ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

慰安婦問題:詐話師・吉田清治の長男が告白

2016-10-15 10:41:34 | 慰安婦
 朝日新聞は、「慰安婦を強制連行した」という吉田清治氏の虚偽証言を30年以上も放置し、日本と日本人の名誉と尊厳を傷付けた。本年8月吉田氏の長男が、ジャーナリストの大高未貴氏のインタビューに応じ、真相を語った。「済州島に行かず地図見て執筆」「定職つかず困窮」「協力者いたはず」「朝鮮半島の組織に借金」――ひどすぎて絶句してしまうほどである。吉田氏の著書を使い続けた朝日新聞の罪は、極めて重い。この真相を世界に伝えよう。
 本件を報じた夕刊フジの記事とその英訳を掲載する。

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●夕刊フジ 平成28年8月23日号

http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20160823/dms1608231140003-n1.htm
 慰安婦問題で、衝撃的なリポートが発表された。
 朝日新聞は、「慰安婦を強制連行した」という吉田清治氏の虚偽証言を30年以上も放置し、日本と日本人の名誉と尊厳を傷付けたが、ジャーナリストの大高未貴氏が、月刊誌「新潮45」9月号で、吉田氏の長男のインタビューに成功したのだ。
 「父は大変誤った歴史を作り出した」「世界中の慰安婦像をクレーン車で撤去したい」などと激白する長男と、某国組織の関与が疑われる吉田氏の背景とは。大高氏が、渾身リポートの一部を披露した。

 私は十数年前から、日本軍による強制連行説を世界に広めた「吉田清治」という人物に興味を持っていた。
 吉田証言については、現代史家の秦郁彦氏が、吉田氏が慰安婦狩りの舞台になったと証言した韓国・済州(チェジュ)島で現地調査を行い、1992年に産経新聞でその「虚偽性」を指摘している。
 吉田氏も96年に週刊新潮の取材に「創作話」であったことを認めている。
 安倍晋三首相も、自民党青年局長時代の97年5月27日、衆院決算委員会第二分科会で「そもそも、この『従軍慰安婦』につきましては、吉田清治なる詐欺師に近い人物が~」と指摘し、首相就任後の2007年3月5日、参院予算委員会でも「(吉田)証言はまったく、後にでっち上げだったことが分かったわけでございます」と答弁している。
 一連の批判に耐えきれず、朝日新聞は14年になって、ようやく吉田証言を虚偽と判断し、16本の記事を撤回した。
 本来ならここで終わる話だ。ところが、奇妙なことに吉田証言は生き続け、世界各国に次々と設置される慰安婦像の説明文に憑依して、国際社会で現在もなお増殖しているのだ。
 吉田証言を重要な証拠として採用し、国連人権委員会で日本への非難勧告を行ったクマラスワミ報告も、外務省の申し入れにも関わらず、いまだに撤回されていない。
 誤解を恐れずに言えば、吉田証言はプロパガンダとしては大成功だったのではなかろうか。
 だが、このプロパガンダを行った「吉田清治」という人物の来歴は、謎に包まれたままだった。生年も出生地も定かではなく、学歴も経歴も不明だ。そして、名前はいくつもある。さほど年齢も違わない朝鮮人を、何故か養子にもしている。
 一体、「吉田清治」とは何者だったのか?
 私は、その謎を解明したい衝動にかられ、吉田氏の長男を訪ねた。長男は関東北部の県で、質素な一人暮らしをしていた。最初の取材で、重たい口から発せられた言葉は、以下のようなものだった。
 「父が犯した慰安婦強制連行の捏造について、吉田家の長男として、日本の皆様に本当に申し訳なく思っております。できることなら、クレーン車で世界中の慰安婦像を撤去したい…」
 「父の責任は重大ですが、一方で、あれだけの創作話を父1人でできるはずがありません。慰安婦問題を既成事実化したい人々の何らかの関与があったはずです」
 それから、私は何度も長男のもとに取材に通った。そして、過去の記憶をたどるうちに、驚愕の事実が続々と明らかになってきた。
 「父は済州島なんか行っていません。家で地図を見ながら原稿を書いていました」「謝罪行脚のため訪韓した際、父のパスポートに入国スタンプは押されていませんでした。なぜなら…」
朝日新聞は、吉田氏の戦後の経歴を「サラリーマン」などと報じていたが、吉田氏は人生の大半は定職につかず、その生活費は息子たちが賄っていたという。著作、講演活動を繰り広げながら満足にお金を得ることもなく、生活は常に困窮していた。
 吉田氏は一体、誰のために、何のために活動してきたというのか?
 その謎を解くカギの1つは、吉田家と家族ぐるみで長期にわたって付き合いがあった、神奈川県警の元刑事A氏から教えてもらった。
 吉田氏は「朝鮮半島のある組織にお金を借りていた」というのだ。吉田氏の韓国謝罪行脚をテレビで見ていたA氏は「正直なところ、可哀そうだなと思いました。(略)痩せちゃっているし、おびえている姿そのものでしたよ…」と当時の印象を語っている。
 誰よりも吉田氏を知る長男の告白は、ジワジワと慰安婦問題の虚構の化けの皮を剥がしてゆくこととなろう。

■大高未貴(おおたか・みき) 1969年、東京都生まれ。フェリス女学院大学卒業。ダライ・ラマ14世や、PLOの故アラファト議長などにインタビューする。著書に『ISISイスラム国残虐支配の真実』(双葉社)など。
最新号「新潮45」のリポート「『吉田清治』長男、衝撃の告白 『慰安婦像をクレーン車で撤去したい』 慰安婦問題を作った男の肖像」では、吉田氏の長男など、関係者に徹底取材して、吉田氏の知られざる“正体”に迫っている。
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 次に英訳である。下記から英文の部分を転載させていただく。

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http://true-history2.jugem.jp/?eid=1560
Translation of an article of Evening Paper Fuji)

Concerning comfort women issue, a shocking report was released. The Asahi Shimbun left false testimonies by Seiji Yoshida, who claimed to "forcibly take comfort women away," more than three decades, and damaged Japan and Japanese honor and dignity. However, Miki Otaka, journalist, succeeded to interview with the oldest son of Yoshida in the Sept. issue of the monthly magazine "Shincho45." What are backgrounds of the oldest son who disclosed that "my father created boldly wrong history," and argued that "I want to remove comfort woman statues around the world with a crane truck," and Yoshida to whom involvement of an organization in the certain country is doubt. Otaka revealed a part of the report with all her might.

I have been interested in the person named "Seiji Yoshida," who spread the forcible taking away theory by Japanese forces around the world, for ten several years. Concerning Yoshida testimonies, Ikuhiko Hata, historian in the modern period, conducted a field survey in Jeju island, South Korea, where Yoshida testified the place of comfort women hunting. In 1992, he pointed its "falsehood characteristics" out on the Sankei Shimbun. Even Yoshida admired that it was "a fiction" in the coverage by the weekly magazine Shincho in 1996.

On May 27th, 1997 when he was a director, Youth Division of the LDP, Prime Minister Shinzo Abe also pointed out at the 2nd room of Audit Committee of the Lower House that "to begin with, concerning this [military comfort women], a person almost a fraud named Seiji Yoshida...." In addition, on Mar. 5th, 2007, after taking seat of prime minister, he answered at the Lower House budget committee that "later, (Yoshida) testimonies were proved to be completely forgery."

As it was impossible to endure series of criticism, in 2014, the Asahi Shimbun finally judged Yoshida testimonies as lies, and retracted 16 articles.
In principle, the story should've been closed here. However, Yoshida testimonies have continued to survive strangely, do satanophany in explanations of comfort woman statues being erected in various countries in the world, and are still multiplying even now in the international community.
In spite of requirement by Foreign Ministry, the Coomaraswamy Report -- that adopted Yoshida testimonies as important evidence, and issued a criticism advice against Japan at UNCHR -- has yet retracted too.
Saying without fear to be misunderstood, Yoshida testimonies may be a great success as a propaganda.
However, the origin of the person called "Seiji Yoshida," who performed this propaganda, is still unclear. Neither the age nor the birthplace is sure, and both the educational background and the career are unidentified. And he has many names. He adopted a Korean, whose age wasn't so different from his won, for some reason. On earth, who was "Seiji Yoshida?"
As I was driven by impulse to want to elucidate the mystery, I visited the eldest son of Yoshida. The eldest son lived alone in simple way in a prefecture in Northern Kanto region. The words given from his heavy mouth in the first coverage were as follows.
"Concerning the forgery of forcible taking away of comfort women my father did, as an oldest son of the Yoshidas, I'm really sorry for every and each Japanese. If possible, I want to remove comfort woman statues around the world with a crane truck...."
"Though my father's responsibility is serious, on the other hand, it was impossible for my father alone to forge such scale of fiction. There must be some kind of involvement by persons who wanted to make comfort women issue a fait accompli."
After that, I visit the oldest son many times to cover him. And, in following memories in the past, shocking facts were revealed one after another.
"My father never went to Jeju island. He was writing manuscript(s) while watching the map at home." "When he visited South Korea for the sake of an apology-pilgrimage, an entry stamp was not stamped my father's passport with. Because...."
Though the Asahi Shimbun reported that Yoshida's post-WW2 career was as "office worker," I heard that Yoshida didn't get a main occupation for almost his life, and sons served his cost of living. His life was always poor -- implementing writing and lecture activities but not to earn enough money. On earth, for whom and for what purposes Yoshida did activities?
I was taught one of the keys to solve the mystery by A -- former detective at the Kanagawa Prefectural Police, who was acquaintance with the Yoshidas including the whole family for a long term.
I was taught that Yoshida "borrowed money from an organization in the Korean peninsula." When watching an apology-pilgrimage in South Korea by Yoshida on TV, A talked an impression at that time that "honestly say, I though sorry for him (...) (He) became thin, and it was just the figure being frightened."
The confession by the eldest son, who knows Yoshida more than anyone else, will blow comfort women issue's fictional cover gradually.

Miki Otaka
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 歴史認識・教育の是正に取り組んでいる藤岡信勝拓殖大学客員教授は、本年9月スイス・ジュネーブの国連欧州本部で開かれた人権理事会で、慰安婦問題について発言した。
https://www.youtube.com/watch?v=UgIJtaoeDdU
 わずか2分間の短いスピーチだが、藤岡氏は、その中で上記の吉田清治氏の長男の発言を紹介した。スピーチの要点は次のとおりである。

(1)国連は慰安婦問題について間違った情報を得ていた。
(2)「慰安婦=性奴隷」との認識を決定づけた1996年のクマラスワミ報告書は、その間違った情報をもとに作られた。
(3)クマラスワミ報告書に大きな影響を与えたのは、吉田清治氏が書いた『私の戦争犯罪』という本だが、著者も著者の息子も後日、本に書かれていることが嘘であることを認めている。
(4)しかし、この「慰安婦=性奴隷」という間違った認識は、国連を通じて世界に広がった。
(5)米国等の諸国に慰安婦の像や碑が建てられ、日本人や日系人の子供がいじめられたり、差別されている。安倍晋三首相に「保護してほしい」という嘆願書が出されている。
(6)国連は、日本に再度、特別報告者を派遣して、慰安婦問題の再調査をしてほしい。

 藤岡氏の簡潔だが、絶妙なスピーチが、慰安婦問題に関する世界的な誤解を解いていくきっかけになることを、心から願う。
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