ごっとさんのブログ

病気を治すのは薬ではなく自分自身
  
   薬と猫と時々時事

賢い猫 ミカン

2015-03-31 10:11:56 | 
昨日のキジタローの記事の中に、いろいろ世話したミカンに触れました。もう亡くなってしまいましたが、いろいろ思い出の多い猫でした。
ミカンがどういう経緯で家の猫になったかは、よく覚えていません。目が鮮やかな金色で、ミカンのような色ということでミカンという名前になりました。中に入れてしばらくは、1階の和室に閉じ込めておいたのですが、2,3日ですべての障子に登り、びりびりに破いてしまったネコでした。ネコとしては賢い方で、何か悪いことをしそうなときに、「ミカン!」と声をかけると動きを止めてやめてしまいました。

この猫も自由に外に出していたのですが、ある日ちっとも帰ってきません。散歩がてら近所を歩いていると、ミカンの鳴き声が聞こえます。探してみると、よそのうちの2階のベランダから降りられなくなったようです。ところがその家が空き家で、出してもらうことができず、家から脚立を持ってきてやっと捕まえたというようなこともありました。ミカンは紙破りが好きで、油断すると新聞を破かれてしまうのですが、怒った後はしっかりやめて、破りたくなるとそばで待つようになりました。そういう時はいらない広告などを渡すと、はじから破いて楽しんでいました。そのうち家の中のボスネコになり、ほかの猫の面倒も見るようになりました。

家に来てからかなりデブになり、6Kg以上となったのですが、少しやせたような気がして体重を計ってみると、5Kgまで減っていました。慌てて獣医さんに連れていくと、腎機能がかなり悪くなっており、尿毒症の一歩前という診断でした。残念ながら猫の腎臓病は、治療方法がありません。食欲も落ちてきますので、少し高い餌を与えたりしていました。それでも外に出たがるのですが、やや不安なため私も外に出てみたところ、私の後をついて歩くことがわかりました。ミカンが初代散歩猫になったのです。天気の良い日は、ミカンを連れて家の近所を1周するというのが日課のようになりました。1,2回よその庭からどこかに行ってしまうということがありましたが、ほとんど問題なく散歩していました。

しかしに徐々に体が弱ってきて、最後のころは3軒先まで行くと歩けなくなり、うずくまってしまうようになりました。このころは少しでも楽になるようにと、自宅で毎日皮下点滴をしていたのですが、これもあまり嫌がらなくなってきました。まだそれほど老猫にならないうちでしたので、覚悟はしていましたが、本当に残念でした。

その後も新しい猫が入ったりしていますが、ミカンほどの猫は現れていません。
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家のおおネコたち

2015-03-30 10:35:18 | 
ずいぶん前になりますが、家の猫の中でコブンの紹介をしました。今日はその続きで、一番のおおネコになったキジタローです。写真は、家に入ってから1か月ほどで、まだまだ子猫のころのものです。
もう7,8年前のことですが、その頃も野良猫に庭で餌をやっていました。野良猫といっても毎日餌を食べに来るし、家の近所をうろうろしているので、家の外猫という方が正しいようです。窓から何気なく外を見ると、小さな黒いかたまりが餌を食べており、外猫は横で待っています。この猫の習性も面白いのですが、大人猫たちは子猫には非常にやさしく、すべてを譲ってしまうようです。食べるものはもちろん、猫じゃらしのような遊ぶものまで、子猫がいると大人猫は手を出さず待っています。どのネコでも同じですので、ネコ社会のおきてなのかもしれません。

この子猫を捕まえたところ、2,3か月の子猫でした。完全な野良猫のようで、中に入れても隅に縮こまり、近寄るとシャーシャー威嚇するばかりです。家では少し前に黒猫のクロタローという猫が死んでしまいましたので、この猫は中で飼うことにして、2代目クロタローで、キジタローという名前にしました。
そのころ家にはミカンという名の猫がいましたが(若くして腎不全で亡くなりました)、この猫が非常に面倒見がよく、キジタローをなめてやったりすると、キジタローもすぐに慣れ、ずっと一緒に過ごすようになりました(写真)。

キジタローの係りはミカンに任せていたので、あまり小さいころの記憶がありません。ただ人にもすぐに慣れ、抱いてやると、親指とひとさし指の間の軟らかいところに吸い付き、ちゅぱちゅぱとおっぱいを吸うことが好きでした。この癖は今でも残っており、膝に乗ってくると、指の間に吸い付きます。

やはりこのくらい小さい時から、十分の餌で育つとどんどん大きくなるようで、今では7.2Kgという家で一番大きな猫になってしまいました。それほどデブではないのですが、体全体が大きく、その割には高いやさしい声で、顔に似合わない声の猫になりました。ところが蚤の心臓のようで、誰か人が来ると脱兎のごとく2階に駆け上がり、シッポしか見たことのない猫になっています。寒い時期は、夜寝る時に私のベッドに上がり、布団の上から寄りかかってきます。もう一匹が反対側に来ると、寝返りが打てなくなり目が覚めてしまうことがよくあります。やっと暖かくなり、寝ているときもこの7.2Kgのおもりから解放されそうです。
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救命医療のこれから

2015-03-29 11:09:40 | 健康・医療
昨日のブログで、病院がどこも老人であふれており、延命治療はできるだけやめるべきといういうようなことを書きました。ついでですので、現在の医療についての、私の感想を書いてみます。
私の母は子供のころポリオ(小児麻痺)にかかり、右足にまひが残った障害者で、爪に松葉づえを使用していました。私は物心ついてから50年以上一緒に過ごしてきましたので、この状態が当然のことで、母と一緒の時は介護をするのが当たり前のことでした。
私が結婚した後も、母は障害者の会など旅行に出かけ、私も付き添いとして出ることもよくありました。
こういう時は、手助けをしようとしてくれる親切な人が多いのですが、残念ながらどうすればよいのかを分かっている人はほとんどいませんでした。障害者の介助は、プロでないとなかなか難しいのが現状です。母は軽い障害(身体障害者3級でした)でしたが、それでも家族の負担はかなり大変でした。

こういった経験から、障害者をなるべく減らす医療が必要と考えています。しかし残念ながら現在の医療システムは、救命を重視していますので、障害者が増加する方向に進んでいます。例えば、医療の進歩によって、少し前ならば助からないような未熟児でも救命できますし、事故などで重傷を負っても助かります。また脳卒中なども早ければ助かるようになってきました。その代り後遺症が残り、障害者が増加することになります。これは無理な注文なのですが、単に救命するだけではなく、その後の後遺症の面倒も見てくれるようなシステムが一体となることが必要だと考えています。

この点から出生前診断は、大いに進めるべきです。命の選別などという人がいますが、障害者と暮らすことの大変さをわかっていないのであれば、単なる無責任な発言と思います。

現在の医療は素晴らしく、知人で脊髄損傷を受け、首から下がマヒしてしまった人が、その後のリハビリによって車いすで生活できるようになったという例もあります。私の母も、友人の整形外科医から義足の作成を進められ、もう少し若かったら松葉づえの不要な生活を送れたかもしれません。こういった障害を克服する方向の医療の進歩も進んでいますので、必ずしも障碍者が増えるというわけではないかもしれません。それでもやはり、救命は治癒を前提したものであるべきと考えています。

またタイトルとやや論旨がずれてしまいましたが、医療費増大に悩む現在は、考えなくてはいけないことがあまりにも多いような気がします。

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病院はどこも老人病院なのか

2015-03-28 10:12:53 | 健康・医療
先日知人のお見舞いに行ってきました。もう80近いのですが、非常に元気だったのに、風邪をこじらせ肺炎になってしまったようです。
病院は市内では大型の高度医療なんとか指定病院でしたが、その呼吸器病棟に行きました。もうかなり元気になっており、すぐに退院できるようでした。病室も4人部屋でかなりゆったりしており、それほど新しくはないのですが、きれいに保たれていました。

ベットも満員のようでしたが、入院患者はみな寝たきりに近いような老人ばかりで、知人も話し相手もいない状況のようです。本来この病院は高度の医療技術を売りにしているはずが、寝たきり老人の介護施設のようになっていました。老人医療の問題は、このブログでも取り上げましたが、現場を見てみると本当に何とかしないといけない時期に来ているような気がします。国は在宅看護を進めようとしているようですが、現状ではあまりに家族の負担が大きく、また老々介護にならざるを得ない状況では、かなり難しいような気がします。
10年ほど前ですが、私の母もこの病院で8か月お世話になりなくなりました。その時介護と看護のみする(治療はしない)老人病院への転院を考え、いろいろ話を聞きに行きましたが、かなり高価になるうえ絶対数も少ないようです。

一つの方策は、延命治療をやめることだと思います。家族にしてみれば、一日でも長く生きてほしいという思いはあるのだと思いますが、医者が家族を説得するくらいの方向が必要だと思います。現在の医療技術は、自然に任せれば2,3か月の命を1,2年まで延ばすことができます。これが本当に必要かという点で、疑問を持っています。若い人であれば、かなり重篤な状況になっても、延命することで治癒できて元気になる可能性はあります。しかし老人は、延命したとしても単に生きている時間を延ばすだけでしょう。たぶん医療費に占める延命治療の費用は、莫大なものになっているはずです。特に老人医療費は、いろいろ批判はありますが、基本的に多くの税金と保険料で賄っており、医療費増大の最大の原因となっていると思われます。

たぶんこのためには、とにかく命を救うを最優先にしている、医者の意識改革が必要なのかもしれません。危篤の患者さんをいかに救うかは、確かに重要な問題です。しかし時と場合によっては救命が最善の方法ではないような気もします。
私も高齢者の仲間入りをして、そろそろ現実の問題となりつつありますが、延命治療などせず自然のままに命を全うしたいと考えています。
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花が増えてきました

2015-03-27 10:16:19 | 自然
先日家の庭がハナダイコンの花でいっぱいになったことを書きました。それより少し遅れて咲き出すのが、写真の白い花です。この花の名前の検索は割と簡単にできました。この花は細い葉が出ていますが、それからやや刺激的なにおいがします。そのあたりから調べたところ、「ハナニラ」という植物であることがわかりました。にらとなっていますが、食用のにらとはかなり違った植物のようです。面白いのは、ハナダイコンが咲いている部分とハナニラはきれいに分離しています。どうも植生というのは、こういう感じになり混ざって咲くことはにような気がします。この花の時期が終わった時草取りをしないといけませんが、このまま放置すると外からみて、廃墟のようになってしまうためです。草取り作業をしてみると、雑草でも比較的きれいに生えている場所が異なっているような気がします。

なぜこのような植生になるのか、昔からやってみたいことがありました。これは仮説として、先に発芽した植物が、ほかの植物の発芽抑制物質を出しているのではないかということです。そうであれば、ひとつの植物が生えているところに、ほかの植物が混ざらないことが説明できそうです。まあいろいろと考えられますので、あくまでも一つの仮説ですが、これはぜひ追求してみたいことです。もし本当に発芽抑制物質が見つかれば、これはいわば天然の除草剤で、全く無害の物となります。また次に違った植物が出てきますので、作用時間も短く環境汚染も全くないはずです。

やや専門的になりますが、こういったものは化合物ではなく、特殊なタンパク質である可能性が高いと思われます。この考えを思いついたのは、元の会社を辞めた後だったので、具体的に調べてみることはできませんでした。こういった実験システムについては、割と簡単にできそうな気がしますが、なかなか自宅でやってみるというのは難しく、あきらめています。まあもともと仮説が間違っている可能性は高いのですが。

このように、発芽した植物が発芽抑制物質を出して、ほかの植物の芽が出ないようにするのではというのは、単なる妄想に近いのですが、それを検証してつぶしていくというのが我々の仕事とも言えます。しかし若ければやってみたいのに、といった考えは歳を取ったから出てくるのかもしれません。
それでも自然の中には、まだまだよくわからい現象がいくらでもあるような気がしています。
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