ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
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トランプ政権下の米国は正義の議論が必要~サンデル

2017-01-29 09:28:20 | 国際関係
 アメリカの政治学者マイケル・サンデルは、読売新聞本年1月3日付の記事で、トランプ現象について見解を述べた。
 私は、拙稿「人権――その起源と目標」第10章で「人権と正義」について述べた際、サンデルの公共哲学における正義論について論じた。
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion03i-4.htm
 サンデルは、コミュニタリアン(共同体主義者)に分類できる。彼は、近代西洋のリベラリズム(自由主義)の根底にある自由に選択できる独立した自己の概念を「負荷なき自己(unencumbered self)」と呼んで批判し、共同体との繋がりを自覚したコミュニタリアン的な「位置づけられた自我(situated self)」を対置する。また、道徳的責任のカテゴリーの一つとして「連帯の義務」があると主張する。また、カントやロールズの正義論のように正義と善を区別するのではなく、正義と善を結合する必要があることを説き、目的論を再評価している。
 なお、西洋哲学における正義(justice)は、悪に対する善と重なる意味を持つ日本語の「正義」とは違い、「公正、公平、平等」を意味する。近代欧米社会では、自由に対する平等を重視するのが、justice としての正義である。

 さて、上記のような思想を説くサンデルが、トランプ現象をどう理解し、どのような対応を説くか、私には興味深い。
 サンデルは、読売の記事で、トランプが大統領選で当選したことについて、概略次のように見る。
 「1980年代以来の新自由主義的なグローバル化の果実が、1%・5%・10%の最上層の手に渡る一方、(ほそかわ註 アメリカの)中流・労働者層は取り残され、『排除された』と感じてきた」「中流・労働者層は社会で尊重されず、『エリート連中に見下されている』との思いを募らせてきた。怒りと恨みを溜め込み、変化に飢えてきたのだ。トランプ氏は大富豪だが、庶民の怒りと恨みを理解し、それに同調して、はっきりと訴えた」
 トランプの政策については、次のように言う。「処方箋として、トランプ氏は“アメリカ第一主義”という極端なナショナリズムを掲げている」「アメリカは『正解がわかっているのは自分だ』と主張して、他国の政治や民主主義の在り方に口出しすべきではない。しかし、世界から手を引くべきではない。同盟国を尊重し、世界に関与し続けることが重要だ。民主主義の力強い実例を世界に示すことが、アメリカにとって大切なのだ。“アメリカ第一主義”はショック療法かもしれないが、成功するとは思えない。新自由主義的なグローバル化の行き過ぎに対して、正しい解答ではないからだ」
 では、どうすればよいとサンデルは考えるのか。
 「不平等が極端に広がる中で、市場の価値観が家族や地域共同体への帰属意識・愛国心を曇らせてしまうと、民主主義を難持するのが難しくなる。このことを我々は学んだ」「民主主義を力強いものにする為には、グローバル化の恩恵が全ての人々に共有される社会を作る必要がある。『正義に適った公平な社会に住んでいる』と、人々が実感することが必要なのだ。民主主義には正義が大切なのだ」。
 ここでサンデルは、彼の持論である正義の実現の必要性を説く。正義を実現するには、具体的にはどうすれば良いか。
 「1つは、世界の国々が協力し、行き過ぎた資本主義を規制する国際合意を作ること。もう1つは、国家が公共財を充実させて、『地域・国家に帰属している』という安心感を国民に与えること。家族から出発し、地域社会の結び付きを強め、倫理観を養う。公教育を強化し、社会福祉を充実することだ。グローバルとナショナルの双方のレベルで、資本主義を万民の為に機能させる方法を見い出すことが重要だ」と説く。
 そして、次のように言う。「トランプ氏は人々の怒りと恨みを理解したが、人々の連帯感を生み出し、資本主義の果実が皆に行き渡るような社会が今、必要なことは理解していない。社会の繋がりとは何か、正しい社会とは何か、社会はどうすれば纏まるのか、ニューテクノロジーの時代に労働の尊厳をどうやって回復するのか。そして、こうした問題に際し、国家の役割は何か――。民主主義が脅かされている今日、正義を含めて、社会全体で議論することが一層重要になっている」と。
 果たして、トランプ政権下のアメリカで、サンデルが求めるような正義をめぐる議論が社会的に行われていくかどうか、注目したい。

 さて、サンデルが正義の実現のために必要だとして説いていることには、政策として具体性がなく、また彼以外の論者--セン、ミラー等――が説いている正義論及びその政策論を検討して取り込むこともしていない。私は、拙稿「人権――その起源と目標」で、人権を発達させるための実践にあたって重要と考えることを12点述べた。トランプ時代における世界的な正義の実現に係ることと重複していることが多くあるので、ご参照願いたい。
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/e23dcc3b8f9f399f3853178cd593f190
http://khosokawa.sakura.ne.jp/opinion03i-4.htm

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●読売新聞 平成29年1月3日

http://tskeightkun.blog.fc2.com/blog-entry-1126.html
【2017・問う】(01) グローバルvsナショナル、試されるトランプ流――マイケル・サンデル氏(政治哲学者)
 ドナルド・トランプ新政権誕生で始まる2017年。世界は大きな岐路に立つように見える。世の中はどう変わり、日本はどう対処すべきか。内外の有識者らに問い掛け、今年を考えてみる。

 ドナルド・トランプ氏は、アメリカ大統領選で無礼な発言を重ね、数多の集団を侮辱し、外交や統治について無知を晒した。にも関わらず、当選した。アメリカの中流層と労働者層で高じている、変化を求める強い渇望に結び付いたからだ。
 一夜で生じた渇望ではない。1980年代以来の新自由主義的なグローバル化の果実が、1%・5%・10%の最上層の手に渡る一方、中流・労働者層は取り残され、「排除された」と感じてきた。大概の労働者の暮らしは良くならず、一部は悪くなった。中流・労働者層は社会で尊重されず、「エリート連中に見下されている」との思いを募らせてきた。怒りと恨みを溜め込み、変化に飢えてきたのだ。トランプ氏は大富豪だが、庶民の怒りと恨みを理解し、それに同調して、はっきりと訴えた。
 現行のグローバル化は、強烈な個人主義をその哲学としている。アメリカは極端な個人主義に走るようになった。日本はそうでもないが、イギリスやヨーロッパ諸国はアメリカの後を追っている。この間に、人々の生活のあらゆる面がカネで勘定されるようになった。この現象を、私は“市場社会”と呼ぶ。売り買いの対象は、車やテレビだけでない。健康・教育・人間関係にも値が付けられる。市場の値踏みが、人々の暮らしを支配するようになった。市場社会の最中で、カネの無い人々は不幸を痛感している。
 グローバル化の在り方への怒りや、支配層への恨みを、トランプ氏は理解した。イギリスで『ヨーロッパ連合(EU)』離脱を説いた人々も、ヨーロッパ各地のポピュリスト(大衆迎合主義の)政治家らもそれを理解し、支持を広げている。その処方箋として、トランプ氏は“アメリカ第一主義”という極端なナショナリズムを掲げている。移民を敵視し、国内の不法移民1100万人の追放を視野に置き、対メキシコ国境には「壁を築く」と発言している。
 アメリカは、セオドア・ルーズベルト大統領(在任1901-1909年)以米、1世紀余り、国際社会で主要な役割を演じてきた。世界に十分に関わってきた。トランプ氏の下で、アメリカは内向きになるのか? 同氏は、選挙戦の物言いでは、世界からの撤退を望んでいた。大統領としてはどうか? 新政権の外交は予測し辛い。それだけに不安だ。アメリカは「正解がわかっているのは自分だ」と主張して、他国の政治や民主主義の在り方に口出しすべきではない。しかし、世界から手を引くべきではない。同盟国を尊重し、世界に関与し続けることが重要だ。
 民主主義の力強い実例を世界に示すことが、アメリカにとって大切なのだ。“アメリカ第一主義”はショック療法かもしれないが、成功するとは思えない。新自由主義的なグローバル化の行き過ぎに対して、正しい解答ではないからだ。「新自由主義的なグローバル化こそが、未来に通じる道だ。なすべきは、資本・モノ・人の自由な流れを阻むものを取り払うこと。そうすれば、資本主義と民主主義が進歩する」。そう、我々は想定していた。それは、1989年の冷戦終結と1991年のソビエト連邦解体で確信に変わった。――間違いだった。行き過ぎた市場社会に対し、米欧で怒り・恨み・抗議が広がる。アメリカやヨーロッパのポピュリスト(大衆迎合主義者)らは其々、極端なナショナリズムに訴え、移民を敵視し、自由貿易に反対する。昨年、イギリスの国民投票でEU離脱派が勝ち、アメリカの大統領選でトランプ氏が勝利した。ポピュリズムには勢いがある。反移民・反EUの極右ポピュリスト政党は、今春のオランダ総選挙・フランス大統領選挙で勝利する可能性さえある。
 「民主主義に未来はあるのか?」。これが、今日の大きな問いだ。勿論、未来はある。民主主義は終わらない。しかし、「米欧流の民主主義は更に進歩し、世界に広がっていくのが当然だ」と呑気に信じてきた第2次世界大戦後からの時代は、終わりを迎えている。不平等が極端に広がる中で、市場の価値観が家族や地域共同体への帰属意識・愛国心を曇らせてしまうと、民主主義を難持するのが難しくなる。このことを我々は学んだ。
 この市場社会は、市場経済と区別して考えるべきだ。市場経済は生産活動を系統立てる有効な手段で、世界の国々に豊かさを齎した。民主主義を力強いものにする為には、グローバル化の恩恵が全ての人々に共有される社会を作る必要がある。「正義に適った公平な社会に住んでいる」と、人々が実感することが必要なのだ。民主主義には正義が大切なのだ。
 どうすれば良いか? 1つは、世界の国々が協力し、行き過ぎた資本主義を規制する国際合意を作ること。もう1つは、国家が公共財を充実させて、「地域・国家に帰属している」という安心感を国民に与えること。家族から出発し、地域社会の結び付きを強め、倫理観を養う。公教育を強化し、社会福祉を充実することだ。グローバルとナショナルの双方のレベルで、資本主義を万民の為に機能させる方法を見い出すことが重要だ。
 トランプ氏は人々の怒りと恨みを理解したが、人々の連帯感を生み出し、資本主義の果実が皆に行き渡るような社会が今、必要なことは理解していない。社会の繋がりとは何か、正しい社会とは何か、社会はどうすれば纏まるのか、ニューテクノロジーの時代に労働の尊厳をどうやって回復するのか。そして、こうした問題に際し、国家の役割は何か――。民主主義が脅かされている今日、正義を含めて、社会全体で議論することが一層重要になっている。 (聞き手/編集委員 鶴原徹也)

⦿読売新聞 2017年1月3日付掲載⦿
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