ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
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ユダヤ40~アメリカ独立革命におけるメイソンの活躍

2017-04-21 09:18:14 | ユダヤ的価値観
アメリカ独立革命におけるメイソンの活躍

 フリーメイソンは、アメリカがイギリスから独立する運動において、重要な役割を果たした。続いて、その概要を書く。
 ロックの思想は、アメリカにも伝わっていた。フリーメイソンがロックの政治理論を普及させた。ロックの政治理論は、植民地アメリカでは本国への抵抗権の論拠となり、さらに連合王国からの独立を求める思想へと急進化した。
 フリーメイソンは、本国のイギリスから植民地アメリカに入って、各地にロッジを開設した。各地に組織されたロッジは情報交換や人材交流の場となり、13に分かれていた植民地を共通の理想のもとに結びつける役割を果たした。独立戦争の導火線となったボストン茶会事件は、「自由の子ら」というグループの仕業だが、そこには多くのメイソンが加わっていた。アメリカ独立革命の指導者の多くは、ピューリタンまたはキリスト教を信奉するフリーメイソンだった。ベンジャミン・フランクリン、ジョージ・ワシントンは、メイソンとして有名である。また、独立運動の転機を作った『コモン・センス』の著者トマス・ペインは、確証はないがメイソンだった可能性がある。ペインには「フリーメイソン団の起源」という論文があり、相当の関係があったことは間違いない。
 アメリカ独立宣言は、トマス・ジェファーソンが起草の中心となったが、起草委員会にはフランクリンが入っていた。独立宣言に署名した56人の中にもメイソンがおり、フランクリンを含め9人から15人がメイソンと見られる。
 独立宣言には、ロック、ピューリタニズム、フリーメイソンという3つの要素が融合していると私は見ている。独立宣言は、権利の根源を「造物主」に置く。ここにおける「造物主」は、基本的にユダヤ=キリスト教的な神である。ただし、この「造物主」は、理神論に立てば、ユダヤ教・キリスト教・フリーメイソンに共通する宇宙の創造者となる。独立宣言は、建国の指導者たちが共有し得る世界観に立って、すべての人間は平等に造られ、造物主によって、一定の不可譲の権利を与えられているとしたものだろう。人民の権利は、歴史的・社会的・文化的に形成されたイギリス臣民の「古来の自由と権利」ではなく、天賦の権利であるという論理が打ち出された。人民の権利から、権利の歴史性が否定され、権利の根拠として、造物主によって与えられたものということが強調された。この造物主は、単にユダヤ=キリスト教的な神ではなく、ユダヤ教・キリスト教・フリーメイソンに共通する神の理念ととらえたほうがよいだろう。
 アメリカの独立と建国にいかに深くフリーメイソンが関わっていたか、消しようもないほど確かなものは、アメリカ合衆国の国璽である。国璽の裏には、フリーメイソンの象徴のひとつであるピラミッドが表されている。国璽とは、国家を表す印章である。大統領の署名した条約批准書、閣僚や大使の任命書など公式文書などに押印されるものである。それが、1ドル紙幣の裏側に印刷されている。
 国璽のピラミッドは、13段まで積み上げられた未完成のもので、13は独立時の13植民地を意味する。冠石に相当するところには、三角形の中に書かれた「万物を見る眼」が置かれている。古代エジプトを思わせるもので、ユダヤ=キリスト教発祥以前の文明を象徴している。

●代表的なメイソン~フランクリンとワシントン

 次に、アメリカ独立期のフリーメイソンのうち最も重要なフランクリンとワシントンについて記す。
 ベンジャミン・フランクリンは、マックス・ウェーバーが『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』で、自身の理論の論拠として挙げた代表的なピューリタンである。フランクリンは敬虔なプロテスタントであると同時に、雷が電気現象であることを実験によって明らかにした自然科学者であり、また当時のアメリカの代表的なフリーメイソンでもあった。
 フランクリンは、1731年ロンドン滞在中にフリーメイソンに加入した。アメリカ独立革命では、独立宣言の起草委員として、ジェファーソンに協力した。またジェファーソンとともに、植民地アメリカ代表としてフランスに派遣された。独立戦争におけるアメリカの勝利は、フランスの支持が得られるかどうかにかかっていた。フランクリンは、フランスでアメリカ独立運動への理解を得るのに成功し、フランスはアメリカを支援した。フランクリンは、このとき、フリーメイソンの人脈を活用した。フランスで当時最も有名な「九人姉妹」のロッジに加入し、代表的な啓蒙思想家ヴォルテールを、このロッジに加入させた。
 フランクリンは、「九人姉妹」ロッジを中心としてメイソンに協力を要請した。最大の協力者は、ラ・ファイエット公爵である。ラ・ファイエットは、独立運動に共感し、1777年、アメリカ独立戦争を助けるため、自費で軍隊を率いて渡米し、独立戦争に参戦した。
 フランクリンは、アメリカにおいては、当時の最新のメディアである新聞を通して、啓蒙思想とフリーメイソンの理念を訴え、また他の新聞人を経済的に援助して、新聞のネットワークを作った。メイソン関係の書物や冊子の出版もしており、知識人だけでなく、一般大衆にも愛読者を獲得した。
 ウェーバーは、資本主義の精神の典型としてフランクリンを挙げた。もしフランクリンを典型とするならば、資本主義の精神の要素として、プロテスタンティズムの倫理だけでなく、18世紀啓蒙思想とフリーメイソンに共通する倫理に言及しなければならないだろう。
 次に、ジョージ・ワシントンは、英国国教会の信徒にしてフリーメイソンだった。独立軍の総司令官として独立革命を勝利に導いた英雄ワシントンは、独立軍の兵士に俸給を出し、精神的にも結束させた。軍にはメイソンの軍事ロッジ(軍隊の中のフリーメイソン結社)が作られ、13植民地から来た兵士たちは啓蒙思想とメイソンの理想をともにした。
 ワシントンの周辺には、その後のアメリカ政治・経済の中枢を担う人材が集まっていた。その多くがメイソンに加入していた。フランクリンの要請で独立戦争に参戦したラ・ファイエットは、ワシントンの主催する参入儀式を受けて、ワシントンの軍事ロッジに加入した。
 大統領府が置かれたホワイトハウスの設計者は、フリーメイソンだった。また、議事堂の礎石を置く儀式は、メイソンのロッジと提携して行われた。ワシントンはメイソンの象徴が描かれたエプロンをつけて儀式に臨んだ。周りの列席者もすべてメイソンの礼服と標章を身に付けていた。メイソンの正装をしたワシントンの肖像画が残されている。

 次回に続く。
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