等で異なる言語と文化に触れた氏は、日本の文化や歴史を見直した。そして、既成の歴史観にとらわれず、独自の視点で日本の歴史を書いて発表した。それが『日本史から見た日本人』であり、それに続く『歴史の読み方』(昭和54年、1979)も名著である。
 渡部氏は「歴史に虹を見る」という。水滴のような個々の事象を見るだけでは決してとらえることのできない、ものの全体像を「虹」と言っている。だから、氏の日本史は大局的な歴史観を表す。巨視的に見て重要な事柄や、日本文明の他にない特徴について、徹底的に考究する。個々の事象の研究家には見えないものが、氏の展望には現れる。それを確信を持って書く。こうした氏の姿勢は、歴史家というより、文明批評家と呼ぶに相応しい。

 私が渡部氏の日本史に感ずるのは、第一に、氏の日本の伝統・文化・国柄への愛情と誇りである。第二に、日本文明を西洋文明、シナ文明と比較する視点である。第三に、アメリカ、ドイツ、コリア等の文化・国情を踏まえた国際的な知見である。これらについては、多くの人が挙げる点だろう。
 私がもうひとつ特筆したいのは、渡部昇一という人物の器量である。幅広く様々なものを兼ね備えた人間の持つ豊かさである。渡部氏は学者だが、政治の駆け引き、外交のセンス、軍事への関心、国益についての現実的な判断力、法制度への論理的思考力、文化・文学・人物への理解等を兼ね備えている。だからこそ、渡部氏は、日本史に関し、独創的な意見を多く発表できているのだと思う。
 氏は既成観念や通説にとらわれずに、自分の頭で徹底的に考え抜く。近代史に限っても、氏が独自の視点で考察していることが多くある。明治憲法の欠陥、日露戦争の世界史的意義、日韓併合の協調性、日米戦争の遠因としての排日運動、統帥権干犯問題の原因、満州国建国の合法性、東京裁判の不法性、パール判決書の重要性、南京事件の虚妄、マッカーサーと東条英機の戦争観の一致、等。
 これらに関し、氏の見方は早くから一貫しており、ぶれがない。確固とした視点のもとに、新知見を取り入れ、考察を加えて、自説を掘り下げ、練り直してきている。大東亜戦争の評価については、私は違う見方をしており、氏の説に異論のあることは他にもある。しかし、日本の近代を考える際、一度は渡部史観を読んでみるべきだろう。今日の日本の政治を考える上でも、渡部史観から重要なことが多数読み取れる。

 渡部氏の歴史書の特徴の一つに、歴史を動かす人物を敬愛をもって書いていることがある。近代史においては、西郷隆盛、明治天皇、乃木稀典、昭和天皇等を、氏は尊敬と愛情をもって描く。これらの人物は、どれも「代表的日本人」と言うべき人物である。みな日本人の精神がよく表れている人物である。だから、私たちは渡部日本史を読むことを通じて、日本人の精神をもった日本人の姿に触れることができる。それは渡部氏が、こうした日本人に感動し、敬愛を覚える日本人だからである。
 渡部氏は類稀な独創性をもった当代一流の教養人である。しかし氏の主張は、単に奇抜なものではなく、日本人の常識に裏付けられているところに、素晴らしさがある。ここで日本人の常識と言うのは、江戸時代以前から明治・大正を経て昭和戦前期までは、日本人に代々受け継がれてきた常識である。日本人としてのものの見方、感じ方である。渡部日本史は、こうした日本人の常識に裏付けられているからこそ、真に「国民の歴史」と呼ぶに値する歴史観になっていると私は思う。
 
 これから日本の歴史を学びたい人、日本が好きでもっと日本の歴史を知りたい人、日本の歴史を掘り下げてとらえたい人、日本文明を他文明と比較して理解したい人等、多くの人に渡部昇一氏の『日本の歴史』シリーズをお勧めしたい。
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