ちいさなさえずり

柏崎と刈羽の現在の鳥を柏崎の人が柏崎から発信していく。

柏崎海岸 漂着ゴミ

2017-06-15 05:29:10 | 柏崎景色

 柏崎の冬の浜を歩き始めたのは1960年代からです。70年代の中頃まで続けましたが、転勤したこともあり、数10年間浜歩きはできませんでした。そして、最近歩き始めました。といっても、本格的に歩き始めたのはここ1~2年です。

 今も、半世紀前も家庭用の漂着ゴミが多いのは同じです。今のようなペットボトルはありませんでしたが、中性洗剤の空ボトルは多かった記憶があります。半世紀前は、ゴミは分別して決められた場所に出す、という意識もありませんでした。ゴミは捨てないで、ゴミ箱に入れましょう、というのが一般的な意識だったと思います。公園や観光地などにはゴミ箱が設置されていて、“ゴミは持ち帰りましょう”、というような標語もなかったと思います。川の上流部の橋から、家庭のゴミを捨てる人を何度も見ましたし、船上から大なゴミを捨てる船員も同じように何度も見ました。それらも漂着ゴミの一部になるのでしょう。

 初めの頃の漂着ゴミは、日本語表記が多かったのです、間もなくハングル文字やロシア語のプラスチック容器が多くなりました。日本語表記より前出の2か国語表記が圧倒的になりました。当時も、国により公徳心に差があることが言われていました。しかし、現在は、この2か国語表記は少なくなりました。公徳心の向上か、制度によるものか、はたまた経済状況がそうさせたのかは分かりませんが。

 最近は、漁具が多いように思います。網であったり、引綱であったり、目印用のブイも多いです。明らかに定置網の残骸と分かるようなものもありますが、漁具については別途まとめて写真を載せられたらと、思っています。それより、最近は家庭用のゴミが再び増えているように思います。ゴミの有料化も一因なのかもしれません。食べものの入れ物や残飯、使用済の日用品などが入ったレジ袋そっくりそのまま漂着しています。布団や子供さんのおもちゃ、赤ちゃん用品などもありました。海岸のみならず、鵜川や鯖石川の河口などにもあります。山林からの落ち葉や萱なども多いです。萱は、アシやススキなどの枯れ茎の総称という意味です。落ち葉も萱も、かつては里山の送り物として、人々が有効に肥料、燃料、生活用品などに利用していたものです。しかし、現在はそれに代わる物ができて、捨てられるようになったのでしょう。

 今回は、漂着ゴミの一部を紹介します。撮影月日は、特に記載しませんが、全部ここ2~3年以内のものばかりです。海岸の漂着ゴミも柏崎の景色の一部です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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