ごっとさんのブログ

病気を治すのは薬ではなく自分自身
  
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あの震災・津波からもう6年

2017-03-13 10:46:24 | 時事
早いものであの大震災からもう6年もたってしました。まだ避難生活をしている人が12万人以上もおり、福島原発事故のために避難している人も5万人以上とされています。

昨年もこの時期大震災のことを書きましたが、もう一度記憶を新たにします。6年前の3月11日は私はまだ市内の研究所に勤務していました。あの地震があった時はちょうど実験室からオフィスに戻ったところでしたが、7階建てのビルの5階でしたのでかなり大きな揺れになりました。

とりあえず机の横につってあるヘルメットをかぶりましたが、大きな揺れがなかなか納まりません。皆自分の机のそばに立っているだけで何もできずにいました。かなり長く感じましたが、こういう時はいろいろ考えても何もできないようです。

オフィスの中は非常に不安定なものが若干床に落ちた程度で、ほとんど被害はなかったようです。私はすぐに別棟の2階の実験室に様子を見に行きました。ドラフトの中の実験装置は無事に回っており、若干油浴のオイルがこぼれた程度でした。ただし器具が床に落ちたということは無かったのですが、水浴の水がこぼれその周りは水だらけになっていました。

そのうちこの実験室を使っているメンバーも集まり、皆で点検して回りましたが危険があるような被害は出ていませんでした。そのうちに全員外の庭に集まるよう放送があり、人の点検がありましたが、特に問題はなく解散しました。

私は実験室に戻ったのですが、その時また大きな揺れが来ました。実験室内だと置いてあるガラス機器などがガチャガチャ音を立て、かなり危険な感じです。これもかなり長く感じましたが、特に問題は出ませんでした。そこにいる仲間と話し合い、この状態では実験を続けるのは危険だということで、すべての実験を中止し電源を切っていきました。

研究所全体では棚からものが落ちたりする程度で、それほど大きな被害は出なかったようです。私は1回目の大きな揺れの直後かみさんに電話しましたが、この時はうまく通じかみさんの無事も確認できて一安心でした。

確かこの時はいろいろ点検が終わったら帰宅しても良いということになり、早めに車を出した気がします。途中片側2車線の国道を横切るのですが、この信号が消えておりかなり怖かった記憶もあります。その後信号はついていましたが、家の近くの信号がまた消えており、これでは自宅も停電かと思って帰りましたが、まわりにほとんど灯がない割には自宅は停電になっていませんでした。

家に帰ってからやっと東北に被害が多く、特に津波の中継を夜までずっと見ていました。このように私の周りではこれといった被害は出ませんでしたが、自然の力の恐ろしさを十分に感じた大震災でした。
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