280)肝庇護療法としての漢方治療

図:肝臓の組織は、肝細胞、類洞内皮細胞、クッパー細胞、星細胞など多くの細胞が存在する。肝細胞にウイルスが感染すると細胞傷害性T細胞がウイルス感染細胞を認識して破壊する。これに伴って炎症反応が起こり、マクロファージの一種のクッパー細胞が活性化され、炎症性サイトカインが放出され、星細胞からコラーゲンの産生が増加し、線維化が起こる。このような炎症過程を抑制すれば、肝臓の線維化やそれに伴う肝機能低下を防ぐことができる。慢性肝炎における炎症や線維化の抑制における漢方薬の有効性が報告されている。

280)肝庇護療法としての漢方治療

【ウイルス性肝炎による肝臓の線維化】
肝臓の線維化(fibrosis)というのは、肝臓にコラーゲンなどの結合組織が異常に増加する状態です。肝炎ウイルスやアルコールや薬物などによって肝細胞が破壊されたり慢性炎症が起こることによって肝臓に結合組織が増え、線維化が起こります。肝臓の線維化を起こす原因として日本で一番多いのはC型ウイルス性肝炎です。
C型肝炎ウイルスに感染すると、多くの場合、程度の差はありますが、肝臓に急性の炎症が起こります(
急性肝炎)。約2割の患者さんは体の治癒力がうまく働いてウイルスが排除され、急性肝炎の段階で治癒してしまいます。しかし、7~8割の患者さんはウイルスを除去できなくて慢性化し、慢性肝炎肝硬変に進行します。
肝臓の炎症は肝炎ウイルスの感染によって引き起こされるのですが、ウイルス自体が肝細胞を死滅させるわけではありません。肝炎ウイルスは人間に感染すると、肝臓の細胞に侵入し、肝細胞を利用して増殖していきます。これに対して、生体側は
細胞傷害性T細胞(CTL)というリンパ球がウイルス感染細胞を認識して、ウイルスが感染した肝細胞を細胞ごと攻撃するのです。この免疫細胞による攻撃によって細胞が壊れ、細胞が壊れるとさらに炎症反応が起こって、次第に線維化が進行し、慢性肝炎から肝硬変へと進行していきます。
肝臓の組織の中には、
肝細胞(肝臓の実質細胞)以外に、類洞内皮細胞、マクロファージの一種のクッパー細胞、ビタミンAを貯蔵する星細胞などが存在します。結合組織のコラーゲンを産生するのは星細胞です。慢性炎症で活性化されたクッパー細胞から放出される炎症性サイトカインなどによって星細胞が刺激を受けてコラーゲンの産生が増え、線維化が進行していきます。
肝硬変は、肝細胞が死滅・減少し線維組織によって置換された結果、肝臓が硬くなり肝臓の機能が著しく低下した状態で、ウイルス性肝炎の終末の状態と言えます。肝硬変になると肝臓がんが発生しやすくなります。
日本では現在1年間に約100万人が亡くなっていますが、肝硬変や肝臓がんで亡くなる方は1年間に約4万人くらいです。そのうち肝臓がんによる死亡は33000人くらいです。つまり25人に一人が肝硬変か肝臓がんが死因となっています。
肝硬変・肝臓がんに進行しないようにするためには、ウイルスの除去が最も確実な方法です。C型肝炎ウイルスを除去する治療法として
インターフェロン抗ウイルス薬(リバビリン)の併用が行われ、成果を挙げています。
インターフェロンと抗ウイルス薬でウイルスが排除できない場合は、肝臓の炎症を抑える治療によって進行を抑えることができます。このような治療を
肝庇護療法と言います。
肝庇護療法とは肝炎を鎮静化させ肝細胞破壊を抑え肝硬変への進展と発がんを抑制する治療です。インターフェロンのようにウイルスを駆除する根治療法ではありませんが、肝炎の進行を遅らせることによって、発がんの可能性を低下させることができます。
肝庇護療法に使われる薬としては、
グリチルリチン製剤(強力ネオミノファーゲンシー)や胆汁酸の一成分であるウルソデオキシコール酸(ウルソ)があります。漢方薬の小柴胡湯十全大補湯も肝庇護薬としての効果が報告されています。
グリチルリチンにはステロイド様作用、抗炎症作用、抗アレルギー作用などがあり、特に肝機能改善薬として広く用いられています。
ウルソデオキシコール酸には肝細胞を保護する作用(肝細胞保護作用)や胆汁酸の排泄を促進する作用(利胆作用)があります。ウルソは活性化したT細胞を減少させたり、免疫応答と深くかかわっているサイトカインとよばれる生理活性物質や免疫グロブリンという蛋白の産生を抑制する作用も報告されています。肝障害による細胞死(アポトーシス)をウルソが抑制するという報告もあります。
肝臓の炎症によって肝細胞が障害されると、GOT(AST)やGPT(ALT)という肝細胞内の酵素が血液の中に流出します。血中のGOT,GPT濃度を指標にした臨床研究の結果、グリチルリチン製剤やウルソデオキシコール酸を使うとGOT,GPTが低下することが明らかになっています。
肝庇護薬はインターフェロンで効果がなかったり、肝硬変にいたっている場合に効果を発揮します。

【肝臓の線維化を抑える漢方治療】
漢方医学的には、肝臓の線維化は、肝臓の血流不良(瘀血)、解毒機能の低下による毒素の停滞、臓器機能や新陳代謝やエネルギー産生の低下(気虚)によると考えられています。したがって、肝臓の線維化に対する漢方的治療は、駆瘀血(血液循環の改善と血液浄化)、清熱解毒(抗炎症作用と解毒機能の亢進)、補気(エネルギー産生や物質代謝や臓器機能を高める)と言った作用が利用されています。
このような考え方は西洋医学的な理論とも一致します。肝臓の炎症を抑えるためには、抗炎症作用や抗酸化作用・フリーラジカル消去作用が中心になります。肝機能を良くするためには、血液循環や物質代謝やエネルギー産生を高めることが必要です。
肝臓の線維化を抑える漢方治療では、抗炎症作用やフリーラジカル消去作用のある「
清熱解毒薬」と血液循環を良くする「駆瘀血薬」が主体になります。肝硬変になって肝機能が低下してくるのを防ぐためには物質代謝やエネルギー産生を高める補気薬、がんの発生を防ぐためには、抗がん作用のある抗がん生薬などを併用すると、肝硬変に対する有効な漢方薬となります。
小柴胡湯は、柴胡(さいこ)、黄芩 (おうごん)、半夏(はんげ)、大棗(たいそう)、甘草(かんぞう)、人参(にんじん)、生姜(しょうきょう)の7つの生薬を処方した漢方薬です。柴胡、人参、甘草に含まれているサポニンという成分にはステロイド様の作用があり、細胞膜の保護や抗炎症作用、抗アレルギー作用などがあるため、慢性肝炎の治療に使用されています。その治療目的は、肝炎を抑えて肝機能を改善し、AST(GOT)、ALT(GPT)値を低下させることによって、病気の進行を遅らせることです。先ほどのグリチルリチン製剤(強力ミノファーゲンC)やウルソに漢方薬の小柴胡湯や十全大補湯を併用すると炎症を抑える効果(トランスアミナーゼを低下させる効果)を高めることができるという報告もあります。


【インターフェロン治療と漢方薬】
エキス製剤の小柴胡湯は慢性肝炎には使用が認められていますが、肝硬変や肝臓がんには使用できなくなっています。その理由は、肝硬変の患者さんにエキス製剤の小柴胡湯を投与した患者さんに間質性肺炎の副作用が出たからです。小柴胡湯はインターフェロンとの併用で間質性肺炎が発生しやすいので、インターフェロンとの併用は禁忌になっています。そこで、小柴胡湯に代わって、十全大補湯が使用されるようになりました。十全大補湯は人参・黄耆・蒼朮・茯苓・当帰・芍薬・川芎・地黄・桂皮・甘草の10種類の生薬を組み合わせた漢方薬です。補気補血薬といい、気力や体力の低下や、貧血や白血球減少や血小板減少などの造血機能障害を改善する効果があります。肝硬変になると、体力が低下し、血小板減少や貧血が起こることが多いので、肝硬変や肝臓がんの適応になります。
十全大補湯が肝臓がん手術後の再発を予防するという効果が報告されています。以下のような報告があります。









Protective effect of Juzen-taiho-to on hepatocarcinogenesis is mediated through the inhibition of Kupffer cell-induced oxidative stress.(十全大補湯による肝臓発がんの抑制効果は、クッパー細胞によって引き起こされる酸化ストレスの阻害作用が関与する)Int J Cancer. 123(11):2503-11. 2008
山梨大学医学部外科からの報告。
外科治療(切除手術あるいはラジオ波による凝固治療)を受けた48例について、十全大補湯(TJ-48)を外科治療の1ヶ月後から投与した10例と、対象群(TJ-48非投与)38例とに分けて比較検討。平均追跡期間25.8ヶ月の間に肝臓がんの再発は対象群が38例中26例(68.4%)、TJ-48投与群が10例中4例(40%)であった。
再発がみつかるまでの平均期間は、対象群が24ヶ月であったのに対して、TH-48投与群は49ヶ月であった。これらは統計的に有意な差であった。マウスを使った肝臓発がんモデルで、十全大補湯(TJ-48)が、肝臓内の炎症細胞の数を減らし、炎症性サイトカインの産生やDNAの酸化障害の程度を低下させ、肝臓がんの発生を抑制することを認めた。十全大補湯(TJ-48)による肝臓がんの再発予防効果は、炎症によるクッパー細胞の活性化やそれによる酸化ストレスの軽減を介していることが示された。


十全大補湯に含まれる成分が、抗炎症作用や抗酸化作用を示すことによって、肝臓がんの治療後の再発を防ぐ効果があるという報告です。抗炎症作用や抗酸化作用やがん予防効果の強い生薬を組み合わせれば、再発予防効果をさらに高めることができると言えます


インターフェロンとリバビリンの治療の副作用軽減に十全大補湯が有効という報告があります。









Orally administered Kampo medicine, Juzen-taiho-to, ameliorates anemia during interferon plus ribavirin therapy in patients with chronic hepatitis C.(C型慢性肝炎患者のインターフェロンとリバビリン治療中の貧血を経口投与の漢方薬の十全大補湯が軽減する)J Gastroenterol. 39: 1202-4, 2004
C型慢性肝炎患者にインターフェロンとリバビリンを併用した治療を行うと、溶血性貧血が起こり、リバビリン投与の減量や中止が余儀なくされる場合が多くある。この治療に十全大補湯を併用すると、ヘモグロビンの低下が軽減した。十全大補湯を併用しなかった患者では35例中15例(43%)で貧血によってリバビリンの減量や中止が必要であったが、十全大補湯を併用した患者では、リバビリンを減量あるいは中止したのは32例中4例(13%)と少なくなった。

さらに、インターフェロン治療に漢方治療を併用するとウイルス陰性化率を高めることができるという報告があります。







Interferon plus Chinese herbs are associated with higher sustained virological response than interferon alone in chronic Hepatitis C: a meta-analysis of randomised trials. (C型ウイルス性慢性肝炎のインターフェロン治療において中医薬を併用すると持続ウイルス陰性化率を高めることができる:ランダム化比較臨床試験のメタ解析)    Antiviral Res 89(2): 156-64, 2011
アジアではウイルス性肝炎の治療に中国伝統医学による薬草治療が行われている。C型慢性肝炎に対するインターフェロン治療において、インターフェロン単独治療とインターフェロン+中医薬治療を併用した場合の効果を検討した26のランダム化比較試験(患者総数1905例)のメタ解析を行った。持続ウイルス陰性化(sustained viral response)はインターフェロン単独治療の場合が33%に対して、インターフェロン+中医薬治療の群では49%であった(相対比1.52 :95%信頼区間1.23-1.89)インターフェロン単独群に比べて中医薬併用群の方が、治療後のウイルス再燃率と副作用は低く、トランスアミナーゼの正常化も早かった。

日本では、小柴胡湯はインターフェロンとの併用ができませんが、十全大補湯など他の適切な漢方薬を使用すると、インターフェロンの副作用を軽減し、抗ウイルス効果を高めることができるようです。つまり、適切な漢方治療は、ウイルス性慢性肝炎のインターフェロン治療の効果を高めたり、あるいは、インターフェロン治療の効果が無い場合には、抗炎症作用や酸化ストレスを軽減する作用によって、肝硬変や肝臓がんへの進展を抑制する効果が期待できると言えます。

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