241)放射線性食道炎を予防する芍根湯

図:山豆根(マメ科広豆根の根)・白芍(ボタン科芍薬の根)・玄參(ゴマノハグサ科玄参の根)・白及(ラン科シランの球茎)・三七(ウコギ科サンシチニンジンの根)から構成される「芍根湯」という漢方薬が、乳がんの放射線治療の際に発症する急性放射線性食道炎を予防することが報告されている。


 241)放射線性食道炎を予防する芍根湯


 がんの標準治療のうち抗がん剤と放射線治療の最大の問題点は副作用です。これらの治療法はがん細胞を死滅させると同時に正常細胞にもダメージを与えるために、様々な副作用を引き起こします。
がん治療における漢方治療の役割は幾つもありますが、その最大の目的は、標準治療の副作用を軽減し、抗腫瘍効果を高めることです。標準治療の欠点を補う補完医療として、漢方治療の効果が期待され、数多くの臨床試験が行われています。
例えば日本では、「抗がん剤による食欲低下を改善する六君子湯(99話)」、「塩酸イリノテカンの下痢を軽減する半夏瀉心湯(117話)」、「抗がん剤の末梢神経障害によるしびれを緩和する芍薬甘草湯や牛車腎気丸(58話)」、「腹部手術後の腸閉塞を予防する大建中湯(113話)」などが有名です。
また、肺がんの抗がん剤治療に黄耆を含む漢方薬を併用することによって、2年後の死亡数が2~3割程度減少し、奏功率(腫瘍が縮小する率)やQOL(生活の質)の改善率は30%以上上昇し、高度の骨髄障害の頻度が半分以下になることが報告されています。(18話
放射線肺臓炎(間質性肺炎)を予防する漢方薬も報告されています(237話)。
今回は、乳がんの放射線治療による急性食道炎の予防と治療における芍根湯という中医薬の有効性を検討した論文を紹介します。


Clinical observation on effect of shaogen decoction for the prevention and treatment of acute radiation esophagitis.(急性放射線性食道炎の予防と治療における芍根湯の有効性に関する臨床的観察)中国中西医結合雑誌 30(12): 1272-4, 2010



河北医科大学第四醫院中醫科からの報告。
抗がん剤治療と放射線治療を受けた乳がん患者60例を対象に、放射線照射による急性食道炎に対する漢方煎じ薬の芍根湯放射線治療の開始日から投与した。
放射線治療の開始日から芍根湯(山豆根10 g /日、白芍30g/日、玄參15g/日、白及15g/日、三七3g/日)を投与した。
その結果、グレード2以上の急性食道炎の発生率は、漢方薬投与群が33.3%に対してコントロール群が63.3%であった。食道炎の症状が持続した期間は漢方薬投与によって短縮し、食道炎の治療として抗生物質やステロイドホルモンの使用した割合も、漢方薬投与群で低かった。



この臨床試験で投与された芍根湯(shaogen decoction)の構成生薬および個々の生薬の1日量は、
山豆根(Radix Sophorae tonkinensis)10 g、白芍(Radix Paeoniae Alba )30 g、 玄參(Radix Scrophulariae )15 g 、白及(Rhizoma Bletillae)15 g、三七(Radix Notoginseng )3 gです。それぞれの生薬について以下に解説します。



山豆根(サンズコン)中国南部に分布するマメ科の広豆根(Sophora subprostrata)の根。アルカロイド、フラボノイド、フェノール性物質などを含み、清熱解毒(抗炎症作用)や抗腫瘍の効果がある。特に咽喉の腫脹・発赤・疼痛・化膿などに用いる。多くのがんに対して抑制作用がある。
白芍(ビャクシャク)ボタン科の多年草のシャクヤク(芍薬:Paeonia lactiflora)の根で、外皮を取り除いて乾燥したものを白芍と言い、外皮をつけたまま乾燥したものを赤芍と言う。主成分のモノテルペン配糖体のペオニフロリン類には鎮痛・鎮静作用の他、末梢血管拡張・血流量増加促進・血小板凝集抑制・抗アレルギー・平滑筋弛緩などの作用がある。漢方では、補血・止痛の効能があり、血虚の治療や、腹痛や筋肉痛の治療に用いる。
玄参(ゲンジン)ゴマノハグサ科の多年草のゲンジン(玄参:Scrophularia ningpoensis)あるいはゴマノハグサ(北玄参:Scrophularia buergeriana)の根を用いる。玄参とは「黒い人参」という意味。抗炎症作用・解熱作用・抗菌作用と滋陰作用(体液を補い脱水症状を改善する作用)がある。体液を滋潤するとともに熱を取る効果があり、熱性疾患による発熱や、発汗による体液損耗や口渇に用いる。したがって、放射線食道炎のような上部消化管の炎症の治療に効果が期待できる。
白及(ビャクキュウ)西日本、朝鮮、中国、台湾などに分布するラン科の多年草、シラン(白及:Bletilla striata)の球茎。多糖類で粘液質のブレティラグルコマンナンやデンプンが含まれ、止血作用、抗潰瘍作用、抗菌作用などが報告されている。漢方では補肺・止血・生肌の効能があり、肺や胃の出血や外傷出血に用いられる。収斂止血の要薬とされ、喀血の治療などにも用いられる。
三七(サンシチ)サンシチニンジン(Panax notoginseng)のことで、ウコギ科の多年草で雲南省から広西省に分布する。田七、田七人参、田三七などと呼ばれる。根を薬用とし、非常に高貴な生薬なので、「金不換(きんふかん)」という名もある。 田というのは産地が広西省田陽、田東による。三七というのは地上葉が三つの葉柄にそれぞれ七枚の葉がつくことによる。主な薬効成分はサポニンで、
田七人参サポニンには、滋養強壮作用や免疫増強作用や様々な臓器の働きを促進する作用が知られている。
止血(出血を止める)、活血(血行改善)、補血(造血促進)と言った三大効能が揃っている重要な生薬で、特に止血と活血という正反対の効果が両立しているのが特徴。
肝細胞の保護作用と障害を受けた肝細胞の再生を促進する効果があるので、肝機能障害に使用される。また、「止血の神薬」とも呼ばれ、外傷による出血、内出血、 消化性潰瘍の出血や疼痛、性器出血に用いる。止血作用がある一方、血液循環を良くするので虚血性心疾患や高血圧にも使用されている。
抗がん剤による心臓や肝臓の障害に対して田七人参サポニンが保護作用を示す動物実験の研究結果が報告されている。抗炎症作用があり、ブレオマイシンによる肺線維症を予防する効果なども報告されている。
さらに、抗腫瘍効果も報告されており、様々ながんの治療に応用されている。特に出血を伴う腫瘍に効果があり、子宮筋腫には良く用いられる。 



抗がん剤治療や放射線治療の副作用を軽減し、抗腫瘍効果を高めて生存期間を延ばす効果を目標に、様々な漢方処方が臨床試験で検討されています。副作用の症状や、発生する機序をもとに、効果が期待できそうな処方や生薬を選んで、その効果を検討することになります。
今回紹介した「芍根湯」に含まれる山豆根、白芍、玄參、白及、三七は、いずれも抗炎症作用があり、放射線による正常組織のダメージを軽減し、回復を促進する効果があります。
山豆根と玄参は咽喉部の炎症や腫れや痛みを軽減する効果があり、白及と三七人参は止血作用があり、白芍は鎮痛作用があります。したがって、放射線による急性食道炎の予防や治療に効果が十分に期待できる処方と言えます。そして、その効果を臨床試験で検討すると、実際に効果があったことが確かめられたということです。
漢方薬による副作用軽減作用は、その処方がベストかどうかが判らないという問題もあります。
237話で紹介した、放射線肺臓炎を予防する「涼血解毒活血湯」を併用すると放射線障害の軽減作用が増強する可能性はあります。しかし、併用することによって効果が弱まる可能性も否定できません。それを確かめるには、「芍根湯」と「芍根湯+涼血解毒活血湯」の2つを比較する臨床試験が必要になります。
漢方処方は無限に作成できるので、一番効果のあるものを決めることは不可能です。したがって、このような臨床試験の結果を踏まえて、患者さんごとの治療の状況や副作用の程度や症状によって生薬の量や種類を加減するしかありません。がんの漢方治療が、処方医の経験の度合いによって効果に違いが出てくるのは、このような「漢方治療のあいまいさ」があるためです
いずれにしても、乳がんの放射線治療における副作用軽減に、急性食道炎を予防する「芍根湯」や、放射線肺臓炎を予防する「涼血解毒活血湯」の処方内容は参考になります。



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