ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
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ユダヤ24~反ユダヤ主義と宗教的迫害

2017-03-13 09:30:31 | ユダヤ的価値観
●中世ヨーロッパの反ユダヤ主義
 
 ユダヤ人に対する抑圧とそれを正当化する思想を、反ユダヤ主義という。反ユダヤ主義は、古代オリエント地方や古代ローマ帝国には存在しなかった。ローマ帝国では、ローマ市民権を持つユダヤ人は、4世紀末まで、帝国内のあらゆる公職に就任できた。しかし、キリスト教の中からユダヤ人を宗教的に非難する思想が発達した。
 キリスト教は、パウロによって、「神は愛である」という教義を核心とする愛の宗教として発展した。だが、そのパウロが書いた『テサロニケの信徒への手紙一』2章15~16節には、次のようにある。「ユダヤ人たちは、主イエスと預言者たちを殺したばかりでなく、わたしたちをも激しく迫害し、神に喜ばれることをせず、あらゆる人々に敵対し、異邦人が救われるようにわたしたちが語るのを妨げています。こうして、いつも自分たちの罪をあふれんばかりに増やしているのです。しかし、神の怒りは余すところなく彼らの上に臨みます。」と。
 この記述は、イエス殺害の責任を当時、エルサレムにいた特定のユダヤ人だけでなく、ユダヤ人全体に負わせている。また、預言者の殺害やキリスト教徒への迫害、異邦人への布教の妨害についても、ユダヤ人を非難し、神の怒りがユダヤ人に向けられると説いている。
 2世紀初めころに成立した『ヨハネによる福音書』8章44節では、イエスがユダヤ人たちに「あなたたちは、悪魔である父から出た者であって、その父の欲望を満たしたいと思っている。悪魔は最初から人殺しであって、真理をよりどころとしていない。彼の内には真理がないからだ。悪魔が偽りを言うときは、その本性から言っている。自分が偽り者であり、その父だからである。」と説く。ここには、ユダヤ人を「悪魔の子」とする思想が表れている。
 キリスト教が西欧社会に深く浸透するまで、ユダヤ人はそれほど迫害されていなかった。キリスト教が西欧社会に深く浸透し、カトリック教会の支配が確立すると、カトリックの教義によって、ユダヤ人迫害が激しくなった。「イエスを磔刑に処し、死に至らしめた責任は、ユダヤ人にある」とされたことから、キリスト教の反ユダヤ主義が始まった。
 反ユダヤ主義は、ローマ帝国の法制度に影響を及ぼすようになった。438年のテオドシウス法典は、ユダヤ人の公職就任を初めて法的に禁止した。帝国内でキリスト教の勢力が増大するなかで、救世主を死に至らしめたユダヤ人が救世主の救おうとした人々に権威を振るうのはおかしいと考えられるようになったのである。ただし、ユダヤ人は市民権を奪われることはなく、市民権に付随する諸々の基本的権利を法によって保護されていた。
 反ユダヤ主義は、佐藤唯行によると、次の4つの現れ方をしてきた。

(1)宗教的な敵意: キリスト教の教義自体に内在するユダヤ人への敵意
(2)物理的暴力行使: 身体に直接的危害を加えるもの。ナチスのホロコースト等
(3)反ユダヤ・キャンペーン: 言葉・活字・メディアによる誹謗・中傷
(4)社会・経済的排斥: 就学・就業・昇進の際に加えられる差別や排斥

 (1)は、キリスト教の形成期から表れているものである。先に記した『テサロニケの信徒への手紙一』『ヨハネによる福音書』の引用部分等に、その思想が書かれている。
 (2)(3)(4)は、12~13世紀になってから出現した。時期は十字軍の時代と重なる。異教徒であるイスラーム教徒への聖戦意識から、ヨーロッパの内なる異教徒であるユダヤ人にも憎悪が向けられた。同じころ、ユダヤ人が金融を通じて影響力を及ぼし始めたことも、反ユダヤ主義が増大する原因となった。

●十字軍とユダヤ人迫害の開始

 イスラーム文明が興隆した後、ヨーロッパ文明は地中海から閉め出され、陸地に封じ込められていた。だが、11世紀になるとイスラーム文明に反攻を開始した。それが、十字軍である。十字軍は、イスラーム文明の外圧をはねかえそうとする動きだった。この二つの文明の間の戦いは、キリスト教とイスラーム教との宗教戦争であり、またユダヤ教を元祖とするセム系一神教、聖書を共有する啓典宗教同士の争いだった。十字軍は約200年の間に8回行われた。戦いは、ユダヤ教、キリスト教、イスラーム教の共通の聖地であるエルサレムを巡る攻防を一つの要素とした。
 ユダヤ人とキリスト教徒の間は、11世紀末近くまで、安定した関係が続いていた。第1回十字軍が始まる前の1066年に、イギリスでノルマン・コンクエストがあったが、この時、ウィリアム征服王はフランスのルアン地方からユダヤ人を帯同した。彼らは医師、貿易商、金貸しなどとして王家に仕えた。ユダヤ人は、イギリスでも一定の保護を受け、王の動産として扱われた。
 ところが、十字軍の動きが始まると、様相は大きく変わった。遠隔地の非キリスト教徒に向けられた宗教的憎悪が、身近にいるユダヤ人に対しても向けられたのである。それによって、血腥いユダヤ人迫害の歴史が始まった。
 1096年春、第1回十字軍がヨーロッパを横切って東方に向かった時、その最初の犠牲者となったのはライン地方に住むユダヤ人だった。ユダヤ人の大量虐殺と強制改宗が行なわれた。第2回、第3回十字軍の際にも同様の事件があった。
 この時代まで、キリスト教徒は、イエス=キリストを殺害した先祖の罪ゆえにユダヤ人が罰せられるべきだとは信じていなかった。彼らは、イエスと同時代のユダヤ人はイエスの行った奇跡を目撃し、預言が実現したのを目の当たりしたのに、イエスが貧しく身分が卑しかったがゆえに彼を承認することを拒絶したことを以て、ユダヤ人の罪だと考えた。

 次回に続く。
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