仮 定 さ れ た 有 機 交 流 電 燈

歴史・文化・環境をめぐる学術的話題から、映画やゲームについての無節操な評論まで、心象スケッチを連ねてゆきます。

物語研究会ミニ・シンポジウム:うれしい出会いは久しぶり

2008-03-18 03:12:49 | 議論の豹韜
15日(土)は、モノケン・シンポの当日。朝まで完徹でなんとかレジュメを仕上げ、妻に印刷とホチキスどめを手伝ってもらって家を飛び出した。翌日も早朝から大学新聞の取材が入っていたので、最初は東京に泊まることも考えたが、その準備もできない切迫した状態だった。電車のなかでレジュメを見なおし、12時少し前には御茶ノ水に到着。15分に明治大学近くの喫茶店で高木さんたちと待ち合わせをしていたのだが、「まだ時間はある」と、このところご無沙汰していた東方書店まで足を伸ばした。速攻で『中国研究集刊』の最新号を購入、湯浅邦弘さんによる古代兵法研究の新刊にも手が伸びかけたが、古本屋に出回るまで...ととりあえず我慢。走って打ち合わせ場所に駆け付け、パネリスト、コメンテーターの方々とご挨拶。皆さん初対面の方ばかり、おまけに歴史学者はぼくひとりなので(いつものことだが)、やや緊張する。しかし、ほとんどコーヒーを飲みながらの雑談となってしまい、さしたる段取り確認もなく会場への移動となった。

コーディネーターの高木信さんによる趣旨説明(これがなかなかお腹いっぱいの提言だった)のあと、トップバッターは一柳廣孝さん。「幽霊」から「心霊」への言葉の変化を、世界大戦という極限的な社会不安を背景に、科学による霊現象の補完という視点で描ききった。心理学や精神医学によってオカルトの真偽が判定されるなか、常に「知人が空間を超えて現れる」(夢枕に立つ、虫の知らせなど)が注目されているのが面白かった。ぼくも「霊が身近な人のもとに戻ってくる」ことの構築過程を扱っていたので、この点で、一柳さんともう少し意見交換ができればよかった。
樋口大祐さんの報告は、『平家物語』『太平記』を核に、怨霊史観の展開と衰退を跡づける緻密な内容。『太平記』では、事件の多様性や核の拡散によって、怨霊による説明付けが追い着かなくなるという議論は興味深かった。近親のもとに訪れる亡霊は、デリダのいう「亡霊」とは少し文脈が違うのではないか、という指摘はぼくも共有している。
ぼくの報告は、当初の予定よりかなり矮小化し、睡虎地秦簡の「詰」にみる死霊の現れ方・撃退の仕方を分析しながら、祭るべき祖先と撃退すべき厲鬼との境界線の揺れ、祭祀すること/排除することと歓待との関係を問う内容となった。近親者は死者を内部化しようとする欲求が強いので、亡霊的なものはむしろ言語化・内部化されやすく、「怨霊」/「仏」の両極端に回収されてしまう。むしろ近親性を超えたところ、歓待/排除の二項対立が意味を失ったところに、死者の主体が成立しうるのではないかと考えたが、説明不足もあってうまく伝わらなかったようだ。聴いてくださった方々の多くには、「すべては結局共同体に回収される」という印象を与えてしまったらしい。ぼくはただ、共同体の対立項として「個」を理想化するのも間違いだと思っているだけだ。二項対立を作り出す思考自体を問題化してゆくのは、ぼくの一貫したスタンスである。
長島弘明さんは、数多ある怪談と『雨月物語』との相違点を、〈ことばの力〉という印象的なキーワードでまとめた。以前から近世怪談には関心があり、前に書いた喰違の一件も含め素人研究を始めているが、ハッと気づかされる視点であった。
最後に、コメンテーターの中丸さん・西野さんが、それぞれ内容的部分、方法論的部分について論評を加え、フロアーも交えての討論となった。ぼくの報告が冗長だったせいもあり(一向に改まらないなあ。ゼミ生には時間厳守だ!と怒っているのに)、予定より時間がずいぶんと短縮されてしまい、中丸さん・西野さん、高木さんには大変な迷惑をかけてしまった。さぞやまとめづらかったでしょう、ごめんなさい。討論ではやはりデリダの「亡霊」概念(しかし、意外にも方法論、思想的なところではあまり大きな議論にならなかった)、個々の細かな論点が検証された。個人的には、三田村雅子さんから、折口の鎮魂論との関係でいただいた質問がいちばんためになった。一昨年の特講で「死者の書」を神仏習合の視点から詳しく分析したが、折口にはやはり悲哀と憎悪に揺れる怨霊を癒し、解放する〈救済〉のベクトルが強い。今回の報告では、その〈救済〉自体が本当に死者主体で語りうるものなのかを問題にしたかった。ぎこちなく回答している間に、寝不足で混乱した頭も整理され、「そうそう、そういうことがやりたかったんですよ」とひとり納得してしまった。

シンポ終了後はもちろん懇親会。物語研究会は初めての参加だったので、今まで多大な学恩はいただいてきたもののお会いしたことのなかった方々、先ほどの三田村雅子さん、深澤徹さんらとお話できたのはありがたかった。三田村さんは、このブログも時々みてくださっているとかで、本当に恐縮してしまった(うぅむ、これからは滅多なことが書けない)。静岡から駆け付けてくださった小二田さんともお会いすることができた(なかなかにワイルドな風貌に、ブログからも痛いほど伝わる繊細さ、ナイーヴさの醸し出されるひとでした)。以前ふの会や方法論懇話会で一緒に勉強した、助川幸逸郎さんとも本当に久しぶりに言葉を交わした(ぼくのモノケンのイメージは、多分にこの人に拠っている。それゆえに恐ろしいのかも知れない)。大妻の深澤瞳さん、京都の米村仁君も顔を出してくれていた。もちろん、一柳さん、樋口さん、長島さん、中丸さん、西野さん、高木さんも素晴らしかった。
高木さん、誘ってくださって本当にありがとうございました。またこの人たちと仕事がしたい!と強く感じたが、今回の報告は論文化しなければいけないという...。やはり〆切はなくならないものなんだなあ(3月で長く続いた〆切地獄からもついに解放されると思ったら、この1ヶ月で3つも原稿依頼が増えたのだった)。それにしても、久しぶりに「うれしい出会い」のたくさんあった一日だった。
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Unknown (よねむら)
2008-03-19 13:41:03
先日はお疲れ様でした。
今回行われた議論の内容は、私がこれからやって行きたいと考えている学問に繋がる事でありますので、とても刺激的で勉強になった一日でした。

30日には京都へいらっしゃるという事なので、その時にまたお会いできればと思います。
よろしく (ほうじょう)
2008-03-21 09:14:17
土曜はお疲れさまでした。会としての大きな場において、あれだけ普通にデリダだフーコーだと議論ができるのは、文学・歴史学関係では物語研究会だけでしょうね。貴重です。

30日は日帰りになると思いますが、またよろしく。

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