313)L-カルニチンとアセチル-L-カルニチンの新たな抗がん作用:ヒストンアセチル化作用

図:クロマチン構造中でDNAが巻きついているヒストンというタンパク質のアセチル化(アセチル基が付くこと)は、p21cip1のような細胞周期の進展を阻害する遺伝子の発現を高めることによってがん細胞の増殖を抑える作用が報告されており、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤はがんの治療薬として注目されている。L-カルニチンにヒストン脱アセチル化酵素の阻害作用が報告されている。さらに、L-カルニチンにアセチル基がついたアセチル-L-カルニチンはヒストンのアセチル化のアセチル基の供給源となっていることが報告されている。L-カルニチンは細胞内でアセチル-CoAからアセチル基をもらってアセチル-L-カルニチンに変換される。アセチル-CoAはブドウ糖(グルコース)や脂肪酸の代謝によって生成され、TCA回路でさらに代謝されるが、一部はタンパク質のアセチル化などにも利用されている。L-カルニチンはサプリメントとして販売され、副作用はほとんど無い。がん治療にもっと利用されてよいサプリメントと言える。

313)L-カルニチンとアセチル-L-カルニチンの新たな抗がん作用:ヒストンアセチル化作用

【L-カルニチンは長鎖脂肪酸をミトコンドリアに運ぶ】
L-カルニチンは生体の脂質代謝に関与するビタミン様物質です。L-カルニチンは脂肪酸と結合し、脂肪酸をミトコンドリアの内部に運搬する役割を担っています。
脂肪酸を燃焼してエネルギーを産生する際には、脂肪酸を燃焼の場であるミトコンドリアに運ばなければなりません。中鎖脂肪酸(炭素の数が8〜12個)の場合は直接ミトコンドリアに入ることができますが、長鎖脂肪酸(炭素数が13以上)の場合は、L-カルニチンが結合しないとミトコンドリアの中に入ることができません(下図)。

L-カルニチンはヒトの体内で合成されます。カルニチンの合成には2つの必須アミノ酸(リジン、メチオニン)、3つのビタミン(ビタミンC、ナイアシン、ビタミンB6)、還元型鉄イオンが必要で、これらの栄養素の一つでも不足すればカルニチンは不足することになります(下図)。

通常、体内に存在するカルニチンの75%は食事由来で、体内で合成されるのは25%程度です。L-カルニチンの合成は肝臓、腎臓、脳でのみ起こります。心筋細胞や骨格筋は脂肪酸の酸化によって主なエネルギーを得ていますが、カルニチンを合成できないため、血液中のカルニチンを取り込んで利用しています。筋肉中には体内の約95%のカルニチンが蓄積されており、筋肉中のカルニチンの濃度は血中の70倍以上と言われています。
食事性カルニチンの主な供給源は肉類と乳製品であり、穀類、果物、野菜にはほとんど含まれていません。体内で合成されますが、がんの治療で体力が消耗したり、栄要素が不足するとL-カルニチンの欠乏がおこり、細胞内でのエネルギー産生が低下します。抗がん剤治療中には、腸粘膜の障害で食事性カルニチンの吸収が低下し、肝臓や腎臓機能のダメージで体内での合成が低下し、尿中の排泄も増えることが指摘されています。
がんの代替医療では菜食主義を徹底する治療法もありますが、肉や乳製品を完全に排除する食事はカルニチンの不足を引き起こしやすくします。しかし、肉や乳製品の過剰摂取はがんの進行を促進する可能性もあるため、サプリメントでの摂取は有用です。
L-カルニチンは体脂肪の燃焼を促進することで、ダイエットのサプリメントとして人気がありますが、細胞のエネルギー産生を高める効果があるので、様々な病気の治療にも応用されています。がん治療においても、抗がん剤治療による倦怠感や抑うつ気分を軽減する効果が報告されています。
抗がん剤治療中をはじめ、がん患者が訴える倦怠感や体力低下に、体内でのL-カルニチンの不足の関与が指摘されています。カルニチンの不足は脳でのエネルギーの枯渇を引き起こし、抑うつ気分や思考力の低下の原因にもなります。
L-カルニチンが抗がん剤治療中の倦怠感や抑うつ気分を改善するという臨床報告があります。例えば、イタリアのUrbino病院の研究では、抗がん剤治療を受けた後、倦怠感を訴えた30人を対象に、L-カルニチンを1日4gを 7日間投与したところ、26人(87%)の患者で倦怠感が軽減しました。
抗がん剤のアドリアマイシンの心臓へのダメージをL-カルニチンが軽減したという報告もあります。シスプラチンによる腎臓障害を防いだり、タキソールによる神経障害を軽減する効果も報告されています。
筋肉量を増やす作用や抗炎症作用(炎症性サイトカインの発現抑制)や抗酸化作用があるので、進行がんでのがん性悪液質における筋肉量減少や体力低下や倦怠感の改善に有効であることが多くの研究で報告されています。

【L-カルニチンはヒストンのアセチル化を促進する】
L-カルニチンは上記のように、長鎖脂肪酸をミトコンドリアへ運ぶのが主な作用ですが、最近の研究で、「L-カルニチンはヒストンのアセチル化を高めて、がん細胞の増殖を抑制する」ことが示されています。以下のような論文があります。

L-Carnitine Is an Endogenous HDAC Inhibitor Selectively Inhibiting Cancer Cell Growth In Vivo and In Vitro(L-カルニチンは内因性のヒストン脱アセチル化酵素の阻害剤で、生体内(in vivo)および試験管内(in vitro)でがん細胞の増殖を選択的に阻害する)PLoS One. 2012; 7(11): e49062.
【要旨】
L-カルニチンは、一般的には、脂肪酸を分解してクエン酸回路でATPを産生するために、長鎖脂肪酸のアシル基をミトコンドリアのマトリックスに運搬する役目が知られている。がん細胞ではATP産生は主に細胞質での解糖系に依存しているというワールブルグの理論に基づいて、我々は、L-カルニチンをがん細胞に投与すると細胞代謝の調節に異常を来して細胞死を誘導するのではないかと予想した。この研究では、ヒト肝細胞がん細胞株のHepG2とSMMC-7721と、胸腺細胞の初代培養、HepG2を移植したマウスを用いた。ATP量はHPLC(高速液体クロマトグラフィー)法にて測定した。細胞周期はフローサイトメトリーにて、細胞死と生存率はMTSにて測定した。遺伝子、mRNA発現、タンパク量は、それぞれgene microarray、real-time PCR、ウェスタンブロット法にて測定した。ヒストン脱アセチル化酵素の活性とヒストンアセチル化の状態は試験管内および培養細胞にて測定した。L-カルニチンとヒストン脱アセチル化酵素の分子レベルでの相互作用はCDOCKER protocol of Discovery Studio 2.0にて行った。
以上の実験にて、以下のことが明らかになった。
(1)培養細胞および移植腫瘍を使った実験系でL-カルニチンはがん細胞の増殖を選択的に抑制した。
(2)L-カルニチンの投与によって、がん細胞においてがん抑制遺伝子のp21cip1遺伝子の発現を選択的に高めたがp27kip1の発現は高めなかった。
(3)L-カルニチンは正常胸腺細胞とがん細胞の両方において、ヒストンのアセチル化を高め、アセチル化したヒストンの量を増やした。
(4)L-カルニチンはヒストン脱アセチル化酵素IとIIの活性部位に結合することによってこの酵素の活性を阻害し、ヒストンのリジンのアセチル化を高めた。
(5)L-カルニチンはp21cip1遺伝子の部分のクロマチンのアセチル化ヒストンの量を増やしたが、p27kip1遺伝子のクロマチンのアセチル化ヒストンの量には影響しなかった。
これらの結果は、L−カルニチンは脂肪酸のアシル基をミトコンドリアに運搬する役目の他に、ヒストン脱アセチル化酵素の内因性の阻害剤としても作用していることが示され、その生理的および病的意義の重要性が示唆された。

人間の1個の細胞の核には、約30億対のヌクレオチドからなるDNA(デオキシリボ核酸)が格納されています。このDNAが遺伝子の本体です。細胞核内では、DNAはヒストンという球状の蛋白質複合体に巻き付くような状態で存在します。ヒストンはリシン(リジン)やアルギニンといった塩基性(プラスの電荷をもつ)のアミノ酸が多く、酸性(マイナスの電荷をもつ)のDNAと強い親和性を持っています。ヒストンは、長いDNAをコンパクトに核内に収納するための役割と同時に、遺伝子発現の調節にも重要な役割を果たしています。ヒストンによる遺伝子発現の調節は複雑ですが、簡単にまとめると、「ヒストンとDNAの結合は転写に阻害的に働く」ということです。遺伝子が転写されるためには、転写因子やRNAポリメラーゼなどの他の蛋白質がDNAに結合する必要があり、ヒストンが結合していると転写に邪魔になります。したがって、転写の活発な遺伝子の部分ではヒストンとDNAの結合が緩くなっています。
DNAとヒストンの結合を緩くする機序として、「ヒストンのアセチル化」という現象があります。アセチル化というのはアセチル(CH3CO)基が結合することです。
ヒストンのN末端領域のリシン残基のアミノ基(-NH2)がアセチル化という修飾を受けるとアミド(-NHCOCH3)に変換し、リシン残基の塩基性が低下して酸性のDNAとの親和性が無くなり、DNAからヒストンが離れ、DNAが露出することになります。
一般的に、ヒストンが高度にアセチル化されている領域の遺伝子は転写が活発に行われていることを示しています。すなわち、ヒストンのアセチル化は遺伝子発現を促進(正に制御)し、 反対に、ヒストンが脱アセチル化(低アセチル化)されることにより遺伝子発現は抑制(負に制御)されると考えられています。

ヒストンのアセチル化と脱アセチル化の反応は「ヒストンアセチル基転移酵素(=ヒストンアセチルトランスフェラーゼ)」と「ヒストン脱アセチル化酵素(=ヒストンデアセチラーゼ)」によってダイナミックに制御されており、遺伝子発現のON/OFFのメインスイッチになっていると考えられています(下図)。

 

このように、ヒストンのアセチル化などによって遺伝子発現を調節する現象を「エピジェネティクス(epigenetics)」と言います。

がん発症の原因は,がん遺伝子やがん抑制遺伝子の変異,すなわち塩基配列上の変化が蓄積し,細胞増殖,接着,細胞死などの制御が異常になることによると考えられています。さらに、遺伝子の塩基配列の変化を伴わない遺伝子の発現異常,すなわちエピジェネティックな変化も発がんに大きく寄与していることが近年明らかになってきました。このようなエピジェネティックな変化の中で、遺伝子発現の活性を調節するヒストンアセチル化は重要な役割を果たすと考えられています。
P21cip1は細胞周期の進行を担うサイクリン依存性キナーゼ(CDK)の活性を抑制するインヒビターの一つで、細胞増殖の停止、分化や老化に関わっており、がん抑制因子として捉えられています。ヒストン脱アセチル化酵素(histone deacetylase)の阻害は、本論文のようにp21cip1のような細胞周期の進展を阻害する遺伝子の発現を高めることによってがん細胞の増殖を抑える作用が報告されており、ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤はがんの治療薬として注目されています。

【アセチル-L-カルニチンはヒストンアセチル化のアセチル基を供給する】
アセチル-L-カルニチン(Acetyl-L-Carnitine)はL-カルニチン(L-Carnitine)にアセチル基(CH3CO-)が結合した体内成分です。

体内のL-カルニチンのうち約1割はアセチル-L-カルニチンの状態で存在しています。アセチル-L-カルニチンは、血液脳関門を通過して脳内に到達しアセチルコリン量を増やします。つまり、アセチル受容体であるコエンザイムA(CoA)にアセ チル基を転移させてアセチルCoAを生成させ、さらにそれがコリンに受け渡され、最終的にアセチルコリンが生成します。

アセチルコリンは副交感神経や運動神経の末端から放出される神経伝達物質で、アセチルコリンの減少はアルツハイマー病との関連が指摘されています。
実際に、アセチル-L-カルニチンはアルツハイマー病初期症状の改善や進行を遅らせる効果が報告されています。高齢者の気分変調や抑うつ症状を軽減する効果や、認知能や記憶を改善する効果も報告されています。
アセチル-L-カルニチンは細胞内でL-カルニチンに変換するので、L-カルニチンと同じ効果(脂質の燃焼促進)があります。
さらに、アセチル-L-カルニチンは神経細胞のダメージの軽減や、ダメージを受けた神経細胞の修復・再生を促進する効果が報告されています。したがって、抗がん剤による神経障害の軽減にも有効です。抗がん剤の効き目を高める効果も報告されています。アセチル-L-カルニチンのアセチル基が、細胞核のヒストンのアセチル化に使われることが報告されています。以下のような論文があります。

Mitochondrial acetylcarnitine provides acetyl groups for nuclear histone acetylation.(ミトコンドリアのアセチルカルニチンが核のヒストンのアセチル化に必要なアセチル基を供給する)Epigenetics 4(6):399-403, 2009
【要旨】
細胞核のヒストンのアセチル化と脱アセチル化の調整は、染色体DNAと転写装置の相互作用の制御に重要な役割を果たしている。哺乳類の細胞核におけるヒストンのアセチル化に必要なアセチルCoAの供給源については明らかになっていない。我々は、ミトコンドリアで生成されたアセチルCoAは、カルニチン・アシルカルニチン・トランスロカーゼ(carnitine acylcarnitine translocase)の作用で細胞質に運ばれ、ついで細胞核に運ばれ、核でカルニチン・アセチルトランスフェラーゼ(carnitine acetyltransferase)によってアセチルCoAに変換され、ヒストンのアセチル化のアセチル基の供給源となる。トランスロカーゼの遺伝的欠損は、ミトコンドリアのアセチルカルニチン依存性の核ヒストンアセチル化を著明に低下させる。これはヒストンのアセチル化にカルニチン依存性のミトコンドリアのアセチル基の重要性を示唆している。

アセチル-CoAはグルコース(ブドウ糖)や脂肪酸の分解で生成されます。すなわち、グルコースが解糖系で代謝されてピルピン酸が作られ、ピルビン酸がミトコンドリアに入って、ピルビン酸脱水素酵素の働きでアセチル-CoAに変換されてTCA回路に入ります。脂肪酸もミトコンドリアでβ酸化によって分解されてアセチル-CoAに変換されTCA回路に入ります。このとき、グルコースが枯渇しているとアセチル-CoAは肝臓でケトン体生成に使われます。
グルコース枯渇時にアセチル-CoAがケトン体に変換されるのは、アセチル-CoAが細胞膜を通れないので、細胞膜を通過できるケトン体に変換されて脳などの他の組織の細胞にエネルギー産生の原料として運ばれるためです。
細胞核におけるヒストンのアセチル化では、アセチル-CoAのアセチル基が使われますが、このアセチル-CoAはミトコンドリアで作成され、ミトコンドリアから核への運搬にはL-カルニチンが必要ということです。この経路をまとめると以下のようになります。

グルコースや脂肪酸の分解によって産生されたミトコンドリア内のアセチル-CoAは、カルニチンアセチルトランスフェラーゼ(CAT)の作用により、L-カルニチンと結合してアセチル-L-カルニチンとしてミトコンドリア外の細胞質に輸送され、さらに細胞核に移行します。核に移行したアセチル-L-カルニチンは、L-カルニチンとアセチル-CoAに分解され、アセチル-CoAはヒストンアセチルトランスフェラーゼ(HAT)の作用によってヒストンをアセチル化するということです。

上記の2つの論文から、L-カルニチンにはヒストン脱アセチル化酵素阻害作用によってヒストンのアセチル化のレベルを高める作用があり、さらに、L-カルニチンはアセチル-L-カルニチンとしてミトコンドリアで生成されたアセチルCoAを核に運ぶ役割も担っており、核ではアセチルCoAのアセチル基をヒストンアセチルトランスフェラーゼ(ヒストンアセチル基転移酵素)の働きでヒストンをアセチル化します。つまり、L-カルニチンとアセチル-L-カルニチンは、ヒストンのアセチル化を促進する作用があると言えます。

【L-カルニチンとアセチル-L-カルニチンの抗がん作用とは】
アセチル-L-カルニチンが抗がん剤治療の効果を高める作用があることが報告されています。以下のような論文があります。

Metabolic approach to the enhancement of antitumor effect of chemotherapy: a key role of acetyl-L-carnitine.(抗がん剤治療の効果を高める代謝的アプローチ:アセチル-L-カルニチンの重要な役割)Clin Cancer Res. 16(15): 3944-53, 2010
【要旨】
目的:アセチル-L-カルニチンは、アセチル化で制御される細胞内反応などにアセチル基を供給するアセチルCoAの量を調整する複雑な代謝系において作用しており、そのためエネルギー代謝やストレス応答において重要な役割を担っている。タンパク質のアセチル化という現象は、がん抑制遺伝子のp53の活性や安定性に影響するので、抗がん剤の白金製剤の効果にも影響する可能性がある。この研究では、白金製剤と併用した場合のアセチル-L-カルニチンの作用に着いて検討した。
実験デザイン:抗腫瘍効果は、正常なp53遺伝子あるいは変異したp53遺伝子をもつ多数のヒトがん細胞株を用いて検討した。転移抑制効果の検討は、肺に転移する性質をもつH460/Mがん細胞株をマウスの皮下に移植する実験系を用いて検討した。
結果:正常なp53をもつがん細胞に対しては、アセチル-L-カルニチンはシスプラチンの抗腫瘍効果を増強した。正常ながん細胞を移植した実験系においても、正常なp53をもつがん細胞の肺転移を抑制するシスプラチンの効果をアセチル-L-カルニチンの投与は増強した。変異したP53遺伝子を持つがん細胞(p53-mutant SW620)に対しては、シスプラチンの抗腫瘍効果をアセチル-L-カルニチンは増強できなかった。
アセチル-L-カルニチンは転移を顕著に抑制する効果を示し、この効果は、ヒストン脱アセチル化酵素の阻害剤のST3595の併用で増強した。動物実験の系で、アセチル-L-カルニチンとシスプラチンの併用投与は、がん抑制遺伝子のp53遺伝子を活性化した。
結論:p53遺伝子が正常ながん細胞に対しては、アセチル-L-カルニチンは白金製剤の抗腫瘍効果を増強する。アセチル-L-カルニチンは単独あるいはヒストン脱アセチル化酵素阻害剤との併用で、顕著な転移抑制作用を示した。これらの効果は、タンパクのアセチル化によって引き起こされている可能性が示唆され、アセチル-L-カルニチンと、白金製剤による抗がん剤治療やヒストン脱アセチル化酵素阻害剤との併用による治療の可能性が示唆された。

L-カルニチンやアセチル-L-カルニチン自体にヒストンや非ヒストンタンパク質のアセチル化を促進する作用がありますが、この論文では、がん抑制遺伝子のp53のアセチル化によってp53の活性が高まるため、正常なp53を持っているがん細胞の増殖を抑制するが、p53が変異を起こしているがん細胞の場合は、p53のアセチル化を誘導してもp53の機能が壊れているので、増殖抑制が起こらないことを示しています。したがって、正常なp53を持ったがん細胞に対しては、アセチル-L-カルニチンは抗がん剤の効き目を高める可能性が示唆されます。
L-カルニチンが進行がんのがん性悪液質を軽減することは多くの研究があります。ランダム化臨床試験でも確かめられています。以下のような論文があります。

進行膵臓がんにおけるL-カルニチンの補充 - ランダム化多施設臨床試験
Nutr J. 11(1):52, 2012 [Epub ahead of print]
【要旨】
研究の背景:体重が10%以上減少するがん性悪液質は膵臓がんの予後を悪くする要因の一つである。L-カルニチンの欠乏ががん性悪液質の発症に関連していることが報告されている。
結果:152例の進行膵臓がん患者をスクリーニングし、72例を対象に前向き・多施設・プラセボ対照・ランダム化二重盲検臨床試験にて、L-カルニチン(4g)投与群とプラセボ群投与群に分け、12週間の投与を行った。
この試験を開始する前に患者は平均12±2.5kgの体重減少を起こしていた。12週間の試験期間後、ボディマス指数(body-mass-index: BMI)は、L-カルニチン投与群では3.4±1.4%増加したが、コントロール群(プラセボ投与群)では1.5±1.4%の減少であった。この差は統計的に有意であった(p<0,05)。さらに、栄養状態(body cell massと体脂肪)と生活の質(QOL)の指標はL-カルニチン投与群で改善した。平均生存期間はL-カルニチン投与群が519±50日に対してコントロール群は399±43日で、L-カルニチン投与群の方が生存期間が延長する傾向を認めた(ただし統計的な有意差は認められなかった)。入院期間はL-カルニチン投与群で36±4日に対してコントロール群は41±9日で、L-カルニチン投与群の方が入院期間が短い傾向を認めた。
結論:今回の結果はまだ予備試験の段階で、より大規模な臨床試験で確かめる必要があるが、L-カルニチンのサプリメントでの補充は、進行膵臓がん患者に治療において臨床的な利益を与えることが示された。

悪液質(あくえきしつ:cachexia, カヘキシー)というのは、慢性疾患の経過中に起こる主として栄養失調に基づく病的な全身の衰弱状態で、全身衰弱、羸痩(るいそう)、浮腫、貧血による皮膚蒼白などの症状を呈します。進行がんによる悪液質の場合、がんは宿主を無視して増殖するため体に必要な栄養素を奪い取り、さらにがん細胞から分泌される物質や老廃物の蓄積、炎症細胞からのサイトカインの過剰分泌、血液循環障害など多くのメカニズムが積み重なっています。
飢餓での体重減少は貯蔵脂肪の涸渇が主ですが、悪液質では骨格筋と体脂肪の両方が失われ、体力が急速に低下します。悪液質になると、食欲不振や倦怠感などの症状が現れ、治癒力や抵抗力が低下してQOL(Quality od Life, 生活の質)を悪くする原因となります。抵抗力が低下すると感染症が発生して、ますます体力がなくなり死亡の原因となります。 
悪液質の一つの基準は6ヶ月間で10%以上の体重減少ですが、進行膵臓がんの場合、80%以上の症例で悪液質が発症します。手術や抗がん剤治療が体重減少や悪液質を悪化させます。
がんの末期も死期を決める最大の要因は生体防御力や抵抗力のレベルにかかっています。がんの増殖を抑えることができなくても、がん患者の衰弱と死亡の直接的な原因である悪液質の状態を軽減できれば、延命効果が得られます。 
カルニチンは筋肉に多く含まれ、筋肉における脂肪酸の分解によるエネルギー産生に必須の役割を果たしており、抗酸化作用や抗炎症作用(炎症性サイトカインの産生抑制など)があり、がん性悪液質における筋肉量の減少や体力低下や倦怠感などの軽減に有効です。
カルニチンは正常細胞のATP産生は増やすが、がん細胞のATP産生は増やさない、むしろ、がん細胞の増殖を抑える作用があると報告されています。
さらに、ヒストンのアセチル化によって、がん細胞の増殖を直接抑える効果もあります。タンパク質のアセチル化は、ヒストンだけでなく、非ヒストンタンパク質にも起こります。アセチル化を受けるタンパク質には、p53, nuclear factor-κB (NF-κB), p65, CBP, p300, STAT3, tubulin, PC4, GATA factors, nuclear receptors, c-Myc, hypoxia-inducible factor (HIF)-1α, FoxO1, heat-shock protein (Hsp)-90, HMG, E2F, MyoD, Bcr–Abl, the FLT3 kinase, c-Raf kinaseなど多数が知られており、これらの非ヒストンタンパク質のアセチル化は、タンパク質の安定性や局在や他のタンパク質やDNAとの相互作用などに影響して、がん細胞の発生や増殖や転移などに関与しています。通常、ヒストンや非ヒストンタンパク質のアセチル化はがん細胞の増殖を抑制する方向で働くため、このような作用をもった物質はがんの治療に役立つと考えられています。カテキンやフラボノイドなど天然成分にもこのような作用をもったものが見つかっており、漢方薬の抗がん作用に関しても、このようなエピジェネティックな制御の関与が指摘されています。(249話250話参照)

以上のようにL-カルニチンには、抗がん剤治療中やがん性悪液質における倦怠感を緩和する効果が臨床試験で示されています。抗がん剤治療の副作用を軽減し、抗腫瘍効果を高める効果も臨床試験で示されています。さらに、ヒストン脱アセチル化酵素の阻害によるヒストンのアセチル化というエピジェネティックな機序によってがん細胞の増殖を抑える効果が示唆されています。
ほとんど副作用は無いので、がんの治療にL-カルニチンを1日2〜4グラム程度やや多めに摂取することは有用だと考えられます。特に、がんのケトン食療法では、長鎖脂肪酸の燃焼を促進するために、L-カルニチンのサプリメントでの摂取は有用です。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 312)牛乳・乳製品... 314)ω3系多価不... »