267)がん細胞のワールブルグ効果を阻害するシリマリン

図:がん細胞ではグルコース(ブドウ糖)の取り込みと嫌気性解糖系が亢進し、ミトコンドリアでの酸化的リン酸化は抑制されている。このようながん細胞に特徴的な代謝異常(ワールブルグ効果と言う)に中心的に関わっているのが低酸素誘導因子-1(HIF-1)で、HIF-1の働きを阻害するとがん細胞のエネルギー産生と物質代謝を抑制し、がん治療に役立つことが指摘されている。ミルクシスル(マリアアザミ)に含まれるシリマリンは、HIF-1活性化の阻害、グルコースの取り込みの阻害、HIF-1を活性化するシグナル伝達系の阻害、HIF-1による遺伝子発現誘導の阻害など複数の作用点においてがん細胞のワールブルグ効果を阻害する作用が報告されており、その特徴的な抗がん作用が注目されている。

 267)がん細胞のワールブルグ効果を阻害するシリマリン

【ワールブルグ効果をターゲットにしたがん治療が注目される理由】
抗がん剤は、がん細胞が増殖するために必要な物質の合成やシグナル伝達系や細胞構成成分の働きを阻害することによって、その効果を発揮します。抗がん剤のターゲットとして以下のように様々なものがあります。
1)細胞増殖因子やその受容体、細胞内の増殖シグナルに関与する物質など、がん細胞の増殖を促進するシグナル伝達系を阻害する。
2)細胞増殖に必要な物質(核酸や蛋白質)の合成を阻害する。
3)細胞分裂の過程を阻害する。(微小管重合の阻害など)
4)がん細胞の細胞死(アポトーシス)を妨げている原因を取り除く、あるいはアポトーシスを誘導する。
5)がん細胞を養う血管の形成(腫瘍血管の新生)を阻害する。
6)細胞分化を誘導する(がん細胞をより正常細胞に近づける)
7)がん細胞のエネルギー産生を阻害する。
このように様々なターゲットがあるなかで、がん細胞のエネルギー産生や物質代謝の特徴である「ワールブルブ効果」をターゲットにした治療法が注目されており、このブログでも過去に何回も言及しています。(このサイトの左欄にある「検索」で「ワールブルグ」と入れると10以上のページがヒットするはずですです)
このワールブルグ効果(Warburg effect)というのは、「がん細胞では酸素が十分にある状況でも、ミトコンドリアでの酸化的リン酸化が抑制され、酸素を使わない嫌気性解糖系が亢進している」という現象で、がん細胞のエネルギー産生と物質代謝で最も特徴的な変化です。
ワールブルグ効果は80年以上前にOtto Warburg博士によって発見されました。ワールブルグ博士は、「がん細胞はミトコンドリアでのエネルギー産生の異常が原因となって発生する」と考えていましたが、その後の研究で、多くのがん細胞においてミトコンドリアの機能は正常であることが判明し、なぜ、がん細胞において嫌気性解糖系が亢進するのかが長い間謎となっていました。
嫌気性解糖系が亢進するのは、「がん細胞が低酸素状況に適応するための単なる結果」だとする意見が昔は主流でしたが、最近の研究では、このワールブルグ効果は細胞のがん化において重要かつ必要な変化だという考えが主流になってきています。
つまり、ワールブルグ効果によって、「がん細胞が増殖するために必要な核酸や脂肪酸やアミノ酸の合成量を増やすことができる」、「血管が乏しい低酸素状況でも増殖できる」、「ミトコンドリアでの酸化的リン酸化を抑制すると細胞死を起こりにくくなる」、などのがん細胞の生存と増殖に有利になることが明らかになっています。 
このワールグルグ効果を引き起こす重要な因子の一つが低酸素誘導因子-1(Hypoxia Inducible Factor-1:略してHIF-1)です。HIF-1はピルビンン酸脱水素酵素キナーゼ(ピルビン酸脱水素酵素を阻害する)の発現を促進してピルビン酸脱水素酵素(ピルビン酸からアセチルCoAへの変換)の活性を低下させ、さらにピルビン酸から乳酸への嫌気性解糖系に働く乳酸脱水素酵素の発現を促進する作用があります。つまり、HIF-1はピルビン酸からアセチルCoAへの変換を阻害してTCA回路を回らなくし、嫌気性解糖系(ピルビン酸から乳酸の変換)を亢進します。(265話参照
さらに、HIF-1は腫瘍特異的なピルビン酸キナーゼ-M2の発現を促進し、解糖系の途中におけるグルコース代謝産物から核酸や脂肪酸やアミノ酸の合成を促進する作用もあります。(266話参照
したがって、「HIF-1の働きを阻害する」ことは、がん細胞に特徴的なエネルギー産生と物質代謝を正常化する一つの手段として有効だと言えます。

【低酸素誘導因子-1とは】
低酸素誘導因子-1(Hypoxia Inducible Factor-1; HIF-1)は、細胞が酸素不足に陥った際に誘導されてくる転写因子です。αとβの2つのサブユニットからなるヘテロ二量体であり、βサブユニットは定常的に発現していますが、HIF-1αは酸素が十分に存在するときにはユビチン化して26Sプロテアソームで分解されて活性がなくなります。低酸素になるとHIF-1αは安定化し、核に以降し、遺伝子の低酸素反応エレメント(hypoxia response element)に結合し、遺伝子の発現を誘導します。
HIF-1は各種解糖系酵素、グルコース輸送蛋白、血管内皮増殖因子(VEGF)、造血因子エリスロポイエチンなど、多くの遺伝子の発現を転写レベルで制御し、細胞から組織・個体にいたる全てのレベルの低酸素適応反応を制御しています。
HIF-1はがん細胞の増殖や転移・浸潤や悪性化進展において鍵になる100以上の遺伝子の発現を調節しており、この中には、血管新生、エネルギー代謝、細胞増殖、浸潤、転移などに関与する多くの遺伝子が含まれています。
腫瘍血管の新生は低酸素で誘導され、また増殖因子は血管新生を促進します。HIF-1は血管新生にかかわる40以上の遺伝子の発現を誘導し,血管新生促進因子の産生スイッチを入れるマスタースイッチと言え、HIF-1の働きを阻害すれば、血管新生を阻害してがん細胞の増殖を抑えることができます。
HIF-1は低酸素だけでなく、がん細胞の増殖シグナル伝達系であるPI-33キナーゼ/Akt/mTORシグナル伝達系を介しても活性化されます。すなわち、増殖因子が受容体に結合してRasが活性化されるとPI-3キナーゼ、AKT、mTORの活性化を介してHIF-1は活性化されます。

【HIF-1の阻害をターゲットにしたがん治療】
低酸素誘導因子-1(HIF-1)はがん細胞の増殖シグナル伝達系であるPI-3 キナーゼ/Akt/mTORシグナル伝達系を介しても活性化されるため、がん細胞では、低酸素状態でなくてもHIF-1活性は亢進しています。
漢方治療で使用される生薬成分の中には、PI-3キナーゼ/Akt/mTORシグナル伝達系を阻害するものも知られていますので、そのような生薬成分を使えば、抗腫瘍効果を高めることができます。(233話参照
AMP活性化プロテインキナーゼ(AMPK)の活性化がmTOR阻害作用を示すことが知られています。(詳しくはこちらへ
AMPKを活性化する方法として
メトホルミン217話参照)、冬虫夏草に含まれるコルジセピン232話参照)、黄連に含まれるベルベリン、丹参に含まれるクリプトタンシノンなどがあります。
ウコンに含まれる
クルクミンにmTOR阻害作用が報告されています。ただ、クルクミンは通常の状態では胃腸からの吸収が極めて悪いため、体内でmTOR阻害作用が期待できるかどうかは不明です。
また、PI3KやAktの活性を阻害する薬草成分やサプリメントも知られています。厚朴に含まれるホーノキオール(honokiol)がAkt活性を阻害することが報告されています。ジインドリルメタンもAktを阻害することが報告されています。
丹参サルビアノール酸(Salvianolic acid)がPI3K活性を阻害することが報告されています。
ノスカピンがHIF-1の活性を阻害する作用があることが報告されていますので、ノスカピンの併用も有効です。
牛蒡子(ゴボウシ)に含まれるアルクチゲニン(arctigenin)は、Aktの活性阻害や、熱ショック蛋白の発現を阻止するメカニズムによって、栄養飢餓に対する耐性の獲得を阻止することが報告されています。(Cancer Res. 66:1751-1757. 2006)
牛蒡子(ゴボウシ)はキク科のゴボウArctium lappa L. の果実(種子)です。牛蒡(ゴボウ)の根は食用に供されますが、種子は牛蒡子という生薬名で薬用に用いられます。(ゴボウシの抗がん作用については48話参照)
同じキク科のマリアアザミ(ミルクシスル)に含まれるシリマリンには、グルコ-スの取り込みの阻害作用、HIF活性の阻害作用、PI3/Akt/mTORシグナル伝達系の阻害作用など、複数の機序でがん細胞のワールブルグ効果を阻害する作用が報告されています。

【ミルクシスルに含まれるシリマリンの抗がん作用】
ミルクシスルは学名をSilybum marianum というキク科の植物で、ミルクシスルの他、マリアアザミ、オオアザミ、オオヒレアザミなどと呼ばれます。和名はオオアザミです。原産は地中海沿岸で、ヨーロッパ全土、北アフリカ、アジアに分布しています。日本においても帰化植物として分布しています。
葉に白いまだら模様があるのが特徴で、この模様はミルクがこぼれたようにみえるためmilk thistle(thistleはアザミの意味)と言い、ミルクを聖母マリアに由来するものとしてマリアアザミの名があります。
その種子がヨーロッパにおいて古くから肝障害の治療薬として民間療法として利用されています。ミルクシスルの肝細胞保護作用や肝機能改善作用の効果が科学的に証明されています。
肝機能障害のためのサプリメントとして利用されており、ドイツのコミッションE(ドイツの薬用植物の評価委員会)は、粗抽出物の消化不良に対する使用や、標準化製品の慢性肝炎や肝硬変への使用を承認しています。
ミルクシスルの活性成分はシリマリン(silymarin)というフラボノリグナン(flavonolignan)の混合物です。シリマリンには、シリビニン(silibinin), シリジアニン(silydianin), イソシリビン(isosilybin), シリクリスチン(silychristin)などがあります。ミルクシスル種子は4~6%のシリマリンを含有しています。
ミルクシスルはヨーロッパでは古くから肝臓の治療薬として用いられ、抗がん剤による肝臓のダメージを軽減し、傷害を受けた肝細胞の再生を促進する作用ガ確かめられています。抗がん剤治療や放射線治療の副作用を軽減し、抗腫瘍効果を高める効果も報告されています。
さらに、様々な動物発がん実験において、シリマリンががん予防効果を発揮することが報告されています。切除不能の進行した肝臓がんが、1日450mgのシリマリンを服用してがんが自然退縮したという症例の報告があります。(Am J Gastroenterol. 90:1500-1503, 1995)
手術と放射線治療を行った前立腺がん患者において、シリマリン、大豆、リコピン、抗酸化剤の入ったサプリメントを服用することによって再発が有意に抑えられることが報告されています。(Eur Urol. 48: 922-930, 2005)
 
さらに、シリマリンが、低酸素誘導因子の活性を抑制する作用や、グルコースの細胞内への取り込みを阻害する効果などが報告されています。以下のような報告があります。

Silibinin inhibits hypoxia-inducible factor-1alpha and mTOR/p70S6K/4E-BP1 signalling pathway in human cervical and hepatoma cancer cells: implications for anticancer therapy.
(シリビニンはヒトの子宮頸がん細胞と肝臓がん細胞において、低酸素誘導因子-1とmTOR/p70S6K/4E-BP1シグナル伝達系を阻害する:抗がん治療への応用)
Oncogene 28(3):313-324, 2009
この論文では、ヒト子宮頸がん細胞(HeLa細胞)と肝臓がん細胞(Hep3B)を使った実験で、シリビニンがHIF-1の産生量を減らし、HIF-1の転写活性を阻害することを報告し、新しい抗がん剤として利用できる可能性を示唆しています。

Silybin and dehydrosilybin decrease glucose uptake by inhibiting GLUT proteins.(シリビンとデヒドロシリビンはGLUT蛋白を阻害してグルコースの取り込みを減少させる)J Cell Biochem. 112(3):849-59.2011
GLUTというのはglucose transporter(糖輸送担体)の略で、グルコース(ブドウ糖)の細胞内の取り込みを行うタンパク質です。グルコースはそのままでは細胞膜を通過できないため、特別な膜輸送蛋白質の働きによって細胞膜を通過します。このグルコースを輸送するタンパク質がGLUTです。
この論文では、ミルクシスルに含まれるシリマリンの一種のシリビン(Silybin)とその誘導体のデヒドロシリビン(dehydrosilybin)が、細胞におけるグルコースと取り込みを低下させるという実験結果を報告しています。
ベースの取り込みだけでなく、インスリンの作用で増加するグルコースの取り込みも阻害し、インスリンの作用やシグナル伝達には影響せず、GLUT蛋白に直接作用してグルコースの運搬を阻害することを報告しています。
シリビンとデヒドロシリビンはがん細胞の増殖を抑制する効果もあり、その増殖抑制効果のメカニズムとして、このグルコースの取り込み阻害作用の関与を示唆しています。

その他にも、シリマリンには、がん細胞の増殖シグナル伝達系を阻害する作用や、抗酸化作用などによって転写因子のNF-κB活性を阻害する作用、がん細胞の浸潤や転移を抑制する効果など多彩な抗がん作用が報告されています。
シリマリン自体は毒性が極めて低く、抗酸化作用や肝細胞保護作用など抗がん剤治療による副作用を軽減する効果も多くの臨床試験などで確認されています。さらにがん細胞のワールブルグ効果を是正する作用や、増殖シグナル伝達系を抑制する作用があるため、がん治療において併用するメリットが高い成分と言えます。(シリマリンはサプリメントとしても販売されています)

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